第548話 暴君のギロチン
革命政府の急進派として権力を握ったロベスピエールは、介入戦争でプロイセンに手玉に取られた事で、多くの人々から批判された。
これに対して彼は、厳しい弾圧と急進的経済政策を以て臨み、社会は混乱を極めた。
悪化の一途を辿るフランスの社会と経済。
その一方で、介入戦争でドイツ軍を破ったナポレオンは、そのまま革命警備隊の司令官の地位にあった。
ロベスピエールによる弾圧に怯えるパリ市民たちの憂慮を他所に、彼は司令官室で部下たちと能天気に世間話。
「俺ってこの国のテッペンなのかな?」
そうナポレオンが言うと、副官は「軍のテッペンではありますけどね、国のテッペンはあくまでロベスピエール委員長ですよ」
「けど俺って皇帝なんだよね?」とナポレオン。
「ただの仇名ですけどね」と副官は突っ込む。
「まあいいや。とりあえずナンバー2って所か?」
そうナポレオンが言うと、副官は「そりゃロベスピエールの側近でしょ。サンジェストって奴ですよ」
「どんな奴なんだ?」
「徹底した共和主義者で・・・・・」
そう言いかけた副官に、ナポレオンは「今の政府って、みんなそうなんじゃ無いの?」と突っ込む。
「王だの皇帝だの名乗ってる奴は人間じゃない叩き切ってやる・・・とか」と副官は語る。
「・・・・」
「演説する時、人差し指突き出してオランウータンみたいに歯を剥き出して吠えるんですよ」と副官は更に語る。
ナポレオン、あきれ顔で「人間じゃないのはそいつの方だろ」
その時、部下の一人が報告。
「あの・・・司令官。面会の方が見えてますけど」
「誰?」
部下は「サンジェストとかいう革命政府のナンバー2ですよ」
残念な空気の中、ナポレオンは思いっきり嫌そうに「居ないと言ってくれ」
「ですが・・・・・・」
「頭の危ない奴の相手は嫌だ」とナポレオン。
「ですが・・・・・・」
「そいつって、嫌われまくってるよね?」とナポレオン。
部下は「ですが、もう来てるんです」
ナポレオン、どっと冷や汗。
報告に来た部下の背後に居たサンジェスト本人。
「ナポレオン司令官にお話しがあります」
そう彼に言われ、ナポレオンは「ワタシコルシカ人デースフランス語ワッカリマセーン」
サンジェストは頭を掻きながら「いや、あなたを粛清しよーって話じゃないんで」
「・・・・・」
「粛清ってアレだよね?」
そうナポレオンに言われ、副官は「アレですよね?」
「"粛清してやる"って叫んでぶん殴る」とナポレオン。
「じゃ無くて首を切るんです」
そう副官が言うと、ナポレオンは「つまり失業者にされる」
「じゃ無くてギロチンですよ」と副官。
そんな間抜けな会話にため息をつくサンジェスト。
「あなたに革命委員会の委員になって欲しいのです」
ナポレオン、きょとん・・・とした表情で「俺、政治とか解らないんだが」
「大丈夫。委員会で席に座ってるだけの簡単なお仕事ですよ」とサンジェスト。
「いいのか? それで」
サンジェストは更に言った。
「テッペンに立ちたいのですよね? この国の政治経済全部そこで決まります」
「国民議会は?」
そうナポレオンが問うと、サンジェストは「元々多数派のジロンド派が全員粛清されましたので、長い事開かれてません。反革命分子の跳梁から、この国の革命を守る楯になって欲しいのです」
「けどなぁ」
そう言って渋るナポレオンに、サンジェストは「快く引き受けて下さって感謝します」
ナポレオン、慌てて「いや、まだ引き受けるとは・・・」
「では次の委員会は3日後の午前10時。お待ちしております」
勝手にそう言い残して退散するサンジェスト。
兵営の正門を出るサンジェストを窓から眺めながら、ナポレオンは迷惑そうに呟く。
「何だろう。政治とか言われても・・・」
「テッペンに立つって、そういう事ですよ」
そう副官が言うと、彼は「そーだけど、委員会って何をするんだ?」
副官は「法律作るとか」
「めんどくせー」とナポレオンは嫌そうに・・・。
副官は更に「国営工場の生産計画とか」
「もっとめんどくせー」とナポレオンは更に嫌そうに・・・。
副官は更に「誰を反革命認定してギロチンにかけるか、とか」
「勘弁してくれ」と、ドン引き顔のナポレオン。
「けど、自分が粛清される側に立つ事は無くなるんですよね?」
そう副官に言われ、ナポレオンは「けどなぁ・・・」
結局、ナポレオンは革命委員会に出席した。
議論している事の半分も理解できない彼であったが、他の委員たちは彼をちやほやした。
「さすがフランスのテッペン。存在感が違う」
「革命の英雄」
そんなお世辞の連発に、ナポレオンは満更でも無さげに「そそそそーかなぁ」
そんな委員会での様子を、ナポレオンは兵営に戻って副官に話す。
「それって、取り込まれてるって事ですよね?」
そう副官に言われ、ナポレオンは「何のために?」
「いざという時、反対派を武力で弾圧するためですよ」と副官。
「軍隊なんか無くても、みんなギロチンで弾圧してるんじゃ無いのか?」
そうナポレオンが問うと、副官は「組織的な反乱ですよ」
「反乱って誰が? 私兵抱えてる貴族なんて、みんな国外逃亡してるし、残ってる革命派貴族も粛清されたよね?」とナポレオン。
副官は「工場を没収された資本家とか・・・」
「彼等って反革命なの? 個人資産の保護は革命の目的の一つだよね?」とナポレオン。
だが、彼らの危惧は現実化した。
リヨンで革命政府に対する反乱が発生したのだ。
ナポレオンは革命委員会に呼び出され、ロベスピエールは彼に反乱の鎮圧を命じた。
「これは外国とズブズブな貴族による裏切りだ」
そう言って頭から湯気を立てるロベスピエールに、ナポレオンは「つまり首謀者を捕まえればいい訳ですよね?」
「奴らの煽動に同調した市民も同罪だ。許す事無く全員を誅殺せよ」とロベスピエール。
「・・・・・・」
ナポレオンは兵営に戻ると、部下たちに上からの鎮圧命令を伝えた。
「どうしよう。皆殺しとかさすがになぁ」
そう言って頭を抱えるナポレオンに、副官は言った。
「大丈夫ですよ。現場に行くのは我々軍人です。適当に鎮圧して、戻って来たら適当に全員殺りましたって言えばいいんです」
「なるほど・・・」とナポレオンも頷く。
他の部下たちも口々に言う。
「そうだよ。戦争は現場で起こってるんだ。会議室で起ってる訳じゃ無い」
「死者数なんて、人口二十万の都市で三十万が殺された・・・なーんて有り得ない話を"正しい歴史認識"だって言い張るのが政治だものね」
そしてナポレオンが指揮する鎮圧軍がパリを発進した。
騎馬で行軍を指揮するナポレオンとその部下たちを監視するように、騎馬で街道を進むロベスピエール。
そんな彼を横目に、副官はナポレオンに小声で言った。
「皆殺しを命令した本人、ついて来きちゃいましたけど」
ナポレオンも頭を抱えて「どーすんだ? この人」
鎮圧軍はリヨンに着いた。
城壁で囲まれた街の正面門は閉じられ、櫓にも城壁の上にも銃を構えた市民兵が鎮圧軍を睨んでいる。
ナポレオンは戦闘開始の号令を下した。
「二隊を以て城壁の2か所に攻勢をかけて牽制。残りで正面門を集中的に攻撃しろ」
城内からの砲撃が来る。
鎮圧軍は砲兵隊の半分で敵の砲台を牽制。残りの半分による砲撃で正面門の防備の破壊に取り掛かる。
守備兵の居る城壁上と正門上の櫓に銃撃をかけて反撃を封じつつ、正面門に攻勢をかけ、門を破壊。
歩兵隊で市内に突入し、市街戦となる。
間もなく捕虜が連行されてきた。
「ただちに処刑せよ」
そう命じるロベスピエールに、ナポレオンはドン引き顔で「戦闘が終わってからにしません?」
ロベスピエールは目を血走らせて「私が処刑の指揮をとる」
拘束された捕虜たちを一列に並べ、銃兵たちが彼らに向けて銃を構える。
そしてロベスピエールは宣言。
「革命を裏切り、国家を裏切った反乱者たちに、革命委員長の権限を以て死刑を宣告する」
すると、銃を向けられた捕虜の一人が言った。
「また我々を殺すのか?」
「何だと?」
ロベスピエールは抗議の言葉を発した捕虜を見る。
その見知った面影に、彼は恐怖を浮かべた。
「お前はエベール・・・。それにダントンも・・・。ギロチンで処刑された筈だ」
ロベスピエールは数歩後ずさりすると、悲鳴とともに駆け出し、馬に飛び乗って逃げ去った。
去っていくロベスピエールを見ながら、ナポレオンは副官に「どうする?」
副官は言った。
「命令した本人が逃げたんだから、処刑は中止でいーんじゃね?」
ロベスピエールはパリに着くと、革命委員会の建物に駆け込んだ。
部下たちが彼を見ると、駆け寄って報告。
「委員長、大変です。パリコンミューンの廃止命令が・・・」
「何だと?」
唖然顔のロベスピエールに、部下たちは報告を続けた。
「国営工場制も廃止し、元の所有者に返還せよと」
「誰がそんな命令を?」
そうロベスピエールが問うと、部下は「国民議会ですよ」
「いや、大半の議員はジロンド派の反革命分子として処刑され、議場は閉鎖された筈だ」とロベスピエール。
部下たちは頭を抱えて「我々も何が何だか・・・」
ロベスピエールは言った。
「つまり、私に反旗を翻す反革命議員がまだ居るという事か」
ロベスピエールは国民議会の議場へと向かった。
「ここに粛清すべき議員が居る」
そう叫びながら会議場の扉を開き、乗り込んだ彼は、居並ぶ議員たちを見て唖然。
「お前たち、処刑された筈だ」
そう震え声で言うロベスピエールに、議員の一人が「そう。私はあなたに殺された。ジロンド派に属しているという理由で・・・」
別の議員も「財産である工場の没収に抵抗したという理由で・・・」
更に別の議員も「知り合いから病気の親の見舞を貰ったのが賄賂で裏金だと言われて・・・」
その他の議員も口々に言う。
「議会で反対意見を述べたからと・・・」
「息子が貴族に仕えていたのがズブズブ関係だと・・・」
「顔に絆創膏を貼っていたのが怪しいと・・・」
「あなたの母親をデベソだと言ったと・・・」
そして全員、ロベスピエールを指して声を揃えた。
「粛清すべき議員とは、あなたです」
ロベスピエールは両肩を掴まれ、ギロチンの元へと連行された。
両手両足を拘束され、分厚い断頭刃を吊るす縄が断ち切られ、そして、衝撃とともに彼の首は切断された。
テルミドール28日の出来事であった。




