第537話 残念な常識
スパニアに亡命したルイ新王を捕らえるため、ナポレオン率いるフランス軍がボルタ北部に上陸。
ポルタ軍を率いて迎え撃つエンリ王子とナポレオンの戦いが、ついに始まった。
これを予想したエンリ王子は、周辺住民を食料とともに退避させる作戦に出た。
食料調達が頓挫したフランス軍を襲うポルタ軍の砲撃。
ナポレオンは直ちに応戦の司令を下した。
「砲撃戦なら、こっちの得意分野だ」
ナポレオンは砲兵隊に号令。
「敵の砲兵陣の位置を割り出せ。砲弾の来た方向に向けて観測用の鳥の使い魔を飛ばすぞ」
彼が空を見ると、無数の烏。
「観測用の烏、あんなに要らないんだが・・・」
そう彼が呟くと、魔導士官が「あれは敵の使い魔です。どうやらこちらの観測を妨害する気ですね」
「とりあえず、敵の烏が飛んで来る方向に向けて砲撃しろ。直撃せずとも牽制にはなる」
ナポレオンは砲兵隊に、とりあえずの指示を下す。
そして魔導士官に命じて、鷹の使い魔を放った。
ポルタ軍側の放った烏を追い散らしにかかる、フランス軍側の鷹。
ポルタ軍では・・・。
水晶玉を見るアーサーが困り声で報告。
「奴等、猛禽類を出してきましたよ」
エンリは「烏で妨害は無理か。だったらプランBだ」
リラは霧魔法の呪文を唱え、戦場一帯が霧に覆われた。
フランス軍では・・・・・。
たちこめる霧を見て、ナポレオンは頭を抱える。
「敵方の烏は一掃したが、この霧は・・・。これでは鳥の使い魔を使えても視覚による観測は困難だ。奴らは一体、どうやって着弾観測をやっているんだろうか」
ポルタ軍では・・・。
エンリが風の魔剣を大気と一体化させ、空気中を伝わる音の情報を基に、フランス軍の大砲の射撃音の方向と距離を割り出していた。
そして、自軍の砲撃の着弾音から、着弾点の方向と距離を割り出す。
「修正。距離4502、方角右に7」
フランス軍では・・・。
視界が効かない中を正確さを増す敵側の砲撃に、ナポレオンは焦る。
そして彼は決断した。
「奴らには、我々の知らない着弾観測の方法があるという事か。だったらこの戦場を離脱する。この霧に紛れれば敵をまく事が出来る筈だ」
「それはいいんですが、食料が・・・。腹が減っては戦は出来ませんよ」と参謀たち。
「次の街で調達するさ」
そう言ってナポレオンはbaka-noteに「戦時取引」の項目を書き込んだ。
ポルタ軍では・・・。
「どうやら敵は移動を開始したようですね」
偵察が得たそんな情報を、参謀がエンリに報告すると、エンリは号令。
「よし。つかず離れずで追跡するぞ。どうせ行き先は解ってる。だが、彼らはそこでも食料を調達できない。そして、腹が減っては戦は出来ない。住民の退避は完了しているよな?」
すると参謀は「それが、商人たちが立ち退きを拒んでいるようで。儲けのチャンスだと」
「何ですとーーーーーーーー!」
フランス軍が街に着くと、商人たちが食料を満載した荷車を連ねていた。
そしてフランス軍の補給担当と商談開始。
エンリ率いるポルタ軍が街に着いた時は、既にフランス軍が立ち去った後。
そこには、多額の売り上げをせしめてホクホク顔の商人たちが居た。
「敵軍の補給に協力とか、どんな売国だよ!」
そうエンリが商人たちを非難すると、彼らは反論。
「そんなの商人の常識に反します。敵軍だからと儲けを逃す奴は、間抜けで破産して当然」
エンリはうぐぅ状態で「確かに・・・・・・」
「ポルタは商人の持ちたる国ですよね?」と畳みかける商人たち。
完全論破され、落ち込むエンリ王子。
「なあ、アーサー。常識って何だろうな?」
意気消沈状態でエンリがそう言うと、アーサーは「ベーコン教授はイドラって言ってましたけどね」
「つまり偏見かよ」とエンリ、溜息。
「世の中には、おかしな偏見なんて山ほどありますから。けど、王子はそういう常識を承知の上で、作戦を立てたんですよね?」
そうアーサーに言われ、エンリは「その筈なんだが・・・。俺、何でこんな作戦を立てたんだっけ?」
フランス軍では・・・・・・。
進軍する兵士たちは、補給した食料でお腹いっぱい。そしてお気楽顔で戦友たちと、あれこれ・・・・・・。
「戦争って儲かるんだね」
「ウクライナ戦争はアメリカ国際資本とロスチャイルドが金儲け目的で仕組んだお芝居だと、ロシア五毛が看破したものな」
「陰謀論は何時だって真実」
そんな兵士たちを横目に、ナポレオンはbaka-noteを開いて「戦時取引」の項目を読み返す。
曰く「商人の常識として、敵軍だからと儲けを逃す奴は間抜けで破産して当然」
してやったり状態のナポレオンに、ノートの裏表紙の精霊デュークは「こういうのは、目的を達したら元に戻すんじゃ無いのか?」
ナポレオンは暫し思考。
そして「いや、これからも補給は必用だ」
ポルタ軍では・・・・・・。
「どうしますか? 敵が食料を入手した以上、自滅は期待できないですよ」
そう参謀に言われ、エンリは「さっさと追い付いて制圧するしか無いな」
「ドラゴンで先回りしますか?」
そうジロキチが言うと、エンリは「大人数は運べないぞ」
「兵の数なら騎兵隊がありますが」と部下の将軍。
「けど、正規軍はあまり強くないからなぁ」とエンリ。
するとアーサーが「俺たちが前面に立って敵に打撃を与えて、その勢いに乗せて・・・って事になりますか」
フランス軍では・・・。
兵たちを率いて東に向けて進軍するナポレオンの基に、部下から報告。
「先行させている偵察隊によると、行く手に敵のドラゴンが待ち構えているとの事ですが」
「エンリ王太子の手勢だな。数は少数の筈だが」
そうナポレオンが言うと、部下は更に「それが、別ルートから騎兵隊が迫っているとの情報もありまして・・・」と報告。
「合流されたら厄介だな」とナポレオンは呟く。
ナポレオンは暫し思考した。
そして地図を見て、彼我の進軍ルートを予測。
「北に高台の森林地帯があったよな。とりあえずそこに陣を築いて守りを固めるぞ」
そうナポレオンが命じると、参謀が「敵に時間を与える事になりますけど」と意見。
「俺に考えがある」と、ナポレオンは思わせぶりな笑みを浮かべた。
軍を率いて高台に陣取り、急ごしらえの砦の工事にとりかかるフランス軍。
その間、ナポレオンは指揮官用のテントで、baka-noteを取り出し、「夜襲」の項目を書き込んだ。
曰く・・・・・。
「最悪の愚策である。夜間に兵を戦わせる事は兵の寝不足を招き、軍の戦力維持にとって致命的」
そして彼は指揮官たちに命じた。
「交代で兵を休ませて夜に備えろ。夜襲をかけて敵を殲滅する」
指揮官たちは口を揃えて反対した。
「常識に反します。兵が寝不足で使い物にならなくなりますよ。こんな事が正規軍の貴族に知られたら、何と言われるか。革命警備隊はそんな軍事の常識も知らないのか、これだから庶民は・・・とか」
そんな彼らにナポレオンは「だからだよ。敵も夜襲は有り得ないと思っている。それに付け込むのさ」
ポルタ軍では・・・・・。
「フランス軍が山に陣を敷いて砦を造成し、守りに入ったとの事ですが」
移動中の司令部用馬車で、そんな報告を受けるエンリ王子。
隣に居る部下の将軍が楽観顔で「進退窮まったって事ですな」
だが、エンリは「いや、隙を突いて反撃するつもりなんだろうな」と、警戒心を緩めない。
「転送魔法で移動でもする気ですかね?」
そう参謀が言うと、アーサーが「それだと、空間の歪みを探知して妨害される危険があります」
「それとも夜襲とか?・・・・・」
そうエンリが言うと、その場に居る士官たちは互いに顔を見合わせ、口を揃えて「有り得ないよね」
そして「夜間に兵を休ませないのは軍の戦力維持にとって致命的、ってのが常識です」
「そうだよね。けど、絶対何か手を打ってるに違いない」と言って、エンリは思考を巡らせた。
その時、ジロキチが言った。
「五百年前にジパングで、後白河と崇徳という二人の皇族が、双方武士を雇って皇位を争ったんですけど、その時、崇徳側の武士が夜襲を提案したところ、側近が"そんな卑怯な事が出来るか"と言って反対したそうです」
「卑怯かどうかはともかく、反対は当然だよね」
そう言って頷くエンリ王子とその他の面々。
だが、ジロキチがその先を話すと、場の空気は変った。
「ところが、後白河が雇った武士が夜襲をかけて、崇徳側は大敗したと」
「兵の寝不足で負けるんじゃ無いの?」
そうタルタが言うと、エンリは「みんなそう思ってるけど、もしかして夜襲って、言われてるほど愚策じゃ無いのかも・・・」
エンリは炎剣兵団のフォーリー大佐に、夜襲の備えを命じた。
「勘弁して下さいよ。兵が寝不足で戦えなくなります」
そう言って渋るフォーリーに、エンリは「そうならないよう、兵を交代で休ませるんだよ」
「ですが・・・・・・」
エンリは言った。
「ハンニバルのアルプス越えによるローマ奇襲が成功したのって、有り得ないと思っていた敵の虚を突いた訳だよね? 俺たちは夜襲は有り得ないと思ってる。それは奴らにとってはチャンスだ。敵がそれを突いて来る可能性は否定出来ない」
フォーリーは頷く。
「確かに・・・・・。解りました。寝不足など気合で克服させます」
エンリ、困り顔で「そういう精神主義はいらないから」
エンリは食料の件を思い出し、そして脳内で呟いた。
(この戦いは常識に縛られたら勝てない)
 




