第59話 権威と論理
ついに、スパニア皇帝の跡目を巡る内乱で残った二大勢力の決戦の火ぶたが切られる時が来た。
首都を目前にする平原で、睨み合う、エンリたち国教会同盟軍と第二皇子を擁する皇帝教皇側の軍。
教皇派の陣にはドイツ魔導士隊が操るオーガやサイクロプスの巨体が並ぶ。
グリフォンやキメラに乗った魔獣騎士隊。オーク兵、ミノタウルス兵、ガーゴイル兵の姿もあった。
その主力は第二皇子が味方につけたスパニア正規軍、ドイツ皇帝軍の帝国重騎兵隊とファランクス隊、教皇庁聖騎士隊、そして傭兵たち。
イタリア貴族の私兵や自由都市の市民兵。その他の教皇派領主たち。
そんな敵側の軍勢を前に、エンリ王子はアーサーに言った。
「ハンガリーやポーランドの軍は結局不参加か」
「本国がロシアやオッタマの脅威を受けていますからね」とアーサー。
同盟派の主力はイギリスとフランスの小銃歩兵隊。もちろん両国の騎兵隊もだ。そしてポルタやノルマンやプロイセンを含むドイツ諸侯たちの軍。
「プロイセン軍は遊撃隊として独自行動をとるって言うんだが」とイギリスのヘンリー王。
「それ、まずいんじゃないの? いつの間にか敵に寝返ってた・・・なんて事になり兼ねませんよ」とエンリ王子。
ヘンリー王は「いや、だからこそさ。いつ寝返って背後から撃ってくるか解らんって事で、どこも一緒に戦うのを嫌がるんだよ」
教皇派の陣地から五人の戦士が同盟派の前に進み出る。
「こいつらが無敵戦隊か」とエンリは彼等を見て言った。
派手な飾りのついた鎧とマスクを付け、謎の変身ポーズを決めて五人は声を揃えて叫んだ。
「我等、神の奇跡により武装せし正義の戦士」
そして赤く塗装された鎧の戦士が「煉獄のレッド」
黄色い鎧の戦士が「黄金のイエロー」
緑色の鎧の戦士が「聖樹のグリーン」
青い鎧の戦士が「聖水のブルー」
桃色の鎧の戦士が「博愛のピンク」
そして五人で声を揃えて「変身、無敵戦隊スパレンジャー」
エンリ王子たちはあきれ顔で「ロキ仮面より痛い奴等だな」
するとレッドは同盟軍の前に進み出て叫んだ。
「我等は神の軍団の先兵。そこのドラゴンとその主、ロキ仮面とか名乗る悪魔の使徒エンリ王子とその同盟者達に告ぐ」
エンリ王子はこれに応え、前に進み出て叫ぶ。
「ロキ仮面というのは知らんが、そのドラゴンは叙任の儀を経て俺の従者となった、れっきとした神の使徒だ」
「お前達は教皇猊下より破門された。ただちに武器を捨てて悔い改めよ」とレッドは叫ぶ。
「我々は、この国の民とともに在るスパニア国教会の基にある。教皇庁など要らん」とエンリが叫ぶ。
レッドは「唯一の神の代理人たる教皇に歯向かうか」
その時、リシュリューが進み出て叫んだ。
「神に代理人など居ない。代理人と称して言っているのは全部自分自身の都合だろ。そうでなかった事がどれだけあるか。信者を脅して寄付を強請し、都合のいい者に権威を与える。だから反教皇派はそんな聖職者を否定して聖書のみが信仰の拠り所だと言った」
レッドは「聖書を解釈する者は必要だ」
リシュリューは「我々国教会はそれを教義として定める。例えば商業で利益を蓄えて豊かになるのは自由」
敵軍の市民兵の中に居る商工業者は口々に言った。
「いいな、それ」
リシュリューは更に「そして恋愛も自由」
敵軍のイタリア貴族軍の兵たちは口々に言った。
「いいな、それ」
「俺、改宗しようかな」
彼等の指揮官は慌てて「お前等なぁ」
「だって俺たちにとって恋愛は人生ですよ」と兵士たちは口を揃えた。
「聖書には、汝姦淫するなかれと書かれている」とレッド。
「姦淫とは、合意に基づかない性行為の事だ」とリシュリュー。
レッドは「そんな理屈があるか!」と肩を怒らせて叫んだ。
「だが聖書にはこうも書かれている。汝の隣人を愛せと」とリシュリュー。
レッドは鎧だけでなく顔も真っ赤にして「それはそういう愛じゃない!」
「そうでないと言える根拠は?」とリシュリュー。
「それは」とレッドは口ごもる。
さすがにエンリはリシュリューを見て(この人って言い張りが凄いな)と脳内で呟いた。
リシュリューはそんなエンリに「宗教ってそういうものだろ?」
エンリは「いいのか? それで」
その時、無敵戦隊に代わって、学者然とした中年僧侶が出て来た。
そして「かつての神学者たちは全て、そう言った」
リシュリューがそれに反論しようとした時、その肩をポン、と叩く者が居た。ベーコン教授だ。
「リシュリュー卿、ここから先はお任せを」
ベーコンは言った。
「彼等が正しいという根拠は?」
「過去の神学者が全て間違っているというのか?」と中年僧侶。
「正しさの根拠は誰が言ったかではなく、何を言ったかだ。その根拠と論理によって証明される事で、正しさは決まる」とベーコン。
「傲慢だ。世の全員が間違いで自分だけ正しいなどという事は有り得ない」と中年僧侶。
「では聞くが、ユーロの民は全員が教会の教えが正しいと言い、アラビアの民は全員が異教神学者の説が正しいと言う。何故そういう事が起こる?」とベーコン。
「それは異教徒が間違った教えを信じたからだ」と中年僧侶。
「では、あなたがアラビアで一人立って彼等に向えば、どうなる。自分一人が正しく、お前達全員が間違いだと言うだろう。それはあなたがさっき言った傲慢ではないのか?」とベーコン。
中年僧侶は「それは・・・」と口ごもる。
「人は多くの人と共に居れば、同じ考えに染まる。それが間違っていたと気付いても、周囲と違う考えだから傲慢と感じて、正しい答えを捨てるだろう。そして再び、周囲と同じ間違った考えに固執する。これがイドラ、つまり偏見だ!」とベーコン。
「過去の神学者たちの意見がイドラだというのか?」と中年僧侶。
「それを判別するものが論理と、それを見極める証明だ。彼等はどんな論理を語ったというのか?」とベーコン。
中年僧侶は「ある学者は言った。女性が男性と交わる場所は糞と尿の間。男性が女性と交わる場所は尿の出口。即ち穢れだ」
「だが、人が物を食べ、言葉を語る口は、体内で糞の出口と一本の管で繋がっている。糞と尿は畑の土を肥し、作物を実らせる。違うか?」とベーコン。
中年僧侶は「それは・・・」と口ごもる。
「その作物をあなた達は神の恵みだと言った。それは本当に穢れなのか?」とベーコン。
そんなベーコンの言葉を聞いて、エンリは思った。(この人が行ってるのは、本当に言い張りなんだろうか?)
だが、なお中年僧侶は言った。
「だが、あのドラゴンは何だ? あれを神の使徒と言うが、聖書ではドラゴンは悪魔の使徒として世界の終わりに世を滅ぼす存在と書いてあるぞ」
エンリが進み出る。そしてベーコンに「ここからは私が」
そしてエンリは言った。
「それがここに居るドラゴンの少女だという証拠はあるのか?」
「何だと? ドラゴンはドラゴンだ」と中年僧侶。
エンリは言った。
「ならば、人の中にも悪魔に組する者は居よう。それが人だからという理由で、全ての人が悪魔の使徒だとする根拠になるのか? 世界には多くの土地でドラゴンの伝承があり、様々なドラゴンが居る。その中に世界の終わりに出現するという一匹のドラゴンがそうだからといって、他のドラゴンも同じという事にはなるまい。東のジパングという国では、ドラゴンは雨を降らし田畑を潤す存在だった。それはあなたの論では神の恵みではなかったのか?」
中年僧侶は「それは・・・」と口ごもる。
第二皇子が出て来る。そして言った。
「もう良い。我々もスパニア人だが、教皇庁に従う」
エンリは言った。
「お好きにどうぞ。国教会は信仰の自由を認めている。だからお前達の存在は、全く困らない。困るのは、我々を認めないお前等だけ。それで争いが生じるのはお前等だけの責任であり罪だ。それが、お前達が征伐される正当な理由である」
それを聞いて、皇帝を名乗る第二皇子は激怒した。
「もう許さん。戦闘開始だ」
そう言って第二皇子が開戦を宣言すると、その横に控えていた将軍が慌てて第二皇子に言った。
「皇帝陛下。まだ攻撃呪文の詠唱を初めていません」




