第518話 浪費の王家
深刻さを増すフランスの財政難の中で、広大な領地を持つ富裕な貴族への課税制度の実現を迫られた、リシュリューとフランス王家。
彼等はオルレアン公のサロンに居る共和主義者たちの力を借りようと、進歩派貴族ネッケルを財務長官に任命するが、特権貴族による猛然たる嫌がらせに遭う。
これを三部会での議論で解決しようと試みるリシュリュー等だが、庶民議会と別個の貴族議会で自らの利益を主張する貴族は聞く耳を持たない。
そんな中で「そもそも税とは何か」について議論する共和主義者たちは「国家の一員として国家を動かす税を負担する庶民」の納税者としての政治的権利を語り、ナポレオンはそれをbaka-noteに書き込んだ。
その日、リシュリューはポルタの外交拠点になっているミゲル皇子邸に出向き、エンリ王子と向き合っていた。
「あなたに議会で演説して欲しいのです」
そんなリシュリューの求めに、エンリは「私は外国人ですよ」
「ですから参考意見という事で。ポルタは商人が持ちたる国で、庶民の意見で国が動くのですよね?」とリシュリュー。
エンリは「ポルタ商人は元々、貴族より議会での発言力は大きいですから、参考にならないと思うんですが」
「そこを何時もの口車で」とリシュリュー。
「私を詐欺師か何かだと思ってません?」
そう口を尖らせて言うエンリに、リシュリューは「違うんですか?」
「あのねぇ!」
「虫眼鏡でないと見えないような但し書きとか」とリシュリューは突っ込む。
「・・・・・」
エンリは三部会の庶民議会の議員を連れて、貴族議会に出向いた。
そして議長から意見を求められ、発言する。
「ポルタ商人は爵位を持たぬ庶民ですが、海外に進出するために拠点を世界各地に確保し、国家に大きな繁栄をもたらしています。国家は彼等をサポートする存在に過ぎず、謂わば商人の持ちたる国です。皆さんの国にも同様に世界で活躍し、多くの富を産み出す商人が居る事を存じており、彼等に活躍の場を与えたフランスを尊敬するものであります。なので、彼等の意見に耳を傾ける事は、フランスの政治を担う貴族の皆さんの本分と考えます」
エンリに発言を促された庶民議員たちが次々に起立し、意見を述べた。その内容は富裕でありながら税を逃れる貴族への批判。
反発する貴族が発言する。
「税を逃れて贅沢をしていると言うが、それは地位に相応しい威厳を保つ義務を果たしているに過ぎない」
そんな大貴族たちの主張に対して、エンリは反論した。
「威厳とは、尊敬に値する存在であると形を以て示す事です。屋敷に贅を尽くすのが威厳だと言うなら、きちんと持つ富に応じた税を払って国家社会に貢献するのと、見掛け飾るのと、どちらが尊敬に値すると言えるでしょうか?」
「・・・・・・・・」
貴族たちが反論に窮する中、一人の貴族議員が言った。
「我々は王の家来です。王家を代表する先王が直接命じるなら、納税に従いましょう。ですが、王は未だ行方が知れない。これでは如何ともし難い」
多くの貴族議員が我が意を得たりと頷く中、リシュリューは議場の片隅に居る家来に合図を送った。
ルイ先王が登場。貴族議員たち唖然。
先王は財政のひっ迫を語り、議員たちに納税に従うよう要求。
税の新設という事で結着しかける中、一人の貴族議員が発言した。
「その前に、財政難がどれだけ深刻なのかを確認したいと思います。なので財政帳簿の公開を求めます」
リシュリューはルイ先王やエンリ王子と額を寄せて相談。
「こういう事はきちんとした方がいい。事実は何時だって最強ですよ」
そんなエンリの指摘で、先王は覚悟を決めた。
財政帳簿が公開された。その中身に貴族議員も庶民議員も、そしてエンリ王子も唖然。
大貴族たちは次々に、帳簿に示された数字を指して質問攻め発言。
「この文房具一個金貨五枚とは一体、何なのですか?」
「先王妃の衣装費用が、これほどとは・・・」
「先王の交際費というのはホストクラブですよね?」
轟々たる非難の中、貴族に対する税はうやむやに・・・・・・・・・・・。
その頃、エンリについて来ていたフェリペ皇子は、ルイ新王との旧交を温めていた。
新王の妃であるアントワネットも含め、三人は既に10歳となっている。
フェリペと一緒にパリに来た従者のマゼラン等とルイ新王の従者フェルゼンは十代末。ライナら三人の女官は十代後半。
彼等は王宮近くの森にピクニックに出かけた。
マゼランとフェルゼンが木剣で手合わせするが、ほぼ互角。
ライナが黄色い声で「マゼラン様頑張って」と声援を送る。
アントワネットも負けずに黄色い声で「フェルゼン様、しっかり」
結局、引き分けに終わる。
「次は僕たちがやろうか」
そうフェリペがルイ新王を誘うと、分が悪いと見たアントワネットが「フェリペ様はロキの力の助けがあるから、公平じゃないですわ」
ルイ新王は負けん気をおこして「大丈夫だよ。僕だって自分で剣術の稽古くらいやってるから」
「ルイ陛下は剣術なんて出来なくても、優しくて素敵ですわ」とアントワネット。
そんな場を収めようと、リンナが「それよりお昼にしませんか?」
三人の女官がマジックボックスから調理道具を出す。
材料は砂糖と小麦粉とドライフルーツ・・・・・。
「これ、食事じゃなくてお菓子作りだよね?」
そうチャンダが突っ込むと、ライナが「だって、そっちの方が得意なんだもの」
アントワネットが言った。
「いいんじゃないかしら。パンが無ければお菓子を食べればいいのですわ」
そして・・・・・・・。
そんな彼等の様子を物陰からじっと見ている烏が居た。
三部会の貴族議会が財政帳簿の公開で散々な結果に終わった件について、王宮では先王とリシュリュー、そしてエンリたちが反省会。
その主な論点は、もちろん、帳簿の公開で明かになった王家の浪費についてだ。
「あんた達、こんな事をやってたんですか?」
そうあきれ顔で言うエンリに、ルイ先王は「どこの王室だってやってる事だろ。あなただって自国の王宮じゃ、一流シェフが豪華な貴族飯を」
「私が食べてるのは、城務めの役人の賄い食堂のオバチャンが作った代物ですけどね」とエンリが返す。
「役人たちと同じものを?」とネッケル財務長官が感心顔で・・・。
リシュリューも感心顔で「王族自ら節約ですか。いったいどんなものを」
調子に乗り気味な口調で語るエンリ王子。
「先ず、玉子を湯のみに割って出汁醤油を垂らしてレンジで30秒加熱。長く加熱すると爆発するから時間を調整するのがコツで、うまくいけば温泉卵と同様のとろみのある食感が味わえます。そして肉を一パックに季節の野菜を適当に刻んだ鍋物。一人暮らしなら一回作ればしばらく・・・」
そんないい加減な能書きに、ルイ先王が突っ込んだ。
「ちょっと待て。それって食堂のオバチャンじゃなくて一人暮らしの男料理だろ。それに、それが節約するのってコストじゃなくて手間だよね? ってか電子レンジって何だよ」
世間の非難の目が貴族から王家に移る中、宮廷費の洗い出しが行われた。
アドバイザーとしてエンリ王子と、何故か野次馬気分で彼の仲間たちもついて来る。
「アンヌ先王妃の化粧とドレス代についてですが・・・」
そうネッケル財務長官が切り出すと、アンヌ王妃が「衣装係のコンスタンツに任せているのだけれど」
コンスタンツは熱弁を振るう。
「王妃様に安物を使わせる訳にはいきません。そもそも王妃様は国民全員に愛されるお立場です。彼女の使うお金が批判されるなど、リシュリューの陰謀に違いありません」
エンリは溜息をついて「そういうのは止めませんか?」
ニケが言った。
「プロ仕様というなら、歓楽街の女性が使うドレスだって同じよね? 私に任せて貰えるかしら」
「どうするの?」
そうエンリが質すと、ニケは「特定の業者をご用達に指定するのよ。アンヌ王妃が使うブランドだと言えば、注目を集めて爆売れ間違い無し。それで業者が儲けた分、安くして貰えるわよ」
全員が頷き、エンリが「それでいこう。ニケさんは無視してコンスタンツさん、選定と交渉、担当できます?」
「任せて下さい」
そうコンスタンツが使命感いっぱいな表情で頷くのを他所に、ニケは憤懣顔で「何で私を無視するのよ」
「裏でマージン取って儲ける気だろ」と不信顔のエンリ。
ニケは地団太踏んで「私のお金ー」
「それと陛下、ホストクラブで交際費というのは止めて貰えますわよね?」とアンヌ王妃。
「いや、そんな・・・」
渋る先王に、その場に居る全員が鬼の表情のドアップで「いいですよね?」
先王はタジタジで「・・・・・・・・・はい」
「それと、この文房具金貨五枚というのは・・・」
そうネッケルが指摘すると、アントワネット妃が「それは鉛筆削りですの。動物のぬいぐるみの口の所が差し込み口になっていて、可愛くて大人気ですのよ」
「それ、どこぞの少女漫画で貧乏中学校のお嬢様理事長がやってたネタなんだが」とエンリが突っ込む。
「それより、この娯楽費金貨50枚というのは?・・・」とネッケルが指摘。
「賭け事ですわ。お友達に教わったのだけど、とっても楽しいのよ。金貨一枚が五枚にも十枚にもなるの」
そうアントワネットが言うと、カルロが「それはわざと勝たせて騙す手口ですよ」
「お友達ですのよ」
そう不満顔で言うアントワネットに、カルロが「お友達が居るなんて思ってる人は馬鹿、と言いますよ」
「そういう人間不信を子供に吹きこむのも、どうかと思うが」とエンリが突っ込む。
「そもそもどんな賭け事なんですか?」
そうアーサーが質すと、アントワネットは「ブラックジャックというゲームなのだけれど」
「ルールとか解ってませんよね?」とエンリが突っ込む。
新王がアントワネットを庇って「君たち、僕の妃を馬鹿だと思ってるよね?」
「いや、南方大陸の創造神すらルールを憶えられないような代物ですよ。それで理解できないのをいいことに・・・」とエンリが指摘。
リラが「その友達って誰なんですか?」
ジロキチが「どこかの貴族令嬢だよね?」
「こんな小さなアントワネット姫を悪の道に引き込むなんて」
そう言って憤慨するアーサーに、ムラマサが「悪役令嬢はブームでござる故」
「それは違う話だと思うけど」と若狭が突っ込む。
「それで、その友達って、誰なんですか?」
そうエンリが改めて問い質すと、アントワネットは答えた。
「ニケおばさま」
「ニケさん?!」
エンリの仲間たちの非難の視線が集中し、ニケは弁解。
「賭けごとの出来ない呪いのせいで、自分で出来ないから、代わりにやって貰っているんじゃないのよ」
エンリは溜息をつく。
そして「アーサー、この人に他人に賭けごとをさせる事の出来ない呪いかけてやってくれ」
タルタとジロキチに両腕を掴まれ、別室に連行されて、ニケはアーサーに・・・・・。
そんな騒ぎが収まると、幼いルイ新王は彼の幼い妃に言った。
「あのねアントワネット、貴族が自分のお金を賭けるのは自己責任だけど、僕や君がお金を賭けるのは、国家がお金を賭けるって事なんだよ」
「貴族の賭けごとだって家族に迷惑をかけるけどね」とタルタが突っ込む。
ジロキチが「どこぞのスポーツ選手の通訳なんて、雇い主が巻き添え食って叩かれたものなぁ」
「あれで巻き添え食ったオータニー選手を叩くなんて、ヘイト扇動紙のニッカンゲンダイくらいなものだと思うが・・・」とエンリが突っ込む。
「要は勝てばいいのよ」
何時の間にか戻って来てそう主張するニケに、エンリは溜息顔で言った。
「俺達と遭う前に負けが続いてて、俺達にその借金肩代わりさせたよね?」




