第416話 未来の更新
彼の名はシェムウンド。
彼がガナルガ王として即位すると、一族に男児を産む事を禁止し、王族の娘たちをドラゴンの花嫁として、多くのドラゴンを戦力に引き入れた。
その力で彼は一帯の他部族に対して征服戦争を開始。
それによって得た奴隷をイギリス東インド会社に売って鉄砲を輸入し、征服地を広げて圧政を敷いた。
だが、彼の妹イヤングラ姫が禁を破って男児ムインドを出産。
王はその赤ん坊を殺そうとしたが、王の笏を手に持って生まれた赤ん坊はけして死なず、乳児ムインドは川に捨てられた。
そして成長したムインドはサンシャ族に迎えられ、ガナルガに抗う指導者となった。
ガナルガはサンシャ族を圧迫するとともに、鉄砲取り引きを終えたイギリス人の拠点都市ザンジを破壊し、ポルタ人の都市コンゴの破壊を目指す。
ガナルガの支配から逃れた難民や拠点を追われたイギリス人とともに抵抗するポルタ人。
彼等を指揮するエンリ王子はムインド王子と合流して、ガナルガ軍を撃破した。
そして、ガナルガの拠点の砦に潜入したエンリとムインドたちに彼は破れ、ムインドはガナルガを掌握して新王に即位。
シェムウンド王は、彼を支持する祖霊獣の竜王ドラグハートの助けで、戦士たちを洗脳する「聖地」に逃れたが、彼を追撃するエンリたちは、聖者と呼ばれてガナルガに利用されていたシュバイツァー医師の協力により、戦士たちの洗脳を破った。
竜王ドラグハートはシェムウンド王を冥界に逃がし、彼を匿う創造神シェブルングは、彼を追うムインドに賭けの勝負を挑んだ。
そしてムインドは創造神を破った。
ムインド王子との賭けに負けた創造神は姿を消し、ムインドは賭けで失った全てを取り戻した。
そして、創造神が匿っていた彼の叔父、ガナルガ王シェムウンドが姿を現した。
「まだこの私と争うか?」
そう言って身構えるシェムウンドに、ムインドは「その必用は無いでしょう。あなたは王の笏を持っていない」
「それは・・・」
ムインドは言った。
「私の笏は、この世に生を受ける前に祖霊の世界から持ち込んだ物だ。だが、現世で先代から受け取った笏は、冥界に持ち込めない」
「私を殺すか?」
そう言うシェムウンド王に、ムインドは「それもいいでしょう。あなたは多くの者を死に追いやった。だが、私はあなたの命より、もっと欲しいものがある」
「それは王の地位か?」
そう問うシェムウンド王に、ムインドは「私は既に王だ。私が欲しいのは事実だ。あなたが何故、多くの部族を抑圧し、過酷な支配を行ったのか。それは国を大きくして王家の権威を高めるためでは無い。逆に王族の滅びを目指した。何故ですか?」
シェムウンド王はその問いに答える。
「ユーロからの侵略に抗うために、この大陸を統一する必要があった。その力で北に進軍し、ユーロという侵略者の地を征服して禍の元を断つ」
「・・・そんな事を」
唖然顔でそう呟くムインドに、シェムウンドは「支配は恨みを産む。それを乗り越えるには、王族が恨みを背負って滅びるしか無い」
ムインドの隣で聞いていたエンリは、溜息をつき、そして言った。
「どうせそんな所だろうと思ってましたけどね。恨みを買わない穏やかな統治を目指そうとは思わなかったのですか?」
「それがどんな統治であれ"支配の歴史を認識するならば何を言われても反論出来ない筈"などと言われるだけだ。そして歴史捏造と洗脳教育で民に憎悪を刷り込み、恥ずべき心の中の憎悪の砦を固守するのが歴史的被支配者だろう。そうした悪しき捏造や洗脳教育に対する指摘には"自分たちにその認識は無い"と無知を武器にその事実を無かった事にし、正当な反論に対して"誠実さに反する"と言って耳を塞いで居直り続ける。そして、話し合いによる賠償的な支払を含む和解条約すら無かった事にしてしまう」とシェムウンド王。
エンリはあきれ顔で「そんなの、どこぞの半島国だけです。その時代、そうした支配は世界中にありました。そんな中で、歴史を捏造して一方的な外交戦争を仕掛け続けたのは彼等だけです」
「そうなのですか?」
エンリは続けて言った。
「恨みを理由に戦後処理の条約順守義務を免除される立場を主張する人が居た。そして彼等にその立場を得る条件を問い質した人が居た。それに応えて彼等が言うには"近接した国で併合された場合"だと。そして、それに合致する他の例を示した所、彼等は言を左右に言い逃れ、問い詰められて強弁の殻に閉じ籠り、壊れた記憶魔道具のように反論され破綻した主張を繰り返すのみだった。こういうのを論破された状態と言います。彼等は最後に言ったそうです。"自国と隣国との関係はその特定の二つの個の関係であるが故に特別なのだ"と。それは、論理学的に正義に反する。例えば、総理大臣を優遇するという制度は有り得ても、鈴本総理という特定の個を優遇するのが正義に反するように」
「・・・・・・なぜ彼等だけがそうなのですか?」とシェムウンドは深く溜息をつき、そして言った。
エンリは「一つは、そういう民族性だからでしょうね。朱子学という権威主義正当化思想が産んだ空虚な形式道徳に縋り、長い歴史の中を大陸超大国による支配に卑屈に迎合する事大主義が、歪んだマウンティング思考を産んだ。巨大な隣国に支配される代わりに、別の隣国に対しては自分達が上に立って"尊大な支配を受け入れる下位の国"という役割を強要する。社会学で言う抑圧移譲という病的精神風土ですよ」
「けど、その隣国には彼等に呼応する人達が居たのですよね?」とシェムウンド。
「海外からの醜い抑圧に迎合するグローバルリベラルという反社会的勢力ですね。彼等は抑圧に抵抗する民族主義に対し、過去にはケンベイ、そしてその後にはケンカンとか言った、抑圧国に対応した正体不明なレッテルを貼って、その批判論理を無効化して口を塞ごうとする。それにマスゴミという第四権力が加担する。そうした勢力の加担で、半島国は増長したのです」とエンリは答える。
「・・・・・・」
そしてエンリは言った。
「そんな醜いヘイトが批判されて窮した時に彼等が言ったのが"皇統が続いているから"というものでしたが、その皇統はその国が平和な民主国家となった上での形式的なもので、そうするよう判断したのはその国では無く"世界"です。つまりは後から取って付けただけの、無意味な口実です。イジメを楽しみたくて適当に標的を見繕う加害者が"あいつは目立って生意気だから"と言い逃れるのと同じですよ。それでもまだ、あなたの一族は絶えるべきだと思いますか?」
シェムウンドは深くうな垂れ、目に涙を浮かべて「・・・・・・・・・・・・・私だって自らの子孫に消えて欲しくない」
ムインドはそんな彼の手を執って「叔父上」
「済まなかった。我が甥よ」とシェムウンド。
そんな彼にエンリは言った。
「あなたはこれを、自己犠牲だから倫理的だと思い込んでいたのですよね? けれども、国家や氏族の自己犠牲は、同胞に対する迫害であり罪です。そんなものを倫理と称する偽物は、本物の倫理にとって最悪の敵。泥棒以上に秩序を破壊するのが偽物の警官だというのと同じです」
「許してくれるか?」
そうシェムウンドが言うと、ムインドは「許しなど必要無い。それは間違った思想の罪です。これからそうならないよう、新たな理念を求めて前に進めばいいのです」
シェムウンドはムインドの手を握り、そして「お前を王と認めよう」
その時、ムインドの持つ王笏が光を放って消滅した。
「何故?・・・・・・」
そう呻くように呟くムインドに、エンリは「役割を終えたのでしょうね」
そしてエンリはシェムウンドに問うた。
「それで、そのユーロが侵略して奴隷化される運命というのは、誰かが預言したのですか?」
「祖神たる竜王ドラグハートです。彼には預言の力があります」とシェムウンドは答える。
「それについては本人に問い質す必用がありますね。とにかく、地上に戻りましょう」
そう言ってエンリが彼等に帰還を促すと、ムインドは「けれども私は笏を失った。あれがあったから、私はここに来れたのです」
「大丈夫です。この魔剣がある」
そう言うと、エンリは闇の魔剣を抜き、冥界の闇と剣の一体化の呪句を唱えた。
「汝闇の精霊。光満ちたる現世との対極にして、つがいたる世界の半身。マクロなる汝、ミクロなる我が闇の剣とひとつながりの宇宙たりて、闇の出口導く道標たれ。現世帰還」
地上では既に待機していた遠征部隊の転送を終えていた。
アーサーやリラやドレイクの他、待機していたムインドの手勢たちもエンリたちが消えた闇の魔法陣を見守っている。
シュバイツァー、そして洗脳から醒めた現地人たちたちも居る。
魔法陣を挟んで彼等と対峙する巨大な龍王。そして龍王と対峙するファフら四頭のドラゴン。
そんな中、魔法陣から4人が姿を現した。エンリとムインド、シェムウンド、そしてムインドの新たな恋人のムイサリアだ。
「エンリ様、ムインド王子」
そう言って駆け寄るリラと、アーサー等エンリの部下たち。
「ガナルガ王」
そう龍王が呼びかけると、シェムウンドは「私はもう王ではない」
そんな龍王ドラグハートに、エンリは問うた。
「龍王よ。あなたがこの戦争を彼に求めたのですね?」
「そうだ」
そう龍王が答えると、エンリは更に龍王に「この大陸の民が我々ユーロ人の奴隷にならないため、この大陸を一つにする強大な国を造ろうと?」
「その計画は挫折した」と龍王。
そしてエンリは更に「その征服による他部族の恨みを王家の断絶で癒すのだと?」
「それは彼が言い出した事だ」と龍王。
イヤングラは涙を浮かべて「兄様はそんな事のために、ムインドを殺そうとしたのですか?」
「必用な事だった」とシェムウンド。
同行していた支配下部族の族長たちは口々に言った。
「そんなの我々だって求めない」
「そうだよ。あんなのは半島国が苦し紛れの言い訳で言ってるだけだ」
「俺たちをあんなのと一緒にしないでくれ」
「そんな未来があるというなら、我々サンシャが大陸の指導者となって・・・」
「いや、我々ナベ族が」
「いや、我々フタ族の方が」
「我がマサイの戦士団は最強」
「密林戦なら我々ピグミーが・・・」
なし崩し的に主導権争いを始める族長たちを見て、溜息をつくエンリ。
残念な空気が流れる。
そしてエンリは言った。
「そういうの止めませんか? それよりベルベドさん、この大陸の民は丸ごとユーロ人の奴隷になりますか?」
「そうはなりません」と答えるベルベド。
龍王は「いや、確かに私は未来を見たのだ」と抗弁する。
「その預言を得たのは何時ですか?」
そうエンリが訊ねると、龍王は「25年ほど昔だが」
ベルベドは言った。
「実は私にも予知の力があって、同じ預言を得たのです。そして、その悲惨な未来を変えようとした」
「未来を変える事など不可能だ」
そう龍王が言うと、エンリは「いえ、未来を変えるのは可能です。あなただってそのために帝国を作らせたのではないのですか?」
「それは・・・」
「もう一度、未来を見てはどうですか」とエンリ王子は龍王に促す。
ドラグハートは目を閉じ、その思念は時を越えた。
そして龍王は再び目を開けると、静かな驚き声で「あの悲惨な運命が消えている。これはあなたが?」とベルベドに・・・。
「随分と遠回りしましたけれど、ついこの間、新たな未来を得る事が出来たのです」とベルベドは答える。
「どうやったのですか?」
そう龍王に問われ、ベルベドは語った。
「奴隷制の廃止ですよ。人は互いに他者の上に立ち、支配する立場になろうとする。その一方で、他者に支配されまいとする。そして争って一方が勝つ事で、支配する者とされる者に分れる。支配する者はその立場を確認するため、時として下の者を暴力的に抑圧し、下の者は抗ってその関係を覆そうとして、争いは続く。そうした支配の関係の究極が奴隷です。それは、他者と向き合う自分自身という立場そのものが自らのもので無くなってしまう」
エンリは語った。
「人間とは自分自身の実現をその目的とする。それが奪われて、他者の恣意的な利益やお気持ちの道具になり下がる。それは支配する側にとっては究極の理想です。被害者中心主義と称して、相手を自らの恣意的な復讐心を満たすための道具にするというのも、まさに奴隷支配者願望です。そのため平気で歴史を捏造する、どこぞの半島国のような事まで行うが、それは人の尊厳を奪う加害であり、それに抗う事は権利です」
「けど、立場の上下というのは、集団として人がまとまって動く中で、上の者が指導者として集団の意志を決定し号令する事は必用ですよね?」
そうムインドが言うと、エンリは「そういう役割は、立場が上だからではなく、仕事上の役割に過ぎない。立場としては、号令を発する者も受ける者も対等です。財産は個の自由意志に基く生産と消費の違いで増減は生じますから、完全な平等には出来ない。けれども、立場の対等たるべきはそれとは違う」
「けど、あなたは王太子なのですよね?」とムインドは問う。
エンリはそれに答えて「我々のポルタは商人の持ちたる国で、国の意思を決めるのは、民の代表が参加した議会ですよ」
ムインドは居並ぶ各部族の族長たちに言った。
「奴隷は廃止しましょう。そして、ここはもう帝国ではない。多様な部族が共存し協力するために代表を送って参加する議会が、この大陸の意志を決めるんです」