第486話 独立と共存
エンリ王子は部下たちと、鉄と石炭の資源を求めて西方大陸を訪れ、ブラジル高原を領するリオのカブラル候を家来とした。
その領内で活動する現地人抵抗派を指揮するアマル皇子は、エンリを襲撃しようとして返り討ちに遭い、部下とともに捕縛された。
「私をどうする気ですか?」
そう問うアマルに、エンリは「あなたが何をするかは、あなた自身が決める事です」
「私を自由にするとでも? なら、あなた達を追い出してこの地を独立させます。どうせ私を懐柔して、それを阻止するための道具にしたいのですよね?」
「独立は不可避だと思います。だから私はここに来たのです」とエンリ。
アマルは「独立させてやるから恩に着て家来になれとでも?」
エンリは言った。
「人は対等です。だから対等な関係で友人になりたい。どこぞの半島国は、過去の被害者加害者関係の恨みと称して一方的に要求し、相手が従うのが友人関係だと言って、隣国を支配しようとしますが、そういうご都合主義ではない、本物の対等な関係を築くために。もし、ここに住み着いたスパニア人たちが支配を放棄するならば、独立した国の中で彼等と共存できますか?」
アマルは「今までの支配を許せというのですか? 許せる訳が無い!」
そんな彼に、エンリは問う。
「許さないと言うのは民ですか? それともあなた自身ですか?」
「・・・・」
エンリは「あなたはキンカ帝国の皇子なのですよね? つまり民を支配する存在だった。過去の支配が許されないというなら、あなたも同じではないのか」
「・・・・・」
「かの半島国にはヤンバンクイナという飛べない支配階級が居ました」とエンリ。
アマルは困り顔で「そういう古いアニメのネタは要らないんだが」
少しだけ残念な空気が流れる中、エンリは続けた。
「隣国が近代的な外交関係を求めた時、拒絶反応を示して相手を悪しざまに罵ったのは彼等だった。それは単に古い支配を守りたかっただけ。だから新しい時代に対応できず、最後には支配を受け入れる破目になった。あなたは彼等とは違うのですよね?」
「私は悪逆な支配を受けた民の代弁者として・・・・・・」
そう主張を続けるアマルに、エンリは「ならば問います。スパニア人がもたらしたのは、支配だけですか?」
「・・・」
エンリは言った。
「彼等は馬と鉄をもたらした。馬が引く荷車も。それで生活は大きく便利になった。違いますか? ユーロにはここを便利にする更に多くのものがある」
「鉄は確かに万能の道具素材です。だが、それを買うため多くの対価を支払わなくてはならない」とアマルは反論する。
エンリは「それは鉄がユーロでしか獲れないからです。それをここで生産できるようになるとしたら? 私はそのために来た」
アマル絶句。
そして「何故そんな事を・・・」
「ユーロでは多くの国に別れて争っています。その中で、イギリスという国が大量の鉄で優位に立とうとしている。私たちが住むポルタは小国で、鉄の資源に乏しい」とエンリが語る。
「つまりここを経済植民地に? かの半島国は隣国に支配される中で近代化し、隣国はそれを恩恵だなどと妄言を吐いた。だが、その近代化は自分達の支配のためで、けして恩恵では無かった」
そう主張するアマルに、エンリは反論した。
「では、半島国民は近代化された交通や医療や教育による生活の向上は受けなかったのですか?」
アマルは「彼等は教育で自分達の言語を奪われた」
「それは嘘です。教科書は彼等の固有の文字で書かれていました」とエンリは反論。
アマルは「公立の高等教育に乏しかった」
「本国の高等教育機関の多くは知識人の私塾から始まった私立です。知識人の私塾が公立初等教育との競争に敗れて滅ぼされたというが、高等教育機関に乏しかったなら、彼等が私立の高等教育を始めれば良かったというだけです」とエンリは反論。
「・・・・・・・」
エンリは言った。
「経済とは、政治のように権利を奪い合うものでは無い。互いに奉仕しあう事で利益を受けるものだ。近代化事業が支配のためだったと言うが、それが支配にとって具体的にどう益したのか。それは、そこに住む民に利益を与える事によって支配側も利益を得たという事ですよ」
「彼等は間違っていたのですか?」
そうアマルが言うと、エンリは語った。
「憎悪が全てに優先する思考は必然的に間違えます。その間違いを正当化するため、どこぞの半島国は歴史を捏造した。吉田*二や具ヨ*チョルとかいう偽証言者などその典型だ。正しさとは、全員が利益を得る世界を目指して前進する事です。そして全員が豊かになるためには、限られた利益の配分を争うより、利益全体を大きくする方が遥かに効果的で有意義です」
「ですが、経済侵略という言葉がある」とアマルは主張する。
エンリは言った。
「ある国はかつて軍事大国と呼ばれる体質を持っていた。それは軍事支配を是とした当時の世界に適応するためのものでした。だが、世界が変わる中、それを止めて経済で豊かになろうと体制を変え、工場を作って輸出を盛んにし、発展して豊かな国となった。だが、原料を輸出する国は貧しかった。そんな国に工場を作る事を、他国は経済侵略と罵った。だがやがて、工場進出を受け入れた国々は豊かになった。他国の資本家が作った工場が労働者に職を与え、その製品を輸出する事で外国の通貨が入り、輸入できなかってものが輸入できるようになったからです。そして、経済侵略と呼んでそれを拒んだ国は貧しいままだった」
目の前にあった暗闇が搔き消されていくのを、アマルは感じた。
自分と周囲を押し殺し続けてきた、支配という絶望を、一筋の光が削っている。
その光が照らす未来・・・・・。
アマルは憑き物の落ちたような表情で、エンリに言った。
「解りました。あなたの部下となるカブラル候の領地への攻撃は控えるようにします」
「それと、体制に不満を持つユーロ人は多く居ると思います。四年後、ユーロは大きく変動し、国家の主は王ではなく、そこに住む民自身となる。そんな中で彼等を、あなたの部下ではなくこの地の主の一人として、あなたの運動に多くの人たちが参加できるようにして欲しい」とエンリ。
アマルは「彼女があなたを愛する理由がよく解りました。あなたは素晴らしい人だ」
「それほどでもありますけどね」とドヤ顔で言うエンリ。
「・・・・」
「よく言われます」と鼻ヒクで言うエンリ。
「・・・・」
周囲に居るエンリの仲間たちの間で、残念な空気が漂う。
「エンリ王子ってそういう人だよね」とタルタ。
ジロキチも「すぐ調子に乗る」
その時、リラが言った。
「ちょっと待って。エンリ様を愛する人って誰ですか?」
エンリの仲間たち、互いに顔を見合わせる。
アーサーが疑問声で「人魚姫やイザベラさんの事じゃ無いよね?」
「エンリ様?!」
そう若狭が言うと、エンリは慌てて「いや、俺は知らないぞ」
ニケが「隠れてまた愛人を?」
タマが「王子最低」
その場に居る女子たちは、声を揃えて「これだから男って」
エンリはうんざり顔で「勘弁してくれ」
その時、建物のドアを荒々しく開けて、部屋の中に魔法のスティックを向ける女の子が居た。
「手を上げて下さい」
彼女を見て、アマルは「ポカホンタスさん」と・・・・・。
「アマル皇子、助けに・・・・・」
そう言いかけ、エンリたちに気付いて唖然顔となった女の子に、エンリも唖然顔で言った。
「ポカホンタスさん、何やってるの?」