第480話 蒸気と製鉄
ジパング刀の鍛造技術を応用したポルタ大学職工学部による蒸気機関の完成から間もなく、イギリスでワットによる蒸気機関の完成が発表された。
そのニュースをネタに、エンリの執務室でわいわいやる、彼の仲間たち。
「こっちが先行していたのが、やっと追い付いた訳か」
そうタルタが言うと、ジロキチが「ポルタは蒸気機関の起源国だものな」
「いや、やたら起源を主張したがるどこぞの半島国じゃ無いんだから」とエンリ、あきれ顔。
ニケが「けど蒸気機関宗主国よね」
「そういうのは要らない」とエンリ。
「それに、ポルタはまだ未発表で、向うだって完成して即発表って訳じゃ無いだろ。第一、いろいろ向うの発明を真似てるものな」
そうエンリが付け足すと、タルタが「そうなの?」
「つまり、俺の手柄ですよね。えっへん」とカルロがドヤ顔。
「いや、産業スパイは威張る事じゃ無いと思うが・・・・・」とエンリが突っ込む。
アーサーも「それに、向うは蒸気釜にジパング刀の鍛造材は使ってないからなぁ。あんな手間のかかるやり方せずに作れるって事は、イギリスは製鉄ではポルタより上だって事だよ」
リラが「けど、イギリス鋼でもうまくいかなかったんですよね?」
「この開発の中で、蒸気釜に使える優秀な鉄を併せて開発したって事だろうな」とエンリ。
そして「問題は奴らが、これを何に使うか・・・って事なんだが」と彼は続ける。
「蒸気船だよな」
そうタルタが言うと、エンリは言った。
「それだけじゃ無い。織物の機械を動かす動力にも使うだろうな。今まで水車を使っていたが、寒いイギリスは冬は河川が凍るから、その間、機械を遊ばせる事になる。それが蒸気機関で一年中織物機械を動かせるようになるんだ」
イギリスでは・・・・・・。
完成した蒸気機関の実物がロンドンの王宮に持ち込まれ、政府の重鎮を前に、ワットがあれこれ説明する。
「これが蒸気機関か」
そう呟くヘンリー先王。
その横にエリザベス女王、経済局長官のダドリー卿、海軍のネルソン将軍、陸軍のウェリントン公、そして経済顧問のアダムスミス。
「随分と手こずりましたが、圧力に耐えられる蒸気釜を可能にした、引っ張り強度の高い優れた鉄の精錬法を開発した、彼等のお陰です」
そう言ってワットが指したのは、蒸気機関の脇に控えていた製鉄技師のダービーとコート。
「どんな工夫を?」
そうヘンリー先王が問うと、コートが解説する。
「反射炉という新型の精錬炉を使いました。高温で溶かした溶鉄を風と接触させるのです」
「よく解らないが、送風で燃焼温度を上げるという事か?」とヘンリー先王。
「もちろん火力を上げて高温を保つのですが、それにより溶けた鉄を風と反応させる事で、強度の高い練鉄となります」
そうコートが更に解説すると、ヘンリー先王は「やはり、よく解らん」
エリザベス女王は言った。
「専門知識は専門家に任せれば良いのですわ。某半島国北部では、何も知らない暴君が賢者を気取り、指導と称して地方を廻って農民の畑仕事に口を挟み、素人考えで限られた面積の畑に苗を二倍の密度で植えれば二倍の収穫が出来るなどと言って農民たちに命じた事で、作物が駄目になりました。餅は餅屋。これは女子会戦略の鉄則です」
「それと、ダービー氏のお陰で、石炭による製鉄が可能となりました」とワットは続ける。
「これまでは駄目だったのか?」
そうヘンリー先王が言うと、ダービーは「そのまま石炭を使うと、出来た鉄が劣化します。その原因は石炭に含まれる硫黄にあるので、これを除去したコークスを使います」
ダドリー卿は言った。
「よくやった。動力を手に入れたイギリスは、河川が凍結する冬も織物工場を動かせるようになる」
ネルソンは「それだけではありません。船の動力として利用すれば、我が海軍は更なる最強となります」
アダムスミスは「そんな事より世界の海運の主導権を」
「そのために海軍力で航路の支配を。イギリスの海上支配を支えるのはイギリス海軍です」とネルソン将軍。
「交易による経済力があって軍拡が可能になる。だから植民地を多く作るために」とアダムスミス。
エリザベス女王は溜息をつき、「全部やればよろしいのでなくて?」
「材料の鉄は石炭を製鉄に使うため、大量に作る事が可能です」
そうダービーが補足すると、ダドリー卿が「そうでした。鉄の量産は我がイギリスを世界最強にします。鉄で様々なものが作れる。鉄は国家なりと言います」
ウェリントン公が「では大砲や鎧も大量に作れますね」
ネルソン将軍は「それより船に装甲を」
アダムスミスが「織物以外にも様々な機械を」
「イギリス軍は最強ですが、その力を支えるのは我ら海軍」とネルソン将軍。
「機械による産業で経済を」とダドリー卿。
エリザべス女王はうんざり顔で「だから全部やればよろしいのではなくて?」
ポルタでは・・・・・・。
机に向ってのハンコ突きの合間、リラが入れてくれたお茶を飲んで一息ついているエンリが、何時もの如くソファーでだらだらしている仲間たちに、ふと思い出したように、その言葉を口にした。
「鉄は国家なり、って言葉を知ってるか?」
「ドイツの製鉄業者たちの造語じゃないですかね。自分達の商品を売り込む宣伝文句として」
そうジロキチが言うと、アーサーが「そういうヒネた見方はどうかと思いますが」
その時、ニケが執務室に意気揚々と乗り込んできた。
「また儲け話か?」
そうエンリが言うと、ニケは「とっても有望な話よ。イギリスが蒸気機関で冬季河川凍結期にも織物を作れるようになれば、ポルタの織物産業は苦しくなるわよね? 布は更に供給が増えて値段も下がる。けど、衣服制作が増えれば、需要の増す染料が不足するわ」
「確かに・・・・・・」
「なので、西方大陸で採れるパウブラジルという染料の原料に補助金を出して、増える需要を独占すれば、お金ガッポガッポ」とニケは続ける。
「要するにマージンで儲けたい訳だよね?」
そうエンリが突っ込むと、ニケは「衣服の供給が増えればファッションが大発展するわよ。色は国家なり」
「結局、商品を売り込む宣伝文句かよ」と、その場に居た彼等は一様に呟く。
アーサーが「元々イギリスは製鉄の進んだ国だからなぁ。けど、ポルタは鉄鉱石もそう出ない」
「小国ですからね」とリラ。
「けど、これからはそうはいかない。蒸気機関で織物機械だけじゃ無い。様々な機械がどんどん作られる。その材料となるのは鉄だ。製鉄でイギリスに対抗する必用がある」とエンリは力説する。
そんな会話に、ニケが目に?マークを浮かべて「あのさ、何で鉄の話になってるのよ。染料の話よね?」
「鉄は国家なり・・・って言葉があってね。さっきそんな話をしていたのさ」とエンリ。
「で、どうするか、なんだが・・・・・・」
そうエンリが言うと、アーサーが「技術が必要ですよね」
「イギリスから人材をスカウトしますか?」とカルロ。
「これから鉄でデカくなろうって国だぞ。技術者も増やそうとするだろう。来てくれる技術者なんて居るのか?」
そうエンリが言うと、若狭が「どこぞの国では産業の米と言われるハイテク工業製品の製造技術を開発して、殆ど独占していたのが、周辺国に大々的に技術者をスカウトされ、産業を丸ごと持って行かれたそうですけど」
エンリが「それはトランプ帝国の政治圧力で、無用な輸入を強制して実質製造を禁止するという強盗外交犯罪の被害にあったんだよ。"あいつ等が朝食で食べているサンドイッチを奴等の口に手を突っ込んでつかみ取ってむしゃむしゃ食べてやった"とか、トランプ帝国の商務長官が自慢してたものなぁ」
ムラマサが「口に手を突っ込んで掴み出したサンドイッチ・・・って、相手の唾液まみれでござるな」
ニケが「それを男どうしで?」
タルタが「ディープキスどころの騒ぎじゃない。変態過ぎだろ」
「ルイ先王には絶対聞かせられない話だな」とエンリ。
残念な空気の中、暫し、場は沈黙・・・・。
エンリが「ところで俺たち、何の話してたんだっけ?」
その時、ポルタ大学の職工学部長が執務室に入ってきた。
「イギリスから製鉄技師が仕事を求めて来ているので、製鉄学科を設立する許可を頂きたいのですが」
エンリの仲間たち、互いに顔を見合わせる。
そして「来てくれる技術者、居たじゃん」