第485話 抵抗の皇子
イギリスに対抗できる蒸気機関の量産のため、エンリ王子は鉄鉱石と石炭の資源を得るべく西方大陸のリマを訪れ、領主カブラル伯を家来として、ブラジルをポルタの拠点として確保し、資源の探索を始めた。
「鉄人の村」と呼ばれる地方で石炭資源を確保したエンリ王子一行は、一旦、カブラル侯爵の館に戻った。
館の会議室でエンリは、彼の部下たちとともにカブラル侯とヴァーレ、そして鉱石科の教授たちを交えて作戦会議。
「後は鉄資源をどうするか・・・なんだが」
そうエンリが言うと、アーサーが「地道に探すしか無いですよね」
するとカブラル候が言った。
「それともう一つ問題がありまして、現地人の抵抗組織なんですが」
ジロキチが「つまり、草の根を分けても探し出し、断固たる弾圧を・・・と」
「そういう物騒な話はとりあえず後にしようよ」と、アーサーが抑えにかかる。
エンリは暫し思考。
そしてカブラル候に「とりあえず、どういう奴等なんだ?」
「キンカ帝国の残党で、アマル皇子という指導者が居ます」とカブラル候。
「あの国は西のアンデスにあった筈よね?」
そうニケが言うと、カブラルは「険しい高地にあるマチュピチュという砦が拠点だそうですが」
「それが何でこんな所に?」
そうエンリが言うと、タマが「ここの支配が緩いって事だよね」
ジロキチが「真面目に制圧しようっていう気が無いからですよ」
「私、ポルタ人でスパニア人みたいに荒っぽい事は、ちょっと・・・」と、困り顔のカブラル。
するとエンリは「それでいい」
その言葉を聞いたカブラルは、不安を浮かべた表情で言った。
「まさか彼等の抵抗を助ける気ですか?」
エンリは「それは相手次第だな。いずれここは独立する。その後、どんな関係を築くかって話だよ」
「過去の支配に対する恨みを抱える彼等をどうするか、でござるか?」
そうムラマサが言うと、エンリは困り顔で「それはどこぞの半島国。そうじゃ無くて、俺たちと一緒に豊かになれるか・・・って事だ」
そしてエンリはケットシーの姿のタマに訊ねる。
「タマ、抵抗組織の様子はどうだ?」
「アマル皇子が来てるわよ」とタマ。
「何しに?」
そうエンリが問うと、タマは「味方を集めるためよ。高原の奥地に未征服の部族が居るのよ」
ジロキチが「隠れ里みたいな?」
カルロが「で、行ってみたら観光地になってたとか」
「いや、今の時期に人に知られるような事をやってたら、コンキスタドールが来ちゃうぞ」とエンリが突っ込む。
「けど、指導者自ら勧誘に来るって事は、その部族って大きいとか産物があって豊かとか」
そうアーサーが言うと、ニケがテンションMAXで「高く売れるなら独占取引の契約を・・・」
「そうじゃなくて、戦闘力が凄いんだそうよ。ヤサイ族っていう戦闘部族」とタマ。
タルタが「指から発するビームで天体を破壊とか?」
シマカゼが「大猿モンスターに変身する赤ん坊を送り込むとか?」
「ドラゴンを倒す力があるとか言ってたわね」とタマ。
「話し合いで協力関係に持ちめないかな?」
そうエンリが言うと、タマは「無理ね。彼等にとってスパニア人は敵よ」
「けど俺はポルタ人だ」とエンリ。
するとニケが「けど、ユーロ人は全員敵とか、領主とズブズブとか言うわよね?」
タマは言った。
「というか、彼が敵視しているのはエンリ王子よ」
「俺の事を知ってるのか?」
そうエンリが問うと、タマは「口先で騙す詐欺師だって」
「・・・・・・・・・」
その夜、リオの街から離れた山中にある抵抗組織のアジトでは・・・・・・。
「よく来て下さいました。アマル皇子」
そう言ってアマルを迎え、彼が差し出した握手の手を握る、現地抵抗組織の幹部。
「ヤサイ族の人たちはどうですか?」
そうアマルが問うと、幹部は「戦力として働いてくれると約束してくれました」
そして幹部はアマルに言った。
「ところで、例のエンリ王子なんですが、このブラジルに来ているそうです」
「何をしに?」
そう問うアマルに、幹部は「ここを彼の勢力下に収めようと、領主のカブラルを家来に従えたと聞きます。明日、近くの山中にある要塞建設予定地を視察に来ると」
険しい表情を見せるアマル。
そして「阻止するぞ。可能なら奴の命を断つ」
翌日・・・・・。
山中の草藪の生えた平坦面。周囲を山で囲まれた中に、小屋が建っている。
アマル皇子は数十名のゲリラ兵とともに、その小屋を見晴らす灌木の繁みに居た。
「あの小屋に奴は、部下とともに居ると・・・」
そうゲリラ兵の一人が言うと、アマルは「彼は常に奇策を以て相手を翻弄する。部下は少数だが強力な戦士たちだ」
ゲリラ兵は鏃の根本に何かを括りつけた矢を示して「いざとなったらこの爆薬を仕込んだ矢で小屋ごと爆破しますよ」
ゲリラたちは周囲を警戒しつつ、姿勢を低くして藪の中を移動。
数人づつの分隊を組んで小屋を包囲した。
アマル皇子の本隊から離れた数名が、物陰を伝って小屋に接近。
戸を蹴破って踏み込んだが、中はもぬけの殻。
ゲリラ兵の一人が戸口から外に向って叫ぶ。
「皇子、これは罠です」
その瞬間、小屋は爆発した。
その数分前・・・・・・。
ゲリラたちが潜む、小屋があった場所の周囲の平坦面。そこから離れた高台に、エンリ王子と部下たちが居た。
アマル皇子の居る平坦面の反対側にはカブラル候の手勢。
更に高所の、全体を見渡せる所にアーサーが居て、看破の魔法でゲリラたちを追う。
「奴等の位置は把握した。イメージを送ります」
その言葉とともにアーサーが思念波で送った情報が、エンリたちの目の前にある水晶玉に投影される。
十数か所に数人づつのゲリラ分隊。
水晶玉が示した状況を把握すると、シマカゼが言った。
「この人たちをみんなやっつければいいんだよね?」
「簡単に言ってくれる」とエンリは呟く。
するとシマカゼは「簡単ですよ。私、早いですから。連装砲ちゃんたち、お願い」
三体の連装砲ちゃんは平坦面の外側へ移動し、ゲリラたちを包囲する。
「位置についたよ」
その連装砲ちゃんの念話がシマカゼに届き、彼女は彼女は、攻撃準備の完了を伝える。
そしてゲリラたちが踏み込んだ小屋に仕掛けた罠が爆発。
エンリは攻撃開始を号令した。
連装砲ちゃんの一体が数発連射すると移動して位置を変える。
その間に次の連装砲ちゃんが数発連射して移動。
その間に次の連装砲ちゃんが数発・・・・・・・・。
ゲリラたちは焦っていた。
藪の中で姿勢を低くしながら、アマルは周囲を見回す。
そして「奴等はどこから撃っている」
「とにかく反撃しましょう」
部下の一人がそう言うと、アマルは「いや、うかつに動くと場所がバレて的になるぞ」
連装砲ちゃんたちの牽制射撃に耐えるゲリラたち。
そんな彼等の潜む小屋周辺の藪の様子を指して、シマカゼは言った。
「これで相手の動きを封じたよ」
エンリは部下たちに「なら、総攻撃をかけて掃討だ」
「了解、任せて」
そう言って身を乗り出すシマカゼに、エンリは「いや、お前もう武器は無いだろ」
「これがある」
シマカゼはそう言って、機械背嚢側面の爆雷連装発射機を指す。
「それ、陸上でも使えるの?」とエンリ、怪訝顔。
シマカゼは「大丈夫、シマカゼは早いですから」
「いや、早いったって・・・・・」
シマカゼは腰を落して上体をかがめ、姿勢を低くすると「シマカゼ、発進します」
機械っぽいブーツは光を放ち、地上10cmの高さで宙に浮く。
「シマカゼ、いっきまーす」
一瞬で一番近いゲリラの分隊が潜む繁みに肉迫し、爆雷を投射して一瞬で離脱。
次々に吹っ飛ばされるゲリラの分隊。
そんな戦いを見て、エンリは「あいつ、単独であんなに強いのかよ」
次々にやられる味方兵を見て、ゲリラたちは恐慌状態で藪から飛び出す。
そんな様子を見て、ジロキチは「奴等、反対側に潰走しますよ」
「向うにはカブラル候軍が居ますよ」とリラ。
エンリが「それはまずい。あいつら、無理について来たから、武器は処置してないぞ」
「なら、ファフのドラゴンに全員乗って」とファフは言って、ドラゴンに変身した。
エンリと部下たちはドラゴン化したファフに乗り、空を飛んで反対側に居るカブラル候の元へ着地。
逃げて来るゲリラ兵たちに銃を向け、狙いを定めるカブラル兵たちに、エンリは言った。
「加勢に来たぞ」
カブラル候は「いや、加勢ったって潰走状態ですよ」
「周りを警戒して誰も逃がさないように。全員生け捕りにする事だけ考えろ」
そうエンリはカブラル候に命じると、彼の部下たちは全員抜刀して潰走状態のゲリラたちに斬りかかった。
そんな彼等の戦いを見て、カブラルは溜息。
そして「人には生け捕りとか言ってて自分達は斬りまくりかよ」
エンリは風の巨人剣で、混乱状態で銃を撃つゲリラたちを切り払いつつ「皇子本隊はどこだ」
リラは、看破の魔法で監視を続けるアーサーから、念話で情報を受け取る。
そして「こっちです」と言って、戦場の向うの藪を指す。
エンリはリラが召喚したウォータードラゴンに乗って、アマル皇子の居る所へ突入。
ゲリラたちが鉄砲で抵抗するが、高密度の水が銃弾を阻む。
エンリは風の魔剣との一体化の呪文を唱えると、ウォータードラゴンの頭上から飛び降り、風との一体化による素早さで、鉄砲を構える数人を一瞬で切り伏せた。
そして、リーダーらしき若い男性に剣を向ける。
「あなたがアマル皇子ですね」
アマルと数人の部下たちは鉄砲を捨てた。
「エンリ王子。確かにあなたは強い。彼女が褒めるたけの事はある。だが、自分の生死くらいは自分で決めさせて貰う」
そう言うと、アマルは爆弾に点火し、それを右手に掲げて「キンカの民に栄光あれ」
エンリは炎の魔剣を抜くと、アマルをその部下ともども薙ぎ倒し、彼とその部下たちは消し炭となった。
アマルが目を覚ますと、見知らぬ小屋の中。
周囲には拘束された数十人の部下たちが居た。
そして目の前に、エンリ王子とその部下。
「私は死んだはずだ」
そうアマルが呟くと、エンリは言った。
「不殺の呪いというのがありまして、この魔法を施した武器で殺すと、後で生き返るんですよ。数十人居たあなたの部下たちは全員無事です」




