第58話 同盟と教皇
反教皇派のドイツ諸侯軍の多くが、ポルタ側の国教会同盟に参加する中、彼等を主導するエンリたちには一抹の不安があった。
弱小の多いドイツ諸侯の中にあって、とび抜けた強さを持つプロイセンが、情勢を伺って去就を決めずにいた事だ。
王たちの会議でその話題が出ると、イギリスのヘンリー王は思いっきり嫌な顔で言った。
「あそこの王は油断できないぞ。皇帝に恩を売って得をしようって、たとえ味方についても、いつ裏切るか解らん」
「けど、あそこの王だって反教皇派だよね?」とエンリ王子。
「王様が宗教で動く人じゃないんだよ」とフランスのルイ王。
「味方に就いても、こっちを手玉にとってやろうって気満々」とヘンリー王。
「相手にしたくないなぁ」とルイ王。
「いっそ敵に回ってくれた方が簡単なんだが」とヘンリー王。
エンリ王子は「無責任な事言わないで下さいよ」
その時、連絡官がエンリに知らせをもたらした。
「あの、王子。プロイセンから使者が来たんですけど」
エンリは「通せ」
するとルイ王とヘンリー王が「俺たち、ちょっとトイレに」
エンリは慌てて「あの、ヘンリーさん? ルイさん?」
そうこうしている間に、家来がプロイセンの使者を案内して来た。
「使者殿をお連れしました」
そして案内されて来た、その使者と称する人は「プロイセン王のフリードリヒです」と名乗る。
エンリ唖然。そして「まさか本人ですか?」
フリードリヒ王は「王自身でなければ決断できない事もありますので。それに、信用できなければいつでも私を殺害できるでしょ?」
エンリは慌てて「そんな事は・・・」
「いつ寝返って皇帝に恩を売ろうとするか解ったもんじゃないと思ってましたよね?」とフリードリヒ王。
エンリは「(ギクッ)そ・・・そんな事は」
すると、隣に居たイザベラ女帝は言った。
「で、使者のフリして、のこのこ出て来て殺害されたのは実は影武者だったと。それで相手の非を世界中に訴えて同情を買って」
フリードリヒ王は「(ギクッ)そ・・・そんな事は。影武者にそんな高度な駆け引きは出来ませんよ」
イザベラは「けど、本国に居る影武者が本物のフリをして、"実はあれは影武者だった"と言い張る事は可能かと。あなた、影武者を五人、抱えてますよね?」
「何故それを」とフリードリヒ王。
「スパニアの諜報局を舐めない事ですね」とイザベラ。
「本題に入りましょう」とフリードリヒ。
エンリはフリードリヒに言った。
「それで、あなたが来たという事は、こちらに付く可能性は大という事ですよね?」
フリードリヒは「要求はただ一つ」
イザベラが「ドイツ皇帝の地位を・・・ですか?」
「話が早い」とフリードリヒ。
「まさかそのための段どりをこちらで・・・と?」とエンリ。
フリードリヒは言った。
「国教会同盟の三国の支持があれば十分。後は軍事力でどうにでもなります。なので・・・プロイセンが大きくなり過ぎたら困る・・・なーんて思っちゃ嫌ですからね」
エンリは「まさか、そんな」
「けど、皇帝の直轄領だけでもプロイセンより大きいですよ」とイザベラが指摘する。
「それを、これから削り取ってやる訳です。それに国力とは領土の大小だけではない。必要なのは、経済力とそのための合理的な国家運営です。なので、うちは強いですよ。味方につければそれなりの戦果をお約束します」とフリードリヒ。
「他のドイツ諸侯から敬意を集めるためにも・・・ですよね?」とイザベラ。
フリードリヒは「そのためにも、忠誠を尽くして戦います」
「というより、ドイツ皇帝軍に大きな打撃を与えて弱体化させたいんじゃなくて?」とイザベラ。
「特に魔導士隊とか」とアーサー。
「そこらへんは我々の方が詳しいですので、お任せ下さい」とフリードリヒ。
「期待していますよ」とエンリ。
「後は敗戦で皇帝権が失墜したのに乗じて」とイザベラがフリードリヒに・・・。
「そちらも他の皇子たちを押えてスパニア皇帝の座を盤石に」とフリードリヒがイザベラに・・・
「プロイセンの、そちも悪よのう」とイザベラ。
「イザベラ様ほどではありませんよ」とフリードリヒ。
フリードリヒとイザベラ、声を揃えて「ほーっほっほっほ」と高笑い。
エンリは脳内で(悪人の会話にしか見えないんだが)と呟いた。
プロイセン王が去ると、イギリス王とフランス王が戻って来た。
そしてエンリに「会談はまとまりましたか?」
エンリは溜息をついて「そういう丸投げは止めてくれませんか」
イザベラが会談内容を説明する。
そしてエンリはイギリス王とフランス王に「あの人って、そんなに厄介な人なんですか?」
ルイ王が語った。
「とにかく、裏表ありまくりな奴さ。心にも無い事を平気で言う。フランスに共和主義理想論者のサロンがあって、奴は王太子時代からそこの会員でね、あそこのリーダーは奴の家庭教師なんだ。それで即位してから、そこの会合で演説して、戦争には絶対反対だと言ったんだ。それが終わって帰国した直後・・・」
「何かやったんですか?」とエンリ。
「隣の領主領を侵略して領地を奪いやがった」とルイ王。
「・・・」とエンリ王子絶句。
ヘンリー王が語った。
「富国強兵マニアで、国を強くするためには手段を択ばない。時計塔魔術学校の降霊科で、古代イギリス王とギリシャ王とメソポタミア王の霊を呼び出して討論会をやらせた事があったんだ。その時、メソポタミア王が"国家とは王の所有物として好き勝手やるためにある"と言って、イギリス王がそれに反論して"民の幸せに尽くすのが王"だと理想論を語ると、ギリシャ王がそれに反論して"王は正しさの奴隷ではない"と主張した。その時、見学していたフリードリヒが何と言ったと思う?」
「何と言ったのですか?」とエンリ。
「いえ、王は国家第一の奴隷です・・・だとさ」とヘンリー王。
エンリが「国の民のためなら自らの身を顧みないって事ですか?」と言うと、イザベラはエンリにあきれ顔で言った。
「あのね、王が国家第一の奴隷って事は、国民全員その下の奴隷って事になるのよ」
エンリは「あ・・・・」
ポコペン軍では老レオナルドが新兵器をお披露目していた。
鉄砲に複雑な機械を付けたそれを指して説明するレオナルド。
「射撃機械の改良版だ。銃身を自動的に左右に振って敵をなぎ倒す」
タルタが嬉しそうに「鉄化したままでも使えるって訳か。そりゃ便利だ」
レオナルドはもう一つの機械を指して説明する。
「それと、奴等の戦力の大きな部分は魔導士隊と、奴等が使役する魔物軍団だからな。それに対抗する手段として、アンチ魔法装置だ」
「こっちの魔法も使えなくなるんだよね?」とアーサーが質問。
レオナルドは「だから、最後の手段という事になるな。この魔法機械は魔力相殺の触媒にオリハルコンを使うんだ」
「そんなの、どこにあるんだ?・・・って話なんじゃ・・・」とエンリが意見。
「だから、構想は以前からあったんだが、長い事作れなかった。だが最近、手に入ってな」とレオナルド。
「俺の髪の毛か」とタルタが思い出したように・・・。
スパニア女帝として即位を宣言したイザベラに対抗すべく、ドイツ皇帝と組んだ第二皇子も即位を宣言し、次々と他の勢力を攻め落として配下に加えた。
そんな情勢が同盟側会議で報告される。
「あそこはスパニア正規軍のかなりを味方につけてるからな」とフランス軍の将軍。
「それと無敵戦隊が居ます」とパラケルサスが指摘した。
エンリが「無敵艦隊じゃなくて?」
「いや、戦争は陸上の現場でやってるんで、海や会議室でやってる訳じゃないから」とアーサー。
「どんな奴等なんだ?」とルイ王。
「五人の魔導戦士チームです。炎・風・水・土・光と、各自が得意な属性魔法を使う。それぞれの魔法は強力で、組み合わせた連携技を使われると手強い、その前に速攻で倒すのがベストですね」とパラケルサス。
「戦闘が長引くと、どうなる?」とドレイク提督。
「各自、騎乗用のゴーレムを持ってます」とパラケルサス。
「それは厄介だな」と三銃士のアトス。
パラケルサスが「しかも苦戦すると」
「どうなる?」とアラミス。
「五体の騎乗用ゴーレムが合体して超巨大ゴーレムになって必殺技を使います」とパラケルサス。
「どこかで聞いたような話だな」とエンリが言った。
第二皇子は教皇の支持でスパニア皇帝としての戴冠式を行った。
彼を擁する皇帝軍はスパニア南部の多くの勢力を投降させて、スパニアはほぼ二分した。
特に、第三王子と第七王子を屈服させた事で、彼等に付いていたスパニア帝国騎士隊、つまり正規軍の大部分を第二皇子が手中に収めていた。
そんな情勢の中、アーサーがエンリ王子に知らせを持ち込んだ。
「王子、良い知らせと悪い知らせがあります。どちらから聞きますか?」
「後でがっかりするのは嫌だ。悪い知らせから聞こう」とエンリ。
「敵がグラナダを陥落させました」とアーサー。
「あの最後に残った異教徒の国が・・・」とエンリは溜息をついた。
「あそこの異教徒たちは第二皇子に全員追放されたそうです」とアーサー。
エンリは言った。
「そもそも八百年前にこの地に攻め込んで居座った異教徒を追い出すために出来たのがスパニアやポルタだものな。ある意味先祖の念願が叶ったという訳だが、良い知らせって、まさかそれじゃないよな?」
「良い知らせって、こいつ等ですよ」
そう言ってアーサーが部屋に招き入れたアラビア人を見て、エンリは驚きの声を上げた。
「アリババじゃないか」
アリババは言った。
「お前等の軍に参加したい。グラナダから逃げてきた市民兵も一緒だ」
「お前等にとっちゃ俺たちも異教徒だろ?」とエンリ王子。
アリババは「けど、スパニア国教会は信教の自由を保障してるよな?」
「そりゃそうだ」とエンリ。
「グラナダに居た仲間たちは、調子に乗ったスパニア兵の略奪受けて酷い目にあってる。奴等から町を取り戻して、お前達と共存したい。それで俺たちは奴等に雇われたんだ。一緒に戦ってくれるか?」とアリババ。
エンリは「もちろんだ」
そしてアリババは言った。
「アラビア人との千年戦争に勝ったとか言って、今、第二皇子の軍は大盛り上がりだ。この勢いに乗って、奴等、総攻撃をかけてくるぞ」




