第558話 牽制と奇襲
ナポレオンがドイツ軍を破ってイタリアを保護下に収め、教皇庁により正式な皇帝となった。
これに対してリベンジを誓う、ドイツの女帝テレジア。
そんな中、ドイツ領邦国の一つバイエルンが、フランスと同盟を結んだ。
激怒するテレジア女帝は、ロシアと対フランス戦の派兵の約束を取り付けた。
ドイツ皇帝軍によるバイエルンへの侵攻が現実のものとなり、バイエルン候は同盟国となったフランスに救援を求めた。
パリの宮殿では、ナポレオンが部下たちを集めて作戦会議。
あれこれ言う、部下の将軍や参謀たち。
「どうする?」
そうナポレオンが意見を求めると、副官のルクレールが「ここで見殺しにすれば、大同盟は強気になって、一気に革命を潰しに来ますよ」
「けど、救援軍を送るにしても・・・・・」と参謀の一人が・・・。
すると、将軍の一人が「大丈夫だ。我々には大陸軍があーるじゃないか」
「そうだよね」と頷く会議の参加者たち。
大同盟からフランスを守れ・・・を合言葉に、多くの若者が兵を志願していた。
ナポレオンは彼らを集め、ブローニュに大規模な兵営を建設し、徹底した訓練を施した。
そしてこれを中核に、二~三万の兵による軍団を七つ組織。
各軍団は一万人ほどの兵力を持つ複数の師団を中心に構成され、これには歩兵・砲兵・騎兵・魔導兵といった実戦部隊の他、補給や工兵といった支援部隊を備える事で、独立した作戦行動の可能な軍隊組織となっていた。
「この大陸軍を動員して、ライン河から東進し、一気に皇帝軍を殲滅できます」
そう、将軍の一人が言うと、ナポレオンは「けどさ、それってただの力攻めだよね? コストはかかるし、少数で大軍を破ってこその名将だろ」
「そういうゲーム感覚は要らないと思うのですが・・・」とルクレールが困り顔。
するとナポレオンは「名将ハンニバルがやったアルプス越えって、あるよね?」と言い出す。
「あれはドイツからイタリアに攻め込んだんですけど」
そう参謀の一人が突っ込むと、ナポレオンは「だったら、イタリアからドイツってのもアリだよね? しかもイタリアには我々の駐留軍が居る」
「確かに・・・・・・」
その時、会議室の棚の影に一匹の鼠が居た。
そして・・・・・・・。
ウィーンの宮殿の女帝の執務室で、テレジア女帝の元にフリードリヒ王からの魔導通話。
これを切ろうとしたテレジアは、ネズミの使い魔がもたらしたナポレオンの作戦会議中の音声情報を聞かされ、愕然とした。
「ナポレオンがそんな事を?」
「政治を左右するのは情報です。これによって我々は大きく優位に立てるのです」
そんなフリードリヒの鼻ヒク声に、テレジアは疑問声で「で、私のドイツ王位を狙っているあなたが、何を企んでいるのかしら?」
「私だって対仏大同盟の一員ですから」と腹に一物声のフリードリヒ。
「その意識がおありなら、軍でも出してくれたらどうなの?」
そうテレジアが言うと、フリードリヒはからかい声で「この私に背中を任せるほど信用して頂けるというのですね? さすがは大同盟の盟主。器が大きくいらっしゃる」
「やはり結構ですわ」
通話を切ると、テレジアは傍らに居た侍従に言った。
「ワイロッテル将軍を呼びなさい」
女帝の命を受け、ワイロッテル将軍はドイツ皇帝軍を率い、アルプスを越えるイタリア駐留軍を迎え撃つべく首都を出撃。
南の山岳方面に移動し、陣を張った皇帝軍の主力。
知らせを聞いたナポレオンは・・・・・。
「これって、アルプス越えの奇襲に備えてるんだよね?」
将軍や参謀たちを集めての作戦会議で、ナポレオンは情報の概要を彼等に伝え、意見を求めた。
深刻顔で参謀の一人が「情報が漏れたって訳ですか?」
「やっぱり大陸軍で西から行くしか無いかと」と将軍の一人が意見。
ナポレオンは未練顔で「けどなぁ。第二のハンニバル、やってみたかったんだよね」
副官のルクレールは溜息をつくと、「奇襲は意図がバレたら成り立たないですよ」
そして・・・・・・・・。
フランスでは大陸軍が出動準備に入り、同時にイタリア駐留軍にも動員がかかる。
元近衛の兵営では・・・・・。
「いよいよドイツと戦争になるのか。しかも本国に侵攻とは・・・。どうしよう。ドイツは私の祖国でテレジア女帝は我が君主。だが、私は軍人だ。命令があれば従軍し、主に銃口を向ける覚悟など、とうに出来ている」
そんなオスカルの愚痴を小一時間聞かされるアンドレ。
彼は言った。
「大事なのは民をどう扱うか、じゃ無いのかな? 勝てば占領軍という事になる。その時、酷い支配を避けるよう意見する事だって出来るだろ」
「確かに・・・・・。ところで、ドイツにはどちらから攻め込むんだろうか」
そうオスカルが言うと、アンドレは「大陸軍でセオリー通りに・・・って事になるんじゃ無いのか?」
「けど、イタリアの駐留軍にも動員がかかっているが・・・」とオスカル。
アンドレは「奇襲は意図がバレたら成り立たない。険しいアルプスを真っ当に攻め上るのは不利だ」
「そーだよなぁ」
「とりあえず、指揮はナポレオン皇帝が直接とる事になるだろうな」とアンドレは付け足す。
オスカルは宮殿に向かい、ナポレオンの執務室へ。
「今度のドイツとの戦いは、私の部隊も参加する事になるのですよね?」
祖国に弓引く覚悟を固めたオスカルが、悲壮なオーラを纏って問う。
ナポレオンは困り顔で「いや、別に君が出なくても・・・」
オスカル、一瞬拍子抜け。
そして彼女の脳内では、別の想いが頭をもたげた。
(たとえ生まれがドイツでも、私はもうフランスの軍人だ!)
そして・・・・・・・・・・・・・。
「私がドイツ人だから信用されていないと? 私は軍人です。たとえ生まれ故郷に銃口を向ける事になろうと、全力で戦います!」
そうドアップで迫るオスカルにナポレオン、タジタジとなる。
彼は脳内で呟く。(こいつって、そんなに手柄を欲しがるタイプだっけ?)
そして彼は言った。
「わわ解った。君の活躍を大いに期待する」
「いや、別に参加したいと言ってる訳じゃ・・・・・」
そう困り顔で言うオスカルを見ながら、ナポレオンは思った。
(こいつ、イタリアで面倒な事を言ってたものなぁ。まあいいや)
ナポレオンはオスカルが指揮する部隊とともに、これみよがしにイタリアへ向けて発進した。
そんな情報を受け取ったワイロッテル将軍は悩んだ。
「どうしよう。西から来るっていう大陸軍は21万。それを牽制に使う気か?」
彼は、フランスでの敗戦の責任をとって辞職していたレニエ元将軍の屋敷を訪ねた。
「ナポレオンがアルプス越え・・・ですか?」
状況の説明を受けて意見を求められたレニエは、そう言って首をひねる。
「事前に情報を掴んで備えたのですが、奴は大っぴらに主力を動かして・・・・・」とワイロッテル。
レニエは思った。
(奇襲は敵が意図に気付いたら無意味だ。険しいアルプスを越える敵に対するなら、少数の兵でも撃退は可能だ。もし、敵が我々が気付いたのを知らないのであれば、隠密な移動のつもりで登って来た所を、こちらが奇襲するという手もある。だが、我々がアルプス越えに備えた事は敵に知られた筈だ。にも拘わらず、イタリア駐留軍にも動員がかかっている。もし、アルプスは超えずにハンガリー方面を迂回するとしたら・・・。ナポレオンは、馬車を使った迅速な移動でイタリアの我々を破った。その手を使うなら、迂回する距離は問題では無い。それどころか直接首都を落されてしまう事だって・・・。更に、西から来る大軍と挟み撃ちになったら最悪だ。そんな事はワイロッテル将軍だって解ってる筈。問題はどちらが主力か。ナポレオン・・・。彼は本物の天才だ)
レニエは問うた。
「ナポレオン本人はどちらに居るか、解りますか?」
「イタリアに向かったという情報を得ました」とワイロッテル将軍。
「なら主力はイタリアです」
そうレニエが答えると、ワイロッテルは迷いを断ち切った晴れやかな表情で、言った。
「感謝します、レニエ将軍。やはりあなたは有能だ」
ワイロッテルは笑顔でレニエの屋敷を風のように去った。
レニエは一つだけ間違いを犯していた。それは、ワイロッテル将軍がけして有能ではなかったという事だ。
ワイロッテルは帰路の馬車の中、窓の外を遠くに見えるアルプスの山々を見ながら呟いた。
「主力はこのままアルプス越えに備える。バイエルンにはマック将軍に四万の兵を預けて備えとしよう」
間もなく、フランスで大陸軍が出動した。
ワイロッテル将軍は、それをあくまで牽制だと考え、主力を動かさない。
アルプスの幕営地で、彼は報告を聞きつつ、脳内で呟く。
(ナポレオンはアルプスを越えてドイツに攻め込もうとするだろう。それを我々は迎え撃つ。敵軍を破って奴を捕えれば我々の勝利だ)
幕営地には、自ら指揮を執るべく出向いたテレジア女帝も居た。
イタリアでは、ナポレオンが引き連れた軍は、既に駐留軍と合流していた。
そして・・・・・・・・。
ナポレオンは深夜、目立たぬ服装で駐留軍の兵営を単騎、アルプスに向けて発った。
彼は馬上で、向こうに見えるアルプスの山々を見ながら呟いた。
「皇帝軍は未だに山越えに備えたままだ。奴らは俺がここに居る事で、こっちが主戦場だと思い込んでいる。軍で動けば目立つだろうが、俺一人でアルプスを越えれば、奴らに見つからずに大陸軍と合流できる」
フランスの軍営を発進した大陸軍はライン川を越え、行く先々で馬と食料、そして武器を徴発しながら、怒涛の如く東進してバイエルンを目指した。
そして、単騎でアルプスを越え、ドイツ皇帝軍の脇をすり抜け北上したナポレオンと合流した。
ミュンヘンに向かったマック将軍は、フランス軍が迫っているとの情報に唖然。
「大陸軍は牽制じゃなかったのか? 主力はあくまでイタリアから来る駐留軍の筈なのに・・・。けど21万だぞ。とにかく迎え撃とう」
四万のドイツ軍を率いた彼は、ミュンヘンの手前のウルムの街を拠点に定めた。




