第484話 鉄人の村
蒸気機関の量産を可能とする鉄を得てイギリスに対抗するため、エンリ王子は鉄鉱石と燃料としての石炭の資源を得るべく西方大陸のリマを訪れ、この地の領主カブラル伯を家来として、ポルタの拠点としてブラジルを得た。
翌日・・・・・・。
エンリ王子はリオの街に出て、カーニバルで遊び呆けていたシマカゼやタルタたちと合流する。
タマは猫たちから集めた情報をエンリに報告。
「ここの領主の評判は悪くないわね。教会も他と違って国教会の司祭だから、締め付けも緩いし・・・」
「開放的なのは恋愛自由の教義があるから、って訳か。それで現地人の抵抗とかも無いと?」
そうエンリが言うと、タマは「そうでも無いのよ。緩い分、他から追われた抵抗派の吹き溜まりになっているらしいの」
「・・・・・・」
「まさか、弾圧とかさせる気じゃ無いわよね? 民を弾圧すると食えなくなって、猫が餌を貰えなくなるわ」
そう釘を刺そうとするタマに、エンリは「いや、むしろこの計画が進めば、民の働き口が増えて、餌もたんまり貰えると思うぞ」
エンリは彼等を連れてカブラル伯の館に戻る。
そして叙任の儀が行われ、カブラル伯に侯爵位を授けた。
正式にポルタ王家の家臣となったカブラル侯は、各地に派遣していた役人たちを集め、エンリは彼等に活動の目的を語る。
「鉄ですか?」と怪訝顔の役人たち。
そのうちの一人が「ユーロ人がここに来る前は、現地人は鉄そのものを知らなかったからなぁ」
別の一人が「金山銀山の探索は盛んにやってましたけどね」
更に別の一人が「きんさんとぎんさん?」
「つまり、100才越えの双子のお婆さん?」と、更にまた別の・・・・・。
「何の話だよ」とエンリが突っ込む。
そんな中で、一人の役人が報告した。
「実はひとつ心当たりがあります。うちの担当地区に"鉄人の村"というのがあるそうでして・・・・・」
エンリ王子の一行は鉱石科の教授を連れ、その役人の案内を受けて、報告のあった村に向かった。
村に着いたエンリたちに対応する、村の長老。
そして彼等は長老の家でごちそうを出される。
「この鍋物、絶品ですね」
そうカルロが食べながら言うと、タルタが「この串焼き肉もいけるぞ」
「何だか歓迎されてるみたい」とリラ。
ジロキチが「まともな支配が行われているって事か?」
「いや、むしろ税を軽くするための懐柔じゃないのか?」とエンリは村人の意図を想像。
「って事は、ここの役人、相当酷い支配を・・・・」と若狭は表情を曇らせる。
そんな中、長老が「実は皆様にお願いがあるのです」
全員、一様に(そら来た)と脳内で呟く。
そして長老は言った。
「食戟の審判になって欲しいのです」
「はぁ?・・・・・」
エンリたち、長老の斜め上な要望に唖然。
長老は「さっきのフェジョアーダとシュハスコ、どちらが美味しかったかでしょうか?」
「つまり料理勝負かよ」
そう言って困り顔を見せるエンリを他所に、仲間たちはノリノリでグルメ談義開始。
タルタが「やっぱり肉だろ」とシュハスコを押す。
リラが「野菜も入ってる鍋の方が栄養のバランスが・・・・」とフェジョアーダを押す。
「むしろ豆の香ばしさが引き立つと思う」とカルロも別方向から、それに賛同。
「いや、肉汁が滴り落ちてこその肉だ」と、あくまでシュハスコを押すタルタ。
エンリは困り顔で「俺たち、何しに来たんだっけ?」
結局、フェジョアーダに軍配が上がる。
審判を受けた二人の料理人。一人は小躍りし、もう一人はがっくりと膝をついた。
「じゃ、終わった所で、とりあえず本題に・・・・・」
そうエンリが言いかけたのを、長老はスルーして「では、次の食戟をお願いします」
「こんな事をやりに来たんじゃ無いんだけどなぁ」とエンリは困り顔だが・・・・・。
ファフが「主様、お腹空いた」
「さっきあんなに食べただろーが!」
そうエンリが突っ込むと、ファフは「ドラゴンは体が大きいから、ご飯はたくさん必要なの」
若狭が「これも人助けかと」
アーサーが「民の要望に応えるのは王族の務めですよ」
「次はどんな美味しいものが出るんだろう。楽しみだなぁ」
そうワクワク顔で声を揃える仲間たちに、エンリは「お前等なぁ!」
料理勝負は何度も続き、何だかんだ言いつつ付き合って、出された料理を食べるエンリたち。
そんな彼等に長老は得意顔で「ここの料理は世界三大料理の一つですから」
「そうだっけ?」とエンリたちは怪訝顔。
「中華料理とフランス料理、そしてブラジルの家庭料理」と長老はアピール。
「それ、地元で勝手に言ってるだけだろ」とジロキチが突っ込む。
「ってか何で家庭料理前提?」とアーサーも・・・。
「決まってるじゃないですか。女を落とすには胃袋を掴むのが一番。これからは専業主夫の時代ですよ」
そうドヤ顔で言うカルロに、エンリは「お前、そんなもの目指してるのかよ。世界の女は俺のものとか言ってただろーが」
「というか、世界三大料理の三番目ってトルコ料理と聞いたでござるが・・・」
そんな今更な事を言うムラマサに、エンリは「やめておけ」
その後も料理勝負は続いた。
「もう食えん」と、満杯なお腹を抱えるエンリたち。
そんな彼等にタルタが「だらしないぞ」
「ファフもまだ大丈夫」と、物欲しそうなファフ。
エンリは困り顔で「お前等、"美味い"しか言って無かっただろーが・・・。ってか俺たち、こんな事をやりに来たんじゃ無いんだけどなぁ」
翌日、エンリは改めて主だった村人を集めた。
そして、彼等の前で訪問の目的を語るエンリ。
「俺たちはあるものを探しに来たんです」
「あるものって、珍しい果物?」と、一人の村人が・・・。
別の村人が「高級品のキノコ?」
更に別の村人が「珍味な芋虫?」
「じゃなくて鉄ですよ」
そうエンリが言うと、村人たちは口を揃えて「そんな食材あったっけ?」
すると一人の村人が言った。
「アレだろ? スパニア人が持ち込んだ刃物の材料」
「食えないじゃん」と声を揃える村人たち。
「いや、探してるのは食料資源じゃ無くて鉱物資源だから」
そうエンリが言うと、村人たちは恐怖の表情を浮かべて「まさか金とか銀?! 拷問は勘弁して」
「スパニア人ってそんな事やってたのかよ」とエンリたちは呟き、溜息をつく。
そんな中、リラが村人たちに確認した。
「あの、ここって鉄人の村って聞いたんですが」
すると村人たちは「鉄人の村です( ー`дー´)キリッ! 我々はブラジルでその名も高き料理の鉄人の・・・」
エンリたち、前のめりでコケる。
そして残念な空気が漂った。
「帰るか」
そう言ってエンリが残念顔で席を立つと、長老は「それで、今日の食戟は?」
エンリはうんざり顔で「勘弁してくれ」
だがタルタは「やらないのか? ちょうど腹が減った所なんだが」
「これはグルメ小説じゃ無いぞ」
そう突っ込むエンリを他所に、ニケも「それに、鉄は無くともこれだけ食に拘る人たちなら、高く売れる産物がきっとある筈よ。西方大陸は未知の作物品種の宝庫なのよ」
そしてニケは長老に「調理場に案内してくれるかしら」
エンリは「俺たち、こんな事しに来たんじゃないんだけどなぁ」
調理場では、二人の対戦者が料理をしていた。
ニケが一人の対戦者に話しかけると、彼は言った。
「炒め物は火力が命ですから、やっぱり炭火ですよね」
もう一人の対戦者が「昔は食材より燃料集めが大変でしてね」
そして長老はエンリたちに、この村に伝わる伝説を語った。
村は古くから豊かな食材に恵まれ、村人たちは味を競い、様々な料理を開発した。
そうした贅沢を戒めるため、神は調理に必用な薪を村人から取り上げ、山は禿山となった。
「天罰って怖いね」
そうファフが言うと、エンリは「じゃ無くて、薪を切りすぎたんだろ」
長老は伝説の続きを語る。
料理の出来なくなった村がすっかり活気を失う中、一人の旅人が村を訪れた。
宿を求める旅人に、村人たちは皆、もてなす料理を作れないと、宿を断った。
だが、一軒の村人が宿を提供し、大切にしていた鉢植えの木を薪にして旅人をもてなした。
そんな伝説を聞き、エンリは「どこかで聞いたような話だな」
「その旅人は実は神様で、お礼にと泉の如く炭が湧き出る場所を彼に教えた、という事です」
そう言って長老が物語を締めくくると、エンリの部下たちはあれこれ・・・。
タルタが「いい話だなぁ」
ファフが「親切はするものだね」
「いや、伝説だろ」とエンリは突っ込む。
するとジロキチが言った。
「ジパングにもあるぞ。湧き出るのは炭じゃなくて酒だけど」
「そっちの方がいい」とタルタ。
シマカゼが「やっぱり旅人に親切にして?」
「いや、親孝行の褒美だそうだが」とジロキチ。
「それでその後どうなったの?」
そうシマカゼが訊ねると、ジロキチは「彼の父親は湧き出る酒を毎日飲んで、アル中で死んだと」
残念な空気な空気が漂う。
そんな中、エンリは彼の脳裏に何かが頭をもたげるのを感じ、それが何なのかを見極めようと思考する。
やがて彼はその正体に気付き、そして言った。
「ちょっと待て。その話って・・・・」
タマが「神様の褒美の酒でアル中に?」
エンリは言った。
「じゃなくて炭だよ。その地下から炭が沸くのって、石炭じゃないのか?」
互いに顔を見合わせるエンリの部下たち。
「今でも出るの?」
そうアーサーが問うと、長老は「出ますよ。料理に使ってるのが、それです」
「案内してくれ」とエンリはドアップで長老に迫る。
村人の案内で、エンリ王子たち一行は村を出て山に入った。
すこし歩くと、穴が掘られている場所に出た。掘った土が周囲に幾つもの土盛りとなっている。
穴に入って、散らばる黒い物体を観察する鉱石科の教授は言った。
「石炭ですね。それも、かなりの埋蔵量がありますよ」




