第430話 漂流の先達
ポルタ大学のサバイバル合宿に向かう船が難破し、フェリペ皇子ら学生105名が流れ着いた孤島。
島の特性によって魔法の使えないサバイバル生活の中で、彼等は森を切り開いて村を造り、様々な道具を作り、食料採集や薬草の知識を身に着け、生き抜く術を積み重ねていった。
その日、シャナは山をかなり登った高台の森で、薬草を採っていた。
向うに森の切れ間が見える。
「草原があるぞ。ああいう所では腹痛止めの草が生えているんだったな」
そうペンダントのアラストールに言われ、シャナは草原に出た。
草原に一人の男性が居た。
年は30代半ば。手に持った人形と会話している。
「この島にあんな人、居たかな?」
そうシャナが呟くと、アラストールは「人文学部には居ないと思うぞ。海賊学部か魔法学部かな?」
シャナは「だが、学生という年では無いぞ」
「教官か?」
そうアラストールが言うと、シャナは「あんな教官は居なかったと思うぞ。それに、人形と会話しているようだが」
「自律機械人形かな?」とアラストール。
やがて、ペンダントとそんな会話をしているシャナに男性が気付く。
不審がる様子も無く会釈する男性に、シャナは声をかけた。
「あなたは・・・漂流者か?」
「そうですよ。一人でこんな島に漂着して、話し相手も居ないのは寂しいですよね?」
そう言う男性に、シャナは「いや、一人という訳では・・・。それで、その人形は?」
男性は人形を掲げて「友達のフライデーですよ」
そして「僕、フライデー。このロビンソンの友達さ」
まるで自ら喋っているように見えるフライデー人形を動かしてみせる、ロビンソンという名の男性に、シャナ唖然。
「見事な腹話術だな」
そうシャナが小声で言うと、アラストールは「どうやら自律機械人形という訳では無いようだな」
そんなアラストールの声に、ロビンソンは「男性の声ですね」
「このアラストールは私の保護者だ」とシャナはペンダントを掲げて見せた。
ロビンソンは脳内で呟いた。
(どうやら、彼女は我々とは別個にこの島に漂着したという設定という訳か)
「あなたはどこから?」
そうシャナが問うと、ロビンソンは「イギリスですよ。随分前からここに住んでいましてね。それで、ここでは何を?」
「腹痛止めの薬草を探していたのだが」とシャナは答える。
「それなら・・・」
ロビンソンに場所を教えて貰って、シャナはその場を去った。
そしてロビンソンは呟いた。
「今度のは随分はっきり見える幻覚だな。しかも女の子だ。今まであんな若い女の子と、まともに会話なんて・・・」
すると人形のフライデーが「願望が見せてくれたんだろうね」
「いや、フライデー。それじゃまるで、俺は女に免疫ゼロのオタクみたいじゃないか」
そうロビンソンが言うと、フライデーは「実際免疫ゼロだろ」
「普通に話せていたけどね」とロビンソンはドヤ顔して見せる。
「幻覚だと解ってるからね。そういえば、彼女の名前・・・」
そうフライデーが言うと、ロビンソンは「エア友達のペンダントをアラストールって呼んでたぞ」
「つまり、友達が居なくて空想で無機物を話し相手にしているボッチ同士でお友達になるという設定という訳だ」とフライデー。
「けど彼女の名前は?」
そうロビンソンが言うと、フライデーは「俺は金曜日に作られたからフライデーだったよね。今日は水曜日だ」
「だったら彼女をウェンズデーと呼ぼう」
シャナは広場に戻り、チノに採って来た薬草を渡す。
「随分獲れたね」
チノが薬草を受け取りながら、そう言うと、シャナは「よく知ってる奴が居たんだ」
「それは良かった」
シャナがその場を去ると、チノはジョルドとドミンゴに手伝って貰い、薬を作り始める。
「ところで、よく知ってる奴って言ってたよね?」
薬草を水洗いしながらジョルドがそう言うと、チノが「確かに・・・。彼女、誰から教わったのかな?」
ドミンゴが「アラストールじゃないのか?」
「だったらアラストールから聞いたって言うよね?」とチノ。
ジョルドが「魔剣が鑑定のスキルでも使って教えたとか?」
翌日、シャナは傷薬を探しに、広場付近の草原に出た。
あちこち探すが見つからない。
「ここには生えていないな」
そうシャナが言うと、アラストールが「腹痛止めは日当たりの良い場所に生えるが、傷薬は日陰だったと思うぞ」
シャナは昨日の事を思い出して「あのロビンソンという漂流者なら、知っているかな?」
シャナが昨日の草原に行くと、ロビンソンは居た。
「こんにちは」
そうシャナが挨拶すると、ロビンソンは「こんにちは、ウェンズデー」
「実は今日は傷薬を採りに来たのだが」
そうシャナが言うと、ロビンソンは「だったら、向うの森に生えてますよ」
「よく知ってるな」とシャナ。
「10年もここで暮らしていましたからね」とロビンソン。
ロビンソンはシャナを森に案内しながら、あれこれ話す。
「このフライデーはここに来てから2年目に作ったんです。話し相手が欲しくて。今じゃはっきり声も聞こえる。会話の受け答えとか考えなくともね」
そうフライデー人形を手に語るロビンソンに、シャナは「ベテランの作家の小説のキャラが脳内で勝手に話を進めてくれるってのと同じだな」
「人間としての姿だって、はっきり見えますよ」と続けるロビンソン。
シャナは「そういうものか?」
ロビンソンはシャナのペンダントを見て「君はそのアラストールとは、何時から?」
「200年くらい前だ」
そう答えるシャナを見て、ロビンソンは思った。
(・・・随分気合の入った空想だな)
森に着いて薬草取りを始めるシャナ。
流れで薬草取りを手伝うロビンソン。
そして・・・・・・。
「腹が減った。弁当があるんだが一緒に食べるか?」
そう言いながらシャナがマジックバッグからメロンパンを出すのを見て、ロビンソンは「猫型ロボットのポケットみたいですね」
シャナは言った。
「魔法の収納具だ。好物なんだが、以前長旅をした時に長い事食べられなかったから、備蓄する事にしたんだ」
シャナと一緒にメロンパンを食べるロビンソン。
すると、フライデー人形が「幻覚の女の子が出したって事は、このパンも幻覚なのか?」
「けど、ちゃんと味もするし腹も膨れるんだが・・・」とロビンソン。
そして彼はシャナに言った。
「うちに来ませんか? もっといろんなのが食べられますよ」
なし崩し的にロビンソンの家についていくシャナ。
ちゃんとした家が建っていた。
畑があり、囲いには数頭のヤギも居る。
その、漂流者とは思えない生活水準に、シャナが目を丸くしていると、ロビンソンは言った。
「一緒に流れ着いた袋に麦の種が入ってましてね。野生のヤギも居たので飼い馴らしました」
「随分ちゃんとした生活だな」
そうシャナが言うと。ロビンソンは「最初はろくな道具も無かったんですが、漂流船にあったいろんなものが流れ着いたんですよ」
身の上を語り始めるロビンソン。
子供時代に周囲の同年代からいじめられ、引き籠ったロビンソンは、家族が死んで家を追い出されて、奴隷に売り飛ばされたという。
そして彼が乗せられた奴隷船が漂流し、この島に流れ着いたと・・・。
「最初は随分と不運を嘆いたのですけどね、一緒に乗っていた奴らは死んで、自分だけが生き残った。奴隷だった私はあの漂流で自由になり、手元にナイフがあったから木を削っていろいろ作れた。生存を脅かすような猛獣も居ない。差し引きで言えば随分とラッキーでしたよ」
そんな事を語るロビンソンに、シャナは「そんなものか?」
スープとチーズを出されて、美味しそうに食べるシャナを見て、ロビンソンは思った。
(ちゃんと食べて、お皿も空になってる。幻覚って物を食べたりするのか? それとも、食べるフリ?・・・には見えない。もしかしてこの子って幻覚じゃなくて、本物の漂流者?)
「君はどうやってこの島に来たの?」
そうロビンソンが訊ねると、シャナは「仲間と一緒にポルタ大学のサバイバル実習の船に乗って、難破してここに流れ着いた」
ロビンソン唖然。
「それじゃ・・・、他にも漂流者が?」
「下の森を切り開いて小屋を建てて、大勢住んでるぞ」
そう答えるシャナに、ロビンソン唖然。
そして「どうりで最近、下の方が騒がしいと思ったら・・・」
すると、シャナは言った。
「一緒に来るか? 仲間に紹介するぞ」
「まさか女の子とかも?」
そうロビンソンが言うと、シャナは「大勢居るぞ」
「どうしよう。リアルで女の子と会話とか・・・・・」
そうロビンソンが気後れ顔で言うと、フライデー人形が「ちゃんと会話してたよね?」
ロビンソンは「俺、人形をエア友達にして会話してる変な奴なんだが・・・」
「それはペンダントをエア友達にしている彼女も同じだろ」とフライデー人形。
なし崩し的にシャナに案内されて、学生村に向かうロビンソン。
山道を降りながら、ロビンソンは「ところでそのアラストールって・・・・・・」
「私の保護者だが」
そうシャナが答えると、ロビンソンは「話し相手として作って、それから二人で?」
「その後、主と出会って従者になって、ポルタ大学に入学して」とシャナ。
「そこでうまくやれている? イジメとかされてない?」
そうロビンソンが訊ねると、シャナは「変な奴は大勢居るけど、私は強いからな」
そしてペンダントのアラストールは言った。
「それと、私は作られた訳じゃなくて、この姿は変身だ」
ロビンソン唖然。
そして「変身って・・・・・。それじゃ、エア友達と会話してる変な奴って、俺一人だけ?」
そんな会話をしているうちに、村の広場に着いた二人。
そこに居た大勢の仲間たちに、シャナはロビンソンを指して「みんな、紹介するよ。この上の高台に住んでいるロビンソンだ」