第479話 皇子と駆けっこ
完成した蒸気機関の試作品は、新たなタルタ海賊団の乗船に使われ、魔導船二番艦としてシマカゼ号が建造された。
そのメンタルモデルのシマカゼがポルタ城に住み着いて数日が経った。
当初、彼女にヤマトと同様な職業スキルを期待したニケだったが、高速化に特化したシマカゼには職業スキルが全く付与されておらず、ニケは早々に彼女から手を引いた。
そして、城内で好き勝手に行動するシマカゼ。
遊んでもらおうとタマを追い回す。
厨房に潜り込んで、お菓子をつまみ食い。
エンリの執務室に入り浸って、彼に相手をねだるシマカゼ。
「ねえねえ提督、退屈なの。シマカゼと遊んでよ」
そう言って、執務中の机に向かうエンリの肩を揺するシマカゼに、彼は「そんな暇は無い」
シマカゼは「軍艦娘は提督とキャッキャウフフするんだよね?」
エンリは困り顔で「いや、そのためにお前を発注した訳じゃ無いんだが」
「殿下!」
執務室の机の脇では、鞭を持った宰相が鬼の表情で・・・・・。
「世継ぎを産ませるために側室を抱える事に文句を言うつもりはありませんが」
そんな危ない事を言う宰相に、エンリは困り顔で「いや、側室じゃ無いんだが」
「正妃のイザベラ様が普段外国におられ、リラさんは人化人魚で、三号四号当たり前でもいいですけどね。だからってこんな未成年を、しかも執務中にじゃれ付いてハンコ突きの邪魔に・・・」
そう小言を続ける宰相に、エンリは言った。
「ようするにお前が文句を言いたいのは、それだよな? だったら大丈夫だ」
宰相が周囲を見回すと、いつの間にかシマカゼの姿は消えていた。
「つまり、殿下の公務の大切さを理解し反省して、二度と邪魔をすまいとこの宮殿から立ち去ったと」
そう宰相が言うと、エンリは「いや、あいつは単に飽きっぽいだけだから」
まもなく、城内各部署から仕事の邪魔だと苦情が殺到した。
困ったエンリは、ライナたち三人を呼んでシマカゼと引き合わせ、彼女の相手役を押し付けた。
「お前等で面倒を見てやってくれ」
そんな彼にライナは「エンリ様、女の子は誰とでも仲良くなれるとか思ってますよね?」
リンナは「女子会を甘く見てません?」
ルナは「仲良しグループには相性というものがあるんです」
「ジャカルタの四人の精霊女よりマシだと思うが」とエンリ。
「そうですけど・・・・・・」
数日間、シマカゼはライナたちと行動をともにする事になった。
「よろしくね」
愛想笑いでそう言うライナたちに、シマカゼは気の乗らない顔で「シマカゼとお友達になりたいの?」
「そうよ」
「要らない。シマカゼは姉妹艦が居ない一人っ娘なの」
そんな彼女にライナは、カチン・・・と来る感情を噛み殺して「まあそう言わずに。お菓子もあるから」
一緒にお菓子を食べる元女官三人組とシマカゼだが・・・・・。
数日後・・・・・・。
ライナたち三人はエンリの執務室で、机に向かっている彼に訴えた。
「エンリ様、あの子、面倒見切れません」
そうライナが言うと、リンナも「協調性ゼロだし」
ルナも「勝手な事ばっかりするし」
そして三人は声を揃えて「あんなにお菓子を食べてあの体形って、おかしくないですか?」
「不満はそこかよ」と言って溜息をつくエンリ。
その時、ソファーでおやつを食べていたフェリペが「シマカゼって、父上の船に居る女の子?」
「つまり、自由な性格という事だよな」
そう言いながらロキが出現。
「自由な心は人のあるべき姿。やりたい事に素直であるのは良い事だと思うぞ」
「ロキってそんなキャラだっけ?」
そうエンリが言うと、ロキは「自由な心で悪戯を楽しむ。これこそ最高の人生」
「結局それな」とエンリはあきれ声。
ライナもあきれ声で「人に迷惑をかけるのは自由の履き違えだと思うんですけど」
そして・・・・・・・・。
フェリペは城の廊下でシマカゼを見つけ、声をかけた。
「君がシマカゼだね?」
「あなたはだーれ?」
そうシマカゼが訊ねると、フェリペは「僕は闇のヒーロー、ロキ仮面だ」
シマカゼは「何が出来るの?」と尋ねる。
「悪者をやっつける」とフェリペ。
「それから?」
「困っている人を助ける」とフェリペは続ける。
「それから?」
「すごく強くて早くて」とフェリペは更に続ける。
「シマカゼより?」
「・・・・・・・・・」
「じゃ、駆けっこしようか」
そう言って、シマカゼは駆け出した。
「負けないぞ」
そう言うと、フェリペは仮面をかぶってロキ仮面の変身ポーズをとる。
仮面分身で出現した多数の仮面が縦横に整列した筏状になって宙を舞い、フェリペはその上に乗った。
まもなくフェリペが乗った仮面の筏はシマカゼに追い付いた。
「乗り物に乗るって反則じゃ・・・・」
そうシマカゼが物言いすると、フェリペは「これはロキ仮面の力だ」
フェリペの隣にロキが現れて「それに、シマカゼは軍艦娘だから、元々は船に乗るんだよな? 船は乗り物だぞ」
「そうだね。だったら・・・・・・」
シマカゼはそう言うと、さらに速度を上げ、フェリペの仮面の筏を引き離した。
「主よ、仮面変形だ」
ロキはフェリペが被っている仮面に右手を当てて呪句を唱えた。
「仮面変形。世界最速の男、ウルサインボルト」
フェリペはマッチョな南方大陸人陸上選手に変身し、仮面の筏から飛び降りて地面を駆け、シマカゼに追い付いた。
シマカゼは彼に「あなたはロキ仮面なの?」
「そうだよ。これは仮面変形。ロキ仮面の力さ」と、変身したフェリペ。
「だったら・・・・」
シマカゼは更に速度を上げ、ウルサインボルトに変身したフェリペを引き離した。
どんどん先に行くシマカゼを見て、フェリペは困り声で「どうしようロキ」
ロキも「ここまで早いと追い付きようが無いな」
フェリペは暫し思考。
そして「あのさ、仮面変形って何にでも変身できるんだよね?」
「なるほど」
街を超高速で走るシマカゼは、後ろから追い付いてくる人影に気付いた。
振り返ると、自分と同じ姿の、もう一人のシマカゼ。
その人物はまもなくシマカゼに追い付いた。
「あなたは誰?」
そう問うシマカゼに、彼女と並んで走る、シマカゼに変身したフェリペは言った。
「これもロキ仮面の力さ。仮面変形は誰の仮面にも変形するんだ。そして全身その人と同じになって、同じ能力を使える」
シマカゼと、シマカゼに変身したフェリペは、日が暮れるまで駆けっこを続け、引き分けに終わった。
夕日を背に互いの健闘を讃え合い、握手を交わすフェリペとシマカゼ。
すっかり仲良くなった二人。
執務室のエンリの前でフェリペとシマカゼがロキ仮面ごっこ。
仮面分身で生じた鉄の仮面をかぶって、フェリペは変身ポーズとともに「ロキレッド」
シマカゼは変身ポーズとともに「ロキピンク」
そして声を揃えて「二人揃ってロキレンジャー」
たまたま陳情に来ていたポルタ市民の一団が、それを見て唖然顔。
エンリは頭を抱え、脳内で呟いた。
(勘弁してくれ)
そんな彼にシマカゼは「エンリ提督って中二病なんだよね?」
「違うから!」
シマカゼはフェリペとロキと一緒に、街で悪戯に出かける。
そしてロキが悪戯を仕掛ける間、シマカゼが勝手に周囲をうろうろするため、いつも周囲の人たちにバレてしまい、悪戯は失敗に終わった。




