第57話 国教会の指導者
三国国教会立ち上げの具体化が進むと同時に、イザベラのスパニア女帝としての戴冠式に向けた話も進んだ。
問題となったのは、その儀式の場として勢力下に加えた聖地ガルシア大聖堂の領主が擁するマルコ皇子の扱いだ。
イザベラの即位に先立ち、ガルシア侯と第18王子皇子マルコがエンリ王子たちと会見する。
英仏国王ら三国国教会の関係者も同席した。
エンリは「念のために伺いますが、マルコ皇子は帝位を継ぐ気はありますか?」
マルコが何か言う前に、彼を保護するガルシア侯爵が声を上げた。
「それは民の総意が左右する事かと。上に立つ者は己の権力欲で地位を争うべきではありません」
そんな彼を見てエンリは思った。
(民の支持って・・・ガルシア侯って、意外と凄い人だったんだ)
ガルシア公は更に続けて「そして民に最も支持されているのはマルコ皇子」
エンリは、がっかりした顔で「なるほど、そういう事ね」
その時、マルコ皇子はガルシア侯に言った。
「義父上、私に帝位を継ぐ気はありません」
イザベラは嬉しそうに「マルコ兄様なら、そう仰ると思っていました」
「私はドイツ皇帝位を狙った兄のフランコ第二王子に嫌われて、都を追われました。義父上の軍で帝位争いに参加するためここに来た訳ではないのです」とマルコ皇子。
「ですが皇子は優しい方で、民からの絶大な支持があります。学問も出来て医術の心得もあり、自ら病んだ民を治療して命を救った事さえ何度もあります。この人が皇帝になれば納得する人も多い」とガルシア侯。
「皇子が33人も居れば、そういう人も居るよ」とエンリ。
「けど、人が良すぎると、それに付け込む奴も多いですよ。政治を担う皇帝の座に向いているとは思えませんね」とリシュリュー。
それを受けてマルコ皇子は「そういう事です。私はイザベラが帝位に就く事を支持します」
「ありがとう、兄さま」とイザベラは嬉しそうに・・・。
そして、仲のいい兄妹の会話が続く。
イザベラは薬の包を出してマルコに「このお薬、すごく体にいいのよ」
それを見てエンリはイザベラに「ちょっと待て、それ、ジョアン王に飲ませた薬だよね?」
「エンリ様は私より兄の方が皇帝に相応しいと?」とイザベラはエンリに言って口を尖らせた、
エンリは困り顔で「お前、地位保全の鬼になってるぞ」
会見を終えて自室に戻るエンリにマルコ皇子が話しかけた。
「エンリ王子。私はイザベラにとって邪魔者なのですよね?」
「いやそんな」とエンリは口ごもる。
「あの薬って、実は毒ですよね?」とマルコ皇子。
エンリはマルコに言った。
「あなたはガルシア侯爵の娘婿です。ここの領主として民に慕われているのではありませんか?」
だがマルコは「侯爵には実子が居ます。それに、これから英仏のように国をまとめるには、地方を役人で管理する体制が必要です。それには領主自体が邪魔者ではないのですか?」
「あなた自身はどうしたいのですか?」とエンリ。
「あなたの父上のようにスローライフを」とマルコ。
エンリは溜息をついて「あの人の真似だけは止めたほうがいいですよ」
マルコとの対話を終えて、エンリが自室に戻ろうとすると、イザベラが話しかけた。
「エンリ王子」
「聞いていたのか?」とエンリ。
イザベラは「マルコ兄様を助けてあげてください。あんないい人なのに、自分は邪魔者だなんて」
「あの薬は何だったんだよ」とエンリはあきれ顔。
イザベラは「それはそれ、これはこれです」
エンリは「お前なぁ」
イザベラは言った。
「私、やっぱりマルコ兄さまが大好きです」
エンリは「お前、意外と兄弟思いなんだな」と、"ちょっと見直した"・・・といった顔でイザベラを見る。
「だって、こんな使える手駒、骨の髄まで利用しなきゃ勿体ないじゃないですか」とイザベラ。
エンリは溜息をつくと(この女は・・・)と脳内で呟いた。
王たちとの会議でエンリは提案した。
「スパニア国教会の指導者としてマルコ皇子を推薦する。すぐに僧籍に入って準備を進めるよう提案したい」
「だが、叙任する権利は教皇にあるんですよね?」とガルシア侯。
リシュリューが言った。
「聖職者叙任権闘争で批判されたのは俗人による叙任です。英仏国教会総大主教が承認するのを否定する根拠は無いと思いますよ」
「ですが、私にも妻が居ます」とマルコ皇子。
「だったら聖職者の結婚を認めればいいのではないでしょうか」とエンリが提案。
「そんな・・・」とマルコ唖然。
エンリは「新しい教義では恋愛は自由となっている」
マルコは「それは俗人の場合では?」と口ごもる。
リシュリューは言った。
「反教皇派では牧師というのが居ますね。彼らは結婚します」
「あれは聖職者ではなく信者の指導者です」とマルコ。
「教会とは元々信者の組織で、神父はその指導者に過ぎなかった。それに、今日びの坊主で妾を囲ってない奴は居ないってみんな知ってます」とリシュリュー。
マルコは「いいのかな? それで」
ティアゴ大聖堂。
聖者の柩の前で国教会設立の儀式が始まった。坊主たちの長々しい宣言やら何やらが続く。
参列する王子の隣でタルタが「退屈だな」
「そう言うな」とエンリ。
聖職者の任命。ドイツ王、フランス王の洗礼。両国王はそれぞれの教会の首長に任命される。
そして、スパニア女帝イザベラの戴冠式。それまでに降参した兄や姉たちが証人となる。
イザベラを首長としてスパニア国教会が成立。
エンリが洗礼を受け、ファフに従者としての叙任を行う。
三か国の教会が国王を首長として独立した事はユーロ全土に公表された。
それは同時多発教会独立と呼ばれ、衝撃を受けた教皇庁は「教会独立との戦争」を宣言した。
長い儀礼を終えたエンリがカルロに訊ねた。
「なぁ、イザベラの姉って、何故か、みんな絶世の美女とか言われてるよな」
「そりゃスパニアの諜報局は優秀ですから」とカルロが答える。
「諜報局って王女の化粧とか関わってるの?」とエンリ。
カルロは「それは宮内局の仕事ですが」
エンリは不審顔で「優秀とか言ってるが、何か得意技があるの?」
カルロは言った。
「流言飛語ですよ。敵対する王家のスキャンダルを暴くとか、あそこのパパラッチは怖いですよ」
エンリは「まさか俺の噂とか」
「まあせいぜい、城に魚のハーレム作って鞭とローソクで特殊なプレイとか」とカルロ。
エンリは口を尖らせて「スパニアを統一したら解体して島送りにしてやる」
カルロは「駄目ですよ。あれで役に立つ奴等なんだから」




