第519話 幼妃が標的
貴族への課税案を審議する三部会で、公開された財政帳簿により、公になったフランス王家の浪費。
これが批判を浴び、王族の費用削減を迫られる中、アントワネット妃の実家のドイツ皇帝家では・・・・・。
フランスの情勢を伝える外務次官の、いささかバイアスのかかった報告を聞き、テレジア女帝は目を吊り上げた。
「フランス王家を信頼して可愛い末娘を嫁がせたというのに、そのような惨めな節約暮らしをさせるなど、言語道断ですわ!」
「ですが、ここでフランス王家と事を構えるのは、いかがかと・・・」
そう言って、女帝の感情にブレーキをかけようとするタレーラン宰相に、外務次官は言った。
「それで良いのですか? 同盟国とはいえ、ついこの間まで敵対していたライバル国ですぞ」
同席していた陸軍次官も「そうですよ。同盟関係の要は、いかに主導権をとるか。そのためには、相手の落ち度を徹底的に突くのが効果的かと」
そんなやり取りを終え、退席した外務次官は、通信魔道具を取り出す。
その通信魔道具の向こう側には、プロイセンのフリードリヒ王。
彼はエージェントとして取り込んだドイツ皇帝家の外務次官の報告を聞き、満足顔で呟いた。
「これで皇帝とフランスの同盟にひびが入り、我々は態勢を挽回出来る。うまくいけば目ざわりなフランス王家を倒す事だって・・・・・」
ドイツからの外交ルートを通じたこの問題への抗議についての噂が広がり、フランス王家の経費削減が計画通りにいかない問題について、アントワネット妃に対する批判が高まった。
間もなく、これに追い打ちをかける事案が発生した。
記憶の魔道具を使った秘密の上映会である。
この情報をキャッチした銃士隊が現場に踏み込む。
「王家を誹謗する反逆集会と聞いた」
「勘弁して下さい。ただの趣味の上映ですよ」
そう言って立ち入りを拒む受付の抵抗を排除して、会場に乗り込んだアトスたちは、そこで上映されていた映像を見て唖然。
森の中でのアントワネット妃の台詞。
「パンが無ければお菓子を食べればいいのですわ」
関係者は連行され、上映会は中断されたものの、既に数日間行われていたこの上映を見ていた人たちの口から、噂は広がった。
男性たちは職場で弁当を食べながら、女性たちは露店で買い物をしながら、アントワネット妃に関してあれこれ・・・。
「やっぱりドイツなんて信用しちゃ駄目だったんだよ」
「財政削減を妨害するフランスの敵だものな」
そんな職場の同僚の物言いに、若い職工が「けど、あんな小さな女の子だぞ」
そんな彼に同年代の職工が「お前、ロリコンだろ」
更に別の職工が「それにあの映像、王妃の他に三人の女の子が居ただろ。あれはポルタのエンリ王太子の長男の付き人だぞ」
全員、溜息をつく。
そして「王妃の浪費の陰に今度はポルタかよ」
「やっぱり外国は信用できない」
風当たりが強くなったエンリ王子たち。
彼等が滞在していたミゲル皇子邸に「ポルタ人は国に帰れ」と差出人不明の手紙が殺到した。
そんな手紙の山を前に、溜息をつくエンリと仲間たち。
ジロキチが「国に帰れったって、ポルタ人団体作って本国の指令で"過去の歴史がどーの"みたいな反フランス運動やってる訳じゃ無いんだが」
全員が頷く中、エンリは言った。
「とにかく帰ろう。これじゃ逆効果だ」
「やっぱり動乱の運命は阻止できないのでしょうか」とリラが心配そうに・・・。
「ユーロ全体が関わって来る問題なんだがなぁ」とアーサーも心配そうに・・・。
「そうですよ、すぐに帰りましょう」
いつの間にか宰相が来ていて、鞭を右手に目を吊り上げている。
「殿下、決裁書類が溜まってるのですぞ。こんな外国に滞在して政務を放りだしたままでは、政治が機能しません。フランスより先にポルタで革命が起きちゃいますよ」
アントワネット妃叩きが渦巻くパリの街角の喧騒を、買い物籠を片手に深刻な表情で見て、近衛隊長のオスカルは呟く。
「あんな幼い姫殿下に対する罵詈雑言。外国人だからという事か。ここの民にはドイツに対する愛は無いのか」
「それ、どこぞの半島国の教科書執筆者が、隣国から歴史の歪曲を指摘されて居直った時の台詞だよ」と、隣に居るアンドレが突っ込む。
オスカルは「けど、ドイツはもうフランスに対して外交戦争なんてやってないぞ」
「今まで散々対立してたけどね」とアンドレ。
オスカルは溜息をついて「そうだよなぁ。それに姫殿下の贅沢で財政に迷惑をかけるなら、高い税に苦しむ民の声はけして間違ったものでは無い」
オスカルは、事あるごとにアントワネット妃に進言した。
「財政難の折ですので、高い買物はなるべく控えて下さい」
「そうですわね。これから気を付けますわ」
何も考えずにそう答えるアントワネットに、オスカルは「理解して頂き、感謝します」
そんな彼女にアントワネットは「それより、授業が終わったら殿下と町に遊びに行きたいのだけれど、オスカルも来て下さるかしら」
「是非お供します」とオスカル。
そしてアントワネットは言った。
「この間、良い装飾品店を見つけたのよ。ティファニーといって、ちょっと値は張るけど、とても素敵なネックレスがいくつもあるの。あなたにも買ってあげるわね。あそこで朝食を食べるのがブームなのよ」
オスカルは残念顔で溜息、
そして「そういう贅沢を止めて頂きたいという話をさっき・・・・・」
「そうでしたっけ?」
そう能天気顔で言うアントワネットに、オスカルは説教口用で「民が貧困に苦しんでおり、それが姫殿下のせいだと、多くの民が怒りの矛先を向けています」
アントワネットは反論する。
「けど、ああいう所で買物をすると、そこで働いている庶民はとても喜んでくれるのだけれど。あの人たちが私に対して怒っているなんて・・・」
「それは営業スマイルというものです。どこぞの国の首相が北の超大国の独裁者に対して、外交の場で"同じ未来を見よう"とか言ってるのと同じですよ。そんなのを本気にして、彼をあの独裁者の味方でその侵略を後押しした元凶だとか言うのは、頭に蛆でも湧いてるか、政敵排除のため妄言承知で言ってる奴だけです」と指摘するオスカル。
アントワネットは納得顔で「そうだったのですね。あの人達は心の中では"買って欲しく無い"と思っていましたのね」
「いや、それは・・・」
その夜、オスカルはテレジア女帝に手紙を書いた。
「親愛なるテレジア女帝陛下。ウィーンではいかがお過ごしでしょうか。ここ、パリでは花の都と呼ばれるだけに、音楽の都と呼ばれるそちらとは、また違った・・・」
そこまで書いて、彼女は暫し考え込む。
そして、脇でお茶を飲んでいる同居人に尋ねた。
「なあ、アンドレ。季節の挨拶ってどう書くんだっけ?」
「それはいいが、あまり前振りが長いと、本題に入る前に飽きられると思うぞ」とアンドレ、あきれ顔で忠告。
「そうだな」
そう言ってオスカルが頷くと、アンドレは更に「通話魔道具で直接話した方が良くないか?」
「いや、一文字一文字心を込めて書く事で伝わる事もあるんだ」
そう言って本題を書き始めるオスカル。
曰く「陛下が愛する姫殿下の生活について心を砕く事は深い愛情の現れであり、私も同じ気持ちです。けれどもこれは、フランス王家の存続の問題で、姫殿下御自身の立場に直接関わる事です。フランス王家の方々はみな姫殿下を心から愛して下さっており、それは私から見ても嘘偽り無きものと確信します。王家の方々が既に予算を削減される中での生活は、けして王族として恥じるようなものでは無く・・・」
延々と書き続ける手紙を見て、アンドレは溜息。
「手紙、長すぎだろ。それじゃまるで下宿の親戚の子に恋をした辞書編集者が書いたラブレターだぞ」
オスカルは「心を込めれば長くなるのは当然だ」
「だからって、あまり長いと読む前に心が折れるぞ。簡潔に一言で言った方が伝わる事もあるんじゃないのか?」とアンドレ。
「だったら要約を付けよう」
そう言ってオスカルは手紙の要約を書いた。
曰く「外交ルートでアントワネット姫の予算節減に文句を言うのは姫殿下の立場を悪くするんで、お願いだからやめて」
オスカルが書いた異様に長い手紙とその要約は、間もなくテレジア女帝の宮殿に届けられた。
だが、女帝の元に届く前に、反フランス派重臣によって握りつぶされた。
 




