第554話 革命の輸出
軍事クーデターでフランス革命政府を掌握したナポレオンは、対仏大同盟を結んで圧迫する列強を他所に、改革によって国力を高めた。
そんな彼に期待する教皇派教会が、復権をかけて彼を皇帝として担ぐべく、秘密裡の交渉を持ちかけた。
だが、政治をよく知らないナポレオンは、これを公表。
激怒するドイツのテレジア女帝は、「強烈な不満」を掲げて教皇庁にねじ込んだ。
「革命の脅威に対してユーロが結束すべき時に、これはいったいどういう事なのですか?!」
非公式にローマを訪れたテレジアが、サンピエトロ寺院の貴賓室で額に青筋を立てる。
焦りまくる教皇と枢機卿たち。
「ですが、女帝陛下はイタリアから手を引いた筈では?」
冷や汗顔でそう言う教皇に、女帝は怒り顔三割増しで「あなた方を見捨てたと、私に被害者意識を向けようというのですか?」
「・・・・・」
そして女帝は言った。
「ご希望とあらば、再びローマの保護者として軍を送って差し上げてもよろしくてよ。その上で、きっちり責任を追及させて頂きます」
「けけけけけけして我々も、彼を認めた訳では・・・」
そう枢機卿の一人が言いかけると、女帝は「"おいでませローマへ"・・・とか招待状に書いておられましたわよね?」
「それは外交辞令というもので。ジパングの総理の"同じ未来を"どうとかというのと同様に、あれで相手の大陸国の宇国とかいう隣国に対する侵略を・・・」
そう、もう一人の枢機卿が言いかけると、女帝は更に怒り顔二割増しで「後押ししたとか言い掛かりをつけるリベラルカルトと、私が同じであると?(怒)」
枢機卿、慌てて「けしてそのような・・・。そもそも彼のあの会談は、そのリベラル教が唱える融和主義の勧めに耳を貸した結果であって、自らが求めた外交を非難する恥知らずなリベラル教と皇帝陛下が同じなどとは、けして・・・・・」
「で、あなた方の私に対する今回の背信行為について、どう弁明なさるのですか?」
そう追及を続ける女帝に、教皇は「ですから、武力で迫られて仕方なく・・・」
「つまり、フランスの脅威から守って欲しい、という事なのですね?」
そうテレジア女帝が言うと、教皇以下、口を揃えて「そそそそうなんです」
「では、直ちに軍を派遣して差し上げますので、コンクラーベの御用意を」と女帝は言い渡す。
教皇、真っ青に・・・・・・・・。
「この私を交代させるつもりですか?」
「責任という言葉を御存じですわよね?」とテレジア女帝。
「・・・・・・・・・・」
そして彼女は言った。
「まさか教皇猊下ともあろうお方が、イシバとかいうどこぞの総理大臣のような醜態を晒す事など、ありませんわよね? 彼のような輩が甘やかして性根を腐らせたどこぞの半島国の民に"霊的生まれ変わり"を求めた方々の理性に期待致します」
言いたい事を一通り言って女帝が去ると、教皇と枢機卿たちは、一様にその場にへたり込む。
そして、青ざめた顔を見合わせて「どーしよう」
「ナポレオンは乗り気だ。彼の軍に期待するしか無い」
そう教皇が言うと、一人の枢機卿が「イタリアを取り合って、ドイツとフランスが戦争ですか?」
教皇は「我々の首とイタリアの平和と、どっちが大事か?!」
「もちろん我々の首」と声を揃える枢機卿たち。
ドイツ皇帝家はイタリア出兵を宣言し、フランスでも交戦論が高まる。
フランスを非難する女帝の発言が連日、新聞の一面に載った。
反発するパリの庶民たち。
軍営でも、兵たちはそんな世論をネタに、あれこれ・・・・・・。
「どーすんだ? これ」
「イタリアに乗り込んで、またドイツと戦争しろと?・・・」
昼食時、軍の食堂で昼食を食べながら、兵の一人がそう言うと、別の兵士が「けど、向うは革命に介入するって、戦争ふっかけて攻め込もうって言ってる敵だぞ」
「フランスが戦場になるのかなぁ」と、更に別の兵が溜息をつく。
先ほどの兵士も「そうなれば俺たちの家は焼かれ、畑は荒らされる」と言って溜息。
すると、一人の兵が言った。
「いや、撃って出れば戦場になるのは外国だぞ」
「あ・・・・・・・・・」
強気になった兵たちが口々に「どこの国でも庶民は貴族の横暴に苦しんでいる。彼等にも革命は必用だよ。それを我々が助けるんだ」
「けどなぁ」と、一人の兵がぽつり。
「戦争だもんね」
そんな雑談を語る部下たちを他所に、ナポレオンの脳は一つの言葉を反芻していた。
「イタリアに行けば皇帝になれる」
その夜、ナポレオンはbaka-noteに「革命の輸出」という項目を書き込んだ。
説明書きに曰く「革命を成し遂げた先達国の義務」・・・・・。
ナポレオンは、フランス軍を動員してイタリアに進軍する準備を始めた。
「民主主義を広めて革命の祖国の義務を果たそう。俺たちはユーロの指導者だ」
そんな合言葉を胸に、意気上がる市民兵たち。
志願兵が続々と詰めかけ、膨れ上がるフランス軍。
次々に新設されていく部隊の書類を前に、軍の幹部たちは・・・・・・。
「この短期間で百万の志願兵だものなぁ」
「これだけの大軍ならドイツ軍なんて恐れるに足りず」
勢いにまかせてイタリアに向けて軍を発進したナポレオンは、街道を進みながら部下たちと盛り上がる。
が・・・・・・。
司令部の馬車の中で・・・・。
「けど、大丈夫なのか? 軍の留守を狙ってプロイセンとか」と言い出すナポレオン。
「・・・・・」
「全軍出撃はマズかったかなぁ」
そうナポレオンが言うと、参謀たちは「いや、圧倒的な兵力で敵を瞬殺。短期間で終わらせて介入の隙を作らない事が肝心ですよ」
「それより腹減った」とナポレオン。
副官のルクレールが「食料は?」
「そんなもん現地調達で・・・って話だったよね?」と参謀の一人が・・・。
別の参謀が「けど、この数の兵が食べる食料を現地で調達できるの?」
「兵力を絞らないとマズイかなぁ」とナポレオン。
結局・・・・・・。
現地調達可能な兵力を残して、残りは引き返した。
そして、四万六千のフランス軍が国境を越えた。
これに対して、ドイツ皇帝軍もローマを目指して国境を超える。
これを指揮するヴルムザー将軍が乗る司令部の馬車・・・・・。
「ところで敵軍って・・・・・」
そうヴルムザーが言うと、参謀は「革命気分で集まった市民兵で、殆ど素人ですよ」
「その素人軍隊に、あのレニエ将軍が負けたんだよね?」とヴルムザー。
「・・・・・・・・・」
「それで敵の戦力は?」
そうヴルムザーが問うと、参謀は「ほぼ100万・・・」
ヴルムザー、真っ青になって「何ですとーーーーーーーー!」
「・・・だったけど、食料の補給がままならないというので、兵力を搾って国境を越えたのは四万六千」と参謀は続けた。
ヴルムザー将軍はハリセンで参謀を思い切り叩いた。
「脅かすなよ」
ナポレオンはイタリアで進軍を続け、通りかかった都市で物資の徴発を繰り返した。
司令部の馬車で参謀が、地図で現在位置を確認しつつ「随分早く進みましたね」と副官。
ナポレオンは「食料の輸送とかパスしたからな」
通過する都市で食料の供出を要求するが、都市側は救出を渋った。
対応に出る市長は、どの都市でも判で押したように「困るんですよね。利敵行為だとか言われて、ドイツ軍に報復されるからなぁ」
ナポレオンは一旦引き下がると、baka-noteを出して「利敵行為」という項目を追加して説明文を書き込む。
曰く「食料は武器では無いので、その供出は利敵行為では無い」
そして再度要求。
「後でドイツ皇帝軍がなぁ」
そう市長が主張すると、「けど、食料は武器じゃないですよ。しかも、お金を貰って売るのはただの商取引ですから、協力している訳でも無いよね?」
食料の取引が成立すると、ナポレオンは思った。
「これなら簡単にいきそうだな」
そして再度要求。
「移動のための馬と馬車、それと城壁防備の大砲も供出して頂きたい」
「それはさすがに・・・・・・」
ナポレオンは、また一旦引き下がると、baka-noteを出して「利敵行為」の項目に説明文を追加。
そして再び馬と武器の供出を要求。
「勘弁して下さい」
そう困り顔で言う市長に「けど、兵を出して戦闘に参加しろって言ってる訳じゃ無いですよ」
「けどなぁ」
ナポレオンは言った。
「かつてジパングはトランプ帝国に、湾岸で行われる戦争への参加を要求された。"平和主義"の名を騙るリベラルの主張を考慮して参加を控え、支援金を出したのだが、"兵を出さなかったから非協力だ。ショーザフラッグを拒んだ"と罵詈雑言を浴びせられ、参加拒否を要求したリベラルですら、そのバッシングそのものに対しては何の文句も言わず、オールドメディアは反発する国民に"嫌米"というレッテルを貼り、あたかも単なる感情論であるかのように問題をすり替えて、彼等を無視した」
「解りました」
供出させた馬に供出させた大砲を引かせ、軍列に加えるフランス軍。
そんな砲の移動を見て、ナポレオンは副官に「あの大砲って目視距離の敵を攻撃出来るんだよね?」
「足が遅いから、歩兵の突撃で簡単に制圧されちゃいますけどね」とルクレール副官。
「けど、馬を繋いだまま砲撃と移動を繰り返すなら・・・」とナポレオン。
副官は「砲声で馬が驚きますよ。それに、砲の前に居る馬が邪魔だし・・・」
ナポレオンは言った。
「砲を後ろに向けて繋ぐってのはどうかな? 馬には耳栓をさせて防音の魔法を使えば・・・」
行く先々で食料とともに輸送手段と武器の供出を迫るナポレオンの軍勢。
兵を乗せた馬車を連ねて進軍する、そんなフランス軍の中にオスカルが指揮する元近衛隊も居た。
「楽だよなぁ」
そう彼女の部下の一人が言うと、別の一人が「普通の戦争は徒歩で移動だもんな」
更に別の一人が「俺たち市民はフランスの主役だ。その主役が兵になるんだから、楽をするのは権利だよ」
「けど、鉄砲の玉に身を晒す3K仕事だけどね」
そう先ほどの部下が言うと、別の部下が「それは言わない約束だ」
そんなお気楽な部下たちの雑談を耳に、騎乗のオスカルは思考した。
(いいのかなぁ。進軍速度は大きな武器だ。けど、行く先々の都市での挑発はどうなんだ? 彼等だって馬は必用な筈なのに・・・)
オスカルは隊をアンドレに任せると、ナポレオンの居る司令部馬車へと馬を走らせた。
そしてナポレオンに進言。
「総司令官閣下にお話しがあります。守るべき都市民の馬を徴発するというのは如何なものかと。彼等の生活に支障が出ます」
ナポレオン、溜息をつくと「堅い事言うなよ。ちゃんと代金を払ってる訳だし。他の国の軍なんか下手すりゃ略奪だぞ」
「彼等は民を家畜としか思っていません。ですが、我々は違います」とオスカルは食い下がる。
「そーいう事は、この戦争が終わってからにしてくれ。それとも、お前の部下だけ徒歩で行くか?」
そうナポレオンに言われ、オスカルは「それは・・・・」
すごすごと引き返すオスカルを見送ると、ナポレオンは呟いた。
「次の戦争では、あいつは留守番でいいかぁ」
ドイツ軍はローマを目指して北イタリアに入るが、フランス軍の進軍が予想外に早い事を知り、対応を迫られたヴルムザー将軍は、部下たちを集めて作戦会議。
「敵をマントヴァ要塞で迎え撃つ」
そうヴルムザーが言うと、参謀は「我々は六万で、敵より優勢ですよ」
「その通りだ。故に、勝敗は野戦によって決せられる。要塞防衛のため1.4万を残し、残りを四隊に分けて敵の拠点を攻略する」とヴルムザー。
ドイツ軍の動きはナポレオンに伝わった。
「マントヴァで決戦という訳か」
そう呟くナポレオンに、ルクレール副官は言った。
「そんなの放置してローマに行っちゃいません? 彼等は元々イタリアを縄張りにしていて、居座って支配する用意は出来ている。我々は皇帝になりに来ただけで、戴冠式さえ済めば用は無いでしょう」
「それもそうか」
その時、教皇庁から連絡の書簡が届いた。
曰く「神はドイツの支配からイタリアを解放する事をお望みです」
読み終えて、周囲の部下たちと顔を見合わせるナポレオン。
「どういう事だ?」
「ドイツ軍をイタリアに残すと自分たちが酷い目に遭う・・・って事かと」
そうルクレールが言うと、ナポレオンは溜息。
そして「マントヴァ、制圧するか」




