第453話 酔魔の拳
オッタマ帝国の弾圧を逃れた難民たちを保護したアテナ修道会とともに、エンリ王子たちは五人の聖闘士たちが纏う青銅のクロスを完全なゴールドクロスに変えるというサンクチュアリを目指した。
彼等の行く手を遮るオッタマ軍の本隊を破って、サンクチュアリのあるオリンポスの山岳を目指す、アテナ修道会率いる難民たち。
彼等を守る五人の聖闘士と、そしてエンリとフェリペの部下たち。
敵軍を破った事で難民たちの間に安堵の空気が流れていた。
だが、エンリたちの居る司令部では、なお緊張した雰囲気が続く。
そんな空気を言語化したのは、聖闘士五人の中での唯一の女子であるシュン。
「戦いはあれで終わったのでしょうか」
「いや、向うは超大国だからなぁ。次の敵が待ち構えていると思うぞ」
そうエンリが言うと、その場に居た者の多くが頷いた。
日が暮れるのを見計らい、水のある場所を見繕って野営。
そして焚火の明かりの傍で、地図を囲んで作戦会議。
日が昇ると、再び進軍開始。
前方に森が見えた。
「あの森を抜けた向うの山岳に、サンクチュアリがあります」
そうアテナが言うと、エンリは「伏兵が隠れるには、もってこいの森だな」
アテナは森にフクロウの使い魔を放ち、敵を探った。
そして、しばらく彼女は使い魔と交信を続ける。
「伏兵が居ますね」
進軍を停止して作戦会議。
森の見取り図を作り、アテナはその数か所を示して、言った。
「数か所に十数人づつ、敵の潜むポイントがあります。そして少し離れた森の中の草原に、まとまった数の兵団」
「つまり、伏兵で守りを崩した所を兵団で囲んで殲滅・・・って算段かよ」
そうエンリが言うと、シリューが「場所が解っていれば、こちらから襲撃して返り討ちにするのは簡単だよ。五人が一ヶ所づつ担当して一斉に・・・」
するとジロキチが言った。
「ちょっと待て。伏兵ってどんな奴らだ?」
アテナは「黒づくめのアサシン服に髑髏みたいな仮面をかぶっています」
「暗殺教団だ。甘く見るのは危険だぞ。奴らは手強い」と言ってジロキチは顔を曇らせる。
「手強いったって普通の人間だろ。音の速さで星を砕くクロス装着者の敵じゃ無い」
そんな強気を語るイッキに、ジロキチは「いや、武術の達人技ってのは、パワーで押せばいいってもんじゃ無い。俺はハサンという奴と戦って滅茶苦茶苦戦した。銃弾を叩き落とす剣で切り付けても、有り得ない角度でのけぞってかわすぞ」
「敵は霊波通信で連絡を取り合っているでしょうね」
そうアテナが言うと、エンリは「アーサー、通信妨害の魔法は使えるよね? それで敵の連携を断ち、一隊づつ潰していこう。それとニケさん、銃声が敵に聞かれるのはまずい」
ニケは困り顔で「私、飛び道具専門なんだけど」
「これを使ってくれ」と言ってエンリはニケにボウガンを渡した。
「俺たちの銃も?」と、ヤンとマーモ。
エンリは「お前等もボウガンでやれるよね?」
ヤマトが「私の砲も・・・ですか?」
「それは最後にとっておいてくれ」とエンリ。
ライナたち三人による通信妨害の魔法の中、一隊のアサシン集団をセイヤたち五人が襲撃する。
セイヤが、シリューが、そしてヒョウガ・・・。各自の必殺技で次々にアサシンを仕留める。
数人のアサシンが距離をとって短剣を投げ、シュンの鎖が渦を巻いて飛び来る短剣を弾く。
その間に背後に回ったイッキが、次々に仕留める。
二人のアサシンが戦いの輪から抜け出した。
烏の使い魔で場を監視していたアーサーが「他のチームに連絡する気だ」
「そうはさせるか」
そう言うと、待機していたカルロが一人を、もう一人をタマが追い、アーサーが飛ばした烏の使い魔が足止めする間に、追い付いて止めを刺す。
「こっちは片付いた」とセイヤたち。
「次に行くぞ」
もう一つのアサシンチームにはリラのウォータードラゴンが突入し、飛びのいて距離をとろうとしたアサシンたちの後ろに回っていたジロキチ・若狭・タルタ・エンリ王子、そしてチャンダ・シャナの六人で切り込みをかける。
乱戦となった中、樹上からニケ・ヤン・マーモが次々にボウガンで射殺。
周囲をフェリペの仮面分身が監視し、他のチームに連絡しようと抜け出したアサシンを、待機していたマゼランが倒した。
「これで全部ですね」
「次に行くぞ」
次々にアサシンチームを潰していく中、戦場全体を監視していたアテナのフクロウからの警告が届いた。
「残る三チームに動きがあります。二チームがもう一チームの所に向って合流するようです」
「異変を察知したんでしょうね」
そうアーサーが言うと、エンリは「合流する前に潰すぞ」
そしてエンリは暫し思考すると「移動先のチームにアサシンたちの司令が居るだろうな。だとしたら、先ず潰すのは他の二つだ」
「草原に居る兵団はどうしますか?」とリラ。
エンリは「ファフとアラストールで蹴散らしてやってくれ。ヤマトさんもそっちに回ってくれるか」
ヤマトを頭に乗せたファフとアラストールのドラゴンが翼を広げて、兵団の居る草原へと飛び立つ。
移動しているチームの片方をセイヤたちが、もう一チームをエンリたちが担当する。
エンリたちが担当チームを殲滅し、最後のチームへ向かうと、そこではセイヤ達が戦っていた。
エンリたちが戦いに加わり、敵を次々に仕留めるが、敵の中に、聖闘士たちと互角に戦っているアサシンが居た。
多くのアサシンが倒れた戦場に一人、余裕の表情を見せつつ立つ、髑髏の仮面を斜めにつけた敵のアサシン。
彼の前にジロキチが進み出、そして言った。
「お前、ハサン・・・」
「聖櫃戦争の四刀使いだな。あの時の結着をつけさせて貰うぞ」
そう言って煙草入れを取り出すハサン
「もしかして彼が・・・」
そうセイヤが言うと、ジロキチは「以前戦った奴だ、有り得ない角度でのけぞってかわす。けど、奴が本領発揮するのはこれからだ」
「何か特殊な技を使うんですか?」とシリュー。
ジロキチは「酔拳だよ。酒で酔って強くなる。だが奴は、更に強くなるために麻薬で酔う」
そんな問答をかわす二人に、ハサンは「東の国の導師から教わった教わった技だ」
「その導師の名は?」
そうシリューが問うと、ハサンは「鶴仙人だ」
ハサンは煙草に火をつけて「ぷは・・・」
彼が気持ちよく煙を吐こうとしたその瞬間、シリューが一瞬で間を詰めて、ハサンの顔面に強烈な右ストレート。
ハサンは吐きそこねた煙にむせながら吹っ飛ばされた。
「ゲホゲホ、相手の準備が整う前に手を出すとは卑怯な」
シリューは「卑怯も糞もあるか」
そして五人は声を揃えて「麻薬ダメ、ゼッタイ」
エンリは頭を掻きながら「まあ、中学生向けのヒーローなら、そう言うわな」
そしてシリューは必殺技を放った。
「廬山昇龍覇!」
草原に居た兵団はヤマトを乗せた二体のドラゴンの襲撃を受けてダメージを負っていたが、連携する筈のアサシンたちの全滅を知り、撤退した。
森を進む避難民たち。
彼等を率いるエンリたちの司令部で、エンリはシリューに問うた。
「それで、あいつの師匠って、どんな奴なんだ?」
シリューは言った。
「俺はミン国の廬山で老師の元で修練を受けていたんだが、その老師のライバルだ。彼は師と同門だったんだが、彼を出し抜こうと邪道な技に手を染めたと聞く」
「それが麻薬酔拳・・・・・」
そうジロキチは呟き、暫し沈黙。
そして「もしかしてシリューの老師って、亀の甲羅とか背負ってなかった?」
「何で知ってるの?」




