第553話 フランスの皇帝
ロベスピエール失脚によるフランスの経済復興を警戒したイギリスは、対仏大同盟の牽引役となってフランスに宣戦布告。
オッタマ帝国と協定を結び、エジプトに拠点を得て、地中海からインド洋へ至るルートを確保。
これによって創設したイギリスインド洋艦隊がフランスから海外拠点を奪う中、これに反撃すべくエジプト遠征を命じられたナポレオン。
イギリス海軍に補給路を断たれて失敗する可能性の高い、その命令の意図が、強くなり過ぎた自身の排除にある事を察したナポレオンは、クーデターを断行して革命政府を掌握した。
こうして遂にフランスのテッペンに立ったナポレオンだが・・・・・・・。
統領執務室で、彼は頭を抱えていた。
「どーしよう。政治なんて、よく解らないんだが・・・」
そう呟くナポレオンに、一人の男性が「お困りのようですね」
「あなたは?」
そう問われて、彼は名乗った。
「クワトロバジーナと申します」
「どこかで聞いたような名前なんだが」
そう怪訝顔で言うナポレオンに、クワトロバジーナと称する男は「有力者が正体を隠して組織に潜り込む時、よくある名前と聞いております」
「あなた、リシュリュー宰相に似てるとか言われません?」とナポレオンは突っ込むが・・・・・。
自称クワトロバジーナは「他人の空似です」と、あくまで言い張る。
「それで、お悩みなんですよね?」
そう彼に言われ、ナポレオンは「まぁ、そーなんだけどね。軍事政権なんてのを作ってみたはいいんだが、政治の事はよく解らん」
「テッペンに立ちたいんじゃ無かったんですか?」と突っ込む自称クワトロバジーナ。
「まぁ、そーなんだけどね」とナポレオン。
自称クワトロバジーナは「こういう時は人材登用ですよ」
「その人材が、あなたという訳?」とナポレオンは怪訝顔で・・・。
「まさか・・・・・。先ず決めるのは法律ですよ」と自称クワトロバジーナ。
「憲法ですか?」
そうナポレオンが問うと、自称クワトロバジーナは言った。
「それは置いときましょう。"法を守る"とは規定された手続きに則った改正に反対する事である・・・なんてトンデモ言い張る頭のおかしなリベラルカルトとか沸いて出る分野ですし」
ナポレオンは「改憲は法律違反の猿だとか・・・。どこぞの小西議員じゃないんだけどなぁ」
「結局、憲法となると政治制度を決めなきゃならない。それって権力争いの道具ですから、下種な既得権者ほど現実にそぐわない条文を固守したがります。なのでそこは避けて、先ず民法ですよ」と、自称クワトロバジーナ。
「けど、決めるのは改革派の議員とかだよね?」
そうナポレオンが言うと、自称クワトロバジーナは「彼らは二派に分かれて争ってますから。要は草案を作るプロですよ。パリ大学に法学部があります。この時代の法学部にはヤマグチジローみたいな偽学者は居ませんから、彼らを使って人権をしっかり守る民法を作るんです」
ナポレオンは疑念顔で「人権って・・・、"お気持ちで嫌だと感じるのは人権が侵害された状態だから、憎い奴を殺せなくて不満なのは人権侵害。だから人殺しの権利を認めろ"とか言ってジパング人ホロコーストを主張する"自己否定論"とかいうのを打ち出して隣国のヘイト民族に忖度しちゃうとか・・・」
自称クワトロバジーナは「ああいうのはリベラル教の偽人権ですから」
ナポレオンは思った。
(人権かぁ・・・って、ちょっと待て)
「そーいうのって、既に人権宣言でやってませんでしたっけ?」
そう疑問顔で問うナポレオンに、自称クワトロバジーナは「大事なのは、それをテッペンであるあなたが守ってくれる・・・と民に思わせる事です」
「・・・・・・・・」
ナポレオンの脳裏に幾つもの?マークが飛び交う。
そんな彼に自称クワトロバジーナは言った。
「そのため、法律にあなたの魔前を冠する。"ナポレオン法典"とね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ナポレオンは思った。
(いいのかなぁ?)
ナポレオンは法律学者たちに命じてナポレオン法典を編纂させた。
更に、工業の再建を図る。
イギリスやドイツの製鉄と石炭動力の導入のため、各国に亡命していた貴族の人脈を辿って技術者をスカウトする。
フランス銀行を設立してアシニア紙幣を発行。
「公共教育法」による庶民教育で民主主義に基づく国民意識の定着を図る。
更に、乗合馬車と河川交通による交通網の整備。そして農法の改良。
乗合い馬車を視察するナポレオン。
担当する役人の案内で馬車の発着所へ。
「運用はうまくいっているか?」
そう事業者に問うと「順調ですよ。馬を飼えない庶民は歩くしか無かったのが、馬車に乗って手軽に遠くまで行けるというので、仕事がしやすくなって商売の効率も上がると、評判は上々です」
「けど、たくさんの馬が必要になるよね?」とナポレオン。
事業者は「一人あたりの乗車賃は安くても、大勢乗れば収入は安定して採算がとれますから」
ナポレオンは思った。
(戦時はこれを部隊輸送に転用すれば、機動力が向上するだろうな)
統領執務室で、そんな皮算用を副官に話すと、副官のルクレールは言った。
「長距離を走れば馬も疲れるから、代えが必要になりますね」
「あと、補給とか救護隊とか、いろんな支援部隊も必要だな」とナポレオン。
「部隊編成の改革ですか。何が必要かを洗い出してみましょう」
部下たちを集めて検討チームを作り、新たな軍編成を考案させた。
そこから生まれたのが「軍団」である。
いろんな部隊運用機能をワンセットで備えて、独立して戦える軍隊組織。
戦闘部隊としては、一万人規模の「師団」を複数抱える、2~3万人規模の軍事組織。
「それを複数備えて、国外の敵に備える、という訳か」
ルクレール副官からの報告を受けて、そう言って頷くナポレオン。
「それと、当面の敵はドイツですよね。彼らの強みの魔獣兵への対策も必要かと」とルクレール。
「デカくて頑丈なオーガとかは、鉄砲ではなかなか死なないからな。例えば、兵が手持ちで使う小型の砲・・・というのはどうだ?」
そうナポレオンが言うと、ルクレールは「ガッツとかいうマッチョ傭兵が左手の義手に仕込んでるみたいな?」
「いや、ああいうのが漫画やアニメの中だけってのは知ってるから」と困り顔のナポレオン。
ルクレールは「とにかく、普通の兵が使うなら、反動が大きいってのをどうにかしないと・・・」
ナポレオンは言った。
「二人か三人で支えるなら、反動に耐えられるんじゃ無いかな。戦隊ヒーローが各自持ってるやつを合体する・・・みたいな」
「いや、砲を合体させると継ぎ目が弱点になって暴発しますよ」
そう突っ込むルクレールに、ナポレオンは「じゃなくて、複数人で支えて撃つんだよ。戦場では馬に乗せて運べばいい。ゴーレムとか出てきたら馬から降ろして歩兵数人で撃つ」
「作ってみましょう」
その夜、ナポレオンはbaka-noteに新しい項目を書き込んだ。
そして、その説明文に「魔物を使う戦争は時代遅れ」・・・・・。
通話魔道具で連絡を取り合うエンリとリシュリュー。
エンリはナポレオンの支配下でのフランスの様子を尋ねた。
「どうですか?」
「順調ですね。元々政治は素人なので、実に扱いやすい。このまま国内で発展が続いて、外国に乗り込もうとか妙な気を起こさずに済めばいいんですが」とリシュリュー。
「それだと王家の出番は無くなるのでは?」
そうエンリが言うと、リシュリューは「立場の違う勢力が対立すれば、仲裁役として必ず必要になると思いますよ」
「イギリスやドイツが放置してくれればいいんですが」とエンリ。
「あとはプロイセンですね」とリシュリューが付け足す。
そしてパリ庶民は・・・・・・。
コーヒー店であれこれ噂話に興じる常連客たち・・・。
「ナポレオンって皇帝なんだよね?」
備え付けの新聞を手に、そんな事を言い出す若い男性客に、向かい側の中年男性は「みんな、そう言ってるけどね」
「けど、皇帝って何だ?」
そう先ほどの若い客が言うと、隣のテーブルの客が「偉い人・・・だろ?」
彼の隣に居る客が「ドイツに居る女帝の男性版みたいなもん?」
「・・・・・・・・・」
一人の客が言った。
「俺たちの国って民主主義だよね? そのトップが皇帝っておかしくね?」
そんな彼らに店主がコーヒーを注ぎながら「実は彼って隠れ王党派だったとか・・・・」
クーデター時に「軍事政権」という言葉の意味を操作したbaka-noteの効果で、パリ庶民から熱狂的に支持されたナポレオンだった。
だが、庶民たちがその熱から醒める中、皇帝という仇名がナポレオンの人気に陰を落とし始めていた。
そんな噂を聞いたナポレオンは悩み顔で呟く。
「baka-noteの皇帝に関する記述を元に戻した方がいいのかなぁ・・・・・」
だが、その影響は意外な方向から姿を見せた。
イタリアで政治的影響力とともに財政基盤を失いつつある教皇庁で・・・・・・・・。
「フランスの王政が消滅した今、王を支えていた国教会は存在意義を失った筈だ。当然、我々の影響力が復活するべきなのに、何故そうならない?」
そう、フランス出身の枢機卿に教皇が言うと、ドイツ出身の枢機卿も「国家の世俗性とか言って聖職者が式典に呼ばれないって、どういう事だ?」
「共和主義者は信教の自由とか言ってますけど」と、フランス出身の枢機卿。
「それ、国教会の教義な」とイギリス出身の枢機卿が突っ込む。
教皇が「ローマ以来の伝統を受け継ぐ我等を仰がない自由とかおかしいだろ」
「彼らは反教会的な思想で政府を作りましたからね。けど、今のナポレオン総統はただの軍人です」と、フランス出身の枢機卿
「それに、彼は皇帝って呼ばれてるそうだが?」と、イタリア出身の枢機卿。
「それ、ただの仇名な」と教皇が突っ込む。
すると、イタリア出身の枢機卿が言った。
「いっそ、彼を我々が皇帝として任命するというのは?」
「・・・・・・・・・・・・」
「実はスパニアで気になる話を聞いたのですが。南方大陸の予言者が言ったというのです。フランスがユーロを席巻すると・・・」
そう発言したラファエル枢機卿に、別の枢機卿が「スパニアってあなたの実家ですよね?」
「イザベラが帝位を握って以来、縁切り状態ですけどね」とラファエル。
「フランスは革命によって王政を否定する危険思想の発生源です。それに対して各国が介入戦争を行い、それが敗北するであろう事でしょうか?」
そう、ドイツ出身の枢機卿が言うと、ポーランド出身の枢機卿が「ですが、南方大陸の予言者というが、異教ですよね? 彼等は悪魔の側ですよ」
「だから実現しないと?」とラファエル。
教皇が「未来を作るのは我々の神。異教の魔術がそれと同じ事は出来ない筈だ」
フランス出身の枢機卿が言った。
「ですが、神が作った未来を盗み見る事は出来るのではないでしょうか。彼等の民主思想は既にフランス以外の人々の心を捉え初めています」
「けど、ドイツ皇帝はどうする?」とイタリア出身の枢機卿
教皇、心配顔で「女帝、怒るだろーなぁ」
フランス出身の枢機卿が言った。
「秘密裡に接触して話し合い、有利な方向に進めば、いざとなればフランス軍がドイツを追い出してくれますよ」
「それもそーか」
教皇はナポレオンに密書を送った。
届いた書簡を読んで、頭に?マークを浮かべるナポレオン。
「俺が皇帝に?」
「そうなりますね」とルクレール副官。
「俺、既に皇帝なんだが」
そうナポレオンが言うと、ルクレールは「仇名としてはね。それが正式なものになるって事ですよ」
すると、脇に居るナポレオンの部下の一人が「いいのかなぁ。皇帝って王様みたいなものですよね?」
別の部下が「王と皇帝は違うよね?」
「どう違うんだ?」と、更に別の部下。
ナポレオンは暫し思考。
そして「問題は、要するに世襲するかどうかって話なんじゃ無いかな?」
その夜、ナポレオンは自室でbaka-noteに説明文を付け足した。
「皇帝は世襲ではなく実力で獲得する民主主義の担い手の地位である」
パリに教皇庁からの密使が派遣される。
ナポレオンと接触し、先ず、彼が乗り気かどうかを確認する。
ナポレオンが乗り気である事を確認すると、更に話を進める。
「ローマで戴冠式を行う事で、皇帝の地位は正式なものとなります」
そう密使が言うと、ナポレオンは「あんな所まで行かなきゃ駄目?」
「ローマは特別な場所、即ち教皇領ですから」
そう密使が言うと、ナポレオンは怪訝顔で「教皇領ですか?」
「教会の所在地が教皇領であるというのは、唯一神信仰の鉄則です」と、ドアップで迫る密使。
「廃止されたと聞いたけど」
そうナポレオンが言うと、密使は「教皇領は教会の財政基盤であり、我々の地が神の王国である証です」
「はぁ・・・・・・」
彼はナポレオンに問い質した。
「あなたは我等の唯一神信者なのですよね?」
「ユーロはみんなそうなんじゃ無いの?」とナポレオン。
「教皇派の信者であるか・・・という事ですよ」
そう密使が言うと、ナポレオンは「いいですよ。私の田舎はコルシカ島で、子供の時から教皇派だったし」
そして彼は脳内で(信教の自由があるから困らないけどね)と呟く。
密使はローマに帰還し、教皇に報告。
「どうだった?」
そう問う教皇に、彼は答えた。
「彼はフランスが我が教皇派の国として復帰する事を承諾しました」
そんな彼の、自分たちに都合の良い解釈に基づく返答に、教皇は満足げに頷く。
そして「ならば、ドイツ皇帝の邪魔が入らないよう、極秘かつ、なし崩し的に事を進めるとしよう」
極秘裏に行うつもりの戴冠式の招待が、ナポレオンの元に届いた。
曰く「おいでませローマへ。サンピエトロ寺院で皇帝戴冠の儀にご招待。ケーキを焼いて待ってます」
それを読んで、ナポレオンは遠い目で呟いた。
「いよいよ俺が正式に皇帝かぁ」
ナポレオンは国民の前で演説し、皇帝になる事になった事を発表した。
沸き立つパリ庶民たちは口々に・・・・・。
「遂に我がフランスはユーロのトップに・・・」
「さすが実力者」
「皇帝バンザイ」
そんな庶民たちの反応に満足げなナポレオンに、副官のルクレールは不安顔で言った。
「あの・・・これって秘密の話し合いだったのでは?・・・・」
ナポレオン、きょとんとした顔で「・・・もしかして、公表したら駄目だったの?」
そしてウィーンで・・・・・。
報告を聞いてテレジア女帝は激怒した。




