第472話 千本の斬鉄剣
魔剣から分与した炎に耐える刀を求めてジパングを訪れたエンリたちは、刀鍛冶の少年裕二を連れてポルタに帰還する途中、大阪城に立ち寄る破目になった。
そこで鉄をも断ち切る名刀を盗むという怪盗五右衛門の予告状の話を聞く、しかも秀吉にはその名刀に憶えが無いという。
その夜、予告通りに五右衛門は現れ、影分身と隠身を使う彼と、彼を捕えようとする真田十勇士との戦いとなった。
侍たちの包囲を脱した五右衛門を、十勇士と侍たちは追う。
そしてその場から人影が去ると、土の中から五右衛門が現れた。
「分身に戦わせて土遁で身を隠し、一体を囮に使って追手を引き離す・・・という訳か」
そう何者かが発した声に、五右衛門が振り向くと、そこに立っていたのは猿飛佐助だ。
「お見通しという訳か」
そう残念そうに呟く五右衛門に、佐助は「勝負だ!」
目にも止まらぬ速さで切り結ぶ二人。
だが、佐助の忍刀は五右衛門の剣圧に押される。
「こいつ強い。だが、長引かせれば奴の仲間が戻って来る」と呟く五右衛門。
その時、五右衛門が右手で振り下ろした刀を受けた佐助の忍刀は折れ、五右衛門の刀も折れた。
その一瞬を突き、五右衛門は左手に持っていた短刀を投げ、佐助の右の腿を貫いた。
動脈を傷つけられて噴き出す血を押える佐助を前に、折れた刀を鞘に納める五右衛門。
「俺はこの刀でも敵の刀を折る事は出来る。だが、自分の刀も折れてしまう。そんな時、呪師の呪いにより、敵の剣を容易に切る刀がここにあると知った。自らはけして折れない刀があれば、俺は剣士として完成する。さらばだ」
そう言い残して、五右衛門は去った
まもなく他の十勇士と侍たちが戻って来る。
「やられたな」と言いながら佐助の傷に血止めを施す才三。
「奴はどうした」
そう小助が問うと、佐助は五右衛門が立ち去った方向を指した。
そして「向うは蔵が立ち並ぶ。盗む価値のある刀があるなら宝物蔵だろう」
五右衛門は蔵が立ち並ぶ中の、一軒の蔵の前に立った。
その蔵の入口にかけられた鍵を手に執り、鍵穴に細いピンを差し込み、鍵を開けた。
その時・・・・・。
「五右衛門さんですね?」
そう声をかけたのはエンリ王子。そして彼の仲間たちも居る。
「誰だ!」
そう問う五右衛門に「海の向うから来たポルタのエンリです」と彼は名乗る。
「俺の邪魔をするか」と身構える五右衛門。
だがエンリは「私、そういう役目は無いんで。ただの野次馬ですよ」
「俺がここに来るのを知っていたのか?」
そう五右衛門が言うと、エンリは「刀を探しているんですよね? ありますよ。嫌っていうほどね」
五右衛門が戸を開けて中に入ると、刀はあった。
無造作に束ねられた刀の山。
五右衛門、唖然顔で「この中から探せと・・・」
「鉄を切る刀が欲しいのですよね? 試してみてはどうですか?」
そう言って、エンリは鉄の棒を持って突き出す。
五右衛門は一本の刀を執り、エンリが持った棒に斬り付けると、鉄の棒はあっさり切れた。
五右衛門は別の刀を抜いて斬り付ける。
やはり鉄の棒はあっさり切れた。
「これが全部、斬鉄剣だというのか?」
そう五右衛門が唖然顔で言うと、エンリは解説した。
「ここにある刀は、秀吉さんが刀狩で駆り集めたものの一部ですよ。元々は今から200年前の戦乱の時代、負けの混んでいた側の武将が作らせたもので、領内に居る鉄を切る刀を鍛えるという名工に、体勢を挽回すべく千本の刀を作る事を命じました。それが完成したものの、間もなく彼が属した側のトップは和平に応じ、彼は敵側に降伏した。そして敵側が送り込んだ新たな領主の元で、土着武士として生き残ったのです。その後、戦国の世が来たものの、その刀が何なのかは既に忘れられ、戦国が終わって、秀吉さんが全国の農民たちに武装解除を命じた。自治村の指導者で地侍だった当主は、農民である事を選び、先祖から受け継いだ刀を差し出した。それが、ここに積まれているのですけどね」
「・・・・・・」
「どうしますか? いくら鉄をも斬れる名刀といっても、これだけあると有難味が薄れる」
「私は骨董品としての刀を欲しい訳では無い。私は剣の腕を磨いて、敵の刀を容易に折る力を手に入れた。だが、自分の刀も折れてしまう。それでは剣士として生きる事は出来ない。これがあれば剣士としてやっていける。だが、一本でも持ち出せば天下人の財産に手を付けた事になる。あなたはそれを見逃すのか?」
「さすがにまずいでしょうね。ですが、実は私も持っているのですよ。千本の斬鉄剣を」と、エンリ王子。
「何だと?」
唖然顔の五右衛門に、エンリは一本の刀を差し出し、そして言った。
「これをあげましょう。その代わり、盗みはこれで終わりにしてもらえますか?」
五右衛門は盗みを止める事を約束して、エンリからその刀を受け取り、蔵から去っていった。
エンリが蔵を出ると、古田織部が居た。
「見てたんですか?」
そう困り顔で言うエンリに、古田は「まあ、行きがかり上・・・・」
「やっぱりまずいですよね?」
そうエンリが言うと、古田は「いや、彼はここでは何も盗んでいませんから」
「けど、お尋ね者ですが」とエンリ。
「まあ、知ってるのは我々だけですよ。その代わり、お願いがあるのです。その鉄を切るという刀、私にも一本、譲って貰えますか?」
ちゃっかり顔でそう要求する古田に、エンリはもう一本の刀を渡す。
古田はエンリから受け取った刀を抜き、目の前に翳す。
「刃先に流れるように折り重なる無数の綾の如き模様。実に素晴らしい。この腰つきといい胸の張り具合といい・・・」
ジロキチ・ムラマサ・若狭と四人で盛り上がる古田織部。
そんな彼等を見て「何だかなぁ」とあきれ顔で呟くエンリたちであった。
翌日、エンリたちは帰国すべく秀吉に挨拶。
秀吉と彼等が取り交わす会話の中、ニケがその話を切り出した。
「あの、刀狩りというのをやったのですよね?」
「乱世の中では民は村単位で身を守るため武装し、農民と武士を兼ねる者が多く居た。そして天下が平和となり、武器が不要となる中で、民がそのまま武力を保持すれば、争いでそれを持ち出す者が必ず出る。だから侍になるか農民として生きるかを決めさせ、農民の武器は取り上げる決まりを作ったのです」
そう語る秀吉に、ニケは「没収した刀はどうなるんですか?」
「都に建てている大仏の材料にでもしようかと」と秀吉。
すると、その場に控えていた古田織部が「前にも申し上げましたが、あれを潰すというのはあまりに勿体ないかと」
秀吉は「だが、あんなにあるんだぞ。骨董品としても、あんなにあっては有難味が無くなる」
「それはそうなのですが・・・」と未練顔の古田。
「それで、刀を溶かして鉄の仏像でも作るのですか?」
そうエンリが言葉を挟むと、秀吉は「いや、木を組み合わせて作る大仏なのでな。釘として使おうかと」
すると古田は再びテンションを上げて「釘ですか。それは良いかも知れません。あのシンプルなフォルム。けして鋭くは無いが、何物をも貫く意思を感じさせる、無骨にして素朴。これぞ詫び錆びの極致」
「いや、それもかなり勿体ないと思うんですが・・・」と残念顔のエンリ。
ニケは言った。
「私たちに売って貰えないでしょうか。とりあえず千本、売って欲しい刀があるんです。ユーロでは戦乱が続いていて、多くの需要があります。潰して釘にするより経済的かと思うのですが」
裕二の祖父と父が鍛えて二百年間、元領主の蔵に死蔵されていた千本の斬鉄剣は、刀狩りの蔵から運び出されてタルタ号に積み込まれた。
そしてエンリたちは秀吉に分れを告げ、タルタ号は大阪を出港。
船の上でニケはテンションMAX。
「鉄を切る刀よ。いくらで売れるかしら。それが千本よ。値段を吊り上げてお金ガッポガッポ」
そう皮算用を弾くニケに、エンリは言った。
「悪いけどそれ、ポルタ軍が買い上げるから」
「高く買ってくれるんでしょうね?」
そう鼻息荒く迫るニケに、エンリはぴしゃりと「適正価格だ」
ニケは憤懣顔で「権力の横暴よ!」
エンリは権力者モードMAXで宣告した。
「だって、これからユーロを巻き込む戦争があるってのに、それを買った国が敵に回ったらどーする。俺にはポルタを守る義務がある」
ニケは地団太を踏んで「私のお金ーーーーーーーーーー!」




