第47話 人魚で不死
ジパングに残る人魚伝説を求めて、秀吉の案内で若狭に来たエンリ王子たち。
人魚伝説の残る寺に行って空振りに終わったエンリたちは、海岸に出ていた。
小さな砂浜があり、左右に山から落ちる断崖が見える。
人魚姫リラは言った。
「眠らないよう、しばらく耳を塞いでいてください」
リラは歌った。すると、それに答えるように歌が聞こえた。人魚の、それも男性の歌声だ。
リラは人魚の姿になって海中に飛び込んだ。
海の底に彼は居た。そしてリラを見て言った。
「さっきの歌はあなたですね? まだ生きている仲間に会えるなんて」
「私はリラと言います。遠い西の海から来ました」とリラは名乗る。
「私はコタローです」とジパングの人魚は名乗る。
「他の人魚は居ないのですか?」とリラ。
「昔はたくさん居たのですが、肉を食べれば不死に・・・などという迷信を信じた人達に狩り尽くされて。生き残った者は隠れて住んでいるうち、仲間は死んで一人になってしまいました」とコタロー。
「私も姉と二人だけです」とリラ。
コタローはリラに言った。
「あの、私たち夫婦になりませんか?」
「私、好きな人が居るんです」とリラは答える。
「人間ですか?」とコタロー。
「私をちゃんと愛してくれます」とリラ。
残念そうにコタローは言った。
「そうですか。人魚は絶滅する運命なんですね」
リラは「私の姉が居ます」
「会えますか?」とコタロー。
「きっと姉を連れて戻って来ます」とリラ。
こうして二人は再開の約束を交わした。
そして「ところで、さっきの歌は?」とコタローが訊ねる。
「あの、たんたんタヌキの・・・って歌ですね? ジパング人の友達が教えてくれまして」とリラ。
コタローは「それ、女性が歌うような歌じゃないですよ」
その夜、彼等が泊まった地元の宿で、事件は起こった。
夕食後、宿の主人がお茶を出す。
ニケがお茶を飲もうとするが、「熱っ」・・・。
思わず茶碗を落とし・・・といった体で、隣のジロキチもあおりを喰って、お茶をこぼす。
「ニケさん、猫舌?」とタルタ。
「そーいやタルタは猫派だっけ」ニケ。
「萌える?」とカルロが茶々を入れる。
タルタは「いや、関係無いから」
宿の主人は「お茶、入れ替えますね」と言って急須を手に取り・・・。
まもなく、全員がそのまま寝落ちする。
天井から三人の忍者が降り立った。
一人の忍者が眠っている王子たちを眺めて「こいつ等、どうする」
「始末しろと。不思議な術を使う奴等だ。生かしておくと面倒だ」と、もう一人の忍者が言った。
その時、畳の上に倒れているニケが口に咥えた吹き矢が忍者の一人を捉え、一瞬で痺れ薬がその自由を奪う。
同時にジロキチが跳ね起きざまに刀を抜いて、もう一人の忍者を居合切り。
そして残ったもう一人と激しい斬り合いとなる。
「起きてよ。タルタ、カルロ、アーサー、エンリ王子」
そう言ってニケは、眠っている仲間たちに解毒薬を飲ませる。
「何だ。どうして俺・・・」と言いながら目を擦って起き上る仲間たち。
ニケは「お茶に睡眠薬を仕込まれたのよ。気付いてジロキチにはこっそり知らせたけど、アサシンが」
「ジロキチは?」とタルタ。
「戦ってるわよ」とニケ。
「人魚姫は、それと秀吉さんは」とエンリは周囲を見回して叫んだ。
四人が忍者と戦っているジロキチに加勢しようとすると、忍者は煙玉のようなものを投げた。
ニケはその正体に気付いて「吸っちゃだめ。これは毒霧よ」と叫ぶ。
アーサーが風魔法で毒霧を外に吹き出す。
そしてタルタがファフを抱え、全員で外に出ると、忍者は巨大なガマの上に居た。
忍者が火遁の術で繰り出す炎をアーサーは氷の楯で防ぐ。
「あのデカ物をどうにかしなきゃ」
そう言ってエンリとジロキチがガマに切りかかろうとするが、周囲に無数の忍者が出現。
「何だこの大群は」とエンリ王子。
「聞いた事がある。分身の術という奴だ」とジロキチ。
誰も居ない所で盲滅法に刀を振り回しているエンリとジロキチを見てニケは「こいつ等、何やってるのよ」
「幻術にやられてるんだ」とカルロが答える。
ニケが短銃で、カルロが投げナイフで忍者を狙い撃つが、忍刀で銃弾もナイフも弾き返される。
タルタが鋼鉄の砲弾をかまそうと身構えた時、ファフが目を覚ました。
「ファフ、あのモンスターをやっつけろ」とタルタ。
「了解」
そう言ってドラゴンになったファフのひと睨みで、ガマは油汗を流して固まった。
「おい、ガマ吉どうした」
忍者が慌てた隙にカルロが投げナイフを放ち、忍者を倒した。
倒した三人の忍者を見て「こいつら何なんだ」とタルタ。
「それより秀吉さんと姫は」とエンリ。
「そういえばさっきのお茶」とアーサー。
宿の主人を捕まえる。
「あのお茶に眠り薬を盛ったわよね?」とニケが追及する。
宿の主人が「秀吉様に命じられたんです。あの娘が必要だと」
「姫は秀吉さんが浚ったのかよ」とカルロ。
「女好きだとは思ってたが」とタルタ。
するとエンリが「いや、違うだろ。人魚の肉で永遠の命って話に喰い付いたんじゃないのかな」
「いくら死にたくないからって」とニケ。
「いや、ちょっと違うと思う。とにかく姫が危ない」とエンリ。
「けど、いったいどこに」とアーサー。
エンリは言った。
「行き先は解ってる。信長さんに死んで欲しくないんだ。ファフ。乗せてくれ。安土城まで先回りだ。
「了解」
そう言ってファフはドラゴンに変身した。
眠らせた人魚姫リラを抱え、馬を走らせる秀吉。
「殿、もうすぐです。この人魚の肉を食べれば永遠の命が・・・」
そう呟いて街道をひたすら走る秀吉は、途中、何度か馬を替え、安土城へ駆け込んだ。
リラを抱えて城に入った秀吉を訝しむ城の人たち。
「秀吉様、その娘はどうされました。他の異人の方々は・・・」
そう問う城の人に、秀吉は「それより厨に、ねねは居るか」
「来てますけど」と城の人。
「今すぐ料理の準備だ」と秀吉。
「いや、まだ夕餉の準備の時間では・・・」と城の人。
秀吉は言った。
「この娘は人魚だ。肉に捌いて殿が食すれば永遠の命が手に入る。この国の平和は永遠となるのだ。急げ」
その時、廊下の向こうから、信長がエンリ王子たちと一緒に・・・。
「秀吉」と信長が彼を見つけて・・・。
秀吉は「殿」と嬉しそうに・・・。
だが、そんな秀吉を「たわけ者が! この儂に何というものを喰わせるつもりだ」と信長は一喝した。
秀吉はリラを脇に置くと、縋るような目で訴えた。
「この人魚の肉を食べれば殿は永遠に生きて、この国を治める事が出来ます」
信長は「永遠の命など要らぬ」
「殿には不要でも私たちには必要です。まもなく天下は統一されます。ですが、それが成っても平和になど」と秀吉。
「解っておる。国境が消えればいいなど世迷言よ。たとえ全ての国が統一させて唐天竺伴天連が一つの国になったところで、必ず内戦は起こる」と信長。
「だからその時に、殿が居て治めて下されば」と秀吉。
信長は「お前が居るではないか。お前に続く者もきっと居る」
「そんな保証はありません」と秀吉。
「だったらまた戦乱が来るだけだ。その中で、それを鎮める者が出てこよう。そういう乱世の合間は短くとも、人は栄え富み、それをもって文化が栄え人は知恵を蓄える。そんな時代の価値は大きい」と信長。
「だからそれを永遠に」と秀吉。
信長は語った。
「だがな、時代が大きく先に進むのは乱世なのだ。この戦国の世で多くの人が傷つき飢える中で、人は生き残るために工夫を凝らす。だから大名たちは金銀の山を掘り、城や堤防を築く土木の技を磨いて治水を行い生産を増やした。商業を自由にして国を豊かにする事を考えた。その中から儂やそなたが現れた。そのための知恵を平和の中で蓄えるのだ。世を先に進めるものは乱世と泰平の繰り返しよ。そうやって進む先に、いつか本当に人が豊かに平和に暮らせる世の有り様が見つかる。世を幸せにするのは偉大な英雄などではない。それを続ける世の有り様ぞ。そこへ向かう時代の一こまを儂は楽しみたい」
「殿・・・」と口ごもる秀吉。
信長は歌った。
「人生五十年、化天のうちに比ぶれば、夢幻の如くなりけり」
歌い終えると、信長は言った。
「秀吉、夕べはどんな夢を見た」
秀吉は困り顔で「怒りませぬか?」
信長は笑って「怒らぬ。言うてみよ」
「お市様の夢を」と秀吉。
「楽しかったか?」と信長。
秀吉は「それはもう」
「夢は儚い。すぐに醒める。だから楽しいのだ。儂はその短い人生を、楽しみ尽くし、遊び倒したい。お前も、そうであろう」と信長。
「そうですね」と秀吉。
「天下取りは最高の遊びよ」と信長。
秀吉は言った。
「そして天下の女をわが物に・・・ですよね、殿」
信長は「だな、秀吉」
「都の女人は美しいですから」と秀吉。
信長は楽しそうに「尾張の女も捨てがたいぞ」
「やはり美濃でしょう。何しろ桔梗様の故郷ですから」と秀吉。
信長はボルテージを上げて「北国の娘は肌が美しいと聞く。この近江は諸国の街道の交わる地。天下の女が集まる」
秀吉もボルテージを上げて「今夜あたり、久しぶりに繰り出しますか」
「いいのう」と信長。
その時、荒々しく襖が開いて、信長の奥方登場。
そして「殿、またそのような」
信長青くなり、冷や汗を流して「桔梗、これはな」
「また秀吉がそそのかしたのですね」と奥方、夫の隣に居る秀吉を追及。
それを見て、エンリたちは思った。
(何だろう、この残念感は)
翌日、エンリ王子たちは城を辞した。
見送る信長と秀吉。
「行くのか」と信長はエンリに・・・。
「はい。財宝が待っていますから」とエンリは答えた。
「それは金銀の類か」と信長。
「違うと思います。例えば信長様が言った"ひとつながりの天下"のような」とエンリ。
信長は言った。
「なるほどな。見つかるといいな。けど、それで世界の海を支配するという事は、このジパングの海をも支配するという事になるのだろうな。だが我々は、おとなしく支配されるつもりはないぞ」
「そうでしょうね」とエンリ。
「その時は我が安宅船で相手になってやろう」と信長。
「覚悟しておきます」とエンリ。
安土城を後にして、尾張へ向かう。
途中の国友村でジロキチは四本の刀を受け取った。
大喜びで刀に頬ずりするジロキチ。
「寂しかったぞ。小雪、風吹、真白、氷雨・・・」
ドン引きする刀鍛冶、ドン引きする仲間たち。
そしてジロキチは刀鍛冶に訊ねた。
「ところで、最近"刀剣男子"なる物が出来たと聞いたのですが」
「何ですか? そりゃ」と、不思議顔の刀鍛冶。
話を聞いて彼は爆笑した。
余計な恥をかいたとジロキチは、その後の道中でエンリ王子に文句を言いまくった。
尾張の港から東の海、オケアノスへと船出する王子たち。
離れていく港を眺めながら、タルタは言った。
「信長さん達、また会えるといいね」
「戦場でってのは御免だけど」とアーサー。
するとリラが「また会えます。財宝を見つけた後で」
「何かあったの?」とエンリが訊ねる。
「人魚、居たんです。しかも男性」とリラ。
「あの若狭の海に?」とエンリ。
「人間を怖がってて口止めされてて。永遠の命ってただの迷信だって」とリラ。
エンリは「そうだろうね。けど、まさか姫、そいつに乗り変えたりしないよね?」
「私じゃなくて、姉のお婿さんにって、紹介してあげる約束したんです」とリラは言った。




