第562話 解体のドイツ
ナポレオンはアウステルリッツの戦いで、ドイツ帝国家とロシアの連合軍を破った。
ピュートル帝率いるロシア軍は撤退し、ドイツ帝国軍は壊滅して、テレジア女帝は将兵たちとともに捕虜となって、フランス軍占領下のウィーンに護送された。
そして、宮殿で軟禁状態にある彼女と再会したオスカル。
敗戦に打ちひしがれ、絶望を語るテレジアに、彼女は言った。
「私がそうはさせません。この国は存続します。根拠はありませんが・・・」
オスカルはアンドレを連れてナポレオンの指令室を訪れた。
何やら書類を前に思案中のナポレオンに、オスカルは言った。
「皇帝陛下、お話があります」
(また面倒な奴が来たなぁ)
そんな脳内での独り言をナポレオンは飲み込むと「君は確かオスカル・・・・、貴族でドイツ人のオスカル君だね?」
「元貴族・・・ですが」と返すオスカル。
ナポレオンは「まあ、俺もコルシカ島の貴族だけどね。下級の下級だが、田舎に行けば家族も親戚も居る」
そんな惰性な問答をオスカルは断ち切り、彼女は本題に切り込んだ。
「この国は存続するんですよね?」
「するよ」
「・・・・・・・・・」
拍子抜け顔なオスカルにナポレオンは言った。
「イタリアも一応独立国。しかも分裂状態なのを俺が統一させてやったんだ。ここもそれで行こうと思う。で、新しい王をどうするか、なんだが・・・。スパニア総督には兄、イタリアには養子。ここは誰にするかなぁ」
「今の王家を存続させるというのは?」とオスカル。
「・・・・・・・・・・」
ナポレオン、暫し絶句。そして溜息をつきつつ、言った。
「感謝されて友好的な国になるとでも? いや、昔の君主に義理立てしたい気持ちは解るけどね、ロシアはソ連とかいう収容所国家が冷戦ってのに負けた後、その理屈でお咎め無しになって、物騒な破滅兵器だの島国から強奪した北方領土まで没収を逃れた。それでどーなった? 10年後にはプータローチンとかいう独裁者が現れ、20年後にはとうとう侵略戦争再開だ」
「ジパングは平和で民主的な国に生まれ変わりました」とオスカルは反論。
「軍国主義者が生き残って侵略再開するんだとか、半島国だのリベラル教だのが言ってるが?」
そうナポレオンが突っ込むと、オスカルは「あんなの妄想です。しかもその妄想は、西の大陸国の侵略的軍国主義の正当化のためのもの」
「・・・・・」
オスカルは言った。
「要は体制です。彼等が民主主義を受け入れて、先ず、庶民代表を選挙で選んだ議会を設立し、民主的な憲法を制定し・・・」
「非武装中立とか?」とナポレオン。
オスカルは「いえ、民主主義を受け入れた"平和と公正を愛する諸国民"である我々と共に、平和と公正を愛さないプータローチンとかシューチンピラとか、ヘイトスピーチな半島国脳みたいな、ああいう人たちのハイブリット戦争に抗うためには、非武装中立は逆にまずいかと」
「・・・俺たち、何時の時代の話をしてるんだっけ?」とナポレオンは突っ込む。
残念な空気が流れる中、背後に控えていたアンドレが言った。
「この案に乗れば、統領陛下は民主主義のヒーローですよ。国民的ヒーローとして人気爆上げ間違い無し!」
「・・・・・・・・」
アンドレは扇子を両手に紙吹雪をまいて「よっ、天才皇帝」
ナポレオンは照れ顔で「それほどでもあるけどね」
煽てに弱いナポレオンであった。
オスカルは女帝と、そして主だったドイツ帝国の有力者を、会議室に集めた。
そして彼らを前に、語った。
「フランスはこの国も王家も、存続を認めると言っています」
重苦しかった空気は、一気に明るくなる。
オスカルは続ける。
「ですが、体制は変えなくてはいけません。この国に民主主義を根付かせるのです」
再び空気は、重苦しいものへと変わった。
そんな彼らに、テレジア女帝は「いえ、やりましょう。それがこの国を強くするのならば・・・」
テレジアは、かつてエンリ王子に対フランス戦への参加を求めた時に、エンリが言った言葉を思い出していた。
(国民が国家の主役たる自覚を持つのは、これからの強国の条件です)
「国民が参加する議会と、人権を保障する憲法を作るのですわよね?」
そう女帝が言うと、メッテルニヒ宰相が「よろしいのですか? あんなに嫌っていたのに」
すると女帝は「やるのは私ではありません。退位して長子のフランツに帝位を継がせます」
ナポレオンが連れて来た外交官と、講和条約の交渉に入る、ドイツ帝国の大臣たち。
そしてプレスブルク条約が締結された。
莫大な賠償と領土の割譲、対仏大同盟の解消、イタリア王国の承認・・・・・。
条約交渉に結着がつくと、テレジアは娘のルイーズを自室に呼んだ。
「あなた、あのナポレオンをどう思うかしら?」
そう母親に問われて、ルイーズは「戦争以外ならチョロそうな男ですわね」
「彼と政略結婚して欲しいのだけれど」
そうテレジアが言うと、ルイーズは「いいですわよ。王子として甘やかされただけの男より面白そう。それに、どうせ彼が勝ち続けている間だけの話なのですわよね?」
「彼が負けるとでも?」
そう意外顔でテレジアが聞き返すと、彼女は「東の国にこんな諺があると聞きますわ。"驕る平家は久しからず"と・・・」
テレジア女帝はナポレオンに面会を求めた。
そして、彼女から政略結婚の話を聞いて、ドン引きするナポレオン。
「そういうのは勘弁してよ」
そうナポレオンが困り顔で言うと、脇に居た彼の部下が面白がって「いや、チャンスじゃないですか。普通なら嫁を一人ゲットするのに100回振られるって言いますよ」
「だって人生の墓場だぞ」とナポレオン。
そんな彼にテレジアは自信満々な顔で「そういうのは本人を見てから言って貰えるかしら。ルイーズ、入りなさい」
女官に付き添われて入って来た美女を見て、ナポレオン唖然。
「このお姫様が俺の嫁?」
「いや、政略結婚っていったら相手は姫でしょ。
ナポレオン、ルイーズの前にほぼ一瞬で移動し、跪いて彼女の手を執った。
「一生、お守りします」
ルイーズは艶然とした笑みを浮かべて「よろしくお願いしますわね」
「ヒャッホー」と叫んで小躍りするナポレオンを見て、部下たちは呟く。
「いいのかなぁ。こういうのって、ハニートラップみたいなものなんじゃ・・・」
講和が発表され、併せて女帝の退位も発表された。
宮殿前広場のバルコニーで演説する女帝。
そして、後継となる新帝フランツが演説する。
「勇退する母テレジアの後を受け継ぎ、君たち国民の権利と自由を守るため、不惜身命の心を以て臨み、未来を切り開く啓蒙君主となる事を、ここに誓おう。かの偉大な先輩啓蒙君主、プロイセン王フリードリヒのように・・・・・」
テレジア女帝、ハリセンでフランツの後頭部を思い切り叩いた。
ドイツ諸侯議会が開催された。
ドイツの諸侯たちが席に着く中、プロイセンのフリードリヒはワクワク顔。
「あの敗戦で、目ざわりな女帝も退位。いよいよ俺の天下だ」
そんな父王にウィルヘルム王子は「新皇帝はまだ即位していないと聞きますが」
「そんなのはいいんだよ。皇帝家がドイツ王の資格を失った事は、誰の目にも明らか。王冠は尻尾を振って俺の所に転がり込んで来る」と皮算用を弾くフリードリヒ。
議事の開会を前に、ドイツ皇帝が座る座にナポレオンが座った。
諸侯たちは唖然顔で「フランス人であるあなたが、何故そこに?」
ナポレオンは「ドイツ皇帝はユーロ全体の皇帝でもあると聞くが?」
「・・・・・・・」
そして開会を宣言するナポレオン。
「では、この議会の名目的主催者であるテレジア女帝陛下より、お言葉があります」
「名目って・・・」と諸侯たち一様に呟く。
テレジアは演説する。
「私はドイツ王として、ここに居るフランス皇帝との戦いに敗れ、話し合いにより条約を結んで和解致しました。我々は対等な主権国家として、憎悪を排して平和共存する事を誓い、よって対仏大同盟の盟主として、この同盟の解消を宣言します」
そんな彼女にフリードリヒ王が突っ込み発言。
「あなた、盟主でしたっけ?」
「盟主です!」とドアップで念押しするテレジア。
そして「ユーロ皇帝による決定に、まさか不満でも?」
諸侯たちからブーイングが起こる中、ナポレオンが「この期に及んで我がフランスに敵対するとか?」
「そそそそんな事は・・・・・」と諸侯たち、慌て顔で口を噤んだ。
「それより、他国に敗れたあなたが未だに皇帝とか、おかしくないですか?」
そうテレジアに物言いを続けるフリードリヒに、ナポレオンは「戦勝国たるフランスがそれを認めたものである。オーストリア帝国は我がフランスの同盟国」
テレジア女帝、慌て顔で「ちょっと待ってよ。オーストリアって・・・」
ナポレオンは「あなたの直轄地ですよね?」
テレジアは意気消沈顔で「つまり、もう私はドイツ王では無いと? そんなぁ」
フリードリヒは勝ち誇り顔で「何を言ってるんですか。あなたはとっくに諸侯たちからも見放されて、彼等と同じ諸侯の一人に過ぎない。今やドイツでの最強は我がプロイセン。つまり空席となったドイツ王の座は、このフリードリヒが受け継ぎ・・・」
そんな彼の弁舌を遮り、ナポレオンは言った。
「ドイツ王という地位は、もうありません」
「な・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ナポレオンは並み居る諸侯たちに向かい、威圧顔で宣言。
「ドイツにおけるオーストリアとプロイセン以外の諸侯は、ライン連邦という国に統合され、オーストリア・プロイセンと対等な主権国家となります」
「・・・・・・・・・・・・・」
フリードリヒ王は真っ白に燃え尽きた。
諸侯たちもまた、唖然。
騒然たる議場の中、特に、おさまりつかない体を見せたのは、バイエルン侯だ。
「ちょっと待て。そもそもこの戦争は、同盟国たる我がバイエルンの独立のために・・・」
「そうでしたっけ?」と、ナポレオンはすっ呆ける。
「そんなぁ」
更にナポレオンは彼らに言い渡す。
「ちなみにライン連邦は我がフランスの保護国として、責任を持ってお守りします」
「そんなぁ。対等な主権国家はどーしたよ」
そう抗議の声を上げた諸侯たちは、ナポレオンの一睨みで沈黙を強いられた。
また、しばらくアップロードを休みます。フランス革命編後半は後ほど・・・・・・。




