第541話 ピレーネの争奪
ピレーネの山越えルートの占領を狙い、「神の平和の白旗」というbaka-noteで作った常識を使って、麓のバンプ要塞を占領したナポレオンに対して、エンリ王子は同じ手口による要塞奪還を試みる。
これを予想したナポレオンの作戦により、彼が要塞に残した守備部隊の司令官は、エンリの魔剣を奪って殺そうとするが、エンリはこれに反撃し、要塞は奪還された。
そしてエンリはポルタ軍を率い、既に山越えルートに向けて発進していたナポレオンの軍勢を追う。
ポルタとスパニアの軍が山道へ進軍を開始するに当たって、エンリはガウ将軍指揮下の、地元の地形に詳しいスパニア兵たちを選抜し、このあたりの地形を地図にあれこれ書き込んだものを広げて、彼らの知識を生かして詳細な作戦を立てた。
「ここは両側が急斜面になっていますね」
「ここは森で地形の凹凸が激しいですよ」
そう言って、地図のあちこちを指して説明するスパニア兵たちに、エンリはその地図の一画を指して「伏兵を配置するなら、こことここだな」
「ここは緩斜面で騎兵が活動しやすいです」と、別の一画を指すスパニア兵。
「恐らく敵は砲兵隊を先行させて、高所からの砲撃で有利に立とうとするだろう」とエンリ。
「だったら砲兵陣はこのあたりですね」とスパニア士官の一人が地図の一画を指す。
アーサーが「それはファフを使って空から叩かせましょう」
「伏兵による奇襲に、その背後からの強襲を併用して来るだろうな」
そうエンリが言うと、スパニア士官の一人が「更に、騎兵で我々の背後を突こうとすると思われます」
「すると、待ち構えているのはこのあたりか」と、エンリは地図の一画を・・・・・・・。
フランス兵たちは・・・・・。
山道を囲むように配置された伏兵配置場所で、森の窪地を浅く掘って周囲を草藪を偽装し、三人程度で隠れる。これが至近距離に三か所。
十人ほどのチームを組んで、これが至る所に・・・。
そんな伏兵の隠れ場所を、一匹の猫が覗き込む。
兵はそんな猫を「あっちに行け」と言って追い払う。
「ニャー」
猫は一声鳴くと立ち去った。
あちこちで猫の鳴き声が聞こえる。
「やたら多いな」
そうフランス兵の一人が言うと、別のフランス兵が「猫好きの村でもあるのか?」
「こんな山の中に?」と、更に別のフランス兵が・・・。
「静かになったぞ」
猫の鳴き声が止む中、隠れていた三人は互いに顔を見合わせる。
「何だったんだ?」
突然、一帯に銃声が立て続けに響き、銃弾が雨のように飛んでくる。
三人のうち一人が銃弾を受けて倒れた。
残った二人のうちの一人が「敵だ。潜伏位置がバレてる」
「さっきの猫だ。あれは使い魔か何かだったんだ」と、もう一人が・・・。
剣を翳した数人の兵が突撃して来る。二人は銃を構えようとして、一人が牽制射撃の銃弾に倒れた。
切りかかる敵兵の剣を、最後の一人が剣を抜いて受け止める。
側面から斬りかかる別の兵による剣の一突きで、彼は倒れた。
ポルタ軍の本陣では、タマの前に地元のたくさんの猫たちが群れていた。
タマは猫たちに「よくやったわ。戦闘が終わったらご馳走よ」
ナポレオンの司令部では・・・。
次々に入って来る不利な報告を受け、唇を噛むナポレオンが居た。
「伏兵が倒され、その背後に陣取っていた銃兵隊との戦闘になっています」
ナポレオンは焦り声で「読まれていたという事か」
「伏兵の位置を敵は正確に捉えていたようですね」
そう焦り顔で言う参謀を他所に、ナポレオンは「とにかく奴らは銃兵が抑えている。正面に居る筈の炎の剣の軍団が押しにかかって来るぞ。突き崩される前に包囲殲滅だ」と号令を下した。
下から攻勢をかけて来るポルタ側の先陣隊に対し、左右斜め後方からフランス軍歩兵が攻勢をかける。
下からの先陣隊を正面から迎え撃つフランス側の銃兵隊の指揮官の表情からは、深刻さが薄れかけている。
「思ったより勢いがありませんね」
そう言う部下に、指揮官は「司令官は敵を買い被り過ぎだろ」
すると、別の部下が「けど、敵が持ってるのは普通の剣ですよ。楯もそんなに大きくない」
指揮官の表情が曇り、暫し敵兵を観察。
そして叫んだ。
「あれは炎の剣の部隊じゃ無い。普通のスパニア兵だ」
エンリは先陣隊の左右の敵の動きを見定めていた。
「おそらく、一方が主力で一方は牽制だ。どっちがどっちだろう」
彼は大地の魔剣を抜いて地面に突き立てる。
「我、我が土の剣とひとつながりの宇宙なり。大地を踏み鳴らす軍靴の響きに耳を傾けし我は聴衆なり。その意思示す勇士ら奏でる鼓動受けし我が耳とせん。看破あれ」
戦いの場所に向けて移動する多くの兵の足音。右と左からそれぞれ聞こえる。
更に彼は、剣と大地の一体化の呪文を唱えた。
「汝土の精霊。大地に立ちたる人の子を支えし母なる地表。マクロなる汝、ミクロなる我が大地の剣とひとつながりの宇宙たりて、武器持ちて進みし軍勢の踏み鳴らせし鼓響の在り処と調べを我が前に明かせ。情報掌握」
先陣隊に向けて移動する敵軍の足音が響く位置と大きさが伝わる。
左が小さく右が大きい。
エンリは号令を下した。
「主力は右の包囲隊だ。炎剣隊を差し向けて一気に圧し潰せ。左側には別動隊で牽制しろ」
フランス軍の司令部では、前線からの報告を受けたナポレオンが焦っていた。
「正面の敵軍は囮だ。包囲隊が危ない」
フランス軍包囲陣の展開を読んでエンリが差し向けた炎剣兵団が、斜面を駆け登る。
スパニア軍先陣隊の右後方側面を衝こうとしていたフランス軍歩兵隊の、側面に現れた千人の軍団。
左手で大きな楯を持ち、右手に長い柄のついた槍の穂先に燃え盛る剣を装着。
楯の銃眼からボウガンの矢を一斉射撃しつつ、炎の槍を構えて密集体形をとって突撃。
それを見たフランス兵たちの脳裏に恐怖が過る。
「あれは炎の剣の軍団だ」
彼らの指揮官は「怯むな。銃で迎え撃て!」
フランス兵たちは隊列を整え、銃を構えて一斉射撃。だが、楯は容易に銃弾を跳ね返す。
炎の槍を振りかざすポルタ兵に、フランス兵たちは剣を抜いて接近戦で迎えるが、銃も剣も簡単に折られてしまう。
瞬く間に浸食されていくフランス本隊の指揮官は、正面からの圧力を受け流して側面に回り込もうと試みる。
それを見たエンリは「そうはさせるか。後方待機の騎兵隊、出番だ」
騎兵たちが機動力を生かして、回り込もうとする部隊の行く手を阻んで足を止める。
炎剣軍団の反対側を突こうと送り込まれた部隊を、少数の炎剣兵たちを前面に立てたポルタ銃兵隊が押し戻す
フランス軍司令部で・・・。
「報告。包囲陣を形成中の左翼隊が炎の剣を使う部隊の襲撃を受け、反撃に失敗。このままでは壊滅します」
ナポレオンは負けを覚った。
「退却しよう」
彼は自らの軍団を生かして後退させるべく、次々に指令を下す、
それを許すまいと、エンリは次々に対抗策を指示。
「後方に居る敵部隊が追撃して来ます」
そんな報告を受け、ナポレオンは「砲撃と騎兵で妨害するんだ」
「戦闘中の敵はどうしますか?」
そう部下に問われ、彼は「長弓の遠距離射撃で牽制だ」
激しい砲撃がポルタ軍の戦陣を襲った。
歩兵たちの戦場を高所から見下ろすフランス軍砲兵隊司令官は、自信顔で「上から撃てばより遠くに届く。砲撃戦ではこちらが有利だ」
だが、すぐに彼らの上空でドラゴンの咆哮が響いた。
既に空中で待機していたファフが、砲兵陣に舞い降りて炎を吐いて蹴散らしにかかる。
地形から割り出した騎兵ルートに待ち構えたポルタ銃兵隊が、ポルタ軍陣に向けて疾走するフランス騎兵に一斉射撃。
距離をとって回り込もうとするフランス騎兵の行く手に、シマカゼが立ち塞がる。
「馬じゃ駆けっこでシマカゼに勝てないよ」
そう言いながら疾走する彼女の機械背嚢の上からの、三基の連装砲ちゃんの連射が、騎馬陣形を突き崩す。
散開して距離をとって包囲しようとする騎兵たちを、シマカゼは高速で回り込んで爆雷投射。
彼女が回り込みながら配置した連装砲ちゃんが、騎馬兵の行く手に先回りして彼等を逆包囲し砲撃で突き崩す。
大きな被害を受けつつ炎剣兵団の背後を衝く位置に辿り着いたフランス騎兵の前に、リラのウォータードラゴンが立ち塞がった。
その頭上に居るエンリの炎の巨人剣が騎兵たちを薙ぎ払う。
退却を始めた包囲隊を追撃する炎剣部隊に、高所から射られたフランス長弓隊の矢が雨のように降り注ぐ。
これを楯で防ぎつつ、楯の裏のボウガンで、仰角45度の長距離射撃でフランス長弓隊に反撃。
風の剣の魔力を帯びた矢は魔力が産んだ風の流れに乗り、高所に陣取ったフランス兵に余裕で届き、矢の雨を降らせた。
その隙にフランス主力隊は辛うじて退却。
牽制手段を全て封じられたフランス軍は、もはや逃げの一手となった。
味方の圧倒的な有利の中、ガウ将軍は敵の粘りに感嘆の声を上げた。
「これだけ追い詰められて、まだ軍団として機能しているとはな」
そんな彼にエンリは「国家の主役としての自覚を持った国民兵の底力という奴だろうね」
そしてエンリはガウ将軍と部下たちに言った。
「深追いは止めよう。イザベラも勝過ぎないようにって言ってたからな」
「ですが、逃がしてしまうと、向う側の国境隊を挟撃されてしまいますよ」
そう言うガウ将軍に、エンリは言った。
「そうさせないよう、つかず離れずで追跡を続けるのさ。そして挟撃を諦めて中央突破で牽制部隊と合流しようと図るよう仕向ける。圧力をかけて撤退に持ち込むだけの簡単なお仕事さ」
戦いが続いている国境に向けて北上するフランス軍と、それを更に追跡するボルタ・スパニア軍。
まもなくフランス軍は峠に差し掛かる。
そんな敵軍の進路を移動中の司令部馬車の中、地図上で確認しながら、ガウ将軍は言った。
「まさかあそこに陣取って・・・なんて事になりませんよね?」
「そんな元気は無いと思うが」とエンリ王子。
その時・・・。
「報告。峠でフランス軍が戦闘行為を開始した模様」
そんな報告を受け、エンリは「相手は?」
「フェリペ皇子の小部隊です」と、報告に来た兵が答える。
エンリは溜息をつき、「そんなの相手にする余裕なんてあるのかよ」
報告の兵は「それが、小部隊の中にルイ新王の姿が」
「な・・・・・・」




