第506話 存在の力
シャナと裕二がデート中に見つけた、存在の力を宿した人形。
それは紅世の王フリアグネが、都喰らいという術式のための結界座標とするため配置したダミートーチだった。
トモガラでありながら人間を食べず、存在を喰われて消える運命にあるトーチを食べる、屍拾いのラミー。
ポルタ大学魔法学部に協力する彼が、数人を先導して街を歩き、やがて街角の建物の影に、一つのぬいぐるみを見つけた。
「やはりここにも。ここにあったダミートーチは既に食べた筈ですが」
「つまり補充したと?」
そう、彼の背後に居るアーサーが言うと、ラミーは「こちらとしては補充して貰える限りご飯にありつける。こんな有難い事はありません」
そう言って、ぬいぐるみに手をかざすラミー。
ぬいぐるみの中に光が現れ、ラミーの手に吸収された。
そんな彼等の背後にフリアグネが現れた。
「やはりお前だったか。屍拾いのラミー。他のダミートーチはどうした?」
ラミーは「美味しく頂きましたよ。ごっつぁんです」
「無銭飲食は犯罪だぞ」
そうフリアグネが言うと、ラミーは「この街の人たちを丸ごと無銭飲食しようなんて人に言われたくありませんな」
「お前の相手は私だ」
その言葉にフリアグネが振り向く。
灼熱の刀を抜き、髪と瞳に炎の気を纏ったシャナと、その脇で身構える裕二が居る。
「まだ凝りないのですか?」
そうフリアグネが言うと、シャナは「こっちもレベルアップしたんでな。封絶!」
街が黄昏色の薄闇に覆われ、人々の姿が消えた。
フリアグネは宙に浮かび、周囲に幾つもの光球が現れる。
裕二がシャナを背後から抱えて宙を舞い、シャナは灼熱の剣を構える。
フリアグネが右手に鐘を持って、それを鳴らすと、彼の周囲の光球が一斉にシャナに襲いかかる。
その光球をシャナは瞬時に切り伏せる。
フリアグネがまた鐘を鳴らすと、シャナの周囲に光球が現れ、一斉に爆発。
だが、背後で彼女を抱える裕二のドラゴニックオーラは彼の周囲に広がり、それにすっぽりと覆われたシャナには傷一つつかない。
そして、そのままシャナが振り下ろした刀の灼熱の衝撃波がフリアグネを襲った。
立て続けに放たれるシャナの刀の衝撃波を、必死にかわすフリアグネ。
空中で裕二に抱えられて灼熱の刀を構えるシャナに、フリアグネは言った。
「その少年のオーラですね? レベルアップしたのはあなたじゃ無い」
「うるさいうるさいうるさい」
そうシャナが言うと、裕二は「僕はシャナの盾と翼だ。僕の力はシャナの力だ」
「いいでしょう。だが、甘いですね」
そう言ってフリアグネが鐘を鳴らすと、裕二のオーラに包まれたシャナの胸に光球が現れ、ドラゴニックオーラの中で爆発。
シャナは傷つき、気を失った。
「シャナ!」
悲痛な声で腕の中のシャナに呼び掛ける裕二に、フリアグネは言った。
「何度も見てたのに、解らなかったのですか? これは転移ですよ」
裕二は必死に思考を巡らせる。
(転移なら一ヶ所に留まらなければかわせる)
光球の転移から逃れようと、裕二は気を失ったシャナを抱えて、高速で宙を移動する。
「逃しませんよ」
フリアグネは座標を定めて鐘を鳴らし、転移した光球を爆発させる。
そこから逃れようと、ジグザグに飛ぶ裕二。
裕二は思った。
(これじゃシャナが保たない。あの攻撃からどうすればシャナを守れる)
シャナのペンダントのアラストールがドラゴンに変身した。
「私が時間を稼ぐ。その間にシャナを零時迷子の中へ」
「そうか」
ドラゴンが炎を吐いてフリアグネを牽制する隙に、裕二は零時迷子を起動させた。
シャナの姿は消え、魔道具の固有結界へ。
「裕二、こっちだ」
地上で手を振るエンリたちとマージョリー。ラミーとパラケルサスも居る。
宙から舞い降りた裕二に、エンリが「ラミーさんから呼ばれた。シャナは?」
「この異空間の中です」と答えて零時迷子を出す裕二。
アーサーとリラがシャナに回復魔法をかけるため、零時迷子の固有結界に入る。
空ではドラゴン化したアラストールがフリアグネと戦っている。
アラストールが吐く炎をフリアグネは白い布で防ぎ、彼が操る幾つもの光球の爆発のダメージをドラゴンの鱗が防ぐが、存在の力を帯びたその爆発は鱗の防御力を削り、次第にひび割れ剥がれていく。
そしてフリアグネはアラストールの存在の力を奪おうと、掌を向けて座標を定める。それをアラストールは高速で飛んで必死にかわす。
そんな様子を地上から見上げ、マージョリーが「あいつは私が相手をするわ」
「俺も戦います」と裕二も・・・・・。
「けど、奴はどうやって・・・。シャナはお前のドラゴニックオーラの中に居たんだよな?」
そうエンリが問うと、裕二は「転移ですよ。高速移動で何とかかわせますが、マージョリーさんは・・・」
ラミーが「それは私が受け持ちましょう」
ドラゴニックオーラを纏った裕二がフリアグネに突進し、フリアグネは白い布でかわす。
光球の転移で裕二のオーラの内側を狙い、裕二は高速で飛んでかわす。
そんな上空での戦いを見上げつつ、マージョリーはマルコの本を開き、呪文を唱えた。
「これなる灯は標じゃ無いぞ。無能を黙らす光の拳骨」
マージョリーの周囲に無数の光球が現れ、宙を飛んでフリアグネを襲った。
彼が鐘の音とともに放つ光球をマージョリーの光球が迎撃する。
フリアグネが鐘を鳴らし、マージョリーの背後に光球が転移し爆発しようとした瞬間、背後に居たラミーが掌を翳して光を吸収。
光球だったものが、ぬいぐるみの姿に戻って地面に落ちる。
「これでは埒があきませんね。ならば・・・」
そうフリアグネが呟くと、マージョリーの周囲に数十個の人形が現れ、人形の両手に光球が生じ、一斉にマージョリーに向けた。
「これで終わりです」
そう言うとフリアグネは鐘を振ったが、音は鳴らない。
人形たちの存在の力をラミーが次々に吸収し、ただの人形に戻って地面に落ちる。
(どうなっている)
そう呟こうとしたフリアグネだが、声が出ない。
マージョリーは筆談の紙に「これっていったい」
ラミーは筆談の紙に「彼の仕業ですよ」と示してエンリを指す。
エンリは風の魔剣を大気と一体化させ、大気を操っていた。
彼は筆談の紙で「音というのは大気の振動だ。風の剣で振動を止めれば、音にならない。奴は鐘を鳴らしてその音で人形の光を操っている。音を止めれば操る事はできない」
戦う術を封じられたフリアグネは撤退した。
時計塔の最上階で・・・・・。
光の市街模型の前に、撤退したフリアグネ。その左手に、人形のマリアンヌ。
「どうしましょう」
そうマリアンヌが心配そうに言うと、フリアグネは言った。
「配置した人形が喰われているなら、とにかく必用な数だけ補充する。数が揃ったら命令して一斉に動かして、一気に魔法陣を完成させて勝負をかける」
「それより人形の鐘の音は・・・・・」とマリアンヌ。
フリアグネは「この鐘は命令の思念波を音に宿らせるように作っただけだから、音を止められても思念波を直接送ればいい。けど、鐘で操るのって、いかにも主って感じで、お気に入りだったんだがなぁ」
ポルタ城に戻ったエンリたちは・・・。
エンリの執務室で、戦いから戻った彼等が一息ついていた。
「結局、存在の力って何なのかな?」
そうエンリが言うと、アーサーが「魔素の一種というのは確かなのですが」
「そもそも存在って、どういう事なの?」とニケ。
パラケルサスは「何かによって認識される事で実在が確定する・・・というのが魔導の原理と言われてましてね」
リラが入れてくれたお茶を飲む、エンリと彼の仲間たち。そしてシャナと裕二、マージョリー、ラミーとパラケルサス。
フェリペとその部下たちも姿を見せていた。
「そういえば、こんな話を聞いたんですが。イギリスでエリザベス女王即位のパレードの衣装が、馬鹿には見えない服・・・って」
そうカルロが言うと、タマが「つまり裸で?」
「見たかったなぁ」とタルタ。
「あの時、俺たち、世界の裏側に居たけどね」とジロキチが突っ込む。
ムラマサが「裏側からだって飛んでいくでござる」
女子たちがドン引き状態。
「けど結局、詐欺だって事で、パレードでは普通の衣装だったんですよね」とカルロが残念そうに・・・・・。
「見えないから馬鹿だと言われるのが嫌で、みんな口裏合わせたんだけど、ベーコン教授だけ違ってたそうですよ」
そうパラケルサスが言うと、エンリが「あれだけの賢者だと、さすがに、くだらない外聞で嘘とか言わないだろ」
パラケルサスは「けど彼も、衣装が存在すると主張はしたんです。けど嘘はつかなかった。女性の衣装は布面積が少ないほと良い・・・って」
全員爆笑。
「つまり布面積ゼロの衣装が実在したと・・・」
そうアーサーが言い、エンリが「教授らしいよね」
するとチャンダが言った。
「あの、それって"空"って事なのでは・・・・・」
「インド魔術の五大元素のひとつですね」とリラ。
「四大じゃなくて?」
そうマゼランが言い、ニケが「中華の五行の事かな?」
「あれは木火土金水ですよ。そうじゃなくて、土水火風の四大の上に空が入る。つまり何も無い状態での存在です」
そうパラケルサスが説明すると、リンナが「無じゃなくて?」
「何も無いって状態は同じなんだけど、それを含めて存在だというのですよ」とパラケルサス。
リラが言った。
「あの、存在って無の逆ですよね? それって空の逆転じゃないのでしょうか。光の逆転が闇、炎の逆転が氷。だったら空の魔素を使えば、トモガラの術式を打ち消す事が出来るのでは?」
一瞬、場が静まり、その場に居る面々は一様に思案顔に・・・。
「どうかな? チャンダ」
そうエンリが言うと、チャンダは「俺はそこまでヒンドゥーを極めてないからなぁ」
「ガンディラさんを呼んだら?」
そうタルタが言うと、ジロキチが「あんな遠くからじゃ、間に合わないだろ。せめてユーロに居る人でないと」
エンリが言った。
「居るじゃん。ヒンドゥー魔術を極めたユーロ人魔導士」
「誰?」
「ブラバッキーさんだよ」とエンリ王子。




