第447話 王子と小学校
全ての子供に実用的な教育を施すという、エンリ王子の構想から生まれた小学校制度。
試験的に設立された小学校の運用も軌道に乗り、国民教育に前向きな意見も増え、教員志望者も現れた。
ポルタ大学人文学部に設置された教育科で本格的な教員の養成が始る。
エンリと共に大学の様子を見に来たリラは、そんな教員候補生たちが指導を受けている様子を眺め、そして言った。
「あの人達が養成を終えたら、私は役目を終えるんですよね?」
そうリラが言うと、エンリは「リラは教員を続けたいか?」
リラは「とりあえず三年間、今の生徒が卒業するまでは、見届けてあげたいです」
翌日の小学校での体育の授業。
ユキチ校長はレイピアの先端に事故防止の留め具を嵌め、男子生徒たちに剣の使い方を指導。
一人づつ順番に打ち込みの相手をしつつ、他の生徒は木剣の素振りを続ける。
ロイの番となる。
木剣を振り回すロイの打ち込みを一通り受け流すユキチ校長。
「基礎は出来ているようだな」
そうユキチが言うと、ロイは「父さんが兵士なので、時々教わってるんです」
向うではリラが女の子たちに体操を教えている。
そんな様子をちらっと見ると、ロイは「エンリ王子も強いんですよね?」
ユキチは「魔剣は剣術が出来る人じゃ無いと使えないからな」
休み時間、ロイはクラスの仲間との雑談の中で、その話題を口にした。
「エンリ王子ってどんな人なのかな?」
そうロイが言うと、ミントが「野球拳に着膨れで出てきた残念な人だよね?」
ルイゼが「けど、リラ先生は彼が大好きなんだよね?」
ロイは「いろんな所で大軍を破って、そこの人たちを助けてきたって言うけど」
全員、暫し考え込む。
「どんな人って言われても、自分の親父の事なら知ってるけどなぁ」
そうジュドーが言うと、ケインが「彼の子供に聞けば解るんじゃないかな」
「子供ってフェリペ皇子?」とマナ。
「このあいだ来てたゴキブリの人だよね?」とミント。
ベンが「彼は俺たちと同年代だけど、この学校には通わないのかな?」
「王族や貴族は家庭教師だろ?」とゼロ。
ギースが言った。
「ポルタ大学に通ってるって聞いたぞ」
12人の子供たちが、フェリペに会いにポルタ大学へ・・・。
玄関前の広場のあちこちに学生が居る。
小学生たちは数人づつのグループに分かれ、学生たちに訊ねる。
「フェリペ皇子はどこに居るか知ってますか?」
数人の学生のグループが、ロイとジュドーとルイゼにそう訊ねられ、互いに顔を見合せる。
一人の男子学生が「皇子って責任者だよね?」
「いや、エンリ王子じゃなくて。ここの学生だって聞いたんですけど」
そうロイが言うと、もう一人の男子学生が「どこかの王族の留学生か? だったら人文学部だろ」
その時、一人の女子学生が、離れた所にマゼランたちと居るフェリペを見つけた。
「あの子供がそうじゃ無いかな?」
ルイゼはそれを見て「あの子、ゴキブリの時の・・・・・・」
12人の小学生は合流して、フェリペに話しかけた。
「君たちはリラ姉様の生徒たちだね。悪戯術は上達したかい?」
そう笑いながら言うフェリペに、ベンは「僕たちもゴキブリで酷い目に遭ったんだけど」
ルイゼが「そんな事よりエンリ王子について聞きたいんですけど。あなたのお父さんなんですよね?」
「父上は偉大なヒーローだ」
そう言うと、フェリペは鉄の仮面をかぶってポーズをとる。
「闇のヒーロー、ロキ仮面!」
いきなりのヒーローごっこに戸惑う小学生たち。
「それって・・・」
そうロイが言うと、フェリペは「父上はロキ仮面の初代だ」
そして数日後・・・・・。
「小学校に視察だと?」
ポルタ城のエンリの執務室に報告に来た教育局の役人に、エンリは疑問顔で確認する。
役人は言った。
「教育局の要請として、財務局と政務局と議会の方も呼んで。教育制度創設の実験校としての成果を見て欲しいと言う事です。ポルタ全土で施行するには予算措置が必要ですので。それに、子供たちが王子に会いたがっているそうでして」
周囲で聞いていたエンリの部下たちがあれこれ言う。
タルタが「そりゃ、創設を言い出した張本人だものなぁ」
ニケが「財務局が予算を渋ってるんじゃないの?」
若狭が「王子、意外と子供に好かれるキャラですものね」
エンリは些か浮かない表情で「何だか嫌な予感がするんだが・・・」
そして視察の当日・・・・。
教育局の役人の先導で、数人の役人と議員とともに小学校の門を入るエンリ王子。
校長のユキチとリラ、そして12人の生徒たちが彼等を出迎えた。
「エンリ王子と視察団の皆様を歓迎します。皆さんに僕たちの勉強の成果を見て欲しいです。特に王子に」
生徒代表のロイがそう言うと、子供たち全員、紙を切り抜いて色を塗った仮面をかぶり、掛け声をかけてポーズをとる。
「12人揃って邪神戦隊ロキレンジャー」
エンリ、困り顔で隣に居るアーサーに小声で「もしかしてフェリペに吹き込まれた?」
「そうらしいですね」とアーサーも困り顔で・・・。
「勘弁してくれ」とエンリは呟き、溜息をついた。
その後、ユキチの案内で校舎を廻り、授業を参観。
最後に生徒たちとの対話の時間。
「学校は楽しいですか?」
そう議員の一人が言うと、レンが「とっても楽しいです。給食も美味しいし、リラ先生も優しくて」
「授業にはついて行けてますか?」
別の議員の質問に、今度はミントが「ちょっと難しい時もあるけど、頑張ります」
いかにもシナリオ臭い、そんな問答を視察団の面々とかわす中、ロイが「王子に質問したい事があるんですが」
「何だい?」
お気楽な声でそう返すエンリに、ロイは真剣な表情で言った。
「僕の親は兵士で、僕も大きくなったら兵士になるつもりです。けど、戦死を怖がるのは駄目ですよね?」
エンリは暫しロイのその表情を見る。
そして「死ぬのが怖くない奴なんて居ないぞ。そもそも怖がるって、どういう事だと思うかい?」
「勇気が無いって事だと思います」
そう答えたロイに、エンリは「勇気って何だと思うかい?」
ロイは「怖がらない事だと思います」
エンリは溜息をつくと「それ、無限ループになってるぞ」
「あ・・・・・・・・・」
ロイは暫し考え込み、そして言った。
「勇気は・・・礼賛されるべき事だと、古代の賢者が言ったと聞きました」
「それはどうかな? 犯罪にも勇気は必用だが、礼賛すべき事じゃ無い。無駄と解って突っ込む蛮勇も礼賛されない」とエンリは返す。
「蛮勇は行き過ぎた勇気だと、古代の賢者が言ったと聞きました」
そう答えたロイに、エンリは「程度の問題じゃ無い。兵士で言うなら、戦いに勝つという目的のための意思を貫く事が勇気じゃないのか? 撤退した方がいいという時に、卑怯だと非難されるのを恐れないのも勇気だ」
「・・・・・・・・・・」
ロイは暫し考え込み、そして訊ねた。
「死を恐れないのは勇気ですよね?」
「戦争は死ぬ事じゃ無い。鎧は死なないために着るんだ」と、エンリは答える。
「それじゃ、命を惜しんでもいいんですか?」
そうロイに問われて、エンリは「当たり前だ。生きて勝ち抜くのが戦争だ」
ロイは「けど、よく、臣民として潔く命を捧げろとか言いますよね?」
エンリは語った。
「それで、"抵抗派を支持するって事は戦場で死んでいいんだよね?"とか言う訳だよな。けどそりゃ、抗うべき敵の理屈だぞ。敵は殺そうと襲って来る。けどその目的は殺す事じゃなくて、支配する事だ。殺されたくなければ降参しろと迫る敵に、"支配されずに生きる"ために抗うのが人間だ。死ぬか降参するか・・・なんて二者択一は無い。そんな有り得ない二者択一を振りかざすのは、侵略して全てを奪おうとする敵が嘘で騙そうとしているだけさ」
「"戦争は人殺しだ"というのは嘘なんですか?」とロイ。
エンリは「真っ赤な嘘さ。人を直接殺さない戦争だってある。経済戦争とか宣伝戦争とか。相手国を暴力的に害して脅して屈服させて支配するのが戦争だよ」
「それじゃ、敵対する国が歴史を捏造した時、それが捏造だと"言えば言うほど反感を買いまして国家に有害"だから反論せず寝た子を起こすな・・・と言って口を塞ぐのが愛国者だというのは?・・・」
そうロイに問われ、エンリは更に語った。
「バレバレな敵国擁護の保守しぐさだよ。敵対国は相手を害するために歴史を捏造している訳で、そもそも寝た子じゃ無し、反論しなきゃ寝るどころか増長するだけさ。それに歴史捏造なんて、相手国を害する犯罪で、最初からの悪意全開でやる事だから、"反発して更に"も糞も無いだろ。捏造されて害された被害者国側の選択肢は二つ。対抗して捏造国を批判してダメージを返して無益を覚らせるか、更なる攻撃を恐れて沈黙し我慢して屈服へ向かうか。捏造に反論して相手を嘘つきだと示せば、相手もダメージを受け、信用を失って第三国での戦争宣伝用銅像の撤去を迫られる、なんて事も出て来る。けど攻撃する悪意国としての戦争ってのは、相手に後者を選ばせるためにやるから、相手国内の代理人を使って"相手の反発による更なる被害"とやらを誇張して沈黙を要求する。そういう"無抵抗の勧め"誘導も含めての戦争で、そういう"一方的戦争=侵略"の下請けなんて、殆ど戦争犯罪だよ」
「そういう敵国擁護を主張するのって、馬鹿だからなんですか?」とロイは問う。
エンリは「真に受ける奴が居たら馬鹿だろうね。けど主張している奴は、デタラメを自覚して主張していると思うぞ。ああいう明白なデタラメを押し通すってのは、民間人を殺しまくる犯罪を押し通すのが実力だと勘違いして悦に入るヒャッハーと同じ。つまり馬鹿というよりチンピラだね。そして更に言うと、それを宣伝して真に受ける馬鹿が民衆だと本気で思ってる。ナチスという邪悪な侵略勢力は言ったそうだ。"民が愚かである事を前提として政治を語れ"・・・とね」
ロイはエンリを見つめ、そして言った。
「あの・・・・・、名誉の戦死って言いますよね?」
「それは残念賞みたいなもんだな」
そうエンリに言われ、ロイは唖然。
そして「残念・・・ですか?」
エンリは言った。
「たくさんの砲弾が降って来れば、そりゃ何人かは直撃を受けるだろうさ。それは自分かも知れないし、隣に居る奴かも知れない。誰が死ぬかは偶然の産物で、もし自分がそうなったら残念だが、代りに彼が死んでくれた。もしそれが俺だったら・・・、残念だけど、代りに仲間が助かったのならそれに関しては俺は嬉しいと思うぞ。だから、生き残った仲間が感謝して"お前の事はずっと忘れない"って意思表示する。それを名誉と呼ぶ訳だが、ある意味ただの強がりさ」
「政治家は安全な所から命令して、自分は死ぬ覚悟も無いくせに戦争を決める卑怯者だ・・・って言いますよね? けど、王子は先頭に立って戦うから立派だと思います」
そうロイに言われると、エンリは残念そうに溜息。
そして「俺はたまたま魔剣を手に入れて、俺にしか使えないから、勿体ないから戦場で使ってるだけさ。サルセードという人は本気で死ぬ覚悟で、魔眼という命を縮めるものを使った。彼を卑怯者呼ばわりする人は居ないだろうけど、でも、死ぬ覚悟のある人になら殺されてもいい・・・なんて人は居ないぞ。抵抗を決めるのは確かに政治家だよ。けど、抵抗しないって選択肢があるか?っていうと、そんなものは無いのさ。生きる事は権利だ。けど、自分の国を守る事も権利なんだよ。人が人として生きるって事は、その全部の権利を守るって事さ。命を守るために抵抗を諦め尊厳を捨てろ・・・なんてのは偽の平和主義だよ」
「平和って争わない事じゃ無いんですか?」
そうロイに言われ、エンリは確信を込めて言った。
「違うな。平和ってのは争いを暴力ではなく道理で解決する事さ。その国がそこに居る人たちのものなのだから、その国民が国民という立場を守って他国の侵略や介入を排するのは道理であり、それこそが平和だ。それが殺されるのを選んだ事になる・・・なんて理屈は無い。命か尊厳かの選択を迫られ、尊厳を選んで抗って殺されたとしたら、悪いのは命を選ばなかった人じゃない。そんな選択を迫った人だよ」
「ある人が父を"人殺しを仕事とする悪人"だ・・・って言ったんですけど」
そう問うロイを見て、エンリは思った。
(そうか。こいつはそれが言いたかったんだな・・・)
そして彼は言った。
「それは間違いだな。奪いに来る奴に抗うのは、奪う事を思い止まらせるためさ。それはみんなを守る立派な仕事だ」
視察を終えるエンリ王子。
そして時が経ち、事業は更に軌道に乗った。
王太子の執務室でエンリに報告する教育局長官。
「子供に学ばせる事を希望する親が増えてきているようですね」
「それ以前に、その親が居ない子供たちがポルタ全土に居るんだよな?」
そうエンリが言うと、長官は「孤児院ですか? それは教会の管轄かと」
するとエンリは「坊主は聖書の暗記とか、やらせたがるからなぁ。そんなの仕事の役には立たないから、子供は手に職をつけずに大人になる。孤児こそ知識を学ばせて社会で活躍できる人材にすべき対象じゃないのかな」
「食事とかはどうするんですか?」
長官がそう問うと、エンリは言った。
「寄宿舎を作るのさ。これは慈善事業じゃない。社会を発展させる先行投資だ」




