第545話 補給路の攻防
ルイ新王が亡命したスパニアへフランス軍を派兵する中、ついに始まったドイツ皇帝軍の介入戦争。
貴族将校の多くが亡命して弱体化したフランス正規軍が各地で敗走する中、マジナ要塞を守備するオスカルの部隊は、唯一踏み止まって戦線を支えた。
圧倒的な兵力で繰り出すドイツ軍の攻勢を、奇策を以て次々に打ち破るオスカルだったが、ドイツ軍はその状況を打開するため、オスカルの父レニエ将軍を新たな司令官として派遣。
彼は力押しの不利を悟り、食料備蓄を叩く作戦に出た。大量のネズミの使い魔で喰い荒らされた食料を補充する必要に迫られるオスカル。
要塞守備隊司令官に案内されて、オスカルとアンドレは要塞の地下の廊下を進んだ。
貯水槽のある広い空間の片隅に、その扉はあった。
開けると、馬車が通れる程度の広さと高さのある、緩い下り坂の通路。
オスカルは補給隊を選別し、作戦開始。
数台の荷車を馬にひかせ、護衛として数人の近衛隊士が同行する。
森の向うの廃村に、倉庫跡に偽装した出口がある。
補給隊の馬車は、近くの街で物資を調達。
再び地下通路を通って帰還した。
オスカルは調達した物資を検分。
小さな包みが出て来た。
「何だ? それは」
そう追及するオスカルに、補給隊の兵たちは「ななな何でもありませんよ」
「とにかく見せてみろ」
そう言ってオスカルは包みを取り上げて、それを開ける。
数冊の薄い本が出て来た。
その一冊の表題に曰く。「巨乳ナース狂い咲き」
オスカル、あきれ顔で「この非常時に何やってんだ」
「俺たちにとっては大切なお宝なんですよ」と兵たち・・・・・。
その夜・・・・・。
オスカルが仮眠をとっていると、部下が慌て顔で部屋に駆け込んで報告。
「大変です。敵が要塞内に侵入しました」
オスカルは跳ね起きると「突破されたというのか?」
「それが・・・。どうやら地下通路から侵入したらしく・・・」
そう兵は答え、オスカルは唇を噛む。
「補給隊がつけられたのか」
オスカルは指令室で緊急の指揮をとる。
「ジェローデルは正面門を固めてくれ。敵は潜入部隊と呼応して突入して来る。父上なら・・・・」
オスカルの脳裏で、その言葉が重く響いた。
そして彼女は呟く。
「父上・・・って。そうか、恐らく敵を指揮しているのは、あの人だ。アンドレもそっちに付いてくれ」
オスカルは一隊を率いて、敵侵入部隊の排除に向かった。
剣を抜いて向ってくる敵を切り払うオスカル。
走りながら銃を構え、敵に銃弾を浴びせる部下たち。
飛んで来る銃弾を剣で弾き、オスカルは次々に敵兵を切り伏せて、要塞の廊下を爆走。
そして、地下通路入口のある貯水槽施設へ突入した彼女が見たものは、地下通路の入口に据えられた、銃に機械の付いた大がかりな装置。
それを構える敵兵がオスカルに銃口を向けた。
オスカルはそれが何なのかを瞬時に理解し、それは脳内で言葉となる。
(あれは射撃機械。大量の銃弾が飛んで来て、避けるのは不可能だ)
彼女が死を覚悟した、その時、背後でアンドレが呪句を発した。
「ウィンドボンバー」
射撃機械を構える敵兵が引き金を引くより一瞬早く、アンドレが放った風の魔弾が炸裂。射撃機械のドイツ兵を吹き飛ばす。
そしてその爆風は、貯水槽を破壊した。
オスカルが振り向くと、背後には城門で副官とともに指揮をとっている筈の戦友。
「どうして・・・・・・」
そうオスカルが問うと、アンドレは言った。
「敵の指揮官はあなたの父親なんですよね? そして相当な才覚の持ち主だ。ならば、突入ルートを守るために特別な用意をしていると踏んだんです。それより貯水槽が・・・」
「いいんだ。恐らく貯水槽がそばにあるのは、地下通路が敵に利用されないための保険だ」とオスカル。
破壊された貯水槽から流出した大量の飲用水は地下通路に流れ込み、通路を完全に水没させていた。
それを確認するとオスカルは言った。
「中に居たドイツ兵は全滅している。後はとにかく正面門だ」
門ではジェローデルが守備兵たちを指揮し、激しい戦闘が続いていた。
門を破壊しようと迫る何体ものオーガとサイクロプスに小型砲を打ち込み、攻撃魔法を放つ。
城門両側の城壁に迫る攻城櫓に立体機動装置で切り込み、更にそこから地上に降下してドイツ軍の銃兵陣に切り込んで攪乱。
やがて、地下通路から潜入した部隊が失敗したと悟ったドイツ軍は、攻略を諦めて戦闘は休止。
翌日、ドイツ軍では・・・・・・。
レニエ将軍は工作部隊の案内で、地下通路を検分した。
廃村の倉庫跡に偽装した入口に入る。
しばらく下り坂を進むと、床が水びたしだ。
「この先を進むと更に水嵩が増して、完全に水没して通行不能です」
そう工作兵が報告すると、レニエは「この水はどこから来たものか解るか?」
「潜入部隊が壊滅して、知る術が無いもので・・・」と工作兵。
レニエは更に「水質は?」と問う。
「というと?」
「飲用として問題はあるのか? という事なのだが」とレニエ将軍。
「通路の床の泥で濁ってはいますが、沈殿させて煮沸すれば問題は無いかと」
そう工作兵が答えると、レニエは言った。
「なるほどな。恐らくこれは要塞の貯水槽の水だ。通路が露見して攻め込まれた場合の、敵を防ぐ最後の手段といった所だろうな。だとしたら要塞内にもう飲み水は無いという事になる。人は食物を断っても一週間は生きていけるが、水は三日呑まないと命がもたない。この要塞はあと三日で陥落する」
そして、要塞内では・・・・・・。
戦闘が小康状態な中、司令部ではオスカルと彼女の部下たちが、あれこれ・・・。
「敵、攻めてきませんね」
そう兵がだるそうに言うと、オスカルもだるそうに「そうだな」
「それより喉が渇いた」と一人の兵が・・・。
もう一人の兵が「元気が出ない」
「今攻め込まれたらアウトだな」と、更にもう一人の兵。
「って事は、敵にとっちゃ絶好のチャンスって訳だ。案外ドイツ軍って間抜けなんだな」
そうジェローデルが言うと、オスカルが「いや、彼等は我々に飲み水が無い事を知って、脱水症状でダウンするのを待っているんだ」
「俺があそこで貯水槽を壊したりしなければ・・・」
そう後悔顔で言うアンドレに、オスカルは「そうしなければ通路から攻め込まれて陥落していただろうさ」
「けど、このままじゃ・・・」と気弱顔のアンドレ。
兵たちも「元気が出ない」
そんな彼らにオスカルが言った。
「よし、みんなが元気が出るよう、とっておきの芸を見せてやる」
そして彼女は部下たちの前に立って、ジョークをやった。
「隣の家に囲いで出来たってね。へー」
残念な空気が流れる。
兵の一人が「ジョークって隊長が一番苦手な奴だよね」と溜息混じりに・・・。
そんな空気を吹き飛ばそうと、副官が立ち上がった。
「だったら二番ジェローデル、へそ踊りをやります」
次々と元近衛隊員たちが名乗り出て、ヤケクソの隠し芸大会が始まった。
そして「12番アンドレ、水芸をやります」
扇子の先から噴水を出すアンドレ。
オスカル、ハリセンでアンドレの後頭部を叩いた。
そして「床に溢しちゃもったいないだろーが。今は水の一滴が血の一滴だぞ」
その時、兵の一人が言った。
「あの・・・魔法で水って出せるの?」
「そーだよ。水魔法があったじゃないか。ここは魔法が使えるファンタジー世界だったんだ」と、兵たちは口々に・・・。
沈んでいた空気は一気に明るくなった。
こうして危機を脱したマジナ要塞のフランス兵たち。
アンドレが水魔法で出した水で、フランス兵たちは乾きを癒そうと・・・・・。
だが・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「もう出ないの?」
そう残念そうに言う兵たちに、アンドレは「魔力切れだ」
何しろ要塞には千人のフランス兵が居る。
その全員に行き渡るだけの水を出すには、かなりの魔力が必要だ。
「他にも魔法を使える奴は居ないか?」と、兵たちに呼び掛けるオスカル。
暗い空気に逆戻りしそうな状況を、何とか押し止めようと、オスカルは言った。
「けど、とにかく脱水症で死ぬ事は無くなった。頑張って難局を乗り切るぞ」
要塞の外のドイツ軍では・・・・・・。
「3日経ちましたけど・・・」
落ちる気配の無い要塞を前に、首をかしげるレニエ将軍とドイツ軍士官たち。
その時、城壁の上のフランス兵を望遠鏡で監視していた一人の士官が目撃した。
水が無くて兵が脱水症で戦闘不能になってる筈の要塞で、城壁の上のフランス兵が水筒を出した姿を・・・。
そしてそのフランス兵は、水筒に口をつけて美味しそうに・・・・・。
「フランス兵、水を飲んでますけど」
「・・・・・」
場に?マークが充満する中、一人の士官がそれに気付いた。
「もしかして水魔法で?」
「あ・・・・・・」
「そーだよ。ここは魔法が使えるファンタジー世界だったんじゃないか」とレニエ将軍。
残念な空気が流れ、士官たちは残念声でレニエ将軍に言った。
「どうしますか? 自滅を期待して三日も空費しちゃいましたけど」
レニエは立ち上がり、そして号令を下した。
「これより総攻撃をかける」
「いや、当てが外れたからってヤケクソで・・・・・・」
そう言って止めに入ろうとする士官たちに、レニエは言った。
「そうではない。彼等は水を得るために魔力を使っている。つまり、戦いに使える魔力が水魔法で消耗しているという事だ」
「確かに・・・・・・」
ドイツ軍の総攻撃が始まった。
正門前に主力を据えつつ、全周囲に攻城隊を展開。
大砲と銃兵陣、弓兵陣の射撃で城壁上のフランス兵を牽制しつつ、城壁下に攻め寄せた歩兵が攻城梯子を使って城壁上のフランス兵とせめぎ合う。
正面門でスケルトンの戦陣が突撃。正門上の櫓からアンドレが光の波濤で撃退。
右側の城壁を登って来るタランチュラの一群を、フランス兵が炎の波濤で撃退。
城壁の上空からハーピーの群れが襲い来るのを、フランス兵が風の散弾で撃退。
魔導士官たちが悲鳴を上げた。
「魔力がもう無い」
「他に魔法が使える奴は居ないか」
夜になるとゴブリンの一隊が城壁をよじ登って攻勢をかけた。
これを城壁上から鉄砲で撃退。
数体のオーガが大槌を持って正面門の破壊を試みるのを、小型の砲で迎え撃つ。
数に余裕のあるドイツ軍は交代で休息をとり、フランス兵は疲労で体力が削られる。
抵抗力を削がれていく要塞の様子を観察し、レニエは部下たちに「敵もそろそろ限界だろう。力圧しで突破するぞ」
分厚い魔法防壁を展開しつつ、全周囲の城壁上に飛び道具の集中砲火を浴びせるドイツ軍。
銃や弓矢、目視距離からの砲撃、攻撃魔法にモンスターたちによる投石・・・。
「こっちも魔法防壁で・・・」
そうオスカルが言いかけると、魔導士官たちは「МPがもうゼロですよ」
「ここまでか・・・」
オスカルがそう呟いた時、突然ドイツ軍が引き始めた。
「何が起こった?」
そう叫ぶオスカルに魔導通信の兵が報告。
「友軍です。味方がこちらに向かっていて、ドイツ軍はそちらを迎え撃とうと・・・」
「どこの部隊だ?」
「イベリア遠征に向っていた革命警備隊。司令官はナポレオン」と通信兵は報告した。




