第431話 脱出の孤島
ポルタ大学のサバイバル合宿に向かう船が難破し、フェリペ皇子ら学生105名が流れ着いた孤島に、10年前から住み着いていた漂流者が居た。
引き籠りから奴隷へ、そして漂流者といったハードな人生を生きてきたロビンソン。
この孤島で孤独に生きて来た彼が、いきなり大勢の学生と向き合う破目になった。
だが、孤島で10年を過ごしてきた彼は、この島を熟知していた。
どこにどんな食材があるのか。
住居を快適にするには、どうすればよいか。
野生のヤギや豚の育て方、畑の作物の栽培の仕方。
彼の知識は学生たちに重宝され、あらゆる場面で頼られた。
そんな中でロビンソンは思った。
(自分だって、それなりに他人と向き合っていけるじゃないか)
ロビンソンは生徒会の顧問として迎えられ、意見を求められた。
「いずれ冬が来る。冬をしのぐ準備が必要だ」
そう意見するロビンソンに、セルソは「今までどうしていたの?」
「魔法が使えたら簡単なのになぁ」とロゼ。
ロビンソンは尋ねた。
「君たちは魔導士なんだよね? それでこの島から脱出とかしないの?」
「この島は普通の魔法は使えないんですよ。魔力を吸い取る何かがあるらしくて」とロイデが答える。
役員たちは互いに顔を見合せつつ「何だろうね?」
「魔石の一種とか?」
そうロイデが言うと、マージョが「ダイナモンドみたいな?」
「まさか」とロゼが反応する。
「ダイナモンドって?」
そう他の四人の役員が怪訝顔で言うと、マージョは「私たちの先祖が探し求めた財宝だよ。無限の魔力を放出するって言われてる」
「ここにあるのは吸収するんだよね?」
そうセルソが言うと、ロイデは「魔石ってのは魔力を放出するものだが、その魔力は吸収して蓄える訳だろ?」
「あれは天から降って来たものだって聞きましたわ」とロゼ。
「魔王を封じるために使われたんじゃないのかい?」とマージョ。
「ダンジョンのラスボスを倒した時のドロップアイテムって聞いたまんねん」とワルサー。
ロビンソンは言った。
「俺は魔法なんて使えないからなぁ。けど、この島では使えても役に立たなかったんだな」
「それより知識ですよ」とセルソ。
学生たちの期待の視線を感じ、ロビンソンは思った。
(俺はこの島で生まれ変われた。無人島に行って本気を出せたんだ。こここそ俺の転生異世界。ここでレベルアップした俺は、戻っても余裕で生きていけるんじゃないだろうか)
ロビンソンは彼等に提案した。
「みんなで船を作らないか?」
「漁のための船なら、筏があるけど」
そうロイデが言うと、ロビンソンは「ユーロに戻るための船だよ」
「俺たち海賊科だけど、造船を学んだ奴なんて居ないからなぁ」とドニファン。
するとロビンソンは「けど、構造は知ってるよね? 要はそれを木材でどう作るか・・・じゃないのか? 俺は10年間住処の改造を続けて、木材の使い方は解ってる。みんなで頑張ってこの島から脱出しないか?」
ロビンソンは生徒会役員たちとともに、広場に学生たちを集めた。
そして造船計画の提案をぶち上げた。
学生たちの表情に希望の色が浮かび、雰囲気が盛り上がる。そして賛同の声が相次いだ。
協力して船を造ろうと、方針が固まる。
「けど、船が完成するとは限らないぞ。冬越えの準備は必用だと思うが」
そうセルソが慎重論を述べる。学生たちも相次いで賛同した。
「冬越えって何が必要なんだ?」
そうロイデが訊ねると、ロビンソンは「冬の間に必用なのは保存食と燃料だ。島の反対側にアザラシが居る」
「けど、この人数で必要な数を獲ったら、狩り尽くしてしまうんじゃ・・・」
そうジョルドが言うと、ビスコが「そーいや、バンブー島のアシカの祟りって話があるぞ」
「どんな話なんだ?」
そう問われた彼は「とある半島国と隣国の島国との間にある島なんだが、古くから島国の漁民がアシカの狩場にしていたんだ。それが半島国が30年ほど島国に支配され、独立した時にSF条約でバンブー島は島国の領土と確定した」
「サイエンスフィクション条約?」
そうジルが言葉を挟むと、ビスコは「いや、普通に国際法なんだが、半島国の初代大統領は不人気を挽回するため、侵略主義に走り、戦後処理のどさくさの中でバンブー島を不法占領したんだ。そして居座った半島国の占領隊が、射的ゲーム感覚で島に居たアシカを殺し尽くした。そして、そこにしか居なかったアシカを絶滅させた。それが世界中から非難されると、半島国はアシカの絶滅を"過去からタイムマシンに乗って戻って来た島国の漁民の仕業だ"と主張して、世界中から馬鹿にされて、彼等は口惜しさのあまり、火病を発して死んだ」
「火病って?」
そうライナに問われて、ビスコは「頭のてっぺんから炎を吹き出し、"ウェノムが憎い"と叫んで口から泡を吹いて悶死するんだ」
フェリペが怖がり顔で「それがアシカの祟り?」
「恐ろしや」とジョルドも・・・。
するとチャンダが提案した。
「ってかさ、この前みたいに鯨を獲ったらどうかな?」
船造りと冬越えの準備を平行して進める・・・という事で方針が固まり、集会はひとまず解散。
そんな中で、フライデー人形がロビンソンに言った。
「なあ、ロビンソンはここから出たいのか?」
ロビンソンは「彼等は年下だ。俺は年上として、彼等を故郷に返す義務がある」
「お前自身はどうなんだ? 彼等と一緒にユーロに行きたいのか?」
そうフライデーが言うと、ロビンソンは「そりゃ・・・・・。フライデーも一緒にユーロに行かないか?」
「俺はこの島から出られないような気がするんだ」とフライデー。
ロビンソンは怪訝顔で「何でだよ」
「俺たち、友達だよな? けど、あいつらが居れば俺は不要に・・・・・」
そうフライデーが言うと、ロビンソンは「まるで百合独占欲キャラみたいな事を言うのな。お前まさかホモ?」
「いや、冗談だ。忘れてくれ」と言葉を濁すフライデー。
船造りが本格的に始まった。
板切れに消し炭で設計図を描く。
そして木材を切り出し、乾燥させる。
ロビンソン手製の物差しで正確な寸法に切り出す。
沖合で崩壊していく座礁した船から釘を回収し、その他、使えそうな部品を回収する。
そして彼等はそれと並行して、島で獲れる保存食の備蓄を進めた。
魚の干物と野豚の干し肉、森で採れる芋類と木の実。
「このペースで冬までに蓄えられるのか?」
そんな声があちこちで上がる中、ビスコやマゼランたちは彼等の不安を抑えるべく、言った。
「大丈夫だ。船が完成したら鯨獲りがやれる。一頭獲れたら大量の肉と油が手に入るんだ」
そして、ついに船が完成した。
完成した船を眺めて感慨にふける学生たち。
「これで本格的な鯨獲りが出来る」
すると、一人の学生が「けど、この船があればポルタに帰れるんじゃ・・・」
「だったら、冬越し用の食料の蓄えとか不要なんじゃ・・・」と、別の学生も指摘する。
考え込む住人たち。
彼等が互いに顔を見合せる中、魔法学部の学生の一人が言った。
「まあ、予定の行動だし、それに、海に出てもどんな障害があるか解らんぞ」
人文学部の学生の一人も「だよな。フェリペ皇子が居るのに今日まで捜索隊が来ないってのは、何かあるんだよ」
学生たちは捕鯨隊を編成し、完成した船で初めての海に乗り出す。
鯨の影を求めて沖へ向かう中、向うに水面から潮が上がるのを、彼等は見つけた。
「鯨だ」
「仕留めるぞ」と意気上がる捕鯨隊の面々。
鯨の居た海域へと船を進め、船首の回転台に固定された大型の石弓に、ロープのついた銛をセットする。
やがて海面に、鯨の白い巨体が姿を現した。
射手が石弓の狙いを定める。
「撃て!」
その時、ビスコが叫んだ。
「いや、ちょっと待て。あれは白鯨だ」
制止は一瞬遅れ、放たれた銛は緩い弧を描いて、白鯨の巨体に命中。
銛の刺さった傷口から血を流しながら、白鯨は船に向かって怒りの視線を向けた。
その真っ赤な目と、立ち上る赤いオーラ。
「あれは鯨魔獣だ」
そうビスコが言うと、マゼランが「あの、海の悪魔って呼ばれている・・・」
「けど、魔力が奪われるこの島で、何で?」と困惑顔の隊員たち。
金田は「島から離れた所に居た奴が迷い込んだんだろうな」
船に向かって来る白鯨に向けて、シャナが灼熱の刀を構える。
「待て、その刀で斬り付けたら、ロープが焼き切れるぞ」
そう言ってチャンダが止めようとすると、シャナは「やらなきゃ、こっちがやられるぞ」
ビスコの巨大キノコ魔獣が宙を跳んで白鯨に組み付く。だが白鯨は鋸のような歯でキノコ魔獣を食い破る。
「俺たちが相手だ」
そう言ってマゼランとチャンダが船縁に立って剣を構え、ビスコが弓で狙いをつけると、鯨は海中に潜った。
「逃げたのかな?」
そう学生の一人が言うと、金田が「剣の達人が放つ殺気は悪魔をも退けるって言うからな」
「マゼラン凄いな」とマゼランが・・・。
「いや、チャンダだろ」とマゼランが・・・。
何やら謙遜し合っている二人に、ジョルドは言った。
「お前等、本音では自分の手柄だと思ってるよね?」
「そりゃまぁ・・・」
その時、ビスコが異様な気配を察知した。
「いや、違うぞ。これは・・・」
船に衝撃が走り、船底から盛大に浸水。
白鯨の巨体の体当たりを喰らって船底が大破し、沈みゆく船。
それを見据えたように、鯨は海面に姿を現す。
襲いかかる白鯨が口を開けて、海面に漂うみんなを呑み込もうとした時、シャナが破壊された船の残骸の上に立ち、灼熱の刀を振り下ろした。
灼熱の衝撃波が白鯨を倒す。
木材に乗って辛うじて海岸に辿り着く捕鯨隊の面々。
そして半焼けの鯨の銛のロープを全員で引き、岸に引き上げた。
解体される鯨を見ながら、意気消沈する学生たち。
がっかり顔の彼等は口々に言う。
「船、壊れちゃったね」
「帰れなくなっちゃった」
「せっかく完成したのに」とロビンソンも・・・。
すると、彼の手の中のフライデー人形が言った。
「けど、冬を越せるだけの食料が手に入ったんだ。ここでずっと暮らせばいいよ」
「・・・・・・」
俯いたままのロビンソンに、フライデーは「それともロビンソンは俺と別れて帰りたいの?」
ロビンソンは言った。
「俺、故郷では無気力な引き籠りだった。けど、ここに来て自分の力で生きて、フライデーとも出会って、生まれ変われた。こうして大勢の人たちとも、ちゃんと向き合える。もう一度人生をやり直したい。ユーロに帰りたい」
そんな彼にシャナは「帰れるぞ」
「本当?」
シャナはペンダントを翳し、そして呼びかけた。
「アラストール!」
シャナのペンダントが光を放ち、巨大なドラゴンの姿となる。
そして彼女はロビンソンに「こいつに乗ればユーロまで半日で・・・って、みんな、どうした?」
周囲に居る学生たち、全員唖然。
彼等は口々に言った。
「そういえばアラストールってドラゴンだったっけ」
「空飛んで帰れるじゃん」
「誰も気付かなかったのかよ」
「ってかシャナ、これで島を抜け出せるなら・・・・」
そうジョルドが言うと、シャナは怪訝顔で「いや、それは駄目だろ。だってこれがサバイバル実習なんじゃ無いのか? ドラゴンが居るからって、それ使って島を出たらルール違反だぞ」
その場に居た全員、唖然。
「まさか、船が難破したのは単なる演出だと?」
そうマゼランが言うと、シャナは「違うのか?」
全員、声を揃えて「んな訳あるかーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「けど、じゃ、メロンパンは?」
そうフェリペが言うと、シャナは平然と「時々戻って買い出ししてた」
ライナが困り顔で「それってルール違反なんじゃ・・・」
「けど、それでみんな助かったよな?」とシャナは平然と・・・。
とんでもなく残念な空気が場を包んだ。
まもなく、そんな空気を切り替えようと、一人の学生が声を上げた。
「とにかく戻れるんだ。こんな島、さっさとオサラバしようよ」
「けど、一度に全員は無理だぞ」
そうロイデが言うと、チノが「ピストン輸送って事になるよね?」
「順番を決めなきゃ」とリンナが・・・・・・。
すると人文学部の学生の一人が「ここは大半が貴族の人文学部が」
「これ、元々魔法学部のイベントなんだが」と魔法学部の学生の一人が・・・。
海賊学部の学生が「大海の真ん中での主役は海賊だ」
人文学部の学生たちが「こっちにはフェリペ皇子が居るんだぞ」
「権力使う気かよ」と海賊学部の学生たち。
魔法学部の学生が「だったら実力で結着をつけるか?」
「望むところだ!」
優先順位争いで火花を散らす三つの集団。
そんな彼等にチノがおろおろ声で止めに入る。
「あの、暴力沙汰はどうかと思うんだけど」
そんな彼女に同級生の男子たちが「こっちは魔法戦闘のプロだぞ」
「その魔法が使えないんだけど」とルナが指摘。
「あ・・・」
困り顔の同級生たちに、ルチアが言った。
「ってか、ポルタに戻った人が救助を求めたらどうかと・・・」
「その手があったかー」と学生たち。
場の対決気分が霧散する。
だが・・・・・・。
「ちょっと待て。って事は、権力と交渉かよ」
そう一人の学生が言うと、その隣に居る学生が「そんなの誰がやるんだ?」
海賊学部の学生たちは「ここはやっぱり、お貴族様の出番だよね?」
人文学部の学生たちは「魔法学部のイベントじゃ無かったっけ?」
魔法学部の学生たちは「海の上では海賊が主役だとか言ってたよね?」
優先権の取り合いが一転して、優先権の押し付け合いに変じ、火花を散らす三つの残念集団。
その時、一人の学生が、沖合いを指して叫んだ。
「見ろ、救助船が来たぞ」
船を望遠鏡で見たマゼランが「あれはタルタ号じゃないか」
「助かったんだ」と喜び顔で手を執り合う、そんな仲間たちに、一人の学生が突っ込みを入れた。
「まあ、来なくてもドラゴンで帰れたけどね」