第544話 要塞の姫騎士
ルイ新王が亡命したポルタ・スパニアへフランス軍が派兵される中、ついに始まったドイツ皇帝軍の介入戦争。
貴族将校の多くが亡命して弱体化したフランス正規軍が各地で敗走する中、オスカルが部下の近衛隊とともに派遣されたマジナ要塞にもドイツ軍が迫る。
魔導士官が操る巨人軍団を先鋒に、守備隊の十倍の兵力で攻勢をかけるドイツ軍だが、オスカルの立体機動魔道具を使った奇策により、その攻勢は頓挫した。
ドイツ軍を追い返したオスカルの部下の元近衛兵たちは、要塞に引き返し、城壁を守っていた守備隊とともに気勢を上げる。
「大戦果だよね」
「祝杯を上げようよ」
そんな部下たちにオスカルは「いや、酒に酔ってる所を襲撃される恐れがあるぞ」
だが、部下の一人が「大丈夫。もう日が暮れます。夜襲は兵を睡眠不足にする最低の悪手ですよ」
「常識だものね」と、もう一人の部下も・・・・・。
彼等は、その常識がポルタに遠征中のナポレオンがbaka-noteの力で作ったものである事を知らない。
「けど、それが常識だとしたら、ドイツ軍の奴らも安心している筈だよ。狙い目じゃないかと思うんだが・・・」
そう副官のジェローデルが言い出すと、他の部下たちも「確かに・・・」
一人の部下が「って事は奴らも、それが狙い目だとこっちが考えている可能性を、警戒しているかもね」
すると別の部下が「大丈夫。ドイツ人は頭が固い」
その場に居る全員が頷く。
そして一人が言った。
「こんな話があるんだが・・・。沈没しかけた船があった。救命ボートには全員乗れない。女と子供をボートに乗せて、男性は海に飛び込むって事にしたが、どう言って説得するか。ドイツ人には"飛び込むのがルールだ"と言ったら飛び込んだ」
別の一人が「ビアホールでジョッキに蝿が入った。ビアホール側は蝿をつまみ出してそのまま客へ。客が不衛生だろ・・・って言ったら、アルコールには除菌効果があるから大丈夫だと。ドイツ人の客はそれで納得したとか」
更に、別の一人が「ドイツ人冒険者が迷路を歩いていた。道が右と左に分かれていた。彼はどちらに行くべきか六法全書を調べた」
その場に居る全員、笑いながら「ドイツ人って・・・」
「私もドイツ人なんだが」と、オスカルが困り顔で・・・・・。
「あ・・・」
残念な空気が漂う。
そんな中、一人の部下がオスカルに言った。
「ところで、さっきの話なんですが、女性をボートに乗せるため男性は海に飛び込むって時、隊長ならどうしますか?」
オスカルは「もちろん飛び込むぞ。私は軍人だ」
「けど、女性がボートに乗るのは規則なんですよね?」と、その部下。
するとオスカルは「そうか。規則なら仕方ない」
「・・・・・・・・・」
深夜・・・・・。
アンドレが操る梟の使い魔の先導で、森に陣を張るドイツ兵の野営地に向け、夜目の魔道具を装着した元近衛兵たちが、立体機動魔道具で森の木々の間を移動。
彼らはドイツ軍の陣地を夜襲した。
大きな被害を受けたドイツ軍は、森の外まで退却した。
そして・・・・・・・・。
ドイツ軍部隊を指揮する将軍は、通信魔道具の向こうに居る総司令官から厳しい叱責を受けた。
「何をやっている! 他の部隊は軒並みフランス軍を破って占領地を広げているというのに」
将軍は困り声で弁明する。
「敵は貴族士官がごっそり抜けて、弱体化していますからね。けど、そうでない部隊もあるという事かと。それと彼らは、森の木々の間を飛び回る特殊な魔道具を使います」
翌日、ドイツ軍は要塞周囲の森の伐採を開始した。
木々が切り払われて、要塞の城壁の外側に視界の開けた景色が広がる。
そんな要塞周囲の状況を見て、オスカルの部下たちは「あれでは立体機動による襲撃戦が出来ない」と言って顔を見合わせる。
そしてオスカルに「どうしますか?」
ドイツ軍では将軍が士官たちを集めて演説。
「これでマジナ要塞は完全に孤立した。だが、更にフランス深部に侵入するには、交通の要衝であるこの地を掌握する必要がある。是が非でもこの要塞を落とすぞ」
ドイツ軍は伐採した大量の木材で、攻城櫓を作り始めた。
そんな敵の様子を城壁から眺めるオスカルの部下たち。
「どうしますか?」
そう兵たちが言うと、オスカルは「乗り込もうと接近して来たら、返り討ちにしてやるさ」
組み上がった車輪付きの櫓が動き出した。
城壁上に居る、オスカルの部下の兵たちのテンションが高まる。
「あれで切り込んで来たら、返り討ちだ」
「腕が鳴りますね」と言って指をポキポキする兵たち。
「腰も鳴りますね」と言って両手を当てた腰を前後に振る兵たち。
アンドレは頭痛顔で「どこぞのお笑い拳法漫画じゃ無いぞ」
だが・・・・・・・・。
「なかなか来ませんね」と、元近衛の兵たちは・・・・・。
木の切り株が邪魔で、森を切り払った要塞周囲の平坦面を、思うように進めない攻城櫓。
城壁の上で身構えるフランス兵たちが焦れ始める。そしてあれこれ・・・。
「折角やる気が出たのに・・・」
「さっさと攻め込んで来い」
そんな彼らにオスカルは「来ないなら、こっちから乗り込むまでさ」
オスカルの部下たちは立体機動魔道具を装着し、途中まで移動してきた攻城櫓に向けて攻勢開始。
城壁上から攻城櫓に水銀魔法のワイヤーを打ち込むと、オスカルとアンドレを先頭に、数十名の隊員が撃ち込まれたワイヤーに引かれ、高速で櫓へと飛翔。
櫓の上に居たドイツ兵に切り込みをかけ、占領すると上からドイツ兵を銃撃。
城壁を攻める拠点のつもりの櫓が、自分たちを攻める拠点にされてしまったドイツ軍の指揮官は焦り声で命令。
「櫓の基部を爆破しろ」
櫓の基部に居るドイツ兵たちに、上からアンドレが攻撃魔法。
オスカル率いる切り込み隊が櫓上から降下し、混乱するドイツ兵たちを切りまくる。
ドイツ兵たちに大きな被害を与えて、オスカルたちは立体機動のワイヤーで城壁上に帰還。
そして数日後、ドイツ軍の司令部では・・・・・・・。
「レニエ将軍、お待ちしておりました」
そう言って着任した軍人を出迎える、それまで部隊を指揮していた将軍。
そんな彼に、着任したレニエ将軍は「戦況は?」
戦況を打開するために派遣されたレニエ将軍に、それまでの戦闘の経緯を説明。
「なるほど、木々の間を飛び回る特殊な魔道具を使い、奇策を用いて奇襲戦法・・・。敵の司令官はどんな者か解るか?」
「定かではありませんが、司令官クラスの階級章を付けた者が、先頭に立って・・・」
レニエは思った。
(オスカルならそういう戦い方をするだろうな)
フランスにアントワネット妃の護衛として派遣された自分の娘が戦う姿を想像するレニエ将軍。
「ブロンズの長髪で、女ではないかと言う者もおりまして・・・」
そんな説明を受けて、レニエ将軍は「・・・・・」
「近衛の軍服を着ていたとか」
更にそんな説明を受けて、レニエは脳内で呟いた。
(やはりそうか。こんな所で敵味方でぶつかる事になるとは・・・。だが、戦場で出会えば敵どうし。何時でも覚悟は出来ているのが軍人だ)
そしてレニエは言った。
「無理押しすれば隙が生じる。敵はそこを突いて来る。だから、攻撃をゆるめず敵に疲労を強いる。夜間も砲撃は続行しろ」
「ですが、兵の睡眠不足を引き起こします。常識に反するかと」
これまでの指揮官だった将軍がそう言うと、レニエは「その常識を破って、敵は君たちに手痛い打撃を与えたのだよな? 砲兵は昼夜交代で疲労を避ければ良い。そして敵を休ませない事だ」
そして、レニエ将軍指揮の下で、ドイツ軍は戦闘を再開した。
浅い塹壕と楯で身を隠したドイツ兵が、城壁上のフランス兵に向けて射撃を続ける。
一定間隔に配置されたゴーレムが荷台を背負い、その上に数人のドイツ兵が乗って、城壁上に向けて射撃を続ける。
ゴーレムは梯子を持っている。
そんな敵軍の戦い方を観察するアンドレ。
「隙を見せれば何時でも、あの梯子で乗り込もうという訳か」
「けど、何でゴーレムどうしで、あんなに間隔を開けているんだ?」
そうジェローデルが言うと、オスカルは「数で攻め込もうと密集体形を組んで、立体機動の足場にならないように・・・って事なんだろうな」
アンドレも「背の高い足場に水銀魔法のワイヤーを打ち込み、それをたぐる事で飛翔するのが空中機動だ。その足場が近接して複数あれば、飛びながら別の足場にワイヤーを打ち込んで飛ぶ方向を変える。密集しないのは、すぐには攻め込まず、持久戦で消耗を強いる気なんだ」
砲撃と銃撃の応酬は数日続いた。
要塞では、そんな中で食事当番の兵たちが厨房で戦時食作り。
「最近やたらネズミが出るんだが、猫でも飼うべきかな?」
そう言いながら一人の兵が、食材を出そうと食糧庫を開けると、中には無数のネズミ。
小麦や野菜、干し肉の入った木箱には、どれも齧られた穴が・・・・・。
「何じゃこりゃー!」
知らせを聞いて、オスカルとアンドレが駆け付ける。
「どうなっている?」
そう言って食糧庫に乗り込む二人に、足元のネズミの群れを指して、当番兵は「恐らく、敵の使い魔かと」
「兵糧攻めを仕掛けて来たという訳か。とにかくネズミをどうにかしろ」とオスカル。
アンドレが言った。
「しばらくみんな、ここから離れてくれ」
ドアを閉め、食糧庫の中でアンドレは一人、無数のネズミと対峙する。
耳に防音の魔道具を装着すると、彼は呪文を唱え、音響魔法の術式を使った。
轟音が響き、ネズミたちは気絶。
兵たちを呼び戻し、気絶したネズミを駆除して壁の穴を塞ぐ。
こうして、ネズミの居る部屋を次々に制圧すると、オスカルは兵たちに、無事な食料を確認させた。
仕分けを終えた食料を前に、苦悩の色を浮かべるオスカルと兵たち。
「かなりやられていますね」
そう兵たちが言うと、オスカルは「補給が必要だな」
「ですが、周囲は敵に囲まれていますよ」と兵の一人に言われ、オスカルは頭を抱える。
すると、要塞守備隊の司令官が言った。
「大丈夫です。こういう時のための、補給用の抜け穴があるんです」




