第511話 訓練と恋愛
四年後に起こるであろう全ユーロを巻き込む動乱に備えるための、魔剣の炎を分与した刀を使う兵団。
その兵士たちを育成する訓練所で厳しい訓練に励む訓練生たちと、彼等の将来に期待する織物工場の若い女工たちの間で、二組のカップルが誕生した。
そんな中、ポルタ大学魔法学部魔道具学科で、炎剣兵団用の鞘と柄が完成した。
魔剣の炎を帯びた剣身をこの鞘に納める事で、炎の魔素を封じる。これによって、抜く度に炎を付与する必用が無くなった。
束の鍔の部分に小さな魔石を埋め込んで、炎をコントロールする。
この鞘と束を装着した刀が改めて配布され、いよいよ炎を帯びた刀を使った訓練が始まる。
訓練生たちを整列させ、全員に炎の剣を手渡すと、フォーリー軍曹は彼等に言った。
「気合を入れるほどに炎は強くなる。肉体とともに精神を鍛えろ」
「イエスマム」
そして・・・・・・。
「これ、何の意味があるの?」
数人一組で滝壺に一列に並んで、落ちて来る水を頭から浴びながら、訓練生の一人がそう言った。
隣に居る訓練生が「滝に打たれるのはジパングの修行の定番だそうだ」
そんな彼等にフォーリーは「滝行の次は、火渡りと岩登りだ」
「勘弁してくれ」と呟く訓練生たち。
そんな訓練の合間に、二組のカップルのデートは続く。
シドと並んで街を歩くリネットが「何だかやつれてない?」
シドは精一杯の笑顔で「訓練がきついからな。けど、隣に居る女を守れるくらい強くなりたい」
リネットは嬉しそうにシドの左手を掴む。
ザックと並んで街を歩くポーラが「何だか辛そう」
ザックは「自分の居場所を手に入れるためさ」
「もし、体を休めた方がいいなら・・・・・」
そうポーラが心配そうに言うと、ザックは「体を休めても心は休まらない。けど、君が傍に居ると心が休まる」
ポーラはそっとザックに寄り添った。
ポルタ大学魔道具科では・・・・・・。
盾の試作が出来たという報告を受け、エンリたちはフォーリー軍曹を連れて、検分に行く。
「木の盾に薄い鉄板を貼って、鉄板の裏側に粘土の粉を焼きつけてみました、土の魔素をコントロールする魔石を埋め込んであります」
そうエンリに説明する教授たち。
魔剣を使って実験。
数人が二列に並んで、その間に土の巨人剣を差し渡す。魔石を嵌めた楯の裏側を向け、土の魔素を付与するため、巨人剣に触れる。
エンリは土との一体化の呪句を唱える。
フォーリー軍曹が盾の一つを持って攻撃魔法を受ける。魔法は全て跳ね返した。
至近距離の銃弾も跳ね返し、爆弾の破裂にも耐えた。
人数分の盾を制作し、訓練所で楯の訓練が始まる。
丸太を吊るして高い所から振り下ろし、これを盾で受け止めて衝撃に耐える。
気合とともに丸太を弾き返す訓練生たちだが、何人かは衝撃に耐えきれず、ダメージを受けて係員の回復魔法を受ける。
そして回数を重ねる度に丸太を重く、吊るす高度を上げる。
「肉体とともに精神を鍛えろ」
そう気合を入れるフォーリーの前には、数人で横一列に並んで滝に打たれる訓練生たち。
「また滝行かよ」
そう一人の訓練生が呟くと、その隣の訓練生が「まさか剣の時と同じなんて無いですよね」
「大丈夫。鉄骨渡りを追加した」とフォーリー軍曹。
「勘弁してくれ」と呟く訓練生たち。
そんな中でもシドとリネット、ポーラとザックのデートは続いた。
公園のベンチでポーラの膝枕で横になるザック。
デートが終わると、ポーラとリネットが互いのデートについて報告会。
リネットが「デートはどうだった?」
「公園でのんびり」
そうポーラが答えると、リネットは「それって手を抜き過ぎじゃない? こっちはレストランとか劇場とか遊園地とか」
「いいなぁ。けど、訓練が厳しいから、彼に無理させたくないよ」とポーラ。
シドが寮で同室のザックに「デートはどうよ」
「公園で彼女と・・・・。一緒に居ると気持ちが休まるんだ」
そうザックが答えると、シドは「大丈夫かよ。手を変え品を変えて女を楽しませるのがデートだぞ」
次のデートで・・・・・。
ザックはポーラと、とりあえずレストランに入った。
食事しながらポーラが「訓練、厳しいのよね?」
「まあな」
そうザックが言うと、ポーラは「どんな事をするの?」
ザックは暫し思考すると「連れて行ってやるよ」
食事を終えると、訓練所で馬を借りて、ポーラと岩登りの場所へ向かった。
目もくらむような断崖を見上げ、ポーラはたじろぐ。
「ここを登るの?」
そう冷汗顔で言うポーラに、ザックは事も無げに「登ってみせようか」
「落ちたら、ただじゃ済まないわよ」とポーラ。
「いつもやってる事だ」
そう言いながら、ザックはポーラを背負う。
「ちょっと・・・」
慌て顔のポーラにザックは「訓練の時は重りを背負うんだ」
猿のように身軽に岩を登るザック。彼の背中でポーラは思わず眼を瞑る。
「怖いから降りてよ」
そうポーラが言うが、ザックは平気な声で「大丈夫だ。見晴らしがいいぞ」
恐怖心でザックの背に全力でしがみ付きながら、おそるおそる目を開けるポーラ。
地面ははるか下にあり、景色は遠くまで広がる。
そんな中をすいすい登っていくザックと、その背に居るポーラ自身。
まるで空を飛んでいるような爽快感を感じた。
岩の上に着くと、ポーラはザックの左腕にしがみつき、並んで座って景色を眺めた。
その頃、ポルタ城では・・・・・。
エンリは悩んでいた。
ハンコ突きの仕事で一息つくと、お茶を飲みながら、その場に居る仲間たちに「兵団の飛び道具なんだが・・・・・」
「戦国を制したのは鉄砲だけどな」
そうジロキチが言うと、若狭が「けど、一発撃つと再装填が必要ですよね?」
「威力があるけどな」とタルタ。
カルロが「女の子のハートを射止めるなら弓矢ですよ。キューピットは鉄砲なんて使いませんから」
エンリは困り顔で「そういうのは要らない」
ニケが「命中精度は鉄砲が上よ」
「けど、子供の頭上のリンゴを撃ち落とすなら弓矢だよね」とファフ。
「鉄砲だって・・・・」
そうニケが言うと、ファフは「ニケさんはそれで失敗したよね?」
「あれは掛け金を狙ってわざとですよね?」とリラが突っ込む。
「間をとってボウガンというのはどうだ。威力は鉄砲並みにあるぞ」
そうエンリが言うと、ニケが「それは強い弓を使うから、ハンドルを回して再装填に時間がかかるけどね」
専門家の意見を聞こうと、エンリはポルタ大学の戦史研究科へ向かう。
教授たちに訊ねると、彼等は声を揃えて言った。
「やっぱり鉄砲ですよ。何しろ新兵器ですから」
「だよね」
そう言ってエンリが頷くと、教授たちは「あの銃声で敵をビビらせるんです」
「・・・・・・・・・」
教授の一人が「タタール帝国がジパングを攻めた時にも使われたとか」
「あれはただの手投げ爆弾だと聞いたが」とエンリは突っ込む。
すると、書架で資料を漁っていた一人の学生が言った。
「そうとは限らないですよ。鉄砲と同じ特製を持つのがボウガンですが、百年戦争ではボウガンのフランス騎士をイギリスの長弓隊が破りましたからね」
「長弓は連射が効くってんだろ?」
そうエンリが言うと、学生は「それもありますが、上方45度で長い射程を得て、上から矢の雨を降らせる事で、敵を一方的に叩けるんですよ」
「けど、近距離戦では物陰に隠れて撃ったり、突撃しながら・・・ってのには、長弓は向かないよね」とエンリ。
学生は「要は使い分けですよ。両方使えばいいかと」
「確かに」とエンリは頷く。
「君は?」
そう彼が訊ねると、学生は「楊遠理といいます。タカサゴ島から来た留学生です」
「シーノの侵略と戦うために学んでいる訳か?」とエンリ。
楊遠理は言った。
「いえ、父が最近亡くなったので、学資が払えない中で、好きな歴史をただで勉強できると聞いて、ここに来ました」
「どこかで聞いたような話なんだが・・・」とエンリは呟く。
そして彼は思った。
(長い射程を得るなら、風に乗ればより遠くに飛ばせる)
エンリは魔道具科へ行って、教授たちに構想を話す。
「魔剣で操る風の力を宿した矢ですか?」
そう言って思案顔を見せる教授たちに、エンリは「可能だろうか?」
教授の一人が「矢に魔石を埋め込むなら、可能かと思いますけど、コストがかかりますし資源量も限りがありますからね」
「確かに、矢ってのは消耗品だからなぁ」と別の教授が・・・。
更に別の教授が「人工的に増やせる魔石もありますよね」
「精霊石かぁ」
そう教授の一人が言うと、別の教授が「けど、成長させるには魔力が必要だぞ」
そんな彼等にエンリは「魔剣で供給した風の魔力で成長させるってのはどうだ?」
「やってみましょう」と教授たち・・・・・。
 




