第532話 国王の亡命
パリの革命政権の主流派に対抗する山岳党の中で、階級闘争を主張して支持者を組織化したロベスピエールが影響力を強める中・・・・・。
プロイセンに亡命していた元財務次官のブリエンスは、通信魔道具で、ドイツ皇帝の元に亡命した大貴族たちと連絡をとりあっていた。
「やはり介入戦争は難しいですか?」
そう問うブリエンスに、魔道具の向こうの亡命貴族は「そんな事より、パリに残っている国王陛下の身が心配だ。亡命を実現するよう、あなたからも働きかけてくれませんか?」
「けど私、王家に嫌われているからなぁ、直接新王に馘を言い渡されたくらいですから」とブリエンス。
ウィーンに居る亡命貴族は「それより、プロイセンは何故動かないんですか?」
「彼は啓蒙主義とかいうのにかぶれているんですよ」
そう言うブリエンスに、通話の相手は「何でそんな国に亡命を?」
ブリエンスはフリードリヒ王に会見し、革命への介入を求めた。
「このままでいいのですか?」
フリードリヒ王は「フランス王が逃げ出せば、介入戦争は一気に現実化しますよ。あなた達が利権を取り戻す日も近い」
「けど、王の居ない体制が固まってしまうという事も。そうなれば革命は、このプロイセンに波及する事だって・・・」
そう焦り顔で言うブリエンスに、フリードリヒは「そのために軍事費を削減させたのですよ。介入が始れば、軍人貴族の多くが亡命して弱体化したフランスなど簡単に落とせます」
「そそそそーですよね」
フリードリヒは脳内で呟いた。
(愚かな奴等だ。ウィーンのあの女主導での大同盟など、参加した所で美味しい所を持って行かれるだけ。その挙句に民の反発で泥沼化する。それで双方が疲弊した所を横から浚って美味しく頂けば良い。フランス国内の対立が決定的となり、王は亡命を試みて失敗する。王は裏切り者として処刑される。そこからがショーの始まりだ)
ドイツ皇帝家から、オスカルの元に、新王夫妻の亡命を促す幾度目かの密書が届いた。
「また陛下から・・・・・」
困り顔で密書を読むオスカルに、アンドレが「どうする?」と問う。
オスカルは「無視するしか無いだろうな。それより姫殿下は?」
「フェルゼンと新王陛下と三人でお出かけさ」
そうアンドレが言うと、オスカルは憂い顔で「この危ない時に・・・。お出かけなら私が護衛を」
「あなたが居ると、節約を求められてお金を使えない・・・、だそうだ」と言って溜息をつくアンドレ。
「・・・・・・・・・」
その時、部下の一人が慌て顔で報告に来る。
「大変です。姫殿下が暴徒の襲撃を受けて・・・」
オスカル唖然。
「何だと? セーヌ河の土手を散歩中に、十数名がオールを振るって・・・」
「いや、ボートレース用の小舟の事じゃないですから」と、その部下が突っ込む。
そして彼は「フェルゼンが護衛についていて、新王も姫殿下も無事なのですが・・・」と報告を続ける。
ほっとするオスカル。
更に彼は「そのフェルゼンが怪我を・・・」と報告。
オスカルが軍施設の医務室に駆け込むと、ベットの上でフェルゼンが手当を受けていた。
オスカルは彼の基に駆け寄ると、肩を揺すって「大丈夫かフェルゼン! 傷は浅いぞしっかりしろ」
フェルゼンは困り顔で「いや、大丈夫だから。投石が幾つか当っただけだ」
ベットの脇には10歳のルイとアントワネットも居る。
「私のフェルゼンに石を投げるなんて、何て酷い人たちかしら」
自分が狙われたという自覚が無いらしいアントワネットに、アンドレは困り顔。
そんなアントワネットを見て、オスカルは呟いた。
「こんな事がドイツ皇帝家に知れたら、女帝陛下は何と言うだろうか」
その時、彼女の部下が・・・・・。
「隊長。テレジア女帝から手紙です」
オスカルは女帝からの手紙を読む。
曰く。「アントワネットが暴徒に襲われたと聞きました。最早、一刻の猶予もなりません。亡命出来ないなら、軍を出して干渉戦争に訴えるまで。私は北の金豚から拉致被害者を救出すると言いながら、平和憲法の影に隠れて奪還軍どころか特殊部隊すら送らず、トランプ帝国に外交圧力を求めるだけの、他力本願で有言不実行な卑怯者だと、憲法九条の戦争放棄を死守する平和主義者から批判された、アベとかいうジパングの政治家とは違います」
「非武装主義者が奪還軍を要求・・・って」
そう、あきれ顔で呟くオスカルだが、直面する現実に再び真剣な表情で、アンドレに「それより、どうしよう。戦争だぞ」
「ってか、あっさり知られ過ぎだろ」とアンドレ。
「スパイというのは何処にでも居るものだ」
そうオスカルが言うと、アンドレは「いや、そもそもその手紙を書いたのは何時だ?」
「少なくとも数日前の筈だが」と、今一理解出来ていない顔のオスカル。
そんな彼女にアンドレは「襲撃は、ついさっきだぞ」
「あ・・・・・・・・・・・!」
オスカル唖然。そして「どういう事だ?」
アンドレは言った。
「計画段階で情報がリークされてる・・・って事だよ。背後で糸を引いている奴が居るんだ」
事態の悪化への対応策を求め、ルイ先王はエンリを呼んで意見を求めた。
宮殿の客間で先王は状況を説明し、暴徒たちがばら撒いた何枚ものアジ文書を示す。
その文書に曰く。
「王も王妃も殺せ。これは規律である」
「十歳の子供が襲撃された? けど王族だよね?」
それを読んで、エンリはため息。
「ヘイト教育に洗脳された、どこぞの半島国や大陸国の対日ヘイトクライム世論じゃあるまいし・・・・・・」
そして彼は先王に言った。
「バックは当然居るでしょうが、それとは無関係に民の不満というのもありますから、民との対話は必要でしょうね。ああいう公的ヘイト教育を受けた半島国人が隣国に向けてるような対外偏見問題では無いのだから」
そんなエンリにルイ先王は「そこで王子の、いつもの舌先三寸で・・・」
エンリ、口を尖らせて「あのねぇ・・・ってか、これはフランス人自身の問題で。俺たち外国人ですから」
「実は暴徒たちがこんな扇動文書を」
そう言って先王が出した、もう一枚の文書に曰く。
「ポルタのスパイは出て行け」
エンリはため息をつくと、一言呟く。
「帰ろうか」
ルイ先王は慌て顔で「見捨てるんですか?」
「そうは言っても・・・・・・」
「私と王子の薔薇の契りはどこに消えたのですか?」とルイ先王。
エンリは慌てて「そんなの無いから。俺はホモじゃ無い」
「このままフランスが過激派の手に落ちたら、彼らはポルタに攻め込む事になるでしょうね。ユーロを巻き込む動乱を回避するために、あなたは協力してくれているのですよね?」
そう先王に言われ、エンリは溜息をつくと「・・・解りました。最後まで面倒を見ましょう」
「やはりあなたは信頼できる。私たちの愛は永遠・・・・・」
そう言いかける先王の言葉を遮り、エンリは「だから私はホモじゃ無い」
その時、脇で控えていたエンリの家来が「あの、王子。イザベラ様から通話魔道具で急ぎの連絡があるとの事で」
エンリが通話魔道具を執ると、イザベラの声が「今すぐ戻って。ポルタは革命派とズブズブだとフリードリヒが触れ回っているわよ。このままだと、フランスと一緒に介入戦争の標的にされるわ」
エンリ、青くなる。
そして「戻ります」
エンリは仲間たちと、シマカゼ号でポルタに帰還した。
パリの国民議会では、公安委員会の設置が可決された。
ロベスピエールが委員長に就任し、彼の仲間のサンキュロットが実働部隊として多数採用される。
ロベスピエールは、武器を与えられて整列した彼らの前で、激を飛ばした。
「改革派も含めて貴族は敵だ。金持ちな商人たちも同類。彼等は亡命した奴らと繋がっているに違いない。見せしめとして王を処刑すべきだ」
権力を付与され、公然たる暴力装置と化した彼らの暴走が始まり、改革派貴族が次々に襲撃された。
襲撃者を「烈士」と呼んで賛美する扇動文がばら撒かれ、司法は完全に沈黙。
事態を憂慮したラファイエットは、リシュリューに言った。
「もはやフランスには、王にとって安全な場所などありません。ここは決断が必要かと」
「亡命すれば、フランスを見捨てた裏切り者という事になるでしょうね」
そうリシュリューが言うと、ラファイエットは「王政の立て直しは不可能になると?」
「そんな事はいいのです」とリシュリュー。
「いいのですか?」
そうラファイエットが疑問顔で問うと、リシュリューは「問題は、介入戦争が一気に進む、という事です。フランスは多国籍軍に占領されますよ」
そんな緊迫した状況が続く中、ラファイエットの元に向けられた密書が、彼の元に届く直前に、公安委員会によって押収された。
ラファイエットの屋敷は襲撃され、彼は王宮に逃げ延びた。
「私は亡命します」
そう、彼はリシュリュー宰相とルイ先王に、意思を告げる。
「ドイツに?」
そうリシュリューが言うと、ラファイエットは「あそこには、私を恨む亡命貴族が大勢居るからなぁ」
「なら、イギリスにでも行きますか?」とリシュリュー。
ラファイエットは「いっその事、西方大陸北部のイギリス植民地に行きましょう。あそこには共和主義の信奉者が大勢います。それより、先王陛下はどうされますか?」
「とりあえず、風俗街にでも潜むとするか」と先王。
「けど、絶対安全とは言えないでしょうね」
そうリシュリューが言うと、先王は「いざとなったら新王夫妻は亡命させよう」
「ドイツに・・・ですか?」とリシュリュー。
先王は言った。
「あそこに行けば、介入戦争を口実にしたフランス侵略の道具にされるだろうな」
ルイ新王とアントワネット妃は、近衛の兵営に匿われた。
噂は広まり、多くの群衆が近衛の兵営に押しかけた。
「ここに新王夫妻が居る筈だ。革命軍に引き渡して貰うぞ」
兵営の正門前で、そう要求する人々に、オスカルは「居ない者は居ない」
「そんな筈は無い。そこに居る子供はアントワネット妃ではないのか?」
いつの間にか10歳のアントワネットがオスカルの隣に・・・。
そして彼女の上着の裾を掴んで「ねえオスカル、お出かけしたいから一緒に来て欲しいの」
そんな彼女を指して「それ、アントワネット妃だよね?」
オスカル、どっと冷や汗。
「いや、この子は他人の空似で私の親戚の子だ」と、オスカルはあくまでシラを切る。
そんな彼女にアントワネットは「そうでしたっけ? そういえば皇帝家のテレジア母様の叔母様がオスカルのお爺様と・・・・」
「やっぱりアントワネット妃ですよね?」
そう言って声を荒げる群衆を指して「この方たちは?」とアントワネット。
「我々はパリ市民の代表です」
そう主張する人たちに、アントワネットは言った。
「私、知らない大人について行ってはいけないと、アンヌ義母様から言われていますの。ロリコン不審者という怖い人達が居て、あんな事やこんな事をされるからと」
そしてアントワネットは群衆を指して、オスカルに尋ねた。
「この方たちはロリコン不審者なの?」
いつの間にか群衆は退散していた。




