第549話 姦淫の申し子
フランス革命政府の急進派として権力を握り、暴走する恐怖政治の中、孤立するマクシミリアン・ロベスピエールは、ナポレオンの武力を味方につけるため、彼を革命委員会に引き込んだ。
リヨンで反乱が発生すると、彼はナポレオンに反乱鎮圧と、そして反乱参加者全員の処刑を命じる。
だが、処刑しようとした捕虜の中に、彼に処刑された筈のエベールとダントンの姿を見た。
恐怖のあまりパリに逃げ帰ったロベスピエールは、閉鎖された筈の国民議会によって彼の政策が次々に廃止されている事を知る。
そして国民議会に乗り込んだロベスピエールは、彼に処刑された筈の議員たちによってギロチンで処刑された。
革命政権の独裁者として多くの反対者を弾圧したロベスピエールの政権は、ついに倒れた。
そして・・・・・・・・・・・・。
気が付くとロベスピエールは、遺体安置所の安置台の上に横たわっていた。
「私は・・・彼等に殺された筈だ。なぜ生きている。もしかして転生異世界?」
「そういう漫画やアニメのネタは要らないから」
そう困り声で言う一人の男性が居た。
「あなたは?」
そうロベスピエールが問うと、彼は名乗った。
「私はエンリ。ポルタ王国の王太子ですよ」
唐突なエンリ王子の登場に、唖然とするロベスピエール。
「他国の王族であるあなたが、何故ここに?・・・」
「そう。私はこの国に何の権限もありませんが、この革命の影響でユーロは動乱に巻き込まれます。それによる被害を回避するため、部下に探らせていたのですよ」とエンリ王子。
「私は何故生きている?」
そうロベスピエールが問うと、エンリは種を明かした。
「あのギロチンには、不殺の呪いがかけられていましてね」
「それじゃ、あの議員たちも・・・」とロベスピエール。
「あなたを恨んで化けて出た訳ではありませんので」
そうエンリに言われ、彼は「相当恨んではいましたけどね」
エンリは「なので、あなたの命令で処刑された人たちは、全員生きていますよ」
「これもエンリさん、あなたの差し金ですか?」
そうロベスピエールが彼に問うと、憂い声で一人の女性が言った。
「私が求めたんです。愛するあなたを人殺しには、したくなかった」
ロベスピエールは彼女を見て、唖然声で「エレオノール・・・・・・」
「女性に人気なあなたを独占出来ないのは、解っています。けど、一度くらいは受け入れて欲しかった」
そう語るエレオノールに、ロベスピエールは「私は女性と関係を持つつもりは無い」
「何故ですか?」
そうエレオノールが問うと、一人の男性が慚愧声で言った。
「それは私のせいなのだよな?」
その声の主をロベスピエールが見て唖然。
「父さん、何故・・・」
「済まなかった。息子よ」と、ロベスピエールの父。
そんな父と子を見て、エレオノールは言った。
「そうだったのですね?」
「はぁ?」
「いいんです。性的嗜好は人それぞれです。私は二人の関係を認めます」
そうテンション高めで語るエレオノールに、ロベスピエール父子は「いや、関係って・・・」
エレオノールはテンションMAXで「つまり父親と愛し合う同性愛者。ホモが嫌いな女は居ません」
ロベスピエールとその父親、慌て顔で声を揃えて「ちがーーーーーーーーーーーう!」
「私はノーマルです」
そうロベスピエール父が言うと、ロベスピエールも「俺だってノーマルだ。それに父は俺を嫌っている」
「・・・・・」
そしてロベスピエールは彼の父親に言った。
「今更、何をしに出て来たのですか? 幼い俺を放り出して兄弟ともども親戚に預け、貴族の顧問弁護士となって俺を捨てた」
「それは違う。私は妻を愛していた。その妻を、ジャクリーヌの面影を、お前を見ると思い出してしまう。それが私には耐えられなかった」と、彼の父親は語る。
するとエレオノールは「それで親戚に預けられて、酷い扱いを?・・・・・」
「そうなのか?」とロベスピエール父は彼の息子に・・・。
エレオノールは更に「母親の遺品を勝手に質入れされ、ごく潰しとか言われていびり出されて、幼い妹と一緒に防空壕に住み着いて」
「いや、そういう反戦アニメみたいな目には遭ってないけど」と、ロベスピエールは困り顔で突っ込む。
そんな彼らにエンリは言った。
「幼い彼を虐めたのは故郷のアラスの人たちですよね? "姦淫の申し子"とか言われて」
「どういう意味ですか?」
エレオノールのその問いに、ロベスピエールの父が答える。
「私たちはデキ婚だったのだよ」
エレオノール唖然。
そして彼女は怒りを込めて「・・・それはマクシミリアンのせいじゃ無い!」
エンリは語った。
「"汝姦淫するなかれ"って奴ですね。けど、当の本人は名声ある弁護士と、四人も子を産んで若くして亡くなった母親として同情される立場。その分、非難が子供に向けられた。宗教ってのは簡単に理不尽な嫌がらせを正当化するものです」
「だから女性を拒むと? それって、あなたを迫害した者の立場に立つって事ですよね? そんなの間違っている!」
エレオノールにそう言われ、ロベスピエールは「そう。俺はこんな産まれのため、重い十字架を背負わされて育った。人は生まれによって運命を決められるべきでは無い。そして、それを決める権利は宗教には無い」
「だったら、そんな運命や宗教に抗ったらどうですか?」
そうエレオノールが彼に返すと、エンリもロベスピエールに問う。
「あなたはそれに抗うために革命を起こし、宗教を否定し、社会から不幸を取除く・・・つもりだったのですよね? なら、自分自身の不幸を取除こうと、何故、しないのですか?」
「俺を迫害したのは世界だ。周囲の人々が集団となって、俺を非難した。そんな自分を守るという事は、一人で周囲全てと孤独な闘いをするという事だ」とロベスピエール。
エンリは「そんな迫害者はもう居ない。そのために国教会は恋愛の自由を認めた」
「迫害者は居ます。俺の記憶の中に」とロベスピエール。
「そんなものは幻想だ。未婚の男女が交わった事を姦淫だ・・・などと言わせない国教会を作って、世界を前に進めたんです。古い世界に囚われる必用など無い」
そうエンリが言うと、ロベスピエールは「それは俺の力では無い。性的放縦と呼んで憎悪をまき散らすのは、宗教以前に人間の性嫌悪という業です。あなたは国教会を建てて、宗教における性嫌悪を打ち破った。だが、俺に向けられた嫌悪を自ら打ち破った訳では無い」
「あなたはその力が欲しかったんですか?」とエンリは彼に問う。
「・・・・・・」
そしてエンリは語った。
「理不尽な暴力を真に打ち破るものは、力では無く論理的な正当性です。理不尽な常識、所謂"市場のイドラ"と呼ばれるものは至る所にある。それに疑問を感じ論理によって検証する事でのみ、世界は前に進む。けれどもそうやって悪しき常識を打ち破る意思を"自ら権威的暴力となろうとする野望"だ、などと決め付け、子供たちに"論理によって何が差別かを自ら考える事"を教える事を否定する、愚かな管理職も居る。人権の名を騙るリベラル活動家と彼らが牛耳る役所の人権部門によって、人権研修などと称して間違った認識を強制されたのでしょうね。そんな奴等は真っ当な議論では一瞬で論破されます。どこぞの半島国や大陸国の民の、"慰安婦強制連行"のような捏造された歴史とヘイトを刷り込む教育により、意図的に作られた対日情緒。そんなものに忖度せよという要求の不当性について指摘すると、"彼らの多くは実は親日だと直接付き合えば解る"・・・などと強弁するが、実際には彼らの9割以上が戦後処理の完了を認めずに謝罪要求というヘイトスピーチに賛同し、バンブー島の強奪を正義だなどと答えたという厳然たるデータの指摘に、あの人たちはグーの音も出ない」
「・・・・・・・・・・」
残念な空気の中、エレオノールが言った。
「あの人たちって、本気でそんなのを信じていたのでしょうか? 少し考えれば間違いだって解りそうなものだと思いますけど」
「あれは考えて出した答えじゃ無い。平和学という偽学問の教授が示した模範解答なのさ。奴等は学者でも何でも無い、ただの政治扇動屋だから、そもそも正しさなんて求めて無い」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そしてエンリはロベスピエールに向き直る。
「あなたが理不尽に抗うのに、論理ではなく、自らの暴力を以て事を成そうとしたのは、仕方のない事なのかも知れない。けれどもだからこそ、それは必然的に間違います」
「それがギロチンによる圧政・・・」とエレオノールは呟く。
そして彼女はロベスピエールに言った。
「あなたは一人では無い。世界があなたの存在を姦淫などと中傷するなら、私が一緒に戦います。それでも私を受け入れる事は出来ませんか?」
ロベスピエールは黙って彼女を抱きしめた。
そんな二人を見て、エンリは呟いた。
「もう大丈夫だな」
ロベスピエールはエレオノールと結ばれ、彼の父、フランソワの住む地方都市に移住した。
フランソワが経営する、大手の弁護士事務所。
彼は所長として、職員たちに新人を紹介する。
「今日からここで働いてもらう、弁護士のマクシミリアンだ」
盛り上がる女性職員たちの質問攻めに遭うロベスピエール。
「もしかして息子さん?」
「モテるタイプですよね?」
「一応結婚しているんだけど・・・」
そうロベスピエールが言うと、彼女たちは「けど国教会では恋愛は自由ですよ」
何人もの若い女性に囲まれて、タジタジのロベスピエール。
その一方で、事務員やら助手やらの名目でそこに勤務する女性たちに囲まれて、イチャラブするフランソワ。
彼を見て、ロベスピエールはあきれ顔。
そして「ちょっと来い!」と彼はフランソワに・・・・・。
事務所の屋上に父親を引っ張って行くと、ロベスピエールは詰問。
「あの人たちって何だよ?」
「まあ、俺も満更じゃ無いって所さ」と得意顔のフランソワ。
「母さんを愛してたんじゃ無かったのかよ。その面影が辛くて、俺を遠ざけたと言ってたよな?」
そんな彼の肩に手を置き、フランソワは言った。
「息子よ。愛する者を失った痛みを忘れるための最良の方法は、新しい恋を見つける事だ」
「このエロオヤジがぁ。粛清してやる!」
ロベスピエールの右ストレートで吹っ飛ばされながら、フランソワは呟いた。
「これが若さか」




