第534話 茶番な国境
フランス革命政府の強硬派、ロベスピエールは下層民の支持を背景に公安委員長のポストを得て、配下のサンキュロットたちを暴力装置に使って主導権を握った。
幼い国王夫妻を見せしめとして処刑せよとの声が高まり、近衛隊に匿われた二人の子供に危機が迫る。
ついにオスカルは決断し、新王夫妻を海外に逃がすべく、二人を乗せた馬車はポルタへ向かった。
ビレーネの手前まで来た所で、日が傾く。
「もうすぐ国境だな」
そう馬上のオスカルが言うと、アントワネットは馬車の窓から顔を出して「宿屋でちゃんとしたベットで眠れるのですわよね?」
そんな幼い王妃にオスカルは「もう少しの辛抱ですよ。あと一晩、ここでお休み頂きます」
「そんなぁ。背中が痛いパンと水は飽きた宿屋じゃなきゃ嫌だ嫌だ嫌だ」と、アントワネットは特大の駄々を捏ねる。
困り顔の新王ルイが、オスカルに言った。
「僕たち、普通の家族のフリって出来ないかな?」
「家族って・・・・・」
そう言って御者台のアンドレが振り向くと、アントワネットはノリノリで「そうですわ。アンドレがお父様で、オスカルがお母様」
アンドレは、花咲き乱れる脳内で呟く。
(オスカルが・・・)
オスカルも、花咲き乱れる脳内で呟く。
(アンドレが・・・)
「そして陛下が私の可愛い弟」
そうアントワネットが言うと、ルイは「いや、姫が妹だよ」
「女官たちは陛下を、弟キャラって言ってますわ」とアントワネット。
「僕の方が、先に生まれたんだが」とルイが突っ込む。
「双子は先に生まれた方が下ですのよ」とアントワネットが斜め上な反論。
そんな残念な言い合いを続ける二人に、アンドレは言った。
「そういうのはどっちでもいいんで、大事な事は、下手な呼び方をすれば正体がバレてしまうという事です」
「そりゃそーか」と頷くオスカル。
「父上や母上は?・・・・・」
そうルイが言うと、アンドレは「もっと下の身分の言い方があるような・・・・・」
「父ちゃん」とルイ。
「オヤジ」とオスカル。
アントワネットが「やっぱりパパですわよね?」
「それで、オスカルはアンドレをどう呼ぶの?」とルイ新王が言い出す。
「・・・・・・・」
アントワネットが「こういう場合は"あなた"・・・と言うのですわよね?」
「あなた」と自分を呼ぶオスカルの姿を妄想し、アンドレの脳内に天使が飛び交った。
国境近くの小さな町の、宿屋を兼ねた酒場の前で、アンドレは同行者たちに念を押した。
「くれぐれも、余計な事は言わないで下さいね」
「けど、話しかけられたりしたら?」
そう新王が問うと、アンドレは「それは・・・臨機応変って事で」
「心得ている。私を誰だと思ってる」
そうオスカルがドヤ顔で言うと、アンドレは困り顔で「オスカルはすぐ頓珍漢な事を言ってボロを出すからなぁ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「陛下と王妃様もお願いします」と念を押すアンドレ。
「けど、やっばり話しかけられるとか・・・」
そう新王が心配顔で言うと、アンドレは「そういう時は人見知りキャラで」
四人で酒場に入る。
「宿を頼みたい」
そうアンドレが言うと、店主は「ご家族で?」
「そうだが」
店主は「なら一部屋でよろしいですか?」
「それは・・・」
アンドレが困り顔で口籠っていると、オスカルが「一部屋で頼む」
アンドレは小声でオスカルに「俺、廊下で寝ますんで」
「いや、いざという時、まとまっていた方が安全だ」とオスカル。
そしてオスカルは店主に「それと食事を頼む」
酒場には情報収集に来たらしい冒険者の他、地元の農民や行商人が居た。
「見ない顔だな」
そう、一人の農民が言うと、アンドレは「物騒なので、スパニアの親戚を頼って引っ越そうって、しがない職人一家ですよ」
「それにしちゃ、奥さんはえらい美人だな」と、隣のテーブルに居た行商人。
「よく言われる」と、ドヤ顔のオスカル。
「革命が起きて、外国が介入してくるって話だよな」
そう行商人が言うと、農民が「せっかく国民が国の主になれたってのに、貴族がのさばる時代に逆戻りなんて真っ平だ」
「もう王家は終わりで、亡命するって話だ」と、別のテーブルに居た冒険者。
「ドイツに行くと聞いたが」
そう行商人が言うと、冒険者は「それが、行き先をスパニアに変更したらしくてさ」
「それで一家で亡命?」
そう農民の一人が言うと、冒険者は「新王ってのが10歳の子供で、ちょうどあんな・・・・・・」
そう言って新王に視線を向ける。
「歳が同じくらいでも、生まれ持ったオーラとかあるだろ」
そう農民の一人が言うと、冒険者は「そりゃそーか。僕、年幾つ?」
そう冒険者に話しかけられ、新王は緊張顔で「10歳だ・・・です」
そんな男児の反応を見て、行商人は冒険者に「お前、怯えさせてるんじゃないのか?」
「顔が怖すぎ」と、農民たちもからかい声で同調。
冒険者は口を尖らせて「ほっとけ!」
彼らの雑談は更に続く。
「で、その母親の先王妃ってのが、えらい美人だってんだが」と行商人。
オスカルは慌てて「わわわ私とは方向性が違うと聞いたが」
行商人、きょとんとした顔で「いや、別に奥さんがそれだとは言ってないが」
残念な空気の中、ボロを出しかけたオスカルを、アンドレは必死にフォロー。
「彼女、女の多い職場なもので、周囲からやっかまれて、容貌について何か言われると変な反応するんですよ」
店主が「そりゃ大変だ。旦那も苦労が多いだろ」
そして行商人は噂話を続けた。
「で、その王妃の旦那の先王ってのが実はホモで、美人の王妃をほったらかし」
アンドレは慌てて「私はホモじゃ無いですから」
行商人、きょとんとした顔で「いや、あんたがそうだとは言ってないが」
残念な空気が漂う。
酒場に居た人たちはオスカルたちに視線を向け、そして一様に思った。
(こいつ等、何か怪しい)
同じテーブルを囲む数人の農民が、小声でひそひそ・・・。
「もしかしたら亡命の王様一家?」
そう一人の農民が言うと、農民たちは「まさか・・・」
「革命軍支部に通報する?」と彼らの中の一人が・・・。
別の一人が言った。
「いや、そんな重要人物が、こんな田舎町に来るかよ」
そんな中、四人は食事を終える。
「御馳走さん」とアンドレは店主に言って、四人は席を立つ。
「では、お勘定を・・・」
食事の支払いを求める店主に、アンドレが銀貨を渡す。
「まいど」と言って、それを受け取る店主。
そして部屋の鍵を渡され、四人は二階へ向かおうと・・・。
だが・・・・・・。
店主がその銀貨を見て、顔色が変わった。
「ちょっと待て。そこの男の子、ルイ新王だろ」
そう言って店主は銀貨に刻印してある肖像画を示す。そこにはルイにそっくりの顔があった。
「これ、新王即位の時に発行された・・・・・・」
その場に居た人達が、怖い顔で一斉に立ち上がる。
「陛下・・・・・・」
そう呟いて縋りつくアントワネットを、庇うように抱きしめる10歳の新王。
二人に詰め寄る村人たちの前に立ちはだかり、オスカルは言った。
「バレては仕方ない。私こそ国王ルイ」
その場に居る全員、唖然。
残念な空気が充満する中、一人の農民が「いや、王様は10歳の子供だろ」
オスカルは「そこまで看破されてしまったか。子供は何かやっても許して貰えるからと、実は大人の王が子供という事にして情報操作を」
「いや、あんた女だろ」と行商人。
オスカルは「それも見抜かれてしまったか。先代王は同性愛者であるが故に男の子を作れず、止む無く娘である私は男として育てられて王位を継いだ」
「いや、ホモだからってんなら、作れないのは女の子だって同じだろ」と冒険者。
別の農民の一人がオスカルに言った。
「あの・・・。あんたが新王だってんなら、妃は誰だよ。ドイツから来たアントワネット妃ってのが居た筈だが」
「・・・・」
彼らの前にアンドレが進み出た。
「私の正体までバレてしまうとは。お察しの通り、私がアントワネットよ」
「いや、あんた男だろ」
そう突っ込む店主に、アンドレは「オカマは妃になれないと? 男女雇用機会均等法に反しますわよ」
オスカルとアンドレの無理過ぎる身代わり芝居は延々と続いた。
うんざりする村人たち。
「もうさ、こんなの放っといて、さっさと通報しようよ」
そう、彼らの一人が言うと、他の村人たちも「だよね」
そして一人の村人が「あの子供二人が亡命国王夫妻・・・、ってあの二人、どこに行った?」
その時、初めて村人たちは気付いた。
オスカルたちと居た筈のルイとアントワネットの姿は無く、そして入口を固めていた数人の村人が気を失って倒れていた事に。




