第552話 捨て駒の反撃
対仏大同盟を主導してフランスに宣戦布告するイギリスが、海外のフランスの拠点を次々に攻略する中、イギリスがオッタマと協定を結び、エジプトに拠点を確保した事は、ユーロ各国に大きな反響を引き起こした。
魔導通信でエリザベス女王を批判するテレジア女帝。
ロンドンの宮殿で魔道具を執るエリザベスの耳に、テレジアが目一杯ドスを効かせた声が響く。
「ユーロを脅かす異教徒と手を結ぶなど、ユーロ全体に対する裏切りですわよ」
「フランスを経済から締め上げるための有効な手段ですが何か? それとも、革命が広まってご自分が国を追われる事をお望みかしら?」
そうエリザベスに反論され、テレジアはうぐぅ状態で「それは・・・・・・」
イギリスはエジプトを通る補給ルートを確保し、アラビアの海を抑える艦隊を編成。
そして、フランス東インド会社の航路を完全に抑え込んだ。
そんな話題が、パリのあちこちで庶民の噂話のネタとなる。
とある酒場でも・・・・・。
「南方からの輸入が途絶えるのは困るよね。必要な輸入品が入らなくなる」
そんな事を雑談のネタに、テーブルを囲んでわいわいやる、会社帰りたちのグループ。
「そうだよね」
そう一人の女子社員が相槌を打つと、上役らしき男子社員が「コーヒーが飲めなくなるのは大変だ」
「それ、ただの嗜好品だよね?」と、彼の隣に居る男子社員。
「眠くなって徹夜仕事が出来なくなるぞ」と、先ほどの上役社員。
「お仕事、大変だものね」
そう女子社員に言われ、上役社員は「会社は俺の肩にかかっているからなぁ」
そこに遅れてきた仲間が加わる。
「アンリも来たのか」
そう社員の一人が声をかけると、先ほどの上役社員が「昨日徹夜でゲームして、最後は惜しかったなぁ。今度は負けないぞ」
テーブルを囲む仲間たちは、彼に言った。
「あの、徹夜って仕事じゃ無かったっけ?・・・」
フランス商船は途絶したが、南海の産物が途絶する事は無かった。
ポルタ商人が持ち込む商品が出回ったからである。
そうした情勢が書かれた新聞記事をネタに、コーヒー店の常連たちがあれこれ・・・。
「だからって、問題が無い訳じゃ無い。我が国の商人が得るべき利ザヤが失われる訳だからな」
「ここは彼に期待するしか無いよね?」
そして政府からナポレオンに作戦の命が下った。
「エジプト遠征ですか?」
ジロンド派政府に呼び出されたナポレオンが怪訝顔でそう返すと、軍務長官は「海外でのイギリスの跳梁を許す訳にはいかない」
「ですが、エジプトって事は海を渡るよね? 渡った後も補給とか大丈夫なの?」とナポレオン。
「海上の補給ルートは海軍が担ってくれる」
そうドヤ顔で太鼓判を押す長官に、ナポレオンは「けど、フランス海軍、弱いですよね?」
軍営に戻って部下たちにエジプト遠征の命令について話すと、副官のルクレールが言った。
「大丈夫じゃ無いと思いますよ」
「彼等は戦争をナメてるって事か?」
そうナポレオンが言うと、ルクレールは「というより、もしかしたら、強くなり過ぎたあなたを排除するのが狙いなのかも・・・」
「まさか・・・・・」
その頃、パリ風俗街では・・・。
とあるホストクラブの地下の別室で、エンリはリシュリューから相談を受けていた。
「エジプト遠征は、あなたが発案したのですか?」
そうエンリが問うと、リシュリューは「大動乱を防ぐには、最も確実な手かと。恐らく全ユーロを征服する最大の力は、彼の軍事的才能です」
「けど、彼が消えればドイツは再び攻め込むと思いますよ」とエンリ。
リシュリューは「そうなる前に王政を復古させる」
「民が黙っていると?」とエンリ。
「黙っては居ないでしょうね」
そうリシュリューが言うと、エンリは「下手をすれば王は再び追われ、他国の介入を受けても、それを防ぐ彼はもう居ない」
リシュリューは言った。
「ですが、フランスはあの頃より遥かに強くなっています。それともあなたはフランスに、もっと強くなって欲しいのですか?」
「強くなるのが悪いとは思いません。ただ、平和的な国であれば。それに関して王の居る居ないは必ずしも問題では無い」とエンリ。
そんなエンリに、リシュリューは更に言った。
「もう一つの可能性は、エジプト遠征に成功してしまう・・・という事です」
「フランス海軍がイギリスに勝てると?」
そうエンリが問うと、リシュリューは「補給で言うなら、食料は現地調達で賄う事も出来ます。それに・・・・・・」
エンリは「まさかスパニアの無敵艦隊が味方について参戦するとか?」
「それは要らないですが、地中海の入口を塞いでイギリス艦隊の侵入を防ぐのは、実に簡単なお仕事なのでは無いですか?」とリシュリュー。
エンリは「それにイザベラが手を貸すとでも?」
「ナポレオンの兄はスパニアの関白ですよね?」
そうリシュリューが言うと、エンリは「阿衡ですけど」と訂正。
リシュリューは阿衡が実は実権の無い名誉職である事を、まだ知らない。
そしてリシュリューは「イギリスがアラビアの海で自由に活動する事は、必ずポルタの利権を脅かす事になりますよ」
「ポルタの国是は航海の自由です」
そうエンリが言うと、リシュリューは「その自由を脅かしているのがイギリス海軍なのですが」
「つまりフランスの交易商のため?」とエンリ。
リシュリューは焦り顔で「べべべ別にフランス東インド会社の株で大損とか・・・」
エンリは残念顔で「私は何も言ってませんが」と突っ込む。
エンリは通話魔道具でイザベラ女帝に連絡をとった。
そしてリシュリューとの会談のあらまし・・・特に、ジブラルタル海峡封鎖へのフランス側の期待について話す。
「リシュリュー閣下がそんな事を?」
そうイザベラが言うと、エンリは「どうする?」
イザベラは言った。
「魅力的な話ではあるわね。イギリスは交易のライバルよ。西方大陸が独立すれば、あそこに勢力を浸透させようとするでしょうね。けど駄目よ。もしフランスがユーロを制圧したら、我がスパニアは中立を保てなくなるわ」
エンリは「ジョセフの存在とか度外視してショーザフラッグとか連呼すると。それで百貫デブスペクタみたいなのが出てきてフニャチン呼ばわりかよ」
「だったらインポ野郎とでも言ってやればいいのよ」とイザベラ。
「おいおい・・・ってかそれ、今日びじゃ転生ヒーローだってなる病気なんだが」とエンリは突っ込む。
イザベラは語った。
「フランスが強大になってユーロを席巻し、イギリスがそれに対抗するため、総力を挙げて国力強化に走る。大陸の全てを制圧しても、フランスは海を渡ってイギリスに攻め込む事は出来ない。各国は裏でイギリスを支援し、ユーロは英仏の対立を軸に動けば、スパニアはその陰に隠れて存在感を失う。そうならないため、ここでナポレオンに消えて貰うのはベストよ。禍の芽は早めに摘み取れ。これは女子会戦略の鉄則よ」
フランス海軍は地中海のトゥーロンに拠点を移し、エジプト遠征の準備を始めた。
イギリス艦隊に阻止の動きは無い。
そんな情報をネタに、ナポレオンの部下たちは、休憩時間にお茶を飲みながら、あれこれ・・・・・。
「これなら楽勝だ。エジプトなんて簡単に落とせる」
「歴史の教科書には"ピラミッドの戦い"とか書かれるんだろうなぁ」
「けど、我々が海を渡った所で補給ルートを遮断して孤立させるつもりなんじゃ・・・」
ナポレオンがフランス軍を率いて、エジプトへの出撃港となるトゥーロンに向かう。
革命警備隊の戦闘経験者を核とし、多くの市民兵が参加した。
下級貴族軍人も復帰し、かつてのフランス軍の実力を完全に取り戻しただけでは無い。
合理的な武器工場による豊富な武器、個々の兵が国民としての自らの主権を自覚する事による高い士気、そして刷新した軍制。
問題なのは、この大軍を維持するための補給ルートの確保である。
海を渡れば砂漠で、人口密度は薄く、現地調達による補給だけでは困難との試算は既に出ていた。
更には弾薬の問題もある。
トゥーロンに到着すると、ナポレオンは各隊の指揮官と参謀たちを集めて作戦会議。
「とりあえず海軍の意見を聞いては?」・・・という事で、提督ヴィルヌーヴを呼んで諮問。
「イギリスは私たちが海を渡った所で絶対、航路の遮断に出るでしょうね」
そうヴィルヌーヴが言うと、ナポレオンは「工業は強化され、軍艦の数だってイギリスに負けていないよね?」
「イギリスは世界に先駆けて動力を用いた軍艦を実現させています。我々は未だに風まかせの帆船。確実に失敗しますよ」とヴィルヌーヴ。
「それじゃ、フランスは干渉戦争に潰されるぞ」
そうナポレオンが言うと、ヴィルヌーヴは「いや、あの頃より格段に強くなっているから、本国に残ってる軍だけでもドイツ帝国軍くらいなら撃退は十分に可能かと」
「それじゃ、俺たちは捨て駒かよ」と、会議の参加者たちは一様に呟く。
会議が終わって提督ヴィルヌーヴは退室。
会議室は重苦しい空気に包まれた。
「やはり、俺たちが強くなりすぎて危険だから潰そうって、政府の奴らは考えてるって事かよ」
そうナポレオンが言うと、指揮官の一人が「だったら、俺たちが奴らを潰せばいいじゃん。この武力で政府を乗っ取って・・・・」
「軍事クーデターかよ。叩かれまくるだろーなぁ」と参謀の一人。
会議参加者たちは溜息をついた。
そんな部下たちに、ナポレオンは言った。
「それは大丈夫だ。俺に奥の手がある」
会議を解散させると、ナポレオンは個室でbaka-noteを出した。
そして「軍事政権」という項目を書き込んだ。
翌日、ナポレオンは全軍を整列させ、兵たちの前で演説。
「我々は海を渡り、エジプトを制圧せよとの命を受けた。だが、恐らくイギリス海軍によって補給は断たれ、敗北する可能性が高い。この無理な作戦は、強くなり過ぎた我々を警戒する政府の策謀である事は間違いない。だが、我々は捨て駒として見殺しとなる運命を甘受しない。君たちとともに反撃して彼等を一掃する事に活路を見出す事を決めた。敵はパリにあり!」
南に向かった筈の遠征軍はパリを目指して北上。
ナポレオンの軍によりパリは占領され、政府機関は次々にクーデター側の手に落ちた。
そんなナポレオンは庶民たちの歓呼の声に迎えられた。
市街を行進するナポレオンの軍に手を振りつつ、庶民たちは仲間どうしで、あれこれ・・・・。
「英雄ナポレオンの軍事政権かぁ」
「最高だよね」
「軍人ってのは合理的でなきゃ戦争に勝てない。しかも指揮する兵隊は全員庶民。その支持を得た司令官だものな」
「それが変な道徳論で派閥争いにうつつを抜かす政治家を実力で排除するって、究極の民主主義だよね」
「何だか無理があり過ぎな気がするんだが・・・」
「けど、常識だぞ」
ナポレオンは統領政府を樹立し、自ら第一統領となった。
ブリュメール18日の出来事である。




