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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
527/543

第527話 亡命と介入

フランス革命が成立し、大貴族たちはこぞって国外に亡命した。

そのうちの、かなりの数の貴族が、ドイツ皇帝を頼った。


彼らの口から、バスチーユ監獄で正規軍と戦ったオスカルの話が、テレジア女帝に伝わる。

「あのオスカルが、そんな事を・・・」

亡命フランス貴族が感情剥き出しで語る「反乱の実情」と称するあれこれを聞き、表情を曇らせる女帝。

「これは姫殿下の嫁ぎ先への裏切り。ひいては姫殿下ご自身の立場をも危うくする大問題かと」

そんな彼の訴えを一通り聞くと、テレジアは侍従に命じた。

「レニエ将軍を呼びなさい」



オスカルの父、レニエ将軍が呼び出された。


話を聞いてレニエ唖然。

「娘がそんな事を・・・・・」

「私も、あの者の人となりは知っているつもりです。誠実で忠義、疑う事を知らぬ彼女はおそらく、共和主義なる思想に騙されたのでしょう。そんなものに染まって、こんな愚かな行為を・・・」

精一杯の好意を以て、そう語るテレジアだったが、そんな女帝にレニエは言った。

「お言葉ですが、私は娘が間違っていたとは思いません。パリの下層民の困窮は、私も聞き及んでおります。民を守るは貴族たる者の務め。攻め込んだ敵から守る事と、飢えと困窮から守る事と、どう違うというのでしょうか。あれなりに困窮した民を憐れんで・・・」


そんな彼に、目を血走らせて食ってかかるフランス人大貴族。

「何を呑気な。私は彼女のせいで領地と館を失ったのですぞ」

「彼は?」

そう言って怪訝顔を見せるレニエに、テレジアは「情報をもたらした亡命貴族ですよ」


レニエはオスカルを非難する亡命貴族に言った。

「では、あなたはその領地で多くの収入を得たのと引き換えに、国家に何を差し出したのですか?」

「あの領地は、我が先祖が多大な功績を挙げた事による、当然の報償だ」と亡命貴族。

「それは先祖の功績であって、あなたのではありませんよね?」とレニエ将軍。

「・・・・・・・・・」

反論に窮する亡命貴族。


すると、その亡命貴族の背後に控えていた従者が言った。

「先祖の功績は子孫の功績です。某島国には、かつて差別された民が居た。後に差別は批判され、それを解消しようとの声を社会が受け入れた時。これを主導した人権団体は言いました。"彼ら以外の普通の民は、差別した加害者であり罪人です。確かに、彼ら自身は誰かを差別した訳では無い。だが、彼らの祖先が差別した罪は背負うべきだ。それを忘れて『和して同ずる』などと言って、同じ民として共に生きよう・・・などと思うべきでは無い。『同和』という言葉自体が今や差別概念"だと。それがリベラルの教えです。あの民の祖先の罪をその子孫が自身の罪として受け入れ、頭を垂れる事が人権であるように、貴族の祖先の功績を以て、その子孫が特権を行使し、平民を永遠に支配する事こそ人権なのです」

レニエ将軍はあきれ顔で「それは偽の人権です。人権とは万人が対等な立場に立つ事です」



そしてレニエはテレジアに言った。

「私は娘を恥とは思いません。ですが女帝陛下に迷惑をかけたのも事実。この責任をとり、職と領地と爵位を返上致す所存」

「それには及びません」

そう背後から声をかける人物を、レニエは振り返り、「メッテルニヒ宰相閣下」と・・・。


メッテルニヒは彼に言った。

「責任と称してあなた個人が不利益に甘んじた所で、何の解決にもなりませんよ。ここは職務で頑張って、この失態を挽回すべきかと思いますが」

「御恩情感謝します。ですが挽回といっても・・・・・・」

そう戸惑い顔で言うレニエに、女帝は「アントワネットを帰国させます。オスカルにその手引きをするよう、説得なさい」


「離婚させると? ですが、離婚を認めるのは国教会の教義ですが、我々は教皇派です」

躊躇い顔でそう言うレニエに、メッテルニヒは「ならば、幼い新王陛下にも来て頂くとしましょう」

「国王夫妻を亡命ですか?」とレニエ。

メッテルニヒは「フランス政府は、反乱分子の手に落ちました。幼い夫妻は、王権を蔑ろにする民の人質です。お二人を救出する事は急務かと」



レニエ将軍が帰宅すると、テレジアはメッテルニヒに言った。

「随分と優しくなったものですね」

そんな彼女にメッテルニヒは「そうではありません。あのまま彼が収入の道を断って困窮すれば、この国で同様の革命を起こす側に身を投じる可能性もある、という事です。何しろ彼の騎士団はドイツでも随一ですから」

「そんな事が・・・・・・」と女帝唖然。


メッテルニヒは言った。

「人は国境で出入りを塞ぐ事は出来ますが、思想は容易に国境を越えます。このドイツでも人口の大多数は庶民ですよ」

「この私が民に追われると?」

そう深刻顔で言うテレジア女帝に、メッテルニヒは言った。

「ジパングの愚かなリベラル派は、偽物の人権を掲げ、自国民に対する偏見に関して"普通の国民は国境の内側では多数派だから、強者で差別に耐えられる筈。差別する外国人は国内では少数派だから、彼らによるヘイトスピーチをヘイトスピーチと認めず容認し保護すべき。国外で発する自分たちへのヘイトも、批判してはならない"などと称して奨励し、それに対する自国民による当然の反発を、ヘイトと決めつけて弾圧しました。だが、彼らジパング国民は世界全体の中では少数派であり、彼らへの国境の外からのヘイトは、国内リベラルの加勢を得て増長し、国際社会の枠組みの中で、著しい人権侵害を引き起こし、それが国内にも波及して、彼らの尊厳と主権者たる権利を奪い、守るべき国益は喰い荒らされて経済は衰退。リベラルは激しい怒りの対象となりました。思想が国境を超える力を軽視すべきではありません」

テレジアは「そうした現実はマスゴミの"報道しない自由"によって隠蔽され、責任転嫁によって"無かった事"になっているのでは?」

「マスゴミの偏向報道に騙される情弱は、何時の世にも居ます。ですが、嘘は最後は事実に敗れるものですよ」とメッテルニヒ。



メッテルニヒは宰相の執務室に戻ると、諜報局長官を呼び出した。

「アントワネット姫とルイ新王の亡命を実現させる。向うに居るオスカルに手引きをさせるが、彼女がそれに従うかどうかは分からん。なので、別枠で亡命の手配をしてくれ」

そう宰相に命じられ、諜報局長官は「解りました」


諜報局長官が退出すると、メッテルニヒは含み笑いとともに呟いた。

「幼い新王はフランスを治める象徴だ。それを我がドイツが握る事で、フランスを容易に支配できる。フランス軍の上層部も大貴族で殆ど亡命し、フランス軍は弱体化している。各国の王家は革命の波及を恐れており、介入戦争を呼びかければ容易に応じるだろう。全ユーロを味方につけてフランスを我がドイツの植民地とする」



レニエはオスカルに手紙を書いた。

曰く「お前が民衆叛乱に加担したという話を聞いた。それはお前なりの考えでやった事で、けして間違っていないと信じる。父は何時でもお前の味方だ。だが、守るべき姫殿下の立場が危険に晒されている事を、お前も理解している筈だ。テレジア女帝陛下の心痛を察して欲しい。幼い夫妻はドイツ帝国が全力を以て守る。二人を連れて亡命しなさい」



近衛の兵営でレニエから届いた手紙を受け取り、それを読むオスカル。

「父上・・・・・・」

そう呟き、手紙を握りしめて彼女は涙目になる。



彼女はその手紙をアンドレに見せた。

そして「私は姫殿下を連れて、この国を去るべきなのだろうか」

「あなたはどうしたい?」

そうアンドレに問われ、オスカルは「姫殿下をお守りする事は責務だ。だが、何から守るのだろう。私はあの民たちを見捨てたくは無い」

「あなたは重く考え過ぎだ。あなたが一人残った所で、民に何が出来ると?」

そうアンドレに言われ、オスカルは「私だってなぁ・・・、何が出来るんだろう?」


アンドレは溜息をついた。

そして「大貴族はみんな国外に逃げ、大勢は固まった」

「では、二人を危険から遠ざけるため、亡命させるべきなのか?」とオスカル。

アンドレは「それに、実際に王として力を持つのは先王だ。危険だというなら彼の方だよ」


「なら、私はもう不要なのか?」とオスカル、些か拗ね顔になる。

「だから、どうすべきか・・・では無く、あなた自身はどうしたい?」

そうアンドレが言うと、オスカルは「ここのみんなと離れたくない。みんないい奴だし」

「そうだよな」

そうアンドレが頷くと、オスカルは「フェルゼンとジェローデルも」

「・・・・・」



その時・・・・・・・・。


「隊長、行かないでください」

そう言って、二人の居る隊長室に入って来る部下の近衛隊員たち。

「俺たち、オスカル隊長以外の命令なんて、嫌です」

そう口を揃える部下たちを見て、涙目になるオスカル。

「みんな」

そんなオスカルに隊員たちは「指揮官」

「みんな」とオスカル。

「指揮官」と隊員たち。

アンドレ、困り顔で「何か、変なのの男女逆転になってないか?」


残念な空気が漂う中、オスカルは部下たちに問う。

「ってか、お前等何で?」

副官のジェローデルが困り顔で言った。

「いや、内緒話なら、もっと小さい声でやって下さいよ。ここ、壁が薄いんで筒抜けですよ」

残念な空気が漂う。


「・・・ととととにかく、私はみんなとここに残る。ずっとみんな一緒だ。国王夫妻を連れて亡命なんてするもんか!」

そう言って、オスカルが無理やり場をまとめようとすると、一人の隊員が意外そうに言った。

「新王、亡命するんですか?」

「・・・・・・・・」


オスカル、慌てて確認。

「ちょっと待て。私たちの話、どこから聞いてた?」

「隊長が実家に帰るって・・・・・・」と、先ほどの隊員。

アンドレ、溜息。

そして、その場に居る隊員たちに「あのさ、国王夫妻の亡命話って最高機密だから。バレたら王家の立場が無茶苦茶悪くなるから」

「・・・・」


「これ、他言無用な」

そうオスカルが念を押すと、隊員たちは自信に満ちた声で「大丈夫です 俺たち口は堅い」

「大丈夫かなぁ」と言って溜息をつくアンドレ。


「けど、俺たちって姫殿下の親衛隊なんですよね? 姫殿下が亡命したら・・・・」

そう一人の隊員が言うと、オスカルは「だから亡命は無し」

隊員たちは、ほっとした表情で「良かったー。新王妃付き近衛が解散して失業とかになったら、どーしよーかと」

「心配ってそっちかよ」と言って溜息をつくオスカル。

「いや、隊長と離れるのも嫌ですけど、こっちは生活かかってるんで」と隊員たち。



間もなく、新王夫妻が王妃の実家に亡命するという噂が立った。


近衛の兵営には、バツの悪そうな表情の、多くの隊員たち。

残念な空気の中、アンドレが言った。

「結局、こうなるんだよな」

オスカルも「口が堅いんじゃ無かったのかよ」

「だって・・・」

「新王の周辺には、ドイツ諜報局ルートからも、亡命の働きかけが来てるんだけどね」と、アンドレの気休めなフォローが空しく響いた。



そして・・・。

オスカルとアンドレは、リシュリュー宰相に呼び出された。


「まずい事になった。亡命は国民にとっては裏切りだ」

執務室で二人を前に、そう深刻顔で言うリシュリューに、アンドレは「外国に通じているという事になりますからね」

「それに、亡命を受け入れる側の問題もある。亡命した新王をフランスを支配する道具として使おうと、絶対考えてるだろうからな」とリシュリュー。



リシュリューは、王妃の教育係兼外交官としてドイツから派遣されているメルシー伯を呼び出した。


「よもや介入など、ドイツは考えてませんよね?」

そうリシュリューが問うと、メルシー伯は「滅相も無い・・・と言いたい所ですが、このまま事態が悪化すれば、我が国の民が影響を受け兼ねない。各国の王室も、思いは同じですよ」



アントワネット本人にも、話は伝わった。


家庭教師の授業の合間、アントワネットは新王に話す。

「殿下。母様の所に二人で亡命しては、という話があるのだけれど」

ルイ新王は目一杯の強がり口調で「僕は逃げたりするもんか。フェリペの奴が言ってた。ヒーローは逃げちゃ駄目だって」



そしてパリ庶民の間では・・・・・。


コーヒー店の常連たちも、その話題でもちきりになる。

「王様がドイツに亡命するとか、って話があるけど」

そう一人の常連客が言うと、その向かいの常連客が「噂だろ?」

「けど、うちの近所に近衛の兵隊が居てね・・・・・」と、隣のテーブルの常連客。


すると、彼の隣に居る常連客が「結局、あの王妃はドイツの回し者なのさ」

「あんな子供なのに・・・・・・」と、その場に居た多くの人たちは一様に呟いた。

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