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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
522/545

第522話 球戯場で誓い

貴族・僧侶・庶民の三つの身分が別個の議会で討論して議決するフランスの三部会。

異なる身分が対論する場を持たないこの仕組みが、立場を越えた国民としての意思を形成する妨げになっている・・・として、庶民議会は他の二つの議会に合流を呼びかけ、貴族議会はこれに激しく反発した。



連日の庶民議会では、合流を拒む貴族議会への批判が叫ばれた。

貴族議会では、庶民議会を批判する演説が語られたが、パリの街角では貴族議会に対する批判が渦巻いていた。


「反論があるなら、合流してガチで議論してみろってんだ」

市場の露店で買い物をする客の一人が、議会に関する話題の中で、そんな啖呵を切ると、もう一人の客が「反論出来なくて恥をかくのが怖いんだよね」

更にもう一人の客が「まるでバンブー島侵略を批判されて逆ギレるくせに、国際司法裁判所で結着をつけようって言われて逃げ回ってる、どこぞの半島国みたい」

「そこまで言ったらさすがに・・・・」

そう言って店主が抑えにかかると、客たちは声を揃えて「けど本当の事だよね?」



そんな庶民たちの声が、嫌がおうにも耳に入る貴族議員たち。

さすがの貴族たちも、馬耳東風では済まなくなる。


議事の休憩時間にお茶を飲みながら、数人の貴族議員が溜息をつきつつ、目障りな庶民議会への対抗手段は無いかと、あれこれ・・・・・・。

「どうする?」

そう一人の議員が言うと、もう一人の議員が「王命で解散させようにも、王は雲隠れだものなぁ」

すると、更にもう一人の議員が、それを言い出す。

「けど、あの人は正式な王じゃないんだよね?」



王宮では・・・・・・。


10歳のルイ新王は、部下とともに警備についているオスカルに尋ねる。

「父上はどこに行ったの?」

「悪い貴族に利用されないよう、お友達の所に匿ってもらっているんです」

そうオスカルが言うと、新王は真顔で「悪い貴族なんて、やっつけてやればいいのに」

オスカルは笑いながら言った。

「そうですね。けど、彼等はパリでは孤立して、だから焦っているんです」



そんな中、どやどやと貴族たちが乗り込んできた。

「陛下にお願いがあります」

そう言って恭々しく頭を下げる、いかにも悪者っぽい目つきの貴族に、ルイ新王は「そういうのは、父上が聞く事になってるよね?」


「その先王陛下が行方が解らないので、こうして・・・・・・」

その貴族の言葉を遮るように、幼い新王は言った。

「君、悪い貴族なの?」

「・・・・・・・・・・・・・」

唖然とする貴族に、新王は「オスカルが言ってた。父上は悪い貴族に利用されないよう、隠れているんだって」


貴族たちは、新王の脇に立つオスカルを睨む。

「オスカル、貴様!」

「あなた方がやってる事は何ですか?!」

そう言い返すオスカルに、貴族たちの先頭に立っていたブリエンスが言った。

「財務次官としての職務です。先王陛下の権限によって、任命されました」


そしてブリエンスは幼い新王に「という訳で、庶民議会に解散命令を出すよう、お願いします」

新王は「僕、10歳の子供なんだけど」

「歳は関係ありません。陛下はこの国の王であり、この国の意思そのものです」とブリエンス。


「僕が命令すれば、誰でも言う事を聞くの?」

そう新王が尋ねると、ブリエンスは断言した。

「もちろんです。国民議会と称して好き勝手やっている庶民どもも、陛下には逆らえません」

「君、名前は?」

そう新王に尋ねられ、彼は「財務次官のブリエンスです」と名乗る。


そんな彼に新王は言った。

「だったら命令するね。ブリエンス、君は馘だ。もう財務局には来なくていいから」

「・・・・・・・・・」

「僕が命令すれば誰でも言う事を聞くって、言ったよね?」と追い打ちをかける、幼い新王。


すごすごと退散する、ブリエンスとその他の貴族たち。



だが・・・・・・・・・・。


間もなく、先王の名前で庶民議会の解散命令が出された。

銃士隊の詰め所で話を聞いて、オスカル、唖然。

「本当ですか?」



オスカルとアンドレは真偽を確認しようと、三銃士とともにネッケル財務長官の執務室へ。


ネッケルから話を聞き、オスカルは「彼等は先王を確保したという事なのかな?」

アラミスも「ホストクラブの人たちが貴族たちに屈したと?」

「そんな筈は無いのだが・・・」

そう言って、その場に居たリシュリュー宰相が、問題の命令書の現物を出す。


その命令書を見て、ダルタニアンは断言した。

「これは偽物です。紙もインクも命令書用じゃありません」

「ダルタニアン、解るのか?」

そうアトスが質すと、ダルタニアンは自信満々顔で「間違いありませんよ。だってこれはロンドンの名探偵が偽物を暴く定番ですから」

残念な空気が漂う。


リシュリューは溜息をつき、そして言った。

「いや、これは命令書用の紙とインクだよ。そもそも宮廷業務を牛耳っているのは貴族なんだから、本物なんていくらでも手に入るだろ」

「けどサインは? これ、先王の筆跡と違いますよね?」とオスカルが指摘。



ネッケルは、今まで通った多数の命令書を出して、先王の筆跡を確認するが、過去の命令書のサインの筆跡がバラバラ・・・。


「どうなっている?」と混乱顔でオスカルが言うと、リシュリューが言った。

「実は、あまりにも決済書類が多いため、部下の役人に分担させて処理していたんですよ」

「これ、本人に確認するしか無いよね?」と言って溜息をつくアンドレ。

ネッケルも溜息をついて「けど、本人が居ないんじゃ、確認しようが無いぞ」



軍が動員され、庶民議員たちは議場から追い出された。

そして国民議会の議場は閉鎖された。


門を閉ざされた議場を遠巻きに見る庶民議員たち。

「暇だな」

そう一人の議員が言うと、別の議員が「会議も出来ない・・・・」

すると、更に別の議員が「どこかに行って暇を潰そうか」

「だったらあそこに行こうよ」と、先ほどの議員が・・・・・・。



テニスコートで女の子たちがラケットを振っているのを塀垣の所から眺めて、あれこれ言う庶民議員たち。


「いいよね、あれ」

そう一人の議員が言うと、その右に居る議員が「若い女の子が短いスカートで飛んだり跳ねたり」

「チラチラ見えそうで見えない下着が、また何とも」と、その更に右に居る議員。

「ギリギリのエロスって奴?」

そう、先ほどの議員が言うと、彼の左に居る議員が突っ込む。

「いや、違うぞ。あれはパンツじゃなくてスコートだよ。ちゃんとしたスポーツウェアで、パンツの上に履くものだ」


すると先ほどの議員が「名目はどうだっていいよ。お尻のあたりの体のラインが見えるって所がいいんだよ」と反論。

彼の右に居る議員も「そうだよ。パンツかスコートかなんて名目は、どうだっていい」

「パンチラ万歳」と議員たちは声を揃える。


そんな彼らに一人の議員が「あのさ、さっきから女の子たちがきつい視線でこっちを見てるんだが・・・」

庶民議員たち、テンション急降下。


その時、一番右側に居る議員が言った。

「それって、俺たちも同じじゃないのかな?」

「いや、男のパンチラは、ちょっと・・・・・」と、彼の左に居る議員が突っ込む。

すると彼は言った。

「じゃなくて国民議会だよ。確かに俺たちの議場は閉鎖された。けど議場って何だ? 議会というのは名目だろ。ここは確かに議事堂じゃ無くて、ただのテニスコートだよ。けど議会って、議員が集まって議論する場所じゃ無いのか? 俺達は庶民議員だ。その俺達が居て議論すれば、そこが国民議会じゃ無いのか?」


その場に居た議員たちは頷いた。

「その通りだ。ここが今日から俺たちの議事堂だ」

場のテンションが高まる中、一人の議員が呼びかける。

「みんなを呼んで会議を始めるぞ」


その時、テニスをやっていた女の子の一人が、議員たちの所に来て、言った。

「あの、盛り上がるのは勝手ですけど、気が散るんで他所でやってくれません?」

庶民議員たち、テンション急降下。



翌日・・・・・・。

庶民議会の議員たちが、パリの中央広場に集まり、議論を始めた。


あれこれ意見を発言する議員たち。

「庶民への公債購入強制に反対!」

「貴族に課税すべきだ!」

「身分特権の解消を要求する!」

「そんな事より、穀物価格をどうにかしろ! 買い占めてる転バイヤーが居るだろ」

「在庫を抱えてる卸しがぼろ儲け狙うせいで、庶民は苦しんでる!」

「安売りを強制されても困るんだが」

「言論弾圧反対! 外国がやってる歴史捏造みたいな、ろくでもない事を批判したらヘイトだとか、おかしいだろ」


「どうもさっきから、話が嚙み合ってない気がするんたが」と、議長が議事の混乱の収拾を図る。

それを受けて一人の議員が「そりゃ、いろんな問題を一度に議論してたら、そうなるだろ」

「だったら法律を創ろうよ。それで庶民の権利を保障するんだよ。王様だろうが歴史的被害者だろうが、恣意的なお気持ちで何か言ったら従わなきゃいけないとか、おかしいだろ」と、別の議員が提案した。


これに賛同する議員たち。

「そうだね。基本的な法律を作って、王が国を治めるにしても法律に基づいて治める。国を治めるのは王ではなく法だ。その法を俺たち議会が国民の声を基にして作る。王様が勝手に作るんじゃなくて、外国が侵略しやすいよう押し付けるんでもなくて。不都合な条文があれば変えればいい。法を守る事は変えない事じゃない」

「そういう法律を憲法と呼ぼう。それを制定するまで国民議会はけして解散しない!」


この宣言は、後に「テニスコートの誓い」と呼ばれた。



そして翌日も、その翌日も・・・・・・。


中央広場では連日、議員たちが議会を開いて討議を重ね、貴族たちを批判した。

通りかかる庶民たちは会議に耳を傾け、声援を送り、おかしいと思う発言には意見した。

彼等を"ネトウ〇"と呼んで、その意見を否定しようとする者は、厳しく糾弾された。


そんな野次馬たちの群れの中に、ルソーは居た。

彼は思った。

(これでこそ議会だ。議員たちが勝手に何かを決めるのでは無く、庶民が直接声を届ける。古代のギリシャでは国民が全員議会に参加する直接民主制が行われた。そこから個々の立場を越えた国民全体の利益が、真実としての"一般意思"として明らかになる。マスコミが勝手に"国民の代弁者"を称して個人を無視するなんて間違っている。個人が直接意見を言うのを"ネットDE真実"とか言って揶揄するのも間違っている)


国民議会が制定を宣言した憲法については、オルレアン公のサロンの共和主義者たちのシャドウキャビネットでも話題となり、その草案創りが試みられた。

そしてその末席に居たナポレオンは、その夜、baka-noteに「法治主義」という項目を書き足した。

曰く「統治とは王の恣意ではなく法律によって行われる。そのための全ての法の基本となるものが憲法である」



国民議会にはラファイエットら改革派貴族が合流し、やがて僧侶議会の議員たちも合流して、彼らは中央広場での会議に加わった。


そんな様子を野次馬たちの群れの中で、目立たぬ服装に身を包んで眺める、ルイ先王とリシュリューが居た。

「お前は合流しないのか?」

そう言う先王に、リシュリューは「貴族たちを黙らせるにはまだ早いです。役人の多くは向う側ですから」

そんな事はもちろん、余人は誰も知らない。


その一方で、この様子を遠巻きに眺める大貴族たちが居た。

その中の一人が言った。

「これは弾圧が必要だ」

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