第419話 漂流の百五少年
ポルタ大学魔法学部が主催するサバイバル合宿。人文学部と海賊学部も参加し、参加学生たちを乗せた船が目的地の孤島に向かう。
学生たちの中には、人文学部と魔法学部に所属するフェリペ皇子たち七人も居た。
真夜中、教授たちが酒盛りで酔って、食堂のテーブルでうつ伏して寝ている中、突然、船に衝撃が走った。
「モンスターだ!」と叫ぶ水夫たちの声で叩き起こされた彼等は、二日酔いの頭を抱えながら甲板に上がる。
「何が起こった?」
そう問う教授に、水夫の一人が「鮫魔獣の攻撃です」
「生徒たちが、自分たちで退治すると、騒ぎ初めているんですけど」と別の水夫。
教授の一人が「下がらせろ。我々は教育者だ。生徒を守るのが使命」
「危険な事はさせまいと?」
そう水夫の一人が言うと、その教授は「我々の手で仕留めなければ魔法学部教授の名折れだ」
水夫、あきれ顔で「そういうプライドは要らないと思うんですけど」
「とにかく。敵はどこだ」
船の周囲を遊よくする鮫魔獣の三角形の背びれが、水面に突き出ている。
「あんなモンスター、俺たちでやっつけてやる」
そう言って盛り上がる魔法学部の男子学生たちに、女子の一人が「教授が、生徒は手を出すなって言ってるけど」
人文学部の学生たちも「下手に手を出して減点されたらたまらん」
教授は学生たちに「お前達、ここは危ないから船室に入ってろ」と言って、甲板上から彼等を追い出す。
プロの魔導士たちと巨大な鮫魔獣の戦いが始まった。
音響衝撃の呪文で追い払おうとする教授たちに向けて、魔獣は口から高圧の水流を吐く。
防御魔法で防ぐ教授たち。
「水圧魚雷の呪文で仕留めてやる」
属性魔法科の教授はそう言うと、呪文を詠唱し、海面に魔法陣を描く。
そこに紡錘形の高圧の水の塊が生じ、高速で巨大鮫を追跡する。
鮫魔獣は一旦水中に潜ると、水面に向って真っ直ぐ浮上。
水の塊はそれを追って高速で浮上し、鮫魔獣を捕えて爆発。
その瞬間、鮫魔獣は水面で跳ね、爆風の力を利用しながら巨大鮫が宙を舞った。
鼻先に大きな突起を持つ鋸鮫の姿が宙に浮かぶ。
「今だ、爆炎魔法で止めを」
空中の鮫魔獣に向けて教授たちが攻撃魔法の狙いを定める。が・・・・・・・・
「あいつ、こっちに落ちて来るぞ」
鮫魔獣はそのまま船の中央部に落下し、鼻先の鋸で船を真っ二つに・・・・。
衝撃とともに船は、船尾部分と船首部分とに分断された。
「いかん、沈没するぞ。浸水を防げ」
教授たちは、双方の分断された部分に結界魔法を施す。
真っ二つに切断された船の船尾部分と船首部分の、船体の断面を覆う光の魔法陣が、海水の侵入を食い止める。
鮫魔獣はいつの間にか海中へと去り、処置を終えた教授たちは安堵の表情で「この結界は当分保つ」
「けどこれじゃ、まともな航行は出来ないぞ」
そう一人の教授が言うと、船長が「とにかく救命ボートで脱出だ」
教授たちが「けど、生徒たちは?」と言って周囲を見回す。
水夫の一人が「全員向こう側ですが」
教授と水夫たちが乗る船首部分を残し、生徒たちが乗る船尾部分は、どんどん海流で流されて行った。
翌朝、生徒たちが乗った船尾側が、無人島に漂着した。
無人島の浜辺から少し離れた水面に座礁した船の残骸から、泳いで浜辺に上陸する学生たち。
三つの学部、各35名。総勢105名の少年少女が無人島に取り残された。
「どーすんだ、これ」
そう一人の人文学部の男子学生が言うと、別の男子が「そのうち救助が来る」
「けどいつ?」と一人の女子学生。
そんな彼等にマゼランが「教授たちは大丈夫だ。こっち側は防護結界で浸水を防いだ。向うも同じやり方で沈没は免れた筈だよ」
「けど、まともに航行なんて出来ないだろ?」と海賊学部の男子の一人。
マゼランは「救助は彼等が助かってから・・・って事になるよね」
「当面自活かよ」と人文学部の学生。
すると魔法学部の学生の一人が「大丈夫。俺たちは魔導士だ」
「とにかく救助を求めなきゃ」
焚火を炊いて煙で合図を送ろうと、彼等は流木を集めて炎魔法で点火しようとした。
だが・・・。
炎魔法が使えない。
水魔法も風魔法も使えない。
「これじゃ救助を呼べないぞ」
そう言って困り顔を見せる仲間たちに、一人の学生が「俺、通信魔道具、持ってる」
その学生は通信魔道具を出し、操作しようとするが、通信できない。
チャンダは魔力の流れを読もうとして、その変調に気付いた。
「この島、魔法を妨害する何かがあるんじゃないのか?」
「ロキ、出て来てくれ」
フェリペの呼びかけでロキが出現。
「魔法が使えないんだ。理由は解るか?」
ロキは周囲を見回す。
そして「主よ、どうやら島が魔素を吸収しているようだぞ」
「ちょっと待ってよ。それじゃ、僕、ヒーローになれないの?」
泣きそうな声でそう言うフェリペに、マゼランは残念顔で「それ以前の問題だと思うんですけど」
ライナ達三人はすかさず「フェリペ様は私たちがお守りします」とアピール。
だが、他の学生たちは、一様に深刻そうな表情を浮かべた。
「どうしよう」
「何でこうなった」
そんな中で海賊学部の学生の一人が「人文学部はお貴族様だよな? こういうのは上に立つ者の責任だろ」
人文学部の学生たちは「海賊は反権力とか言ってた万年反抗期はどーしたよ」
海賊学部と人文学部が責任のなすり合いを始め、言い争いになる。
魔法学部の学生が止めに入るが、人文学部と海賊学部の学生が声を揃えて「そもそもこれ、魔法学部のイベントだよね?」
みつどもえの言い争いとなり、喧嘩別れした三つの学部は、別々に拠点を設ける事になった。
海賊学部は海岸を占拠。
人文学部は高い所の草原に拠点を定めた。
魔法学部の学生たちは集まって作戦会議。
「俺たち魔法学部はどうする?」
そう一人の男子学生が言うと、ジョルドが「先ず、水が先決だよ」
ライナが言った。
「この島、山があるよね。エンリ様が言ってた。オケアノスでは珊瑚の砂で出来た島は水不足だけど、山のある島は高い所で雨が降って、川もあるって」
「水がある所なら木が育つから、森になるよね?」と、一人の女子学生が・・・。
魔法学部の学生たちは、森の中に川を見つけ、そのほとりに拠点を定めた。
そこで水を飲んで一息つくと、誰が言うともなく「とにかく食料を探さなきゃ」という話になる。
クラスメートたちが行動を起こす中、ルナは人文学部に居るフェリペたちを想った。
そして「他の所はどうしているかな?」
海賊学部では、大々的に魚を捕っていた。
岩崖の下に広がる岩だらけの磯浜の浅瀬をみんなで囲んで、魚を追い回す。
タオルを網変わりに掲げた男子学生が「そっちに行ったぞ」
別の男子が「岩陰をよく見ろ」と言いつつ、魚が隠れていそうな岩陰を覗き込む。
「蟹が獲れたぞ」
「貝がこんなに居る」
そう言いながら、各自が捕まえた獲物を手にして盛り上がる学生たち。
「魚捕りって楽しいね」と言って、女子たちもはしゃぐ。
魔法学部では森の中で食料探し。
「この実は加熱すれば食べられるよ。このキノコは毒だから。けどこっちは食用になる」
そんなふうにクラスメートたちに知識を披露するのは、チノという女子学生。
「チノはよく知ってるね」
そうドミンゴが言うと、チノははにかみ気味な表情で「こういう知識は魔女の十八番だから」
「鹿を獲ってきたぞ」
そう言って数人の男子が獲物を担いで来ると、女子たちが「じゃ、焼いて食べようよ」
彼等は枯れ枝を集めて焚火の用意をするが・・・。
「どうやって火を付けるの?」
困り顔でそう言う女子に、男子の一人が「んなもん炎魔法で一発だろ」
「ここ、魔法が使えないんだが」
そう隣に居るクラスメートに言われて「そーだった」
草原を拠点とした人文学部では・・・。
「お腹空いたね」
拠点を定めたものの、何をすればいいか解らない・・・と言った表情で、一人の女子がそう言う。
その友人らしき女子が、クラスメートたちに呼び掛けた。
「みんな、非常食とか持ってる人、居る?」
一人の女子学生が「お菓子ならチョコレートがあるけど」
一人の男子学生が「飴玉ならあるぞ」
シャナが「メロンパンならあるぞ」
「いくつ?」
各自が一つかみほどのお菓子を出す中、シャナはマジックボックスから大量のメロンパンを出す。
それを見て全員唖然。
「こうなる事を予想していたって訳か?」
そう、一人の男子が言うと、女子たちが声を揃えて「シャナ、偉い!」
そんな彼等にシャナは言った。
「いや、メアリ王女を救出して世界を廻った時、海外では売って無くてな。それで、いざという時のために備蓄しておく事にしたんだ」
「これだけあれば全員に行き渡るね」
そう言って喜ぶクラスメートたちに、フェリペが言った。
「ダメだよ。昔、父上は魚を食べられなくて。けど海の上で魚しか食べる物が無くて、父上はお腹が空いて死にそうになった事があったんだ。シャナはメロンパンしか食べられないんだよね? それが無くなったら、シャナはあの時の父上みたいになっちゃう」
「いや、そういう訳では・・・」と困り顔のシャナ。
そしてマゼランが「フェリペ様はまだシャナの事が解って無いんですね。シャナはメロンパンしか食べられないのではなく、メロンパンが好きなんですよ」
「そうなの?」
チャンダがあきれ顔で「どこかで聞いたようなやり取りなんだが・・・」
間をとって、シャナのメロンパンは半分をみんなに分けて、全員に行き渡り、とりあえずお腹を満たした。
「助かったね」
そう一人の学生がほっとした表情で言う。
だが、別の一人が「けど、明日からどうしよう」
そして・・・。
「それより喉が渇いた」
そう、誰ともなく言い出し、再び場は深刻な空気に包まれる。
マゼランは言った。
「食べ物は一週間食べなくても死なないけど、三日飲み水を飲まずにいると、命にかかわるぞ」
その時、魔法学部のライナ達三人が、草原に登って来た。
「あの、シャナさんにお願いなんですが、シャナさんの刀から火を出せませんか?」
そうリンナが言うと、シャナは「出せるぞ。私の刀の炎は魔力というより気だからな」
「だったら、火を分けて貰えないでしょうか。木の実とかキノコとか鹿肉とか獲れたんですが、煮るか焼くかしないと食べられないです」
そうライナが言うと、一人の学生が「だったら代わりに水を貰えるかな?」
すると、チャンダが言った。
「あのさ、どうせなら合流しない? 明日の朝食にも火は必用だよね?」
人文学部は森に移動し、魔法学部と合流した。
翌日の朝・・・・・・。
森の拠点で目を覚ました二つの学部の学生たち。
「また朝食の木の実やキノコを探さなきゃ」
女子達がそう言うと、一人の男子が「森は広いから探せば見つかるけど、魚をとる方が安定して量を確保できるよなぁ」
「けど、あそこは海賊学部の縄張りだからなぁ」と、別の男子。
「縄張りってのは力づくで奪うものだ」と物騒な事を言い出す、一人の大柄な男子。
「そりゃ海賊の理屈だ」
そう一人の学生が言うと、先ほどの大柄な男子が「けど、あいつらって海賊だよね?」
「あ・・・」
「けど勝ち目はあるの?」
そう一人の女子が言うと、魔法学部の男子たちが「数で言えばこっちは倍だし、魔法戦じゃこっちが本業だ」と言って気勢を上げる。
「だからその魔法が使えないんだってば」とあきれ顔で言う女子たち。
人文学部の男子たちも「あいつら、無駄に体力だけはあるからなぁ」
そんな弱気な事を言うクラスメートたちに、マゼランとチャンダは「近接戦なら俺たちは無敵だぞ。学生なんか束になってかかって来ても返り討ちだ」
そんな二人に「それ、守る側の台詞な」と困り顔で言う人文学部の学生たち。
全員で手に手に棒を持ち、真剣な眼差しで海岸に向かうと・・・・・。
海岸は沈痛な空気に覆われ、そこかしこで学生が苦しい表情を浮かべて横たわっている。
先ほどの対決気分は完全に霧散し、彼等は倒れている海賊学部の学生たちの所へ・・・。
「お前等、どうした?」
そう問われた海賊学部生は、辛そうな声で「病人が居るんだ」
チノは彼のオーラを読んで病状を観察し、診断を下した。
「これ、寄生虫よ。魚とか貝とか生で食べたわよね?」
「炎魔法が使えなくて」
そう病人たちが言うと、チノは「私たちの所に来なさい。森に薬草があるわ」
「それと、喉が渇いて元気が出ない」
そう一人の病人が言うと、ライナが「水もありますよ」
こうして海賊学部が合流した。




