第535話 脱出の国王
フランス革命政府の主導権を握った、ロベスピエール率いる強硬派。
新王夫妻の処刑を主張する彼らの圧迫の中、二人をポルタに逃がすべくオスカルは決断した。
二人を乗せた馬車を守って、スパニアとの国境に向かうオスカルとアンドレだが、国境手前の酒場で、ついに二人の正体は露見した。
バレバレの身代わり芝居で必死に誤魔化すオスカルとアンドレ。
だが、村人が彼らの茶番に気を取られていた隙に、ルイ新王とアントワネットは姿を消していた。
時間は数分遡る。
「あいつら大丈夫かな?」
そう呟いて、猪の使い魔の背から降りた、10歳の男の子が居た。
彼は怪盗ルパンを養父として育った、ボンド男爵とジェーンの子、ジェームズ。
あの時・・・・・・・・・・・・・。
パリの街が革命へと向かっていた頃、改革を求める街の空気を感じた彼は、「何かが変わる」時のわくわくした気持ちに突き動かされ、ルパンの道具部屋から火矢を持ち出して、バスチーユ監獄での戦いに参加した。
革命は成立したものの、政府内部が二派に分かれて人々が争う中、暴力で主導権を握り、国王夫妻の処刑を叫ぶ急進派の大きな声。
そして彼らの暴走を危惧し、国外から迫る介入戦争の危機に怯える、多くの人たちの声が聞こえて来る。
そして・・・・・。
夕食の時、ジェームズは養親に言った。
「叔父さんは、あの人たちを助けたいとは思わないの?」
そんな彼に、ルパンは「俺にヒーローにでもなれってか? 柄じゃないさ」
「・・・・・・・」
心に抱えた何かと向き合うジェームズの俯いた眼差しを見て、ルパンは言った。
「けど、お前はお前だ」
「・・・・・・・」
「ジェームズは何がしたい?」
そうルパンに問われ、ジェームズは「僕は友達を助けたい」
「友達って、あのルイ新王だよな?」とルパン。
母親のジェーンは「けど、革命に手を貸すって、王様を倒すって事なのよね?」
「あいつはみんなの敵なの?」
そうジェームズが言うと、ルパンは「そいつを決めるのは、俺でもお前でも無いぞ」
「ルイ自身?」とジェームズ。
ルパンは言った。
「そうとも限らない。みんなが彼を敵だと思えば、敵って事になる」
「それって誰が決めるの?」
そうジェームズに問われ、ルパンは「そうなる世界って事さ。世の中の仕組みって奴な」
「けど、その仕組みを変えるのが革命なんだよね?」とジェームズ。
ルパンは「問題は、どう変えるか、って事さ」
ジェームズは言った。
「どうせなら、みんなが幸せになれるように変えたい。ルイもアントワネットも含めた、みんなが。けど、それって虫のいい話なんだよね?」
10年間、その成長を見守って来た男の子が今、何かを見つけようとしている。
そんな事を感じて、ルパンは言った。
「人間は何時だって、虫のいい話を求めるものさ。やりたい事をやってみろ」
ジェームズは近衛の兵営に鼠の使い魔を放ち、亡命の馬車の動きを掴むと、猪の使い魔に乗って、その跡を追った。
そして四人が入った国境の酒場へ・・・・・・。
オスカルたちが入った酒場の入口に、武器を持った村人が居る。
「どうやら、正体がバレたみたいだな」
ジェームズは闇に紛れて宿屋の入口に近づくと、金属管に封入した毒霧で入口に居た数人の見張りを眠らせた。
そっと窓から宿屋の一階の酒場を覗く。
アンドレとオスカルが、何やら芝居めいた事をやっているのが見えた。
部屋の隅にルイとアントワネットが居る。
酒場に居る人の多くは村人で、彼らの注意はオスカルたちに向けられていた。
村人に交じって、商人や冒険者も居る。
ジェームズは脳内で呟いた。
(眠らせる必用があるのは、あの冒険者と、ルイが視界の中に居るあいつとあいつ・・・・・)
窓をそっと細く開けると、アシナガバチの使い魔を放つ。
中に居る大人が蜂の麻酔毒にやられて、次々に気を失う。
音も無くドアを開け、隠身の魔法で姿を隠し、風のように二人の子供の所へ。
そんな彼に、オスカルとアンドレは気付いたが、そしらぬ顔で芝居を続ける。
「来てくれたか、ジェームズ」
そう小声で言うルイに、ジェームズは「脱出するぞ」
「オスカルたちは?」
そう心配そうに言うアントワネットに、彼は「あの二人なら大丈夫だ」
ジェームズは二人を連れて、そっと店を抜け出すと、新たに猪の使い魔を二頭召喚し、二人を乗せて山越えの道を走った。
「国境を越えたらフェリペが待っている」
そんな中をオスカルたちは、芝居を続けた。
そして村人たちは、新王夫妻が消えた事に気付く。
「あの子供二人が亡命国王夫妻・・・、ってあの二人、どこに行った?」
「逃げられた」
「国境はすぐそこだぞ」
「追いかけよう」
そう口々に言って武器をかざす村人たちに、オスカルは「そうはさせない」
オスカルとアンドレは剣を抜き、村人たち全員を嶺打ちで気絶させた。
「姫たちは?」
酒場を出た所で、そう不安顔で言うオスカルに、アンドレは言った。
「助けに来たあの子供はジェームズだ。新王の親友でパリ最強の児童だよ。スパニアのフェリペ皇子の友達でもある。彼ならきっと二人を守ってくれる」
オスカルは安心顔で「私の役目もここまで、という訳か」
「これからどうする?」
そうアンドレが言うと、オスカルは「革命政府に派手に逆らった。ドイツの父上とも縁を切った。いっそどこかで二人で、夫婦ごっこの続きでも?・・・」
「そそそそういう訳では・・・」と慌てるアンドレ。
「嫌か?」
そうオスカルに言われ、アンドレは困り顔で「そういう事は後で考えよう」
馬車から馬を離してアンドレが乗り、オスカルが乗って来た馬と共にその場を離れた。
並んで夜道を歩く、騎馬のオスカルとアンドレ。
村に通りかかると、大勢の村人が武器を持って集まっているのが見えた。
「何か事件か?」
騎馬の二人にそう問われると、村人の一人が「そういう訳では無いんだが・・・・・・」
別の村人が言った。
「この国で革命が起こって、貴族が追い出されて、この国は俺たち国民のものになったんだが、ドイツが介入しようと攻めて来るんだ。だから俺たち自身で自分達の国を守ろうって・・・」
「義勇軍という訳か」とオスカル。
だが、村人たちは不安顔で口々に言う。
「けど戦えるのかよ」
「バスチーユを落したのは、俺たちと同じ庶民だぞ」
「けど俺たち、戦争の仕方って知らないよね?」
「指揮してくれる専門家が居ればなぁ」
そんな彼らの声を聞き、オスカルは言った。
「その役、私が引き受けよう」
「オスカル・・・・・」
唖然顔のアンドレに、オスカルは語った。
「私たちは姫殿下を守るため革命政府に抗った。だが、この国はロベスピエールでは無く、彼等のものだ。見捨ててはおけない」
互いに顔を見合わせる村人たち。
そして「やってくれますか?」
「いいだろう」
そう言って頷くオスカルは、「あなたは?」と彼等に問われ、彼女は名乗った。
「クワトロバジーナ大尉だ」
「誰だよ」
唖然顔のアンドレが小声でそう問うと、オスカルは「訳アリの軍人が正体を隠して軍に潜り込む時の、テンプレだと聞いたが」
三人の子供を乗せた三体の猪魔獣が、ピレーネ山岳の国境を越えて間もなく、十数人が街道で彼らを迎えた。
馬車と数基の騎馬。
その中から一人の子供が進み出る。
彼を見たルイ新王は、猪の使い魔から降りて「フェリペじゃないか」
「ルイ、久しぶりだね。ようこそスパニアへ。我がマゼラン海賊団が歓迎するよ」
フェリペ皇子とルイ新王は握手を交わす。
アントワネットがスカートの裾を摘んで挨拶のポーズ。
「フェリペ殿下、また素敵になられましたわね。うちのフェリゼンには及びませんが」
フェリペは困り顔で「そういう場合はルイより・・・って言うんじゃないのか?」
「そうでしたわね」とアントワネット。
三人の同年代の令嬢が馬車から降りて、ルイたちに向けて挨拶のポーズ。
「フェリペ殿下は私たちの婚約者ですわよ」
三人の真ん中に居たリリアが、そう言うと、フェリペは「いや、まだ妃とかは決まってないから」




