第550話 対仏の大同盟
フランス革命の波及を恐れるユーロ各国の結束が進まぬ中、ルイ新王の亡命をきっかけとしたドイツ皇帝単独の介入戦争が失敗した事は、各国に大きな衝撃を与えた。
これに対処すべく対仏大同盟を結成しようと、開かれた国際会議。
そこでは、誰もが予想した通り、各国の利害が交錯する泥仕合の様相を呈した。
のっけからドイツのテレジア女帝はスパニアを批判。
「ユーロの秩序を守るために、フランスの反徒どもに対する妥協など、あってはならない筈です。なのにスパニアは何ですか?! 関白と称する王の代行者の派遣を受け入れて、反徒どもの介入を許すなど、全ユーロに対する裏切りですよ」
「我が国は侵略を受けた被害者です。その侵略者たるフランスと同盟を組もうとしたプロイセンこそ、批判されるべきでは無いのでしょうか」
そんなイザベラ女帝の、矛先逸らしの標的とされたと、ドヤ顔で被害者意識を訴えるフリードリヒ王。
「ドイツを煽って我が国に矛先を向けさせようというのは、生産性に欠けるのでは無いですかな? 我々は共通の敵に対処すべき味方ですぞ」
「毎度の、その味方の背中を撃つような真似は、止めろと言っているのです」と、テレジア女帝の矛先はまんまとプロイセンに向けられた。
残念な空気が漂う。
「そういうのは止めませんか? フランスだって意図的に革命を輸出している訳では無い。"戦狼"とか言って周囲を侵略しまくってトランプ帝国に"オケアノスの西半分をよこせ"と要求した、どこぞの大陸超大国とは違うのですから。ここはフランスとの停戦を提案します」
そう言って和平を提案するエンリを、ロシアのピュートル帝が一喝。
「小国は黙ってろ!」
「いえ、小国なればこそ、理性的な国際秩序を求めるのです」
そうエンリ王子が反論すると、エリザベス女王が彼に同調。
「我がイギリスは停戦を支持します。戦争は何も産みません」
「さすがはエリザベス殿下。まさにユーロの理性の代表」
そうエンリに煽てられ、調子に乗って演説を始めるエリザベス女王。
「戦争は男性の闘争本能が引き起こす不幸の根源です。かつて古代ギリシャで戦争が続いた時、女性たちが結束して夜の相手を拒むストライキを断行し、女の平和を勝ち取った」
エンリはがっかり顔で「それってフェミナチ思想なのでは?・・・」
「男性に対する闘争本能剥き出しな代物ですな」とフリードリヒ王も残念顔。
「全ての女性は共感を以て解り合えるのです。同性の壁を以て結束せよ。これは女子会戦略の鉄則です」
そんなエリザベス女王に、会議の参加者の多くはドン引き。
ノルマン王国のカール王子も溜息顔で「男性を仮想的にして結束するとか、ユダヤ人を仮想敵にするナチスと変わらん」
その時、議場に居る各国の王の元に、それぞれの国の諜報局の役人から報告。
「フランス革命政府のロベスピエール政権が倒れ、ジロンド派が復活したとの事で・・・」
報告を受けた各国の王の表情が、わずかに明るさを見せた。
彼らはそれぞれ、脳内で呟く。
(私有財産の没収などという過激な思想が後退したという事か)
(貧民が過激な行動に走るという風潮が広がる最悪な状況は、とりあえず回避された訳だ)
エリザベス女王も脳内で呟いた。
(産業国有化を廃止して経済の再建を目指すというのね。フランスは我がイギリス製品の市場。それを再国産化に乗り出し、イギリス製品を追い出すなんて許せない)
そして彼女は立ち上がり、ドヤ顔で演説した。
「皆さん。王による秩序を破壊する革命はユーロの敵。結束して革命を打ち破りましょう。イギリスは対仏大同盟の先陣となります」
各国の首脳たち、唖然顔で呟いた。
「女の平和はどーした」
フランスでは国営工場制を廃止し、工場は商工業者に返還された。
経済は再び動き出し、街に活気が戻る。
ジロンド派の政治家たちが政権を立て、国民議会では経済の再建策の議論が始まる。
「今までイギリスに遅れをとっていたが、これから大々的に挽回するぞ」
そう一人の議員が発言すると、他の議員たちは「けど、どうやって?」
「努力と根性だ」と、先ほどの議員。
他の議員たちは、がっかり顔で「そういう精神主義は要らない」
「外国に逃げた人材を呼び戻さなきゃだよね?」
そう一人の議員が発言すると、別の議員の一人が「資本家なら戻って来ているけどね」
「貴族は?」
議会の参加者たちから一斉にブーイング。
「けど、革命派の貴族だって居た訳だし。それがロベスピエールの恐怖政治で、みんな国外に逃げちゃったものなぁ」
そう一人の議員が発言し、もう一人の議員も「ラファイエットさんに戻って来て欲しいとは思わない?」と同調。
「・・・」
更に、もう一人の議員が「それに、学問とか経済とかで業績を立てて爵位を与えられた貴族も居る訳だし・・・」
「確かに・・・・・・」
貴族の帰国を歓迎するとの発表が成され、趣旨を勘違いした特権貴族たちが大挙してフランスへ。
彼らは革命政府に乗り込んで、特権の回復を要求。
「領地を返して貰えるのですよね?」
「それは無い」と、対応に出た役人に一蹴される。
「まさか、現金その他は没収したりしないよね?」
そう警戒顔で言う貴族たちに、役人は「大丈夫。それは私有財産ですから」
ほっとする貴族たちに、役人は言った。
「ただし、税はしっかり払って貰います」
青くなった特権貴族の周りを税務署の役人たちが取り囲み、今までの滞納分と称して、所持した現金その他を強制取り立て。
身ぐるみ剝がされた貴族たちは「詐欺だぁ」と叫んで、亡命先に逆戻り。
一方で、革命派と下級貴族たちの多くは帰国した。
ジロンド派の政治家たちは、かつての仲間の帰国を歓迎した。
議員たちは、イギリスから帰国した革命派貴族に、サロン時代のリーダーについて訊ねる。
「それでラファイエットさんは?」
「アメリカの独立派に頼られて、戻ってこれないそうだ」と帰国貴族たち。
彼らは亡命先で得た様々な情報をもたらし、特にイギリスからの帰国者が持ち帰った産業についての知識は、フランスの経済の復興に大きなプラスとなった。
そうした中で、軍のトップとしてナポレオンは、軍人たちにせっつかれて、軍備の立て直しの予算確保のために、ジロンド派政府に直談判。
対応に出た役人たちに、補給担当からレクチャーされた能書きを語るナポレオン。
「経済とかは政治家に任せてるけど、対仏大同盟なんてのがある訳だし、いつ戦争になるか解らないよね? 備えあれば・・・・」
「サナエさん?」
ナポレオンは困り顔で「その名前を出すのは止めようよ。発狂する人が居るぞ」
「エイトマンですよね?」
そう一人の役人が言うと、別の役人が「自国優先で他国が向けて来たヘイトに抵抗する政策がウリな政治家が居て、それに共鳴した大勢の支持者を、カルトの信者と決め付ける。フォロワーが50万人居るほど支持されている彼女の、支持者による書き込みの全てが、JGSSという20年以上続いた調査で二万人しか居ないと判明しているカルト信者の工作員だとか言い張るんだものなぁ」
更に別の役人が「けど、団体の主張と共通する政策だって言うんだろ?」
「あんなの、団体のヘイト教義を隠蔽するためのダミー教義だよ。むしろそれで、そのカルトのヘイト教義を隠蔽して"あれは反日じゃなくて反共の団体"だと国民を騙し、"反社的な邪教じゃ無くて単なる金儲け主義で他の宗教と同じだから、それさえ自粛すれば叩き潰す必要なんて無い"と思い込ませて、あそこまで生き残りを助けてきたのは自分たちだよ」と、先ほどの役人が突っ込む。
ナポレオン、更なる困り顔で「そういう異世界の話はいいから」
役人たちは予算要求をはぐらかす努力を諦め、本題に入る。
「それで、武器の工場を建てろと?」
「急務ですよね?」
そうナポレオンが言うと、役人たちは「民生品で経済を回すのが先だって意見が多いからなぁ」
「故障が多いんだよ。銃なんていろんな部品で出来ていて、一つでも壊れたらただの鉄くずだぞ」とナポレオン。
役人の一人が言った。
「けど、例えば二挺壊れたとして、壊れたのが別の部品だったら、分解して無事な部品を取り出して組み込むって事も出来るんじゃ・・・」
「その手があったかー」
ナポレオンは兵営に戻って、副官のルクレールにその話をしたのだが・・・。
「それは無理ですね。銃の部品は同じ部品でも形が微妙に異なりますんで、別の銃から無事なのを外して付け替えても、合わないんですよ」
「いや、同じ鋳型からとった鋳物だろ」
そうナポレオンが言うと、ルクレールは「バリとか削ったり加熱による膨張とか歪みを、職人が削って調整するんです」
「つまり、もっと精密に作れって話か?」とナポレオン。
ルクレールは言った。
「ジパングの墨田とか東大阪とかに居る神業職人じゃ無いんだから。賢者プラトンが言った言葉ですが、完全な三角形は現世には存在しないと」
「現世に無いとしたら、どこにあるんだ?」
そうナポレオンが問うと、ルクレールは「イデア、つまり精霊の世界って事になりますか」
「だったら・・・・・・」
革命政府はパリ大学の魔法学部に命じ、機械製造に魔法を応用する技術の開発を始めた。
それはフランスの機械生産を大きく前進させた。
そんな情報がポルタのエンリ王子の元に報告される。
「武器製造に魔法を応用・・・って、自律機械人形の軍隊でも作ろうってのか?」
執務室で何時ものように仲間たちがまったりしている中、報告に来たカルロにそうエンリが問うと、カルロは言った。
「とりあえず量産されているのは銃なんですけどね。いろんな機械に応用可能みたいで・・・」
「銃って事は、特にハイテクな代物でも無いって事か?」
そうジロキチが言うと、アーサーが「発射される弾に強力な魔法付与とか?」
カルロは「普通の銃だけど大量に作るんですよ」
「組み立て機械でも発明したとか?」とニケ。
「問題は部品の共通化でして」
そうカルロが言うと、エンリは「いや、同じ鋳型からとった鋳物だろ」と突っ込む。
「同じ部品でも熱膨張とかで微妙に異なるんですよ」とカルロ。
「要するに超精密に作れって話か?」
そうエンリが言うと、カルロは「ジパングの神業職人じゃ無いんだから。賢者プラトンの言葉で、完全な三角形は現世には存在しない・・・ってのがあるんだそうでして・・・」
「どういう事だ?」
アーサーが解説する。
「三角形とは三つの点を結んだ直線で区画された図形ですが、その点は幾何学的数値による位置情報で、大きさが無い。だから見えない。それを結ぶ線にも太さは無い。つまり我々が見る事の出来る三角形は、三本の線の内側と外側で既に別の図形って事になりますね」
「つまり、その中間あたりに脳内で曖昧に認識された線・・・って訳か」とエンリ。
「じゃ、本物の三角形は・・・」
そうタルタが言うと、アーサーは「賢者プラトンに言わせると、概念としてイデアの世界に存在すると」
「つまり精霊の世界ですよね?」とリラ。
エンリは言った。
「フランスでやってるのが魔法の応用なら、同じ事がポルタ大学の魔法学部と職工学部で出きるんじゃね?」
ポルタ大学の魔法学部へ行き、教授たちを集めて趣旨を話す。
一人の教授が言った。
「それって、プラトン立体の組み合わせですね。それを手にすれば世界を支配出来ると、彼は言っています」
「けど、手にしようにも現実世界に存在しないんだよね?」
そうエンリが言うと、ニケが「ってか、どんなものなの?」
「ひとつながりの秘宝みたいな?」とタルタも・・・。
「例えば、これですよ」
そう言ってパラケルサスは立方体を出す。
エンリの仲間たち、口を揃えて「これを手にすれば世界は思いのまま」
「億万長者にだってなれるのよね」とニケ。
「最強の剣士になれる」とジロキチ。
「世界の女は俺のもの」とカルロが・・・。
そして彼らは「触ってみてもいい?」と言って手を伸ばす。
「俺が・・・」
「いえ、私が・・・」
取り合いを始める仲間たちを見て、エンリはため息をついて「何だかなぁ」
そして彼がふと横を見ると、リラが目をキラキラさせて、「あれがあれば王子様の全てが手に入る・・・」
「そーいうのが一番怖い」と、エンリ困り顔。
そんな彼らにパラケルサスはあきれ顔で「それ、あくまで模型ですから、触っても何も起こりませんよ」
「それを早く言え!」と口を尖らすエンリの仲間たち。
そしてパラケルサスは言った。
「要するに現世にあるものは、完全に精密な形じゃないという事です。理想たるべき完全な形状としてのイデアは、様々ある精霊世界の中にある。そこに情報として幾何学数値を送って働きかけ、造形すべき完全な形を、現世にある物に投影させ、その精密な似姿を作る・・・という事になります」
「やれるか?」
そうエンリが問うと、一人の教授が「実はそれに近い術式があるのです。CADの呪法と言いまして・・・」
ポルタでキャッチアップが進む中、イギリスでも急速に発展するフランスの技術に対する警戒心が高まった。
王宮でエリザベス女王が大臣たちに号令を下す。
「フランスを押える必用があります、介入戦争を急ぎなさい」
こうしてイギリスの強い働きかけにより、対仏大同盟は正式に発足した。
だが、フランスとの協定によりスパニアは参加せず、代わりにその同盟国のポルタが大同盟に参加した。




