第496話 父と娘
フェリペ皇子を追ってポルタ大学人文学部に入学した三人の幼い令嬢たちの従者として、ともに大学に通うベルナーとロンドは、マゼランに連れられてポルタの王室騎士団へ挨拶に行き、そこで知り合った女性騎士ケイナの、酒場での愚痴聞き役をやらされる破目に・・・。
数日後、ケイナがポルタ大学人文学部に来た。
そしてラウンジに居るベルナーとロンドを見つけると、「あなた達、私に付き合いなさいよ」
周囲の視線が二人に集中し、二人の周囲に居る同級生たちが盛り上がる。
「つまりデートのお誘い?」
そう男子の一人が言うと、ケイナは「違うから、勘違いしないでよね」
ロイドは溜息をつき、そしてケイナに「付き合うというのは、一緒に何かやって欲しいって、そういう事ですよね?」
「そ・・・そうよ」
「それで何を?」と周囲の女子たちがはしゃぎ声で・・・。
「一緒に観劇を・・・」
そう答えると男子たちが「やっぱりデートじゃん」
「違うから」とケイナは必死に否定。
ロイドは溜息をつき、そしてケイナに「カップルが多くて一人で行ける雰囲気じゃ無いって、そういう事ですよね?」
「で、どんな劇を?」
そう女子の一人が問うと、ケイナは「タカラバコ劇団よ。女性にすごく人気なの」
次の休日に行く約束をして、時間と待ち合わせ場所を決める。
ケイナが去ると、クラスの人たちが集まって、あれこれ・・・・・。
「どんな服装で行くつもり?」と女子の一人が・・・。
「それ、大事か? デートじゃ無いんだが」
そうベルナーが言うと、男子の一人が「けど、周りの座席に居るのはカップルだろ。女に恥をかかせる事になるぞ」
「他所行きの服装くらい、持ってるよね? 末端とはいえ騎士は貴族よ」と、先ほどの女子。
別の女子が「ちゃんと女性より早く待ち合わせ場所に行かなきゃ」
更に別の女子が「エスコートはしっかりと」
ベルナーは溜息をついて「勘弁してくれ。そーいうのじゃ無いから」
「けど、断らなかったよね?」と男子の一人が・・・。
ロンドとベルナー、互いに顔を見合わせると、その男子に「これ、断って良かったのか?」
当日・・・・・・。
他所行きの服装で約束の10分前に待ち合わせ場所に来た、ベルナーとロンド。
ケイナはきっかり、約束の時間に姿を見せた。
「待ったかしら」
そうケイナが言うと、ロンドが「クラスの奴等から、絶対女性より先に行ってろとか言われてさ」
ケイナは「とにかくどこかに入る?」
コーヒー店で時間を潰す間、ケイナの愚痴を聞かされるベルナーとロンド。
そんな中、店の時計を見て、ロンドが「そろそろ時間ですね」
「私が払うわよ。年上だし付き合って貰ったし」
そうケイナが言うと、ロンドが「それが、クラスの奴等から絶対女性に払わせるなとか言われて、カンパしたとか言って軍資金まで持たされて。どうやら無理やりデートって事にしたいらしい」
ベルナーも「他人の恋愛に首突っ込む事ほど面白い事は無い、って話なんだろうね」
「それじゃ、とりあえず甘えちゃおうかしら」と、ケイナは満更でも無さそう。
劇場に入り、観客席に座る三人。
そして開演。
役者は全員女性。男性役は男装した女優が演じる。
目をウルウルさせて舞台を見入るケイナ。
ベルナーは五分で居眠り。
ロンドはあくびを噛み殺し、ストーリーを追った。
そして彼は脳内で呟く。
(なるほど、そういう事か)
観劇を終え、レストランで食事する三人。
食べながら愚痴を語るケイナ。
「最近、親が結婚話を持って来るのよ。気は進まないんだけど、かなり強引で」
ベルナーが怪訝そうに「家を継ぐため男として育てられたんですよね?」
ケイナは「そうなんだけど、やっぱり孫の顔が見たいとか。親って勝手よね」
「そうですね」
そう相槌を打つベルナーに、ケイナは「見た事も無い人とお付き合いしろとか」
ベルナーは思った。
(言い寄って来る二人のイケメンとか、慕ってくれる従者も居た筈だよね。彼等はどうなるんだろう)
そして「それで、どっちか私の恋人のフリをしてくれないかしら。断る口実が欲しいの」と言い出すケイナ。
ベルナーとロンドは困り顔で「さすがにそれは・・・・・・」
ベルナーは言った。
「こういう事は、はっきり言った方がいいと思います」
「そうよね」
そう言って俯くケイナに、ベルナーは「俺たちも一緒に親御さんを説得してあげますよ」
「あなた達っていい人ね」と、柄にも無くしんみり声で言うケイナ。
レストランを出て、ケイナと別れ、家路に向かうベルナーとロンド。
「実際、ひやひやしたぞ」
そうロンドが言うと、ベルナーが「ああいう愚痴には表面ヅラだけでもハイハイ言っておけ・・・って言うけどなぁ」
「それで、恋人のフリを引き受けるってのかよ」とロンド。
ベルナーは「それもちょっとなぁ」
二人は無言で道を歩きながら、ケイナが最後に言った言葉を思い出し、そして一様に脳内で呟いた。
(あの人、あんな顔もするんだ)
数日後、ベルナーとロンドはケイナに連れられて、彼女の実家に向かった。
「こういうのって、大丈夫なのか?」
通りを歩きながら、そうベルナーが言うと、ロンドは「何が?」
ベルナーは「娘の恋人だって名乗ったら、父親が"娘は誰にも渡さん"とか言って、剣を抜いて斬りかかるとか、ってあるよね?」
「っていうより、ただの友達として、無理なお見合いを止めるよう説得するんじゃ・・・・」とロンド。
「恋人のフリをするんじゃ無かったっけ?」
そうベルナーが言うと、ロンドは「どっちが?」
ロンドは二人を先導するケイナに問う。
「あの、ケイナさん。結局俺たち、恋人のフリって、しなきゃ駄目?」
「私の恋人役は嫌?」と、少々すねた口調のケイナ。
「まさか父親が"俺の娘は誰にも渡さん"とか言って、剣を抜いて斬りかかる・・・なんて無いですよね?」
そうロンドが言うと、ケイナは「お見合いやらせようとしてる人が、そんな事、する?」
「そりゃそうか」
屋敷に着き、応接間でケイナの父親のノービル子爵と引き合わされる、ベルナーとロンド。
「トンズラ伯爵令嬢の従者、ベルナーです」
「ボヤッキ侯爵令嬢の従者、ロンドです」
各自、そう自己紹介した二人に、ノービル子爵は「それで君達はケイナの・・・・・」
二人は声を揃えて「友達です」
「つまりボーイフレンド・・・」
そうノービルが言いかけると、ベルナーとロンドは声を揃えて「いえ、友達です」とドアップで強調した。
ノービル子爵は脳内で思考する。
(ちょっと待て。ボーイってのは男子でフレンドは友達。いや、呼び方はどうでもいい)
そして彼は二人に「それで、君たちはケイナの事を、どう思っているのかね?」
「幸せになって欲しいと思っています」
そう気合を込めて答えるベルナーに、ロンドは耳元で「それ、誤解されそうな気がするんだが」
ノービル子爵は嬉しそうに「つまり娘との将来について、真剣に考えていると」
ベルナーは慌てて「いや。そういう訳では・・・・・・・・」
ベルナーは一呼吸置くと、ノービル子爵に言った。
「結婚は本人自身の一生の問題です。本人が気の進まないお見合いを親が無理に進めるというのもどうかと思うのですが」
「だが、全くその気の無いままでは、婚期を逃すからなぁ」とノービル子爵。
ベルナーは言った。
「大丈夫です。ケイナさんを想っている男性が二人居ます。そのうちの人はイザベラ様の想い人。更に彼女を慕っている従・・・」
「ちょっとこっちに来い」
ロンドは慌て顔でベルナーを引っ張って、応接間を出る。
ノービル子爵、唖然。
そして困り顔MAXのケイナに「どういう事だ?」
ケイナは焦り顔で「あの二人、何か勘違いをしているのよ」と言い、部屋を飛び出した。
ロンドに引っ張られて応接間前の廊下を歩きながら、ベルナーは「どうしたんだよ」
「ああいう事を親の前で言うとか・・・・・」
そうロンドが言うと、ベルナーは「はっきり言わないと解らないだろ」
ロンドは「じゃなくて、あれは妄想だ」
「はぁ?・・・・」
唖然顔のベルナーにロンドは言った。
「女ばかり生まれるって事は、姉が何人も居るって事だろーが。だったら孫はそっちが産めばいいって話になるだろ」
「・・・・・・・・」
「お前は寝てて知らないだろうが、男として育てられて以下略ってのは、あの芝居の主人公の事だ。あれはフランスのルイ新王の妃として輿入れしたアントワネット妃の親衛隊長が主人公なんだよ。それに嵌って自己投影した挙句の妄想だ」とロンドは続ける。
ベルナーは「じゃ、言い寄って来るイケメンとか慕ってくれる従者なんて実在しないと・・・・」
「女騎士なんてやってるのも、そう育てられたんじゃなくて、そういうのに嵌って戦う男装ヒロインに憧れたからだろうな」とロンド。
「だったらお見合いくらい・・・」
そうベルナーが言うと、ロンドは「いや、彼女は恐らく女が好きなんだ」
「まさか・・・・」
唖然顔のベルナーにロンドは「あのタカラバコ劇団ってのは、そういうのの巣窟だよ。そういう百合関係に憧れてファンに・・・・」
その時、廊下の向うからケイナが言った。
「違うから。私はノーマルよ」
ケイナが二人の年下男子を追って部屋を飛び出した後、応接間に一人残された、父親のノービル子爵。
彼は不安と期待の入り混じった異様な高揚感の中、脳をフル回転して思考を巡らせた。
「あいつを想ってる二人って、きっと彼等自身だ。で、そのうちの一人がイザベラ様の想い人? これ、下手をすれば不倫だぞ。けど、あの陰謀の女神がそんなスキャンダルで身を滅ぼすなんて有り得ない。だとしたら・・・・・・王太子妃にしてスパニア女帝の寵臣?。これって凄い人脈じゃないか!」




