第467話 刀剣の国
その土地には、波平行安という刀鍛冶の名工が居た。
鉄をも断ち切る名刀を鍛えるという彼に、ある時、領主が千本の刀を鍛えるよう命じた。
無理難題を突き付けられて頭を抱える父親を憂いた彼の娘が、近くの森の、水神が住むという湖で願った。
「水神様、どうか父を助けて下さい」
その夜、一人の若者が名工の元を訪れ、弟子入りを願った。
「私は領主の命令で千本の刀を鍛えなくてはいけないので、あなたに技を教える暇はありません」
そう言って弟子入りを断る名工に、若者は「あなたのやり方を見て憶えるので、教える必用はありません」
弟子入りした若者の刀鍛冶の腕は、たちまち上達し、師に劣らぬ名刀を、凄い早さで鍛えた。
そして千本の刀は完成した。
そんな中、名工の娘は若者に恋をし、二人は深い仲となった。
だが、まもなく娘の体は病気がちとなり、次第に心も弱り、まるで影のように生気を失った。
心配した父親が占い師に見て貰うと、占い師は言った。
「その若者は恐らく魔物です。今度通って来たら、帰る時に袖に糸をつけた針を刺しておきなさい。その糸を辿れば正体を知る事が出来るでしょう」
「解りました。ですが彼はうちに住み込み、どこかから通って来ている訳では無いのです」と父親は答える。
残念な空気が流れた。
だが翌日、若者は娘に別れを告げた。
「あなたが病気なのは多分、私のせいです。このままここに居たら、あなたの命は消えてしまう」
「行かないで下さい。あなたに会えない百年より、私にとっては、あなたと一緒の一日の方が大切です」
そう言って彼を引き留める娘に、若者は「そんな事を言わず、生きて下さい。あなたは大切な体なのだから」
二人が抱き合う中、娘はそっと若者の袖に針を刺した。
若者が去ると、娘は針に通した糸を辿った。糸は森を通り、かつて娘が祈った湖の水面に入っていた。
驚く娘の前に、湖面から龍が現れた。その眉間に、あの糸を通した針が刺さっている。
龍は言った。
「私はトモガラという魔物です。無意識的に人の存在を食べてしまう。あなたの命と気力が弱まっているのはそのせいです。鉄は龍には毒なので、もうすぐ私は死にます。ですが、あなたのお腹には私の子供が宿っている。その子を大切に育てて下さい」
まもなく彼女は男の子を生んだ。
「それが祐二さん?」
ポルタ城の執務室に戻ったエンリと仲間たちが、シャナが語る裕二に関する物語を聞く中、リラがそう訊ねると、シャナは話を続けた。
「彼は子供の頃から刀を鍛える技を憶え、父や祖父を越える名刀を鍛えたそうだ。けれども成長する中で、父親から受け継いだトモガラの性質が現れ、母親の存在の力を無意識に吸収してしまい、母親の生命力は寂びえた。そして自分の出生の秘密を知った裕二は、家を出たんだ」
「シャナさんはどこで彼と?」
そう若狭が訊ねると、シャナは「トモガラである彼の討伐のため、私は一族から派遣されたんだが、話を聞き、人との接触を避けて暮らす彼を討つ気にはなれず、彼を隠すために零時迷子という宝具を持ち出した」
「それって何時の話?」
そうエンリが問うと、シャナは「私がアラストールと出会って精霊の格を貰う前だから、200年くらい昔だと思うぞ」
「それだと、裕二って人は今頃、生きてないよね?」
そうタルタが言うと、シャナは「けど、零時迷子の中で彼は刀を鍛え続けていたぞ。それが両親の供養だと言ってな」
「母親はまだ生きてたんだよね?」
そうカルロが言うと、シャナは「彼が自分の正体を知って家を出た頃は随分弱っていたから、そう長くは生きられないだろうと言ってた」
「つまり、その宝具の中に彼が造り続けた刀があると・・・」とリラ。
「それはどこにあるんだ?」
そうエンリが問うと、シャナは「ジパングだ」
「そうだろうね 彼女の刀はジパング刀だ」とエンリは呟く。
近い将来に起こるであろう、ユーロ全土を巻き込む動乱からポルタを守るための、魔剣の炎を分与する刀を使う千人の兵団。
そのための炎の熱に耐える、裕二という少年が鍛えた刀を求めて、エンリ王子は仲間たちと、シャナを伴ってジパングへ向かう事になった。
「フェリペ皇子はどうしますか?」
そうアーサーが言うと、シャナは「大学の受業を随分休んだから、出席不足になるぞ」
「ちょっと待て。シャナも同じ授業だよね?」
そうエンリが突っ込むと、シャナは「大丈夫だ。大学にはそういう場合の緊急措置として便利な制度があるんだ」
「そうなのか?」
「代返という制度だ」
そうシャナが答えると、リラが「それ、制度じゃ無いと思います」
シャナは「けど、ライナ達が海賊団の仕事で休んだ時に、クラスの友達にやって貰ったと聞いたぞ」
「シャナは誰に頼んだの?」とエンリ。
「チャンダだが」と答えるシャナに、エンリは突っ込む。
「女子の代わりに男子が返事をしてバレないのか?」
シャナは言った。
「それより王子もハンコ突きの仕事が溜まってると思うが」
エンリは暫し、頭を掻きつつ沈黙。
そして「世の中には触れない方が良いものもある。大人になればきっと解る」
「私は200年以上生きているんだが・・・・・・」とシャナは言った。
タルタ号で、東へと航路をとってジパングを目指すエンリたちとシャナ。
タカサゴ島を出てジパングに向かう中、行く手の海を見ながら、ニケはエンリに訊ねた。
「ところで、秀吉さんの所には顔を出すの?」
「目的が違うからなぁ。それに、下手に挨拶に行くと、また厄介な依頼事をされそうだ」と答えるエンリ。
「対シーノ同盟の様子とか、気になるよね?」
そうニケが言うと、エンリは「平戸のポルタ商館で聞けば様子は解るだろ」
タルタ号は平戸に寄港し、エンリたちは商館へ。
居合わせたポルタ商人たちから話を聞くエンリ王子たち。
「秀吉さんの様子はどうだ?」
「それなんですが、ぜひ殿下に指示を仰ぎたくて・・・・・」
そんな困り顔の商人たちに、エンリは「何かあったのか?」
アーサーが「まさか反対勢力の内乱?」
ジロキチが「シーノによる侵略の魔の手が・・・・」
ニケが「疫病や地震?」
カルロが「それともまた暗殺」
商人たちは声を揃えて「秀吉様の奥方のねね様と淀様、どちらに就けば良いのでしょうか」
「そんな事かよ」とエンリ、あきれ声。
するとリラは真剣な声で「女性にとっては大事な事だと思います」
若狭も真剣な顔で「そうですよ。女性を二人侍らせて二股かけてる事自体、どうかと思います」
エンリ、困り顔で「それって俺とイザベラとリラの事も含んでるよね?」
「ねえねえ、ファフは?」
エンリの上着の裾を掴んでそう言うファフに、彼は「これ以上話をややこしくするんじゃ無い」
するとリラはエンリの両手を握って「私は王子様を信じます」
エンリはリラを見つめ、そして「リラ」
リラはエンリを見つめ、そして「王子様」
エンリはリラを見つめ、そして「リラ」
リラはエンリを見つめ、そして「きっといつかイザベラ様と別れて私を選んでくれる」
エンリ、どっと冷や汗。
「それって略奪婚だよね?」
そうエンリが困り顔で言うと、カルロが「出会ったのはリラさんが先ですよね?」
「そりゃまあ・・・・・・」
アーサーも「それに、一緒に居る時間はリラさんの方が多い」
若狭も「エンリ様、しっかりして下さい。女性は自分だけを見てくれる男性を選ぶんですよ」とエンリを追及。
「けど若狭さんにはジロキチとムラマサが居るよね?」と切り返すエンリ。
「・・・・・・・・」
「いっそアラビアの教えに改宗すれば、二人と言わず四人とまで結婚できますよ」
そう言うカルロに、エンリは「さすがにアレの信者になれってのはどうかと思うぞ。それに、そんなの無くても秀吉さんがちゃんと両方を平等に愛したらいいって話だよね?」
「けど、サンクリアン王子には一緒に世話やいてくれるセバスチャンが居るからなぁ」
そうジロキチが言うと、エンリは「秀吉さんには家来が大勢居て、寄ってたかって世話してくれるんじゃないの?」
すると商人の一人が「その家来が二派に分かれて争ってるんですよ」
エンリ、溜息をついて「つまり火に油かよ」
そしてエンリは商人たちに言った。
「やっぱり問題は彼女たち自身で解決すべきだよ。あの三人なら・・・・・・」
タマがあきれ声で「また女子会で仲良くとか?」
別の商人の一人が「ってかこれ、我々ポルタ商人がどちらに就くかって話なんですけど」
「だったら、両方に賄賂を贈って"あなたの味方です"って言えばいいんだよ」と無責任な事を言うエンリ。
すると、更に別の商人が「実は、それをやって両方にバレて、信用されなくなりまして」
エンリは溜息をつき、そして「要はポルタの代表として・・・って話だよね。けど、ここにポルタ商人は何人も居る。だったら二手に分かれろ。でもって半分はねねさん、半分は淀さんに就く。どちらが勝ってもそっちに乗った方が生き残れる」
商人たちは声を揃えて「負けた方は追放されますよね?」
「そういう訳で、殿下に説得をお願いしたいのです」
そう言って寄りかかりを決め込む商人たちに、エンリは言った。
「止めておこう。夫婦喧嘩は犬も食わない。それより、シーノの様子はどうなってる?」
商人の一人が「ルソン島方面で対立が激化しています。シーノはあの島の西側の海を丸ごと自分たちの領域だと言い張って、地図に九段線なんてのを勝手に引いて、珊瑚礁の島を幾つも占領して基地とか造って・・・」
「大変な事になってるじゃないか」
そうエンリが言うと、別の商人が「ジパング海賊の夜襲で全滅しました」




