第510話 二組のカップル
四年後に起こるであろう全ユーロを巻き込む動乱に備えるため、エンリ王子が構想した、魔剣の炎を分与した刀を使う兵団。
その兵士たちを育成するため、庶民の子弟を集めた訓練生たちを鍛える訓練所。
そこで厳しい訓練に励む訓練生たちに、熱い視線を向ける、近所の織物工場の若い女工たちが居た。
その日の訓練所で・・・・・。
何時ものように訓練が終わり、訓練生たちが寮に戻った。
自室のベットに倒れ込む者、食堂で水をがぶ飲みする者、ホールで愚痴をこぼし合う者・・・。
「あー疲れた」
「一歩も動けん」
そんなグダグダな台詞が、ホールにたむろする訓練生たちの間から、あちこちで聞こえる中・・・・・。
「なあザック、こんなのが何時まで続くんだ?」
シドという名の訓練生が隣に居る仲間に言うと、ザックと呼ばれた訓練生は「さあな」と、気の無い受け答え。
「昨日も二人辞めたって言ってたな」
そうシドが言うと、ザックは「辞めたい奴は辞めればいいさ。俺はここしか居る所が無い」
「つまりボッチかよ」
そうシドがからかい口調で言うと、ザックは「お前は違うのか?」
「・・・・・まあ、似たようなもんかな。別の世界に行けたらなぁ」
「そんなお前等に朗報だ。女神の居る天国に連れて行ってやるぞ」
入口から入って来た、いかにも軽そうなトッパーという訓練生が、ホールに居る全員に声をかける。
「何だよそれ」
そう気の無い声で言う訓練生たちに、トッパーは「聞いて驚け。女が三人も居るんだ」
「何の風俗だよ」
そう先ほどの訓練生が言うと、その隣に居る訓練生が「ポッキリ価格でご奉仕とかいう、ぼったくりバーだろ」
更にその隣に居る訓練生が「払えなくて怖いお兄さんに腕をポッキリとか」
そんな彼等にトッパーは「あのフォーリー軍曹より怖い奴なんて居るもんかよ」
「違いない」と、訓練生たちの間から笑いが出る。
そしてトッパーは言った。
「けど、これから行くのは風俗じゃない。合コンだ。近くの織物工場の女の子が三人来る。早い物勝ちだ」
一人の訓練生が「俺パス。疲れて足腰が立たん」
「けど、アレは勃起つよな?」と、その隣に居る訓練生が・・・。
更にその隣に居る訓練生が「そういうのは速攻で嫌われるぞ」
するとシドが「俺行く。ザック、お前も行こうよ」と、友人を誘いつつ手を挙げた。
その夜、三人の訓練生が、合コン会場となっていた近くの酒場へ繰り出した。
合コンの話を持って来た、いかにもチャラ男なトッパー。そしてシドと、彼に強引に付き合わされたザック。
酒場には三人の若い女性が来た。
シドはその中の一人を見て、ザックに言った。
「見ろよ、あの太腿。やっぱり女っていいよな」
「太腿フェチかよ」とあきれ顔のザック。
トッパーも「大根にニーソとか履かせてるクチか?」と冗談を飛ばす。
六人の男女が席につき、男女三対三で、それぞれ自己紹介。
男性三人に続いて女性三人もそれぞれ名乗った。
「私はケィ」
「ポーラです」
「リネットよ」
三人づつ向き合って、お酒を飲みながらおしゃべり。
「皆さんって、兵士として訓練を受けてるんですよね?」
そうケイが言うと、トッパーが「滅茶苦茶きつい、特別な訓練さ」
「エリートコースだって聞いたけど」と言ったリネットは、先ほどシドが太腿を評した女性だ。
「まあね」とザックが、いささか気の無い口調で答える。
「訓練を終えたら騎・・・・」
そう言いかけたポーラの足を、リネットが思い切り踏む。
そしてポーラの耳元で小声で「騎士の地位が目的とか思われたら引かれちゃうでしょーが」
「どうしてそんな大変な所に志願したんですか?」
そうケイが言うと、トッパーが「故郷に錦を・・・って奴?」
シドが「自分自身の力で生きていける力を・・・ってね」
「素敵ですね」とリネット。
「俺は元々、居場所なんて無いから」
そう、遠い目でぼそっと言うザックを見て、ポーラは影のようなものを感じ、胸の奥の何かが疼いた。
合コンの時間はしばらく続き、やがてザックはポーラと、シドはリネットと、次のデートの約束を交わした。
寮に戻る訓練生たち。
ザックは同室のシドに訊ねた。
「デートって何をするんだ?」
「何って・・・。楽しい事をしてお喋りだろ」
そうシドが答えると、ザックは「楽しい事って何だ?」
「いや、定番ってあるだろ。娯楽って奴がさ」とシド。
「俺には縁の無い話だな」
そんなザックを見て、シドは思った。
(こいつ、どんな人生送ってきたんだ?)
そしてシドは言った。
「まあ、自分が楽しむっていうより、女を楽しませるんだがな。食事とか観劇とかピクニックとか」
「で、お喋りって漫画やアニメ?」
そうザックが言うと、シドは「そういうオタクネタは普通引かれるぞ。女の子が喰い付く話題だよ」
ザックは「どんなのに喰い付くんだ?」
「そりゃ、ファッションとか芸能とか・・・」とシド。
「何だそりゃ」
そんなザックを見て溜息をつくシド。
「・・・まあ、女の子というより相手が・・・だけどな」
そうシドが言うと、ザックは「俺、ポーラがどんな人かなんて知らないんだが」
シドは「だったら先ず、相手を知る所からだ。恋愛とは理解と甘えさ」
「支配と独占だと言う奴も居るが」とザック。
シドは「そういう本音は怖がられる。ってかそれヤリチンの発想だぞ」
「尊敬と奉仕だという奴も居るが」
そうザックが言うと、シドは「俺たち、尊敬されるようなキャラじゃ無いだろ」
そしてデートの日・・・・・・。
シドはリネットとのデートを、そつなくこなした。
レストランで食事し、演劇を見て、夜はホテルで・・・・・・。
そしてザックは・・・。
とりあえず喫茶店に入るザックとポーラ。
「君は何が楽しいんだ?」
座席に座ると、いきなりそんな事を聞くザックに、ポーラは戸惑い顔で「何が・・・って?」
「これからどこに行こうかって話なんだが」とザック。
ポーラはあきれ顔で「もしかしてノープラン?」
ザックは言った。
「友達が、デートは女の子が楽しい事をするんだって言ったんだ。けど、俺は君の事をまだよく知らない。恋愛は理解だって奴は言ってた」
「恋愛は・・・って、これって告白?」と、ポーラはドキマギ顔で・・・。
「よく解らないけど、俺は本音で行きたい」
そんな事を言うザックを見て、ポーラは思った。
(もしかしてグイグイ来る人?)
そして「返事はもう少し待ってくれるかしら」
するとザックは「そういうのはいいから、とりあえずこれからの事なんだが、デートって、定番ってあるんだよな?」
「食事とか観劇とかピクニックとか・・・」
とりあえず、そうポーラが答えると、ザックは「だったら、とりあえず俺の部屋に来ないか?」
いきなりの展開にポーラは脳内で(えーーーーーーーっ!)
なし崩し的にザックについて行くポーラ。
喫茶店を出て街を歩き、訓練兵たちの寮に入り、厨房に入って料理道具と調味料を持ち出すと、ザックは寮を出た。
「あの・・・・・・、部屋に行くんじゃ・・・」
怪訝顔でそう言うポーラに、ザックは「そうか。厨房は俺の部屋って訳じゃないものな。もしかして、見たかった? いろいろ散らかっているんだが」
ポーラは慌てて「いや、いいです」
そしてポーラは思った。
(女性に慣れてるんだか慣れてないんだか・・・・)
「それで、これからどこに行くの?」
そうポーラが訊ねると、ザックは「ピクニックさ。近くの森にいい所があるんだ」
「だったらお弁当を用意しなきゃ」と、ポーラは意気込んで見せるが・・・・・・。
「そのためにこれを持って来たんだが」と言って、ザックは持ち出した調理用具を見せる。
「けど食材は?」
そう怪訝顔でポーラが言うと、ザックは「現地調達」
訓練所の馬を借り、ポーラを前に乗せて森に向かうザック。
森の中を川が流れ、草原が広がる場所で馬を降りた。
ポーラは周囲を眺めて「いい所ね。ザックたちの秘密の場所?」
「訓練場だよ。サバイバル訓練のね」
そう言うと、ザックは河原に降り、石を組んで竈を作り、薪を集める。
そして繁みに入って蛇を捕まえる。
「それ、食べるの?」
そうポーラがドン引き気味に言うと、ザックは右手で首を掴んだ蛇と目を合わせ、そして「そうだよね。女の子に蛇はさすがに・・・。もしかして虫も駄目?」
「それもちょっと」とポーラは更にドン引き顔で・・・。
ザックは川魚を捕まえ、キノコをとり、食べられる草や木の芽を摘む。
そして兎を捕まえた。
竈の薪に火を付け、調理開始。
兎の毛皮を剥いで肉をとり、川魚を三枚におろす。
兎の肉を刻んでフライパンで焼き、にじみ出た油でキノコと草と木の芽を炒め、川魚を火で炙る。
完成した料理を器に盛って、二人で食べる。
「美味しいね」
そうポーラが言うと、ザックは「俺たちはサバイバル料理の鉄人だからな」
笑うポーラ。そして彼女は思った。
(こういうのも悪くないな)
二組のカップルが誕生した噂は、すぐに訓練生たちの間に広まった。
(この訓練に耐えて一人前になれば、女にモテる)
そんな思いで、彼等の訓練にも力が入った。




