第440話 獣人の学校
異世界転生者の魂を持ち人語を話す魔剣は、エンリ王子たちの助けで理想の主フラン姫と出合った。
魔剣師匠と呼ばれるようになった彼は、フランに懐かれたものの、フランの年下の婚約者リトに嫉妬し、エンリの元に逃げ帰った。
そこで彼は、彼を追って来たフランとリトに促され、人化の魔法を受けて人間の姿を得た。
彼は金田のアドバイスで、魔剣として有していた剣技を人の姿でも使えるようになったが、転生前の体が再現された彼の筋力は、あまりに貧弱だった。
夕方となり、魔剣師匠は人化した姿のまま、エンリ王子たちとポルタ城に戻った。
城の食堂で夕食を食べながら、エンリの部下たちとわいわいやる。
フェリペ皇子がエンリの膝の上に座り、横からフェリペにあーんをするルナ。
エンリに寄り添う人魚姫。
食堂の皿洗いの女性にちょっかいを出すカルロの後頭部を、ニケがハリセンで叩く。
三人でいちゃいちゃするジロキチ・若狭・ムラマサ。
フランは魔剣師匠の隣で彼に甘え、隣に居るリトを甘やかす。
「王族って給仕が控えて晩餐とか・・・って話にならないの?」
そう人化魔剣師匠が言うと、エンリは「財務官から"あなたの食費にいくらかかってるかご存じですか?"とか散在言われてな。で、家来たちの賄いと同じでいいって言ったら、こうなった」
アーサーが「まあ、賓客とか来れば別なんですけどね」
「けど、フランって獣人族の姫で賓客なんじゃ・・・」と若狭が指摘。
「あ・・・・・・・」
みんなの視線がフラン姫に向くと、フランはそれに気付き、首を傾げて頭上に?マークを浮かべて「皆さん、どうかしたんですか?」
「いや、何でも無い」
魔剣師匠はフランとリトの三人で客間を宛がわれた。
「お風呂に入りませんか? ここのお風呂は大きくて温泉みたいですよ」
彼等を客間に案内した小間使いにそう促される。
「お城のお風呂だもんな」と魔剣師匠が言い、フランも「楽しみですね。師匠」
三人が浴室に向かい、脱衣場に入ると、エンリが仲間たちとお風呂に入ろうとしていた。
そんな彼等に魔剣師匠は「お風呂は皆さんで?」
若狭が「温泉みたいで気持ちいいですよ」
ムラマサが「道後温泉を思い出すでござる」
ニケが「銭湯に一年間通うと幾らかかると思ってるのよ」
「けど、男湯と女湯って無いの?」
そう魔剣師匠が言うと、エンリたちは「銭湯じゃあるまいし」
魔剣師匠は思った。
(ここって、もしかして混浴?)
浴室の前で立ちすくむ魔剣師匠を、全裸のフランとリトが両手を引っぱって浴室へ。
(いいのか? これ)と脳内で呟く魔剣師匠。
大きな浴槽の中ではしゃぐ全裸のフランとリト。
遊び疲れたフランは魔剣師匠の右側に寄り添い、その右側にリトが寄り添う。
魔剣師匠は思った。
(悪くないな。独占ってどんな意味があるんだろう)
人魚の姿のリラと浴槽でいちゃいちゃしているエンリに、魔剣師匠は言った。
「明日、獣人の村に戻ります」
「それがいいだろうな」とエンリは応える。
するとフランが言った。
「それで、エンリ様たちにも来て欲しいんです。部族の人たちが会いたがってまして、族長から招待状を預かっています」
仲間たちを連れてフラン姫とともに馬車を仕立てて獣人族の村へ向かうエンリ王子。
村に着くと、エンリたちは族長の家に招かれた。
族長の家来はエンリたちを応接間に案内。
「フラン様とリト様はこちらへ」と、二人を奥へと促す族長の家来。
「そーいや、ここはフランの実家なんだよね?」とエンリたちは思い出したように・・・。
フランは人化魔剣師匠の上着の裾を掴んで「師匠も一緒だよね?」
「そちらは?」
そう家来が人の姿の魔剣師匠を見て怪訝顔で言うと、フランは「師匠は人の姿になったの」
魔剣師匠は頭を掻いて「どうも。俺があの魔剣です」
フランたちが応接間を出て、しばらくすると、族長が出て来た。
そして「王太子殿下にはお礼をしなければと思いまして」
「行き掛り上、手伝っただけなんだが」とエンリ王子。
族長はエンリに深々と頭を下げ、そして言った。
「奴隷として攫われた者たちの解放は、殿下が奴隷取引を禁止して下さったお陰です。奴隷狩りたちの跋扈も無くなり、ポルタ警察の協力で攫われた仲間を取り戻す事が出来ました。族長として感謝します」
(なるほど、そういう事か)とエンリは脳内で呟く。
そして彼は族長に「なら、ポルタ王家と同盟を結びませんか? 知性を以て道理を弁える種族同士が対等な友好を保つ事は、双方に互いに大きな利益をもたらします」
握手の手を差し伸べるエンリ王子。
ポルタ王国王太子と獣人族族長が、力強く握手を交わす。
魔剣師匠はフランに、大き目の建物へと案内された。
数人の女の子が居る。全員十代前半のケモミミ少女だ。
「魔剣さん、人化したんですね」
そう言ってはしゃぐ女の子たちを見て、魔剣師匠はフランに「この子たちは?」
フランは言った。
「私の親衛隊候補です。女性の親衛隊なら今流行りの姫騎士だろうって希望者を募りまして」
魔剣師匠を囲んでキャッキャする女の子たち。
「私たちも鍛えて貰えるんですよね?」
女の子たちにそう言われ、魔剣師匠は口元を緩ませながら「喜んで」
思いがけず手に入れたケモミミハーレムで、魔剣師匠は大喜びで全員と仮契約した。
そんな彼を遠目に見るエンリ王子。
「これなら大丈夫だな。これからも様子を見に来る事にするか」
そしてエンリと仲間たちはポルタ城に帰還した。
魔剣師匠が剣の姿で、彼を振るう女の子たちにスキルを付与し、使い方を教え込む。
休憩で人の姿になった魔剣師匠にじゃれつく女の子たち。そしてフラン姫とリト。
やがて訓練の時間が終わる。
「これからフランとデートだ」と呟く、うきうき気分の魔剣師匠。
そんな彼を他所に、女の子たちがわいわいしながらフラン姫に「これから新しい屋台に行くんです。姫も一緒に行きませんか?」
「いや、私はこれから・・・・」
フラン姫を強引に連れて行く女の子たち。
「あれって・・・」
彼女たちを唖然顔で見送りつつ、そう呟く魔剣師匠に、リトは言った。
「大人たちが言ってました。ああいうのを女子会って言うんですよね?」
取り残されたリトと魔剣師匠。
「俺たちも何か食べに行くか」
そう魔剣師匠が溜息をついて言うと、リトは「はい・・・」
その後しばらく経ち、獣人と王家の同盟締結へ向けて本格的に動き出した。
数人の外交官を連れて、エンリは仲間たちとともに獣人族の村へ。
族長とその家来たちとの間で交渉が進み、同盟の中味を詰める。
エンリは実務を外交官たちに任せると「魔剣師匠の様子でも見に行くか」
エンリたちは以前来た時に案内された親衛隊候補生の訓練場に向かった。
そこには、以前よりずっと大きな建物があった。
男子も女子も居て、魔剣以外の剣士が指導している。
その変わり様を唖然顔で見る彼等に声をかけた男性が居た。
「エンリ王子」
あの人化魔剣師匠である。
「何でお前以外の教官が居るんだ?」
そうエンリが問うと、アーサーも「それに、親衛隊候補は全員女の筈ですよね?」
「女の子だけだと希望者が足りなくて」
「男も入ったと?」と何故か残念そうなカルロ。
「その子たちが強くなるのを見て、親衛隊以外の戦士も」と魔剣師匠は補足する。
「けど、剣術以外の教員も居るみたいだが」と何故か残念そうなジロキチ。
「ついでに読み書き算盤に薬草とか狩りの知識とか・・・」と魔剣師匠は更に補足する。
エンリの仲間たち唖然。
「趣旨がやたらデカくなってないか?」
そうエンリが言うと、魔剣師匠は「戦士候補以外の普通の子供も全員ここで学ばせようと」
「アーサー、これって・・・」
エンリが驚き顔でそう言うと、アーサーは「王子が前に言ってた、子供を全員集めた教育機関ですよ」
エンリは溜息をつき、そして言った。
「獣人部族が国民向け学校かよ。それを体育感覚で鍛えて魔剣がスキルを付与したら、こいつら、とんでもなく強くなるぞ。それで人間より強くなって、この国の主導権を取られるって事も・・・」
アーサーは「数が違うからそれは無いと思いますけど」
エンリは真剣な眼差しで「俺たちもうかうかしていられない。城に戻ったら国民向けの学校設立に向けて本格的に動くぞ」
訓練場でのその日の訓練が終わり、学んでいた獣人の子供たちが帰路につくと、エンリは魔剣師匠を呼び出した。
隣にはリラとアーサー、そしてカルロも・・・。
訓練場を見下ろしながら、あれこれ彼に問うエンリ王子。
「魔剣師匠に聞きたいんだが、お前が元居た世界って、国中の子供を集めて教育する制度ってあるの?」
「ありますよ。どこにでもあって、六歳から六年間、子供が全員通うんです」
魔剣師匠がそう答えると、エンリは「それで一人前か?」
「その後、中学って所で三年間」と魔剣師匠。
エンリは「すると社会に出るのは十五歳?」
「高校って所で三年。大学で四年」と魔剣師匠。
「二十歳越えちゃうじゃん」
そう唖然顔で言うエンリに、魔剣師匠は「文明が発展すれば、教わる中身も増えますからね」
「科学文明かぁ」
エンリは思考を巡らせ、過去に耳にした記憶を辿る。
「馬とか使わず自分で走る鉄の箱・・・なんてのもあるのか?」
「自動車ですね」
そう答える魔剣師匠に、エンリは「どういう仕組みだ?」
「炎の熱を動力にするんです」と魔剣師匠。
アーサーが「確かに炎はエネルギーですけどね」
「エネルギーにはいろんな形がありますからね」と魔剣師匠。
「具体的にどんな仕組みなんだ?」
そうエンリが問うと、魔剣師匠は「空気は熱で膨張します。それが鉄の容器の中から吹き出すんです」
「イギリスがそんな研究をやってますけどね。確か、ワットとかいう発明家が・・・」とカルロが言った。
魔剣師匠は「蒸気機関ですね。水を熱して出る蒸気の圧力で栓を押し出すんです」
「押し出したらそれっきりじゃないのか?」
そうエンリが言うと、魔剣師匠は「蒸気が抜ける穴があれば圧力は下がって、栓が戻る」
「戻すにも力は要るだろ」とエンリが突っ込む。
「栓の出し戻りは往復運動ですよね。それを回転運動に変えると、押し出した力で半回転して、勢いがついて戻ろうとします。その時蒸気が抜けて圧力が下がって、栓は戻る。戻った所で穴を塞いで溜まる蒸気の圧力が、再び栓を押し出すと・・・」と魔剣師匠は解説を続けた。
エンリはカルロに命じた。
「イギリスのそのワットって奴の研究がどれだけ進んでいるか、早急に調べろ」
「かなり大きな機構だから、自動車は無理ですよ」
そう魔剣師匠が言うと、エンリは「けど、船には載るよね? 魔導船が目指した風不要の船が科学の力で実現する。イギリスに先を越されたら、航海立国の地位を持って行かれる」
エンリは魔剣師匠を見て思った。
(こいつは異世界転生者。その武器は神様から貰った魔力とかチートスキルとか言うけど、最大の武器はこいつが持ってるみたいな未来文明の知識なんじゃないのか?)
「なあ、魔剣師匠。ポルタ大学に来ないか?」
そうエンリが言うと、魔剣師匠は「そりゃ無理です」と即答。
「ここで教えるから?」
そうエンリに言われて彼は「それが・・・・・・」と言葉を濁す。
その時・・・・・。
「魔剣先生」
親衛隊候補の女の子たちがわいわいやりながら建物の方から駆けて来た。
彼女たちは魔剣師匠に色紙を渡して「寄せ書き書いたんです」
彼が見ると、短い文が不規則に書き込まれている。
曰く「旅先でも元気でね」「フラン姫とも仲良くね」「リト君に嫉妬とか程々にね」
魔剣師匠は困り顔で「俺を何だと思ってる」
女の子たちが立ち去ると、エンリは尋ねた。
「旅先って?」
「俺、姫とリトを連れて修行の旅に出るんです」と、魔剣師匠は顔を綻ばせながら言った。
「そうなんだ・・・」
そう遠い目で呟くエンリに、魔剣師匠は言った。
「王子はロリコンをどう思いますか?」
エンリは言った。
「女が子供を愛でるのは母性愛だって言うよね? けど男にも父性愛ってのがあって、その延長だと思うぞ。欲情とかいうのはそれが歪んで害を成すって事で、好きって感情自体に良いも悪いも無いんじゃないかな?」
魔剣師匠は頷き、そして「そうですね。人は集団で生きて、子供はみんなで守るから」
「それで王子はロリコン・・・」
そう魔剣師匠が言いかけ、エンリは即座に「違うから!」
エンリたちがポルタ城に戻り、魔剣師匠も村を出て旅立った。
二人を連れて街道を歩く人化魔剣師匠。
歩きながらフランは魔剣師匠の上着の裾を掴み、そして「師匠ってロリコンなんですか?」
「それは・・・・」
そう困り顔で言葉を濁す魔剣師匠に、フラン姫は言った
「ロリコンって、子供が好きな男性ですよね?」
魔剣師匠は更なる困り顔で「間違ってはいないんだが・・・・・・・・・・・・・・・」