第495話 従者と女騎士
フェリペ皇子を追ってポルタ大学人文学部に入学した三人の幼い令嬢たちの従者として、ともに大学に通うベルナーたち三人。
その日、彼等はマゼランに連れられて、ポルタ王室の近衛騎士団に挨拶に行った。
「別に国際交流に来た訳じゃ無いんだけどなぁ」
そう面倒くさそうに言うロンドに、マゼランは「こういうのは礼儀って奴さ。無視されたとか言って怒る奴が居るんでな」
「面倒くさい奴はどこにでも居るけど」とベルナーは溜息。
「それに俺たちは貴族の私兵だし」とロンド。
「怒る人が居たって、マゼラン様の時も?」
そうアネモネが言うと、マゼランは「無視されたとか言って怒る奴が居て、滅茶苦茶面倒くさい事になったよ」
近衛騎士団の営所に着く。
マゼランが入口の守衛に「貴族令嬢の付き人として着任した従者です」
通されて、営所建物に入り、騎士団員のたまり場になっているホールへ。
その場に居た騎士たちに、ベルナーたちはそれぞれ自己紹介。
そんな彼等に騎士たちはあれこれ・・・。
「よろしくな。その令嬢ってのは六歳の幼女で、フェリペ殿下を追いかけて来た子たちだよな?」
そう一人の騎士が言うと、ロンドは拍子抜け顔で「まあ・・・・・・・」
「あの悪戯小僧かぁ」と、その隣に居た騎士。
「御存じでしたか?」
そうベルナーが言うと、その騎士は「カップルの上に鳩の糞を落したって聞いたぞ」
マゼランは恐縮顔で「まさかあの被害者? あの節は大変ご迷惑を・・・」
「いいって事よ。ざまあみろリア充ども」と騎士たち・・・。
マゼラン、頭を掻いて「そっちの立場ね」
するとアネモネが「私、どっちかっていうと被害者なんですけど」
先ほどの騎士は「そりゃ悪かった。女騎士が居るんだったな。さっそく紹介を・・・」
「紹介って?」
そうアネモネが怪訝そうに言うと、彼は「同じ騎士として女どうし結束すべき立場だからとか言って・・・」
そして彼は奥に呼び掛けた。
「おーいケイナ。ケイナさーん」
ベルナーとロンド、互いに顔を見合せる。
ベルナーはマゼランに「もしかして、無視されたとか言って怒って面倒くさい事になった人って・・・」
マゼランは「俺たちが・・・っていうよりシャナが、なんだが」
「なのにシャナは何で来ないんですか?」とベルナー。
マゼランは「あいつは嫌いな奴の御機嫌伺いなんて絶対にしない」
十代末頃の女性騎士が出て来る。
ベルナーたちは各自、そのケイナという女性騎士を相手に自己紹介。
そして彼等は営所のホールの一画にあるテーブルを囲んで、ケイナは主にアネモネを相手に話し込んだ。
「あなたの親は?」
そうケイナが問うと、アネモネは「男爵ですが」
「うちは子爵よ」とケイナ。
「主人は公爵ですけど」とアネモネ。
ケイナは「私は王家の騎士ですから」
アネモネはマゼランの腕を掴む。
「このマゼランは私の恋人でして」
「いや、そういう訳じゃ・・・」
そう言って慌てて否定しようとするマゼランに、ロンドが耳元で「話を合わせておけ」
ケイナは「私は、言い寄ってくる男が二人居てね。貴族学校での成績はトップだったわ」
「今は大学の人文学部に統合されたんですよね。私も通ってますけど」
そうアネモネが言うと、ケイナは「つまり私の後輩ね」
そんなやり取りを聞きながら、ベルナーはロンドに小声で「何なんだ? この会話」
「どっちが格上かって話だろ」とロンド。
「訓練が終わったら親睦会をやるわよ」とケイナは言い出す。
ベルナーとロンドは一様に脳内で(めんどくせー)と呟く。
「けど、訓練が終わるまで、もうしばらく・・・・・」
そうマゼランが言いかけると、ケイナは「あと三分で終わるわ」
「随分と緩い・・・・・・」と、いささかあきれ顔のマゼラン。
周りで聞いていた騎士の一人が「うちの職場はホワイトがウリだからな」
別の騎士が「税金で食ってる奴等がそれでいーのかよ」と言って笑う。
更に別の騎士が「王様がスローライフとか言って別荘に籠ってるような国だから」
「それ、近衛の存在意義ってあるの?」
そうベルナーが言うと、ロンドが「実権は王太子だけどね」
「けど、あの人は自前の海賊団があるし」
そうマゼランが言うと、先ほどの騎士が「やる気のある奴が居たら、エンリ殿下の精鋭部隊に引き抜かれただろうね」
「つまりここに居るのは残りカ・・・」
そう言いかけたベルナーの後頭部を、ロンドは思い切り殴った。
「他所の軍に来て喧嘩売る気かよ」
訓練の時間が終わり、当直を残して解散となる。
では親睦会へ・・・という事で、ケイナは周囲の同僚騎士たちに「あなた達も来るわよね?」
騎士たちはめんどくさそうに「俺たち、用事があるんで・・・」
ケイナも、そういう反応は予想済み・・・といった表情で、マゼランたちに「じゃ、私たちだけで行きましょうか」
「もしかして・・・」
そうベルナーが言いかけると、ケイナは「軍隊で女なんて厄介者・・・って、定番のアレよ」
ベルナーとロンドは互いに顔を見合せ、小声で「っていうより性格の問題な気がするんだが・・・」
五人で営所を出て街へ繰り出し、酒場に入る。
テーブルを囲んで、酒と料理を注文する。
会話しながら飲み食いを始め、間もなく場はケイナの愚痴祭りに・・・・・。
しばらくすると、アネモネはマゼランの手を引いて、ケイナに「私たち、これからデートなので」
マゼランはケイナに小声で「そーだっけ?」
ケイナは小声で「こんなのに延々、付き合ってられないでしょ?」
「けど、あの二人は?」
そうベルナーとロンドを見てマゼランが言うと、ケイナは「二人とも恋愛経験ゼロだし、いいチャンスだと思わない?」
マゼランは「けどあの人。かなり面倒くさいタイプだし、いいのかなぁ。こんなに早く抜けるとか」
「女子会の掟41番。競合しない限り、外の女子の恋愛は応援すべし、よ」とケイナ。
マゼランは怪訝そうに「あの二人にそんな気があるようには見えんが・・・」
残されたベルナーとロンドの二人を相手に、延々と愚痴を語るケイナ。
「あなた達、兄弟は?」
そうケイナが言うと、ベルナーは「俺は一人っ子で、親が伯爵家の従者なので」
ロンドは「うちは兄貴が居るんで、士官先を探したら今の主人に採用されて」
「私は父が軍人なんだけど、女ばかり生まれるので家を継ぐため男として育てられて・・・」
そうケイナが語るのを聞き、ロンドは思った。
(どこかで聞いたような話だな)
「他国から妃として嫁いだ姫の護衛として赴任したのよ」
そうケイナが語るのを聞き、ロンドは思った。
(つまりイザベラ様がボルタに来た時の・・・・・)
「二人の求婚者に言い寄られてね。イケメンでいい人なんだけど一人は姫の想い人で、慕ってくれる従者も居て」
そうケイナが語るのを聞き、ロンドは思った。
(だったらそいつに愚痴を聞いて貰えばいいと思うが)
「姫は腹黒なご婦人方に振り回されて」
そうケイナが語るのを聞き、ロンドは思った。
(腹黒で周囲を振り回すのはイザベラ様の方だと思うんだが)
「民から外国の手先と陰口を・・・」
そうケイナが語るのを聞き、ロンドは思った。
(そりゃエンリ殿下の留守にポルタを併合とか。けど、ポルタでそんな問題が?)
いろいろと突っ込み所満載なケイナの愚痴に、とにかく相槌を打つベルナーとロンド。
二人が「表面だけでも共感を示すべし」という対女性対応術の鉄則に従っているうちに、やがてケイナは酔いつぶれた。
「どーすんだ、この人」
そうベルナーが困り顔で言うと、ロンドは「家に送ろう・・・という訳で、おんぶよろしく」
「何で俺がやる前提?」とベルナーは不服そう。
「うまくいけば背中に胸の感触が・・・」
そうロンドが冗談めかして言うと、ベルナーは「そんな事言われて出来るか!」
「けど、俺より体力あるよね?」とロンド。
「・・・」
「よっ、この筋肉イケメン」とロンド。
「お前、俺が煽てれば乗せられる馬鹿だと思ってるだろ」
そう言いながらもケイナをおんぶするベルナー。
二人はベルナーの背中のケイナとともに店を出て夜の街へ・・・。
店を出た所でベルナーは周囲を見回し、「ところで、彼女の家ってどこだ?」
「どこだろう」とロンド。
ベルナーはあきれ顔で「知らないで家に送ろうとか言ったのかよ」
「俺、送り狼になる気無いから」
そうロンドが言うと、ベルナーは「そういうのは要らない」
「お持ち帰りでもする?」
そうロンドが言うと、ベルナーは「もっと要らない」
ロンドは言った。
「ってか、お前の所って融通利くよな。俺とリリア様は居候なんだが、お前はロゼッタ様と二人だろ」
ベルナーは「後で何言われるか解らんからなぁ。それよりおんぶ、代わってくれ。この人、意外と重い」
翌朝、ケイナは見知らぬ宿屋で目を覚ました。
枕元に置手紙。
曰く「家に送ろうかと思いましたが、場所が解らないので。宿代はもう払ってあるので気にしなくていいです。ベルナー、ロンド」
ケイナは酒場で一緒に居た、その二人の年下男子を思い浮かべ、そして「あの子たち・・・」と呟く。