第474話 動力の道
ここはポルタ大学職工学部の実験室。
炉に取り付けた大きな球体の鉄製の釜。それに接続された頑丈そうなパイプ。そして何やら複雑そうな機械。
数人の教授と技術者たちが調整作業を続けている。
準備が整い、炉内の薪に点火。まもなく薪が炎に包まれ、釜内部の温度が上昇。
「水温が沸点に達します」と、釜の様子を観察する教授。
更に観察を続け、「圧力上昇」と報告。
動力部を担当する教授が「動力、起動します」と報告。
パイプに接続したピストンが動き始める。
ピストンから断続的に高温の蒸気が噴き出し、ピストンの往復運動は回転運動に変換される。
歯車の回転はどんどん速度を増す。
「動力、順調です」
そう、動力部担当の教授が報告すると、リーダーらしき教授が「よし、負荷をかけるぞ」
回転する機械に別の機械を接続する。回転は速度を落とす。
「パワーが足りません」
そう機械担当の教授が報告すると、リーダーの教授は「火力を上げろ」
まもなく再び高速化。
「負荷を上げろ。このまま船を動かせるだけのパワーに持って行くぞ」とリーダーの教授が号令。
だが・・・・・・。
釜担当の教授が「釜に異常です。一部に亀裂の前兆が」と緊張した声を上げた。
「またか・・・・・」とリーダーの教授が表情を曇らせる。
「釜がもちません。爆発します」
「退避だ!」
慌てて物陰に逃げ込む教授と技術者たち。
まもなく釜は爆発した。
そして・・・・・・。
エンリ王子がリラとアーサーを連れて、蒸気機関の実験の視察に訪れた。
エンリを迎える教授たち。
「ここのチームのリーダー、オカマンです。言っときますけどオネエキャラじゃ無いですから。
そう教授たちのリーダーが言うと、エンリは「知ってるよ」
「これでも二文字違えば滅茶苦茶気合の入った主人公キャラと同じ名前ですからね」
そうオカマンと名乗った教授が言うと、エンリは「知ってるから。代々続く名門技術者マイロード家の落胤だってんだろ? ああいう不自然に凝ったアニメキャラのネタは要らないんだが」
「けどそれ、関西人の合言葉をキャラ名に使うような世界で言う台詞じゃないと思うんですが」と、オカマンの隣に居る教授が突っ込む。
「・・・・・・・」
教授たちの案内で実験室を訪れ、先日爆発した蒸気釜を作り直している様子を視察するエンリ。
「イギリスでも同じものを作ってるんですよね?」
そうリラが言うと、アーサーも「蒸気機関で動く船かぁ。風まかせだった海運で革命が起きるんだよね」
「先を越されたらポルタの海運立国の地位がパーだ」とエンリは何時に無く真顔で呟く。
オカマンが「仕組みは出来ているんですよ」
「つまりこっちはリードしていると?」
そうエンリが言うと、オカマンは鼻息荒くドアップでエンリに迫る。
「そうなんです。あと一息なんです。もうひと頑張りするために、インセンティブを高めるための予算の増額を是非・・・」
「財務長官が、なぁ」とエンリ。
オカマンは「本当にもう一押しなんです」
「そう言われてこの前、増額したよね?」
そうエンリが突っ込むと、オカマンは「飲みにケーションに不足しまして」
「結局それかよ。それに、この前あと一息と言ってから随分経つぞ」とあきれ声のエンリ。
オカマンは「釜の強度を保つのは難しいんです」
「どこかに弱点があるって事だろ?」
そうエンリが言うと、オカマンは「鉄の均一性の問題もあって、冶金科とも協力しているんですが、これが限界でして。それに、彼等は製鉄の効率化の問題も抱えておりますんで」
「お前等だって鉄の専門家は居るだろ」とエンリ。
オカマンは「それだけ難関なんですよ。イギリスだって仕組みは出来てるけど、これがネックなんですから」
「なるほど・・・」
「御理解頂けましたか。では予算の増額を」
そう言ってドアップで迫るオカマンに、エンリは言った。
「ちょっと待て。お前さっきイギリスより一歩リードしてるとか言ってたよね?」
そして・・・・・・。
エンリの執務室で、たまり場状態で長椅子で寛いでいる部下たちを横目に、エンリは、リラが出してくれたお茶を飲んで一息ついていた。
そんな彼等の雑談の中で、先日視察した蒸気機関の話題が出た。
「蒸気機関ですか?」
そうジロキチが言うと、エンリは「どうしても釜が爆発するんだよ」
「冶金の問題じゃ無いのかな?」とニケ。
リラが「つまりは優秀な鉄が必用という事ですよね?」
「だったらジパング刀だろ。あれだけの刀に使う鉄ならイケるんじゃ無いのか?」
そうタルタが言うと、若狭が「そううまくは行かないと思いますよ」
エンリは暫し思考し、そして言った。
「けど、何かヒントにはなるんじゃないかな?」
エンリは仲間たちと、清定の工房に向かった。
そして趣旨を話すと、清定は言った。
「ジパング刀の原料の鉄の質は、ユーロの鉄以上に良くないですよ」
「それで、どうやってあんなジパング刀を?」
そうエンリに問われ、清定は解説した。
「鉄の使い方の工夫ですよ。鉄にムラがあって、硬い所と柔らかい所があるんですよ。だから叩いて薄く伸ばした板を幾重にも折り曲げては叩いて伸ばし、硬い鉄と柔らかい鉄の薄い層が幾重にも重なる。鉄は硬いと折れやすく、やわらかいと曲がりやすい。それが幾重にも重なって支え合う事で、折れにくく曲がりにくい刀が出来るんです」
「刀として使うのと爆発しない釜として使うのは違うって事かな?」
そうジロキチが言うと、アーサーが「というか、つまり内側からの圧力に耐えるって事だよね?」
「それなら鉄砲と同じだろ。鉄砲は鉄の棒をくり抜いて筒の形にする訳だが」
清定は言った。
「ジパングの鉄でそれをやると爆発します。なので、刀と同じに鉄の板を熱して叩いて伸ばし、折り重ねて叩いて伸ばして幾重にも薄い層の折り重なる鉄の板を棒に巻き付けて鍛えながら筒にするんです」
ニケが「それだけムラの多い鉄って、何か問題あるの?」
「作り方の問題でしようね。ユーロの製鉄は、縦長の背の高い製鉄炉ですよね。ジパングだと箱型の背の低い炉を使います。熱は上に登りますから、溶けた鉄の成分が上に行こうとして混じり合うんです」と清定。
「箱型だとそうなりにくい訳ですか?」
そうリラが言うと、清定は「ジパングは雨が多いですから、製鉄は高殿という屋内で行います。だから背の高い製鉄炉は屋根に熱が届いて火事になる」
「けど、ポルタの鉄はそれよりムラは無いんだよね?」とエンリ。
「ジパングの鉄ほどじゃ無くてもムラはある。だから釜も爆発するんでしようね」と清定。
エンリは思った。
(もしかしたらジパング刀みたいな作り方をすれば爆発しない? けど、具体的にどうすれば・・・・・・)




