第443話 はじめての授業
全ての子供に実用的な教育を施すというエンリ王子の構想から生まれた小学校制度。
その試験的運用のため設立された学校で、最初の教師として任命されたのが、人魚姫リラ。
ポルタ大学人文学部では小学校用の教育課程が完成し、リラは教授たちからレクチャーを受ける。
校舎も完成し、いよいよ開校の運びとなる。
エンリ王子の執務室では、仲間たちがあれこれ無責任な噂話で盛り上がる。
「明日からいよいよ授業ですね」
そうアーサーが言うと、リラは「どんな子供かなぁ」とワクワク顔。
するとカルロが「そりゃ、全員女の子でキャッキャウフフの百合ん百合ん学級かと」
「いや、一人くらいは男子が居ても・・・」
そう若狭が言うと、カルロは「まあ、ハーレムは基本だよね」
タルタが「で、その一人ってのが、無口で影が薄くて授業中に机の上で一人遊び」
ファフが「プラモとか作るんだよね?」
ジロキチが「それが無茶苦茶レベルが高くて、隣に居る女子の目をくぎ付けにして・・・」
ムラマサが「そのプラモを固有結界に持ち込んでロボットバトルでござるな」
そんな斜め上な妄想に、リラが「あの、生徒名簿はもう出来てるんですけど」とストップをかけた。
名簿を見ると、男子七人で女子五人。
カルロが残念顔で「女の子の方が少ないじゃん。男なんて最小限でいいよ」
「そういうお約束は要らないから」とエンリが突っ込む。
「高橋秀実著"男は邪魔!"という本に拠ると・・・」
そうタマが言いかけると「何だよその男性差別は」とエンリが突っ込む。
「フェミニズムは人権運動よ」
そうニケが言葉を挟むと、エンリは「そういう偽人権は要らないから」
ムラマサが「けどその人数だと、男子が二人あぶれるでござるよ」
「そういう無理なカップリングも要らない」とエンリが突っ込む。
タマが「ってか、小学生って男子と女子に別れて対立したりするのよね?」
アーサーが「ギャングエイジって奴ですよね?」
タルタが「でもって、年末には歌で勝負を競って・・・」
「そんなとっくに終わってる化石番組も要らない」とエンリが突っ込む。
そんな無責任な会話で盛り上がる仲間たちを見ながら、リラは思った。
(最初に教室に入る時って、どんなだろう)
いよいよ開校当日。
開校式が開催され、関係者が来賓として招かれる。
二人の職員と12人の子供たち。
エンリとアーサーが来賓席で見守る中、ケットシーの校長が壇上に立って、校長の演説。
「吾輩が校長のフクザワユキチである」
そんなユキチ校長の台詞を聞いて、アーサーは隣に居るエンリに小声で「以上・・・とか言って終わったりしませんよね?」
「ここはヤンキー養成校じゃないぞ」
二人の心配を他所に、ユキチ校長の演説は続いた。
「みんなはこの国をもっと良くするために、この場に居る。この国にはとても大勢の子供が居る中で、たった12人だ。けれどもみんなは、この国が前に進むため、自分の意思でここに居る。それは誰かに強制されたとか、貴族の習慣で家庭教師を雇うとかより、遥かに尊い。君たちはみんな庶民の出と聞く。だが、貴族とか王族とか、そんな身分は中世の遺物であり、昔の人が勝手に作った制度だ。前に進むというのは、そういうのを乗り越える事だ。けれども革新とか言って変えればいい・・・という話ではない。どう変えれば良いか、どこをどう変え、どこを残せば良いかを考えて決める事が大切だ。身分なんて関係無い。理屈で考える知恵と、考える元となる知識。天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず。ただ知恵と知識のみが正しく世を導き、そしてそれを担う人の資格となる。それによって国を強く豊かにする事で、その利益の分け前に預かるならば、人はいくらでも豊かになれる。子供たちよ。知識を学び考える事を学びなさい。昨日より明日を豊かに。明日より明後日をより豊かに。君たちの可能性は無限だ。少年よ聖徳太子を抱け!」
12人の子供たち、ポカーン。
演台の脇に居るリラが困り顔で校長に言った。
「あの、校長先生。その人はかなり以前に引退したと思うのですが」
「そうだったかな。今、奴の後継は誰だ?」
そう問うユキチに、リラは「誰でしたっけ? 何だかすごく近くに居るような気がするのですが・・・」
開校式が終わり、生徒たちは教室に入った。
人数分の机と椅子。前に教卓と、その背後に黒板があり、座席表が貼られている。
各自が自分の席についた。
そして教室に向かうリラ。
廊下に面した窓から見える、わくわく顔の生徒たち。
リラは思った。
(みんな、この学校生活に期待しているんだ。これから学ぶいろんな知識。仲間や教師とのふれあい。期待に応えなきゃ。あの二十四の瞳を曇らせてはいけない。がっかりさせないよう、全力でぶつかっていこう)
入口の前に立つと、ドアが少し開いていて、上に黒板消しが挟まっている。
ドアを開けるとリラの目の前で、黒板消しがポトリと落ちた。
がっかりした表情の生徒たち。教室に溜息が満ちた。
子供たちがひそひそ声で言い合う。
「駄目じゃん」
「定番だって聞いたぞ」
リラは気を取り直して教壇に立つ。
そして出席をとると、彼女は生徒たちに言った。
「私は今日からみんなの担任をするリラです」
一人の女子が「知ってる。人魚姫ですよね?」
「よろしくね。それでは自己紹介を・・・」
そうリラが言いかけると、一人の男子が「昨日、ボール投げで隣の家の窓を割りました」
その隣に居る男子が「それ、事故紹介な」
「駄洒落かよ。そういうのってオッサンがやるんだよね。若者がやるなら物真似だろ」
「若者って年にも達して無いと思うが・・・」
「こんなふうに」
そう言って一人の男子生徒が立つと「リラです」
「それから?」
「・・・・・」
「誰かの名前名乗るだけかよ。デニーさんとか言うどこぞの知事並みに残念なギャグセンスだな」
「ほっとけ」
「それじゃ、みんなにも自己紹介して貰おうかしら」
しーんとなって互いに顔を見合わせる生徒たち。
一人づつ起立して「ロイです」
「ジュドーです」
「ベンです」
「ギースです」
「レンです」
「ケインです」
「ゼロです」
「スーザです」
「マナです」
「ルイゼです」
「ミントです」
「アルセラです」
リラは少しだけ残念顔になって、脳内で(結局名前だけなのね)と呟く。
そして気を取り直して「みんなは将来何になりたい?」
「花屋さん」
そう女子のスーザが言うと、男子のロイが「それ、お前の親の仕事だろ」と突っ込む。
男子のベンが「いや、将来の仕事ってそういうものじゃ・・・」
そんな彼等にリラは「校長先生が言ってましたよね。将来の可能性は無限だって」
すると生徒たちは・・・・・・・・。
「スポーツ選手」「アイドル」「お笑い芸人」
リラ、困り顔で「もっと何か・・・。末は博士か大臣か、って言葉もありますよね」
ジュドーが「けど、博士とか学者って大学の教授だよね? 変な政治運動やって"叩き切ってやる"とか言ってる殺人教唆犯の危ない人」
リラは更に困り顔で「ああいう人を教授の基準にしてはいけません。あの人達は教授だけど、やってる事は偽学問だから学者じゃ無いって王子様が・・・」
すると男子のレンが「大臣って王様の家来だよね? けど、この国の王太子って・・・」
後ろに居る女子のミントがハリセンでレンの後頭部を思い切り叩く。
「フリーターとして自由に転職」
そう男子のケインが言うと、ロイが「それ、駄目な奴な」
男子のギースが「ネット小説家」
「実質ニートだろ。もっと駄目じゃん」と男子のゼロが突っ込む。
ギースは「ニートでいいや。働いたら負けだ、って兄貴が言ってた」
「最低。無職で親に養って貰う気?」と女子のルイゼ。
「仕事ならやるぞ。自宅警備員だ」
そうギースが言うと、リラは「けど、皆さんのお父さんもお母さんも、皆さんより先に居なくなるんですよ」
ギースは「そしたら異世界に転生して第二の人生」
「そんなの漫画やアニメの中だけ」と女子のマナが突っ込む。
「お前はどうなんだよ」
そうギースに言われ、マナは「女の子の夢なんて決まってるじゃん。お嫁さんよ」
ギースはあきれ顔で「専業主婦かよ。結局旦那に養って貰うんだから、ニートと同じじゃん」
女子のアルセラが「経済力のある男を捕まえるのが女の勝ち組よ。先生だって、恋人は王太子だよね?」
リラは言った。
「私は大好きな人とたまたま出会っただけで、あの人が王子じゃ無くても、きっと一緒になっていたと思いますよ」
「いいなぁ」と口を揃える女の子たち。
するとベンが「けど、王子には正妻と子供が居るんだよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
女の子たちの口撃がベンに集中。
「最低」「デリカシー無さ過ぎ」
そんな彼等彼女等に、リラは「いいんですよ。私、イザベラ様もフェリペ皇子も大好きですから」
「それでは最初の受業は音楽です。皆さん、音楽室に移動しましょう」
リラは生徒たちを引き連れて、一時間目の授業を行う音楽室へ向かった。
大学でまとめた教育課程において、情操教育の要として位置付けられたものが音楽である。そこで弾き方を教わったピアノが音楽室に・・・。
生徒たちを席に座らせ、リラはピアノの椅子に・・・。
「では、先生が歌いますから、皆さんも一緒に歌って下さいね」
リラはピアノを弾き、そして歌う。
「では皆さんも一緒に・・・って、あれ?」
無意識的に発動したセイレーンボイスで、生徒は全員眠っていた。




