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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
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第516話 仇名の皇帝

パリのオルレアン公のサロンの共和主義者たちが立ち上げたシャドウキャビネットの雑用係として、かつてベルナールが企画したという百科事典の作りかけの原稿探しを任されたナポレオンは、オルレアン公の屋敷の倉庫で、baka-noteという、デュークと名乗る精霊の宿る辞書の宝具と出合った。

人々の認識における言葉の概念を操るという、このノートを手に入れたナポレオンは、「テッペンに立ちたい」という願いを込めて、ユーロで最も偉い人、つまり皇帝という項目に「皇帝とはナポレオンである」と書き込んだ。



翌日、ナポレオンはラファイエットに報告した。

「辞書の原稿なんですが、遅くまで探したけど、見つからなかったです」

ラファイエットは「仕方ないな。そもそも辞書の編纂って手間が大変だしな。またよろしく頼むよ、皇帝」


報告を終えて彼の前から去りつつ、ナポレオンは嬉しそうに呟いた。

「皇帝かぁ」



サロンの事務局に入ると、シャドウキャビネットのメンバーたちがナポレオンに声をかける。

「皇帝、この部屋を掃除しといてよ」

「お茶の葉を買って来てよ、皇帝」


雑用として仕事をこなしつつ、ナポレオンは不満げに呟く。

「何だか偉くなった気がしない。これじゃ今まで通りの殆どパシリじゃないか。皇帝ってただの仇名みたいになってるし」

そんな彼に、懐にあるノートの裏表紙のデュークが言った。

「いや、仇名みたいなものだろ。だってお前、皇帝がどういうものかっていう説明書きを全部消しただろ。今のbaka-noteには、お前の別名としか書いてないぞ」

「意味無いじゃん」と言ってため息をつくナポレオン。

そんな彼にデュークは「要は使い方だろ」

「だったら・・・・・・」

ナポレオンは、ノートの皇帝の項目の説明書きに一言、書き足した。

曰く「ユーロで一番偉い」



ナポレオンの本職はフランス軍の砲兵だ。


フランスでは五年前に五歳のルイ新王が即位したが、彼は形だけの国王で、実権は父のルイ先王である。

だがもちろん、そんな形ばかりの国王にも、直属の部下たちは居る。


そんな彼等が控室であれこれ・・・・・・・。


「意味あるんですかね?」

そう一人の部下が言うと、その隣に居る部下が「まあ、国民向けの顔だからなぁ。不満が高まって政府を叩く反政府派に対して、あなた達が叩いているのは、こんないたいけな子供なんですよ・・・ってアピールするための、ね」

「だったら、直属の部下の俺たちの仕事って・・・・・・」と、先ほどの部下。

すると別の部下が「お茶飲んでぼーっとしてりゃいーじゃん」

「給料泥棒とか言ってマスコミが叩きに来るぞ」と、更に別の部下が・・・。

「・・・・・・・・・」


残念な空気が漂う中、彼らの中の一人が言った。

「そのアピールを効果的にするために、イベントでも開いたらどうですかね?」



こうして、10歳の新王を使った様々なイベントが企画された。

「一日軍団長」というのも、その一つである。

評判は良く無かったが、ともあれ、受け入れ準備をせよとの通達が、ナポレオンの職場に舞い込んだ。


「今度、新王が来るそーだ。一日軍団長って奴なんだが」

軍団長に集められて、通達による命令の内容を聞かされる、兵士たち。

いずれも溜息顔で、あれこれ不満を述べた。

「ただのアピールイベントだよね?」

「で、対応しなきゃいけないんだよね? 余計な仕事増やしやがって」

「勘弁してくれ」



兵士たちは準備に追われ、当日となる。

勢ぞろいで10歳の新王と侍従たちを迎える兵士たち。

彼等が整列する前を、陸軍長官の先導で、侍従たちを引き連れて歩く幼い新王が、ナポレオンの前で止まった。

「君がナポレオン君だね?」

「はい」


「君は皇帝なんだよね?」

そう新王に問われ、ナポレオンは「そう呼ぶ者もおります」

「ユーロで一番偉いの?」

そう新王に問われ、ナポレオンは「何故か、そう言う者もおります」

「国王より偉いのかな?」

「・・・・・・・・・・・・」


ナポレオン、さすがに冷や汗。

下手な事を言うと、このお子様はともかく、周りの侍従が不敬罪とか言い出しかねない。

何か当たり障りのない返事を・・・とナポレオンは暫し思考を巡らせ、そして答えた。

「年上ではあります」


「そうだよね。年上の言う事は聞かなきゃだよね。僕に何かして欲しい事はあるかい?」

そう新王に問われ、ナポレオンは言葉に詰まる。

(して欲しい事ったって・・・・・・・・)


ナポレオンは暫し思考を巡らせ、そして答えた。

「イベントの類は準備の手間もありますので、あまり増やさない方がよろしいかと」

「なるほどね」



それ以降、無意味なイベントは姿を消した。

それがナポレオンの進言に拠るものだという事で、彼は周囲から一目置かれるようになった。


だが、共和主義者のサロンでは、彼は相変わらず雑用の日々。

「皇帝、この部屋を掃除しといてよ」

「茶菓子買って来てよ」

そんな雑用をあれこれ持ち込むサロンのメンバーたち。


ナポレオン、さすがにため息。

「これって皇帝の仕事か? ユーロで一番偉いって事になってるんだが・・・」

そんな不満を言うナポレオンに、彼らは言った。

「けど年上の言う事は聞くものなんだよね? 俺、お前より年上なんだが」



お使いで茶菓子を買いに、街を歩きながら、ナポレオンは脳内で呟いた。

(あんな事言うんじゃなかった)



その頃、ポルタでは・・・・・・。

ポルタ政府の借金問題の対策として、紙幣が発行される事が決まった。

発行する機関とするため、中央銀行が設立される。


そんな計画を王太子の執務室で聞いたニケが、口を尖らせる。

「まさか私が貸したお金、紙に印刷した代物で返そう・・・ってんじゃないわよね? そんなの詐欺師がやってる事よ」

「いや、やってるのはオランダとイギリスなんだが。それに、そのうちユーロ中の国でやる事になるぞ。何しろ、もうすぐ戦争が起これば戦費が必要になる。フランスで王を倒した共和制政府が間違いなく採用するし、採用しない国もフランスが占領すれば、押し付けるだろうからな」とエンリ王子。


するとニケは「だったら私にやらせてよ」

「詐欺師がやる事だって言ったよね? 発行したお金の何割か懐に入れる気だろ」

そうエンリが不審顔で言うと、ニケは「いいじゃない。いくらだって刷れるんだから」

「発行し過ぎで信用されなくなるぞ。それにオランダとかでは、常に同額の金と交換する制度になってる」と彼女を窘めるエンリ。


ニケは「だったら信用されるために、同額の金を準備するのよね? 意味無いじゃん」

「けど、これで財政不足を補うんですよね?」と若狭が突っ込む。

「やっぱり詐欺じゃん」

そうニケが言うと、アーサーが「まあ、紙幣ってのは返済期限も利息も無い借金と同じですから」

「ミン国ではお金の預かり証から始まったそうですよ」とジロキチ。


「っていうか、本来は財政不足を補うというより、金属の産出量に拘束されずに、経済が自然に発展するのに必要な通貨を供給ためのものだよ。だから、ある程度の金や銀を準備すればいい。けど、大量に発行すれば疑問を感じる人が増えて、金との交換を求める人が殺到して、金準備が底をつくんだよ。だから、少なくともお金の需要に見合った発行額に抑える必要がある」

そんなエンリの解説に、ニケが突っ込んだ。

「それで政府が発行額を抑えたとして、誰かが大量に偽札を刷ったら、どうなるの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



エンリは獣人族の村を訪れた。

族長の館の一室で、彼はフラン姫の元に居る魔剣師匠に、紙幣の発行に関して助言を求めた。


「俺が居た世界の紙幣は、透かしってのを刷り込んでますよ」

そんな魔剣師匠の説明に、エンリは「それって高度な印刷技術が必要なんだよね?」

「真似されないための技術ですから、ここの技術では無理でしょうね。けど、ここは魔法のある世界なんだから、特殊な魔法をかけて魔道具で判別する・・・ってのはどうですか?」と魔剣師匠。

「それだと、裏をかく魔導士って出て来ると思うぞ」とエンリは突っ込む。

「知られていない魔法とか」と魔剣師匠。

エンリは「存在の魔力みたいな?」


 

ポルタ大学では、零時迷子を使い、屍拾いのラミーの協力を得るとともに、インドから空の魔法に通じた魔導士を呼び寄せ、存在の魔力の解明がかなり進んでいた。

「という風に聞いているんだが」と、エンリはポルタ大学魔法学部長室で、パラケルサスに存在の魔力の究明の、実際の進み具合について問い質した。


「基礎的な部分は解ってきたんですが、これを我々の体系に組み込むのが大変でしてね」とパラケルサス。

すると、一緒について来たタルタが「これって物質創成魔法と絶対関係あるよね?」

一緒について来たアーサーが「確かに。あれが難しいというのも、そういう事でしょうね」

「あれを使える人が居ればいいんですけど」とパラケルサス。

一緒について来たリラが「居るじゃないですか。ブラド伯爵の所のサリー姫が・・・・・」



エンリは通信魔道具で、ブラド伯爵に連絡をとった。


趣旨を説明するエンリ王子に、ブラドは言った。

「存在の力・・・ですか。娘の物質創成の力の源は、確かにそれでしょうな。で、それを何に?」

「紙幣の透かし・・・みたいな事は出来ないかと。知られていない魔力なので」とエンリ。

「つまり、知られていない魔力なら何でもいいと?」

そうブラドが質すと、エンリは「そういう訳では・・・」


そんな魔道具を介した会話に、サリー姫が割って入る。

「もっといい方法がありますよ。偽物の存在そのものを否定するんです」



サリー姫が派遣され、ポルタ大学のパラケルサス等との研究協力を開始。

物質創成の術式を存在の魔素の見地と対照する事で、その利用技術は大きく進展した。

そして・・・・・・・・。


偽札防止技術に目途が立ち、その概要をエンリ王子、そしてポルタ銀行幹部たちを前に、説明するサリー姫。

「つまり、全ての紙幣に通し番号を仕込む訳です。そして同じ番号の同じ紙幣は一枚しか存在を許さない。たとえ存在の魔素を使う知識を持っていても、コピーしようとすれば通し番号ごと。それで同じ紙幣という事になり、偽札はすぐに消えてしまいます」

「そこまでせずとも、この知識は我々しか持ってませんけど」

そう、ポルタ銀行の印刷技術部長が言うと、サリー姫は「この私が偽札を作るとしたら?」

全員唖然。


エンリ王子は慌て顔で「・・・いや、あなたを疑うとか、さすがに・・・」

「"お友達が居ると思ってる人は馬鹿"という言葉をご存じかしら?」とサリー姫。

エンリは困り顔で「本気でイザベラみたいなのを目指す気ですか?」


サリー姫は言った。

「君主というのは、そういうものですわよね? そこまで弁えた上でこそ、本当に信頼できる友達に出会えるのだと、私は思います」

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