第536話 英雄と海賊王
フランス革命政府の主導権を握った強硬派によって、憎悪の標的とされた幼い新王夫妻は、オスカルとアンドレによってスパニアに逃がされ、フェリペ皇子の保護を受けた。
ルイ新王の亡命阻止に失敗した革命政府であったが、その実権は既にロベスピエールが完全に実権を掌握していた。
形の上では未だ政府の代表の地位にあったジロンド派の代表たちも、今や彼の言いなりである。
その彼・・・ロベスピエール公安委員長が、政府の革命委員会議において打ち出した軍事行動プランに、驚愕する革命政府上層部の面々。
「新王を奪い返すために軍の派遣を?」
商務局のダントンが唖然顔で「スパニアと本気で戦う気ですか?」
外交局のエベールも「君は外交による話し合いで解決すると言っていた筈だが?」
「話し合いで返すと思いますか?」と、ロベスピエールは詰問口調。
更に「放置すれば、介入戦争を画策する諸外国に、確実に利用されます」と、まくし立てる。
「だが、我が国の軍の弱体化が深刻だ。軍人貴族の多くが亡命したからな」と軍務局長が困り顔で反論。
ロベスピエールは「市民軍の育成が進んでいます」
「そのための軍事費を削減しろと言ったのは、君だぞ」と軍事局長。
「それと、軍人の全員が亡命した訳では無い」
そうロベスピエールが言うと、軍事局長は「残っている貴族も、外国とズブズブなスパイだと言ってたよね?」
ロベスピエールは言った。
「革命警備隊を構成しているのは、貴族ではなく平民出の兵士たちです」
「で、一兵卒だった奴らを昇格させて佐官や将官に? そんなのが役に立つのか?」
そうエベールが突っ込むと、ロベスピエールは反論した。
「士気という点で貴族軍人より遥かに上です。バスチーユ要塞を陥落させたのは、素人の庶民ですよ。地方からも続々と義勇兵が集まっている」
委員会メンバーの一人が発言した。
「それなんだが、その義勇兵の中に、元軍人と称する者が居るんだが・・・」
「何者ですか?」
そうダントンが問うと、彼はそれに答えて「クワトロバジーナ大尉」
「そんな大尉居たっけ?」と会議参加者たち、互いに顔を見合わせる。
「男性の服装をした女性軍人だそうで」
その委員の追加説明で、会議参加者の脳裏に、リボンの騎士と称するオスカルの仮装話の記憶が過った。
「あーーーー」
残念な空気が漂う。
「あの近衛隊は、王の亡命を助けた責で、全員謹慎中ですよ」
そう軍務局長が言うと、ロベスピエールは「ですが、今の軍で唯一まともに戦えるのは、彼らですよね?」
そして委員会は結論を出した。
「王の逃亡を助けたのは近衛ではなくリボンの騎士団という謎の武装組織。オスカル・レニエ隊長は行方不明で、近衛隊はクワトロバジーナ大尉を新たな隊長に任命するという事で・・・」
委員たちは、この動議に賛同しつつ、脳内で呟く。
(いいのか? それで・・・)
そんな中、軍務局長が発言する。
「ところで、革命警備隊でスパニアに遠征するには、全体指揮官が必要なんだが」
「一兵卒だった者を将軍にして、そんな大役が務まるのか?」
そうエベールが言うと、ロベスピエールが「心当たりがあります」
ロベスピエールは、ナポレオンを執務室に呼んだ。
「君はバスチーユ監獄攻略戦で、砲撃戦を指揮して見事な働きをしたと聞く」
いきなり褒められたと、ナポレオンは照れ顔で「それほどでもありますけど」
「新王が我がフランスを裏切って、スパニアに亡命した」とロベスピエール。
「軍でも話題になってますけど」
そうナポレオンが言うと、ロベスピエールは「外国による介入戦争に利用される前に、彼を捕えるための遠征軍を送る事になった。それを指揮して欲しい」
「俺が?」と、ナポレオン唖然顔。
ロベスピエールは語った。
「貴族軍人の指揮官は敵に内通する者が多い。君は革命前からオルレアン公のサロンで革命思想を担う活動に参加していたと聞く」
「まあ・・・」
「シャドーキャビネットの大統領選挙に立候補し、男ならテッペンを目指すと」とロペスピエール。
黒歴史を突かれたナポレオンは「勘弁して下さいよ」
そんな彼の困り顔を無視し、ロベスピエールは言った。
「全体指揮官として功績を上げれば、革命の保護者として、この国のテッペンに立てる」
いきなりナポレオン、その気になる。
「やります。この国のテッペンに俺はなる!」
その勢いにロベスピエール、些かタジタジ気味になりつつ「そ・・・その意気だ」
話が現実味を帯びる中、ナポレオンは指摘した。
「けど、こちらからスパニアに攻め込むって、それこそ介入戦争の引き金になりません?」
ロベスピエールは「なので、電撃作戦による短期決戦で決着をつけて欲しい」
「俺、雷魔法は使えませんけど」とナポレオン。
ロベスピエールは困り顔で「いや、そういう意味では・・・・・・」
そしてポルタでは・・・・・・・・。
「という話なんですけど・・・・・・」
まもなくフランス軍が侵攻して来るとの情報がポルタ城に届き、執務室でカルロの報告を聞くエンリ王子。
周囲では、いつもの如く、ソファーで仲間たちがだらだら・・・。
「そのナポレオンって?」
そうエンリが問うと、カルロは「砲兵で、バスチーユ戦で手柄を立てた奴ですよ」
「それより、彼が指揮する革命警備隊って?」と、エンリは更に問う。
「軍から離れて革命側に加わった軍人を昇格させて部隊指揮官にした軍で、兵は一般の平民だった奴等だそうで」
そうカルロが言うと、タルタが「素人じゃん」
「けど、平民を訓練して生半可な騎士の軍を破るって、よくある話だぞ」とジロキチが突っ込む。
アーサーも「国家の主を自覚した民の軍は、士気も高いですし」
「訓練とか、どうしているの?」
そうエンリが問うと、カルロは「何人かプロの軍人が教官として訓練を指導してるんですが、それがどうやらプロイセンから来てるらしくて」
「つまり、この騒ぎにフリードリヒが関わってるって事かよ」とエンリは呟き、思考を巡らせた。
エンリはスパニアの宮殿に、通話魔道具で連絡をとった。
そして、イザベラ女帝に状況を伝える。
フランス軍の動きについては、スパニアは既に情報を掴んでいた。
「フランスでは陸軍の正規部隊がピレーネ山脈の麓に移動したわ」
そう語るイザベラに、エンリは「正規部隊って、貴族指揮官だよな? だったらそれは陽動だ」
「その通りよ。トゥーロンにフランス地中海艦隊が居るわ。そこから海上を移動して、アラゴンあたりに上陸してピレーネの南麓を占領して南北から進軍して補給路を確保、というのが狙いね。海上で無敵艦隊で迎え撃って殲滅してやるわ」とイザベラ。
「そっちが革命警備隊か?」
そうエンリが問うと、イザベラは「いえ、正規部隊のもう一方よ」
「革命警備隊じゃ無いのか?」とエンリは呟く。
「何ですか? その革命警備隊って・・・」
そうイザベラが問うと、エンリは「平民義勇兵を集めた軍だよ。貴族の軍よりよほど戦える。それで、フランスの大西洋艦隊に動きは無いのか?」
「あるとすればロシュフォールでしょうけど」とイザベラ。
ロシュフォールはフランス艦隊の母港の一つで、三つある大西洋艦隊では最も南に位置し、対スパニアの海の備えとも言える。
「そこに軍が移動してるとか?」
そうエンリが問うと、イザベラは「そういう話は無いけど、人の大規模な動きなら、ロシュフォールで臨時の大きな見本市が開かれるわよ」
「その商人たちに紛れて極秘裏に軍を送ると・・・。それじゃ、彼等はポルタに上陸するという事か」とエンリ。
「なるほど、ポルタ軍は弱いからね」とイザベラ。
エンリは言った。
「ほっとけ。ってか、この日のために炎剣兵団を育ててきたんだ。ポルタを甘く見た事を後悔させてやる」
するとイザベラは「それとエンリ王子。あまり勝ち過ぎないように」
「はぁ?」
彼女は語った。
「開戦と同時にドイツ皇帝は介入戦争を仕掛けて来るわよ。それをフランスは支えきれないでしょうね。その果実をプロイセンは横から搔っ攫おうとして来るわよ。これに対抗するために、フランスには抵抗力を残して貰う必用があるの」
フランス軍が行動を開始した。
陸上からピレーネの山間ルートを通り、攻勢をかけては撃退される。
同時に、トゥーロンから発進した上陸艦隊は、スパニア艦隊に追い返された。
その間、数隻のフランス軍船が、隠密裏にポルタ北部の海岸に上陸を目指した。
ピレーネ南麓を目指す彼らの補給は、弾薬は十分に用意していたが、食料は現地調達が基本だ。
海上から望遠鏡で上陸地点を観察するナポレオン。
「あそこが上陸地点だな」
「烏の使い魔による情報では、敵は居ないようです。近くに小さな町があります。占領して食料を調達しましょう」と、部下の参謀。
だが・・・・・。
町を占領したが、もぬけの殻だ。食料は既に運び出されていた。
報告を受けて溜息をつくナポレオン。
「察知していたというのか」
すると、町を捜索していた補給隊から新たな報告。
「食料入りの木箱を発見しました」
箱を開けると、中には怪しげなキノコ。
「これで食事にありつけますね」
そう言って喜ぶ補給隊員に、ナポレオンは命じた。
「いや、恐らく罠だ。恐らく笑いキノコだろうな。廃棄しろ。食べて笑い死にしそうになっている所を襲って来るつもりだ」
命令が伝達される。兵士たちは不満顔であれこれ・・・。
「廃棄しろだってさ」
「なけなしの食料だってのに。勿体ないお化けが出るぞ」
「けど、毒キノコかも・・・」
不安顔でそう言う一人の兵に、他の兵たちは「いや、木箱に入ってるくらいだから食料だろ」
移動準備を急ぐフランス軍に、突然、笑い声が響いた。
「あいつ等、何を遊んでいるんだ。奇襲は速度が命だってのに」
そんな事を溜息混じりで呟くナポレオンの元に報告が届く。
「大変です。あの木箱のキノコを食べた奴等が・・・」
ナポレオン唖然。
そして彼の神経は戦闘モードに入り、部下たちに号令を下した。
「やっぱり罠だったか。すぐ襲撃が来るぞ。直ちに戦闘態勢に入れ!」
間もなく砲声が響き、何発もの砲弾が炸裂した。




