第475話 張り子と帽子
ポルタ大学職工学部で行われている蒸気機関の開発。
エンリ王子は、実現のネックになっている釜の強度について、頭を悩ませていた。
「エンリ様、手が止まってますぞ」
執務室でハンコ突きに追われるエンリに、宰相はそう言って鞭を鳴らす。
「すまん、考え事をしていてな」とエンリ。
「集中して頂かなくては」と追及を続ける宰相。
「・・・」
「国家の運営を担う王太子殿下がそのような事では困りますぞ。政務の最中に些末な考え事で気を逸らすとか。一体何を・・・」
そう言って、更に追求を続ける宰相に、エンリは「ポルタの将来に関わる重要な問題について考えていたのだがな」
「・・・」
「船の動力に使う蒸気機関の開発だ。通商立国としての地位を失うかも知れない大問題なんだが」とエンリは更に反撃。
タジタジとなる宰相。
「主の心家来知らずって、悲しい状況だよね」と、エンリは更に矛先を強める。
「殿下がそのような問題に心を砕いておられたとは・・・」
そう言って、冷や汗を流して退散する宰相。
別室から顔を出すエンリの仲間たち。
「行ったかな?」
そうタルタが言うと、ニケが「行ったね」
若狭が「これだと当分戻って来ないよね?」
ジロキチが「あの人が居ると、おちおちここで寛げない」
アーサーが「王太子が政務に励んでいる前で遊び惚けている姿を晒すなど言語道断・・・とか言われちゃうものな」
「それは事実だと思うぞ。ってか、ここはお前等の息抜き部屋じゃ無いんだが」と言って溜息をつくエンリ。
カルロはお気楽顔で「だって癒されるじゃないですか。必死に働いてる人を見ながらまったりと時間を過ごすのって、自分の自由の有難さが身に染みる」
「そういう性悪アピールギャグはもう要らないから」と、エンリは更に溜息をつく。
その時、ファフが騒々しく執務室に駆け込んで来た。
「ねえねえ若狭、またお面作ってよ」
「この前、狐のお面を作りましたよね?」
そう若狭が言うと、ファフは「今度は熊さんが欲しいの」
「お面って?」
そう言って興味を示したリラに、ファフは「こんなの」と言って、それを出した。
薄手のやや弾力のある素材で、狐の顔を立体的に模ったものに、絵具で色を塗って仕上げたものだ。
「それ、若狭が?」
そうエンリが言うと、若狭は「張り子ですよ。ジパングのお祭りでよく売ってるもので」
「どうやって作るの?」とタルタ。
「これも刀鍛冶の応用?」とニケも。
「いえ。子供の頃、母さんに作り方を教わったんです。材料は紙を使うんですよ」と若狭は解説を始めた。
実際に作ってみようという事になり、若狭は道具を持ち込んで、お面作りを始める。
粘土で型を作り、炎魔法で軽く焼き固めた上に、濡らした紙を張り付ける。
更にその上から別の紙を、薄く糊を混ぜた水で濡らして、ぴったりと貼り付ける。
次々に紙を張り付ける事で厚みを増して、乾燥させて丈夫にし、型から外して絵具で色を付ける。
完成した張り子のお面を手に、「上手いものだな」と感心顔のエンリ。
「殿下も一つ、どうですか?」
そう若狭が言うと、エンリは困り顔で「俺は子供じゃ無いんだが・・・」
若狭は「じゃ無くて、フェリペ皇子にお土産ですよ」
エンリは「それもいいな。あいつ、どんなお面が喜ぶかな?」と言って思案顔になる。
「やっぱりロキ仮面でしょう」
そうリラが言うと、エンリはすかさず「却下」
「ルパンが使うような変装用の仮面とか」とタルタが言い出す。
ジロキチが「そりゃ無理だろ」
「けど、実物を型にしたら、本物そっくりの仮面が作れるんじゃね?」
そうタルタが言うと、ニケが「ちょっと不気味かも・・・」
ファフが「けど面白そう。やってみようよ」
カルロが長椅子に横になる。
その顔の上に若狭は、濡らした紙を貼る。
「い・・・息が出来ない」と苦しそうなカルロ。
若狭は慌てて紙を外す。
「危ないなぁ。下手すると窒息するぞ」
そうエンリが言うと、カルロは「そう思ったんなら止めて下さいよ」
「けどタルタは鉄化すれば平気だよね?」とファフが言い出す。
「確かに・・・・・・」と呟く全員の視線がタルタに集中。
ファフがノリノリで「やってみようよ」
タルタが長椅子に横たわって鉄化。
金属化して固まったタルタの顔に濡らした紙を貼る。
乾燥させながら紙をどんどん貼り付けて、厚みを増して丈夫に乾燥した紙製のものを外し、絵具を塗って、タルタのお面が完成。
ファフはそれを手に執って「不気味」
「ブサイクだよね」
カルロがそう言うと、ニケも「こんなの要らない」
機嫌を害するタルタを他所に、ファフはそれを被り、ブサイク連呼しながらはしゃぐ。
そんな彼等を見ながらエンリは思考した。
そして彼は呟く。
「これ、蒸気機関の釜に使えないかな?」
「オカマ用のお面ですか?」
そうリラが言うと、エンリは「じゃ無くて、作り方だよ。清定さんの所に行くぞ」
ポルタ大学のオカマンに連絡。
そしてエンリはオカマンに彼の思い付きを話す。
そしてオカマンを連れて、清定の仕事場へ向かった。
若狭が清定に用件を伝え、オカマンが蒸気機関製造の問題点について話す。
そしてエンリが彼の想い付きを話し、意見を求める。
「張り子と同じ手順で、ジパング刀の技術を応用した蒸気機関の釜ですか?」
そう清定が言うと、エンリは語った。
「鉄の板を叩いて伸ばして折って、鉄のムラを何層もの薄い積層構造にする訳だよね? ジパングの鉄砲は鉄の棒に同様の鉄の板を巻き付けて筒にする訳だが、あの鉄の棒はいわば金型と同じだ。球体の金型に熱した鉄板を張り付けて叩いて伸ばしながら次々に貼り合わせて、鉄のムラを極薄の積層構造に仕上げるんだよ」
「なるほど。爆発した釜は元々は鋳鉄ですからね」
そう清定が言うと、エンリはオカマンに「粘土で作った鋳型に溶けた鉄を流し込むんだよな?」
オカマンは解説する。
「鍛鉄を作るなら金型ですが、鋳物だと外側の鋳型の内側に中子があって、どちらも粘土です。外側と中子の隙間に流れ込んだ鉄が製品になります。釜の内側に取り残される中子は、鋳物だと粘土だから壊して取り出せばいいのですが、叩いて鍛えるとなると金型は中子と同様の球形を鉄で造ってその外側に鉄板を張り付けて叩く。それだと釜の内側に取り残された金型は容易に取り出せないですよ」
エンリは「球体じゃ無きゃ駄目?」
「あの形が一番内側からの圧力に耐えられるんですよ」とオカマン。
「半球状のものを二つ繋ぎ合わせる、ってのは?」
そうエンリが言うと、オカマンは「つなぎ目が弱点になって、そこから爆発します」
「駄目かぁ」
翌日、何時ものようにエンリが仕事中の執務室に、ニケが意気揚々と入って来た。
鯖の広いおしゃれな帽子をかぶっており、手荷物として同様の幾つもの帽子。
そして「ミラノで流行ってる帽子なんだけど、一つ金貨二枚で誰か欲しい人は居ない?」
「高いだろ」
そうジロキチが言うと、ニケは「ファッションは鮮度が大事よ。男を繋ぎ止めるために、自分の美を際立たせる装いにはコストを惜しまない。それが勝ち組女の秘訣よ。若狭はどう?」
若狭が「ジロキチさんもムラマサも、そういうのに無関心だからなぁ」
「だからあの二人は問題外」とニケ。
その時、エンリが「その帽子貸してみろ」
リラが「王子様も欲しいですか?」
カルロが「まさか女装の趣味?」
「違うから」とエンリは語気を強める。
アーサーも「そうだぞ。リラさんにプレゼントするに決まってますよ」
するとニケは「金貨三枚」
エンリ、抗議顔でニケに「今、値上がりしたよね?」
ニケはドヤ顔で「プレゼントというのは、高価なものを無理して買って貢ぐ事に意味があるのよ」
するとリラがエンリの上着の裾を掴み、物欲しそうな声で「王子様」
「欲しいのか?」
そうエンリが言うと、リラは「プレゼントなんて久しぶりなので、感動しまして」
「このあいだマグカップを買ってやったが」
そうエンリが言うと、タマが「もしかして王子、誕生日のプレゼントは毎年マグカップ?」
リラは嬉しそうに「随分と溜まってますが、どれも大切な思い出です」
タルタがあきれ顔で「安直過ぎだろ」
ニケもあきれ顔で「恋人たちの最重要イベントを何だと思ってるのよ」
そんな彼等にリラは「いえ、どんなものであっても、王子様から頂いたというだけで最高の思い出です」
そんなリラの手を執って、エンリは「リラ」
リラはエンリを見つめ、そして「王子様」
エンリは「リラ・・・って、そう言う話じゃ無くて、ちょっと借りるだけ」
エンリは受け取った帽子を手に執ると「そのニケさんが被ってるのも、貸してくれるか?」
ニケがテンションを上げて「二つ欲しいと?」
若狭が恋バナ顔で「つまりペアルック?」
エンリ、困り顔で「だから違うって!」
エンリは、受け取った二つの鍔付き帽子を、逆向きにして合わせる。
二つの帽子の鍔が合わさるのを見て、改心の笑みを浮かべるエンリ王子。
「それって・・・」
そう怪訝声を揃える仲間たちに、エンリは言った。
「蒸気機関の釜の作り方さ。こうやって二つの半球形を合わせる接合部を、この帽子の鍔のように広くとる。接合面を広くとる事で弱点を補うんだ。これならいける」
そんなエンリに、リラはがっかり顔で「あの、プレゼントは?」
そんなリラを見て、エンリは「ニケ、俺に帽子を売ってくれ」
するとニケは「金貨四枚」
「あのなぁ!」




