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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
528/547

第528話 貧民の党派

革命が起きたフランスから亡命した貴族たちは、ドイツ皇帝家の元以外にも、様々な国に向かった。

中には、プロイセンに行ってフリードリヒ王の保護を受けた者も居た。



元財務次官のブリエンスもその一人だ。

彼はベルリンで宿を確保すると、連日のようにフリードリヒに介入を求めた。


「王権を取り戻すための援助を、して貰えるのですよね?」

王の執務室に押しかけて、そう要求するブリエンスにフリードリヒは、いかにも腹に一物な表情で「そのつもりだ」

そんな彼を見たブリエンスは、更なる不安顔で「我々の役に立ってくれるのですよね?」

「もちろん」


「それで、フランスでの、ここまでに至る経緯についてですが・・・」

情報提供のつもりで長話を切り出そうとするブリエンスを制し、フリードリヒは言った。

「そうした情報なら、こちらにも情報源がありましてな」



その時、諜報局長が一人の人物とともに、フリードリヒ王の基に報告に訪れた。

「陛下、フランスの共和主義派の動きについて、ご報告を・・・」


諜報局長が連れてきた人物を見て、ブリエンス唖然。

「あなたは共和派のボルテール氏では・・・」

「彼は革命を指導した共和派の内情についての、実に有益な情報源でしてね」

そんな事をしれっと言うフリードリヒに、ブリエンス更に唖然。

「もしかして、共和主義者の人脈を使って、裏から革命を煽って・・・・・・」


「フランスを弱体化させるのが、我々の利益ですので」と、怖い事を平然と言うフリードリヒ。

ブリエンスは愕然顔で「つまり、私はそれに乗せられたと・・・・・」

そんな彼にフリードリヒは言った。

「これは、あなた方の利益でもあるのですよ。王家は必ずしもあなた方の利益を擁護していない」

「ですが・・・・・・・・」


フリードリヒは更に語る。

「元々、フランスはドイツ王家に対抗する存在だった。それは我々がドイツ王の地位を得る味方になり得るという事だった。それが勝手に婚姻関係など・・・。我々はあの王妃を批判する立場なのですよ。その立場を王家は尊重しなかった」

ブリエンスは肩を落とし、ため息をついた。



フリードリヒ王の基を退席したブリエンスは、その夜、ボルテールの基を訪れた。

「あなたは何故プロイセンに?」

客間で出されたお茶を飲みながら、ブリエンスがそう問うと、ボルテールは言った。

「彼は軍国的な父親の犠牲者なのです」


「あの兵隊王・・・ですか?」

と、ブリエンスは先代王の噂を思い出す。

非常な倹約家で職務の鬼。宮廷費に大鉈を振るうとともに、役人の綱紀を厳しく正し、裏金の悪習を完全に断ち切った。

だが、浮いた経費は全て軍備に回し、暴力的な兵隊集めと暴力的なしごきによる訓練・・・・。

それが大国プロイセンの基礎となったのだ。


ボルテールは語った。

「彼の父親は戦争しか頭に無い、軍国主義の権化だった。そんな父親の厳しい軍隊式教育に耐え、フリードリヒ王は抵抗の意志を育てて来たのです。戦争は人殺しだ。それに代わる裏工作で国を大きくし、彼はこのドイツを統一して内戦の無い平和な国にするでしょう」

「ですが、彼ほど戦争を繰り返した王は居ませんよ。結局は外国との戦争に突っ走って領土を拡大した訳で、謀略はその勝利条件を満たす手段に過ぎない」

そうブリエンスに反論されると、ボルテールは「そもそも戦争の目的は殺戮では無く支配です。仕掛けられた側は降参すれば血を流さなくても済む」


「あなた、さっき戦争は人殺し・・・って。まあいいや」

そう言って疑問顔を見せるブリエンスに、ボルテールは「あなたは貴族としての自らの利益さえ満たせば満足なのですよね? トランプ帝国から押し売り外圧を仕掛けられたジパングのリベラル勢力が、消費者としての利益のために外圧を歓迎して、国内産業の破壊に加担したように」

「ですが、革命政権が安定すれば、彼の利益に反するのではありませんか?」とブリエンス。

ボルテールは「そうはなりません。革命の中心は改革派貴族と富裕な商人で、貧困な庶民の飢えは満たされていない。彼らは今、山岳党という独自の勢力を築きつつあります」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「政争で勝利した勢力に属する者は、自らがその地の支配者になろうと、かつて共に戦った仲間と権力を競う。そうやって彼ら分裂して争い、その勢力の中で下位に位置する者は、搾取される立場として上位者に抗う。そうした争いを繰り返し、社会は姿を変える。その先が見たいとは思いませんか?」

そんな事を言うボルテールに、ブリエンスは「それでは社会は安定しない」

ボルテールは挑発的な口調で「あなたは安定が欲しいのですか? あなたは強者ですよね? 強者とは、混乱の中で力強く生き残る者の事ですよね?」

「我々は財産を失った。という事は、その中で淘汰される側という事になる」

そう言って肩を落とすブリエンスに、ボルテールは「生き残る鍵は個人の才覚ですよ。その才覚を以て、下から争いを仕掛ける人たちを、裏で煽って操れば良いのです」


ブリエンスは脳内で呟いた。

(いいのか? それで)



その頃のパリは、天候不順による小麦の不作に悩んでいた。


オスカルたちの居る近衛の兵営では・・・・。

「元々パリの気候は小麦を作るには寒冷だ。そこにいくと、我々が練兵場で育てているライムギは寒さに強い」

そう言いながら、隊員たちと一緒に麦刈りの汗を流すオスカルとアンドレ。


近衛隊が練兵場を畑に変えて育てた麦が実り、隊員たちは刈り取りと脱穀の作業に追われていた。


脱穀を終えたライムギの麻袋から、一握りの麦粒を掌に載せて、それを眺める隊員の一人。

「これ、どうやって食べるの?」

「オートミールを知らんのか?」と、農家出身の別の隊員。



粉に引いたライムギを煮て、お粥状にしたものがオートミールだ。

兵営の食堂で自分たちが育てたライムギのオートミールを全員で食べる近衛兵たち。


「美味しくないですね」

そう隊員の一人が言うと、オスカルは「贅沢を言うな。飢えは人を殺すが、不味さで死ぬ奴は居ない」

すると、向かいの席に居るジェローデルが「俺たちはともかく、パリの下層庶民はどうするんですかね? ライムギなんて儲からないから、市場に出回らないですよ」



革命政府の基には、小麦の不足を訴える、特に下層民からの声が引きも切らず、王宮にも苦情が絶えなかった。

そんな現状を打開すべく助言を求めようと、リシュリューはエンリ王子に非公式の訪問を求めた。


王宮の応接室に、エンリと彼の部下たち。

「ポルタから援助して貰う訳にはいきませんかね?」

そうリシュリューが言うと、エンリは「商人たちには輸出を増やすよう、指示しているんですけどね」

「安く放出はしてくれませんよね?」とリシュリュー。

エンリは困り顔で「そういう援助は財務局が・・・なぁ。外国への援助は国民が反対するし・・・」

「買い占めてぼろもうけを企む悪徳商人も出てきますし」とリシュリュー。


「そういう転売ヤーは、取り締まればいいだけですよ」

そうエンリが言うと、リシュリューは「それが、外国人だから本国の法律を適用すべきとか主張するポルタ商人が・・・」

「いや、黒船で脅して治外法権なんて不平等条約を押し付けた、どこぞの超大国じゃ無いんだから、遠慮せず取り締まるのが主権国家でしょう。ってか、そーいうのはむしろ、フランスみたいな大国がボルタみたいな小国を脅してやらかす砲艦外交の類ですよ。逆とか有り得ないから。真っ当な産業努力による貿易で赤字が出たのを"ジパングに酷い事をされた"なんて厚顔無恥な被害者ヅラで暴力的な政治圧力をかけるトランプ帝国じゃあるまいし・・・」

そうエンリが残念顔で言うと、リシュリューは「それが、自分はポルタ王太子の部下で、上役の指示で・・・・・・」


エンリ唖然。そして背後に居る部下の一人に「ニケさん何やってるの?」

ニケは目をうるうるさせながら「物価の高騰は大きく儲けるチャンスなのよ」と・・・・・。

「あのなぁ・・・」

そう言ってエンリは溜息をつくと、ニケを指して「タルタにジロキチ、この人が勝手な事をしないよう、しばらく缶詰部屋にでも放り込んでくれ」


タルタとジロキチは溜息をつくと、ニケを担いで応接間を退出し、そのままシマカゼ号の監禁部屋に連行。

ニケはタルタの肩の上で「ちょっと、何するのよ。私のお金ーーーーー」


そしてエンリはリシュリューに言った。

「構わないんで、買い占めた物資は全部没収していいですよ」



革命政権は当初、国民議会を主導した大商人や改革派貴族が主導し、彼らが属していたオルレアン公のサロンを拠点としていた。


だが・・・ 

「先王は外国に逃亡した大貴族とズブズブではないのか?」

そんな王家への、特に一班庶民のメンバーからの批判が激しくなると、王家の一員であるこのサロンのホスト自身にも批判が向けられた。


兄の先王を敬愛するオルレアン公は反発する。

「貴族の反対を押し切って国民議会を承認したのは彼ですよ」

サロンの会合でそう反論するオルレアン公に、庶民メンバーたちは「王家は庶民の生活に無関心だ。食料不足によるインフレは彼の責任ですよ」

「小麦の不足の原因は天候不順による不作だが」と反論するオルレアン公。


するとメンバーの一人が「東の国のシーノでは、天災は君主の不徳だと言うそうだが」

オルレアン公は残念顔で「そんなのは迷信だ」

別のメンバーが「どこぞの半島国では、隣国で起こる大震災が戦後処理を怠った事に対する神罰だと言っているが」

「もっと迷信だ。戦後処理は条約で完遂されているし。唯一神信仰の普及の遅れた野蛮人の妄言です」

オルレアン公がそう反論すると、更に別のメンバーが「それを言っているのは、ヨンギとかいう宣教師ですが」

「・・・・・・」


先ほどの庶民メンバーが言った。

「あなたは兄である先王を庇いたいのだろうが、そんな感情を政治に持ち込むべきでは無い」

「先ほどあなたが言及した半島国は、ヘイトスピーチの標的としている隣国に対して、自分たちは兄の国だとか、意味不明な感情論で服従を求めてますけど」とオルレアン公が指摘。

するとその庶民メンバーは「彼は同性愛者で、あなたもその相手ですよね?」


オルレアン公、ついにキレる。

「それは性的少数者差別だぞ。もういい。私はこのサロンを閉鎖し、オルレアンに引き上げる」

そう言って席を立ち、メンバーたちに背を向けるオルレアン公。

「・・・・・・」

「引き留めるなら今だぞ」と、振り返ってメンバーたちをチラ見するオルレアン公。

「・・・・・・」


結局、誰も引き留めず、オルレアン公はパリを去った。



革命を主導した人たちは、独自のクラブを創った。

その代表的なものがジロンドクラブである。入会には高額な会費が必要で、収入のある者しか参加できない。

そるため、下層民たちが創った、独自の会派。それが山岳党である。

その有力メンバーとして発言力を強めた者が、ロベスピエールだ。



革命政権が二つの会派に分かれて争う事が、ユーロの動乱を招く引き金になるのではないか。

そんな危惧を感じたエンリは、カルロに山岳党の内情を探らせた。



彼らがパリでの拠点にしているミゲル皇子の屋敷で・・・・・・。


「それでロベスピエールって、どんな奴なんだ?」

そう問うエンリにカルロは「いけ好かない奴ですよ」

エンリは「つまり女にモテる・・・と」 

「俺、何も言ってないですけど」と、カルロはその斜め上な解釈に口を尖らせる。


「けど、山岳党に居るって事は貧乏なんだよね?」

そうタルタが言うと、ジロキチも「色男、金と力は無かれけり・・・って言うからなぁ」

すると「いえ、彼は金持ちですよ。腕利きの弁護士ですから。それで女性のファンが大勢居て・・・」

「そんなにイケメンなの?」と若狭が身を乗り出す。

カルロは「ってか、清廉潔白とか言われてて、風俗街の子がファンレター出すんですけど、女に興味は無いとか言って、完全放置」

「もしかしてホモ?」と若狭は更に身を乗り出す。


カルロは「ってか潔癖症ですね。ああいうモテを無駄にする奴って、ムカつきません?」

「それで、溜まった手紙を焼き捨てたら、情念の籠った炎で顔を焼かれて醜い鬼になるとかでござるか?」

エンリ、溜息をついて「ジパングの伝奇物じゃあるまいし」

「いや、ここは魔物とか居る剣と魔法の世界なんですけど」とリラが突っ込む。

「実は影で追っかけの子とやりまくってるとか」と言い出すニケ。


すると、タマが「彼が女を近付けないのは本当よ」

「女とまともに会話出来ないとか」

そうアーサーが言うと、ニケが「そういう純情なのがウケるのよね」

「そういうのはいいから」

そう言ってエンリは溜息をつくと、改めてカルロに尋ねた。

「それで、思想的にはどーなの?」


「徹底した反貴族ですね。パリ大学の哲学科でルソー教授に学んだんですけど・・・」

そうカルロが答えると、エンリはカタリ派教団の事件の際に出会った若者を思い出し、「あいつ、教授になってたのかよ」と呟く。

「生まれで人生が決まるのは許せない・・・って」

そうカルロが言うと、タルタが「つまり、親ガチャで外れを引いた奴の僻みって事だよな?」


「いや、彼の生まれは金持ちですよ。父親は腕利きの弁護士で、貴族の顧問弁護士やってた人ですから」とカルロ。

アーサーが「つまり、父親に対する反発?」

ニケが「反抗期って奴?」

リラが「その割には、親と同じ職業選んでますね?」

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