第415話 冥界で死闘
南方大陸で征服を続けたガナルガ帝国は、コンゴ植民市への遠征に抗うエンリ王子たちにより打ち破られ、その拠点もガナルガ王の甥ムインド王子が掌握。ムインドは新たなガナルガ王となった。
破れたガナルガ王は祖霊獣ドラグハートにより、戦士たちを洗脳する聖地と呼ばれる地に逃がされた。
彼を追撃するエンリ王子たちが聖地で見たものは、疫病の治療により聖者と呼ばれ、戦士たちの洗脳に利用されていたイギリス人シュバイツァー医師。
アーサーは、治癒された現地人たちに自由に生きて欲しいという、シュバイツァーのメッセージを取り込んだ術式を以て、現地人たちを洗脳から解放し、ガナルガ王は追い詰められる。
医療所の大きな建物の入口に居たガナルガ王へと詰め寄るムインド王子。
そんな彼に気圧され、建物前の広場へと後ずさる、洗脳魔法による現地人への支配を失ったガナルガ王に、ムインドは言った。
「ガナルガ王、あなたの軍はもう無い。あなたは降参すべきだ」
「そうはいかない」
そう言ってなお抵抗しようとするガナルガ王に、ムインドは「そんなに王の地位が大事か。自分の跡を受け継ぐ幼い子の命を奪ってまでも」
「お前に言っても解るまい」とガナルガ王。
その時、巨大な龍王ドラグハートがガナルガ王の背後に現れ、ムインド王子を威嚇する。
ムインドは「あなたは何故、彼の味方をするのですか?」と龍王に問う。
「彼には、やらなければならない事があるからだ」
そう言うと、龍王はガナルガ王に言った。
「王よ、あなたを死者の国に逃がします」
ガナルガ王の足元に闇の魔法陣が現れ、王はその中に消えた。
ムインド王子は困惑する。
「追わなければ。王の笏で闇の中で生を保つ事は出来る。だが、あの中には入れない」
「だったら」
エンリはそう言うと、闇の巨人剣を抜き、その切っ先を魔法陣の闇に突き刺して、闇と剣との一体化の呪句を唱えた。
そして彼はムインドに「これであの中に入れます。行きましょう」
ムインドはエンリと一緒に闇の剣の束を掴み、二人は闇の魔法陣の中へ消えた。
「ここは?・・・・・・」
二人が気付くと、目の前は切り立つ断崖。その下に真っ赤に燃え盛る溶岩。
「これは・・・・・・火山の底か?」
そうエンリが呟くと、ムインドは「あの、どろどろした炎は何だ?」
「あれが噴火で地上に噴き出すのですよ」とエンリは答える。
その時、真っ暗な上空から声が聞こえた。
「私は冥界の主にして火の神ニャムライリの眷属ムイサ。ムインドよ お前にクエストを与える」
「いや、そんなのに構っている暇は・・・・」
そうムインドが困惑顔で言うと、上空から聞こえるムイサの声は「クエストをクリアしないと、ここから先には進めないぞ」
ムインドは溜息をつき、「それでそのクエストって?」
「バナナの畑を造りなさい」とムイサの声。
「はぁ?」
一瞬で周囲の景色が変わった。
ひび割れた地面に覆われた広大な畑が広がり、大勢のやせ細った人々がバナナを植えていた。
尖った棒で地面に穴を掘り、バナナの苗を植える。だが、苗は植えるとたちまち枯れてしまう。
「これって・・・」と戸惑い声を発するエンリ。
「これが地獄という奴なのだろうか」
そうムインドが言うと、エンリは「そんなものは無い。死ねば祖霊の世界に帰るだけですよ」
ムインドの存在に気付いた人々が、よろよろと歩いて来て、ムインドの足元に縋った。
そして彼を見上げ、目に涙を浮かべて口々に訴える。
「どうか王子の力で、ここを豊かな畑に・・・」
「どうかバナナの苗を・・・」
「お腹が空いて死にそうです」
「どうかご慈悲を」
エンリはそんな彼等を見ると、周囲を見回して「こんなに乾燥してたら、そりゃバナナの苗だって枯れるぞ」
「だったら・・・・・・」
そう呟き、ムインドは笏を掲げて呪句を唱えた。
「水の神よ助力あれ」
豪雨が降り注いで地面を潤すと、ムインドは笏を掲げて呪句を唱えた。
「太陽の神よ助力あれ」
真っ暗だった上空に光が射し、周囲が明るくなる。
そして「これで苗は育ちます」と、ムインドは人々に言った。
人々が苗木を植えると、ムインドは笏を掲げて呪句を唱えた。
「森の神よ助力あれ」
小さな苗木は急激に成長し、高い木となって、たくさんのバナナが実った。
「王子よ、感謝します」
その人々の声は喜びに満ち、彼等は光とともに消えた。
「あれって何だったのでしょうか?」
そうムインドが言うと、エンリは「旱魃で飢えた人々の苦しみの記憶ですよ」
そしてムインドは上空に向けて叫んだ。
「ムイサよ、クエストをクリアしたぞ」
周囲の景色が変わり、二人は先ほどの溶岩を見下ろす崖の上に居た。
「これで通して貰えるのですよね?」とムインド。
するとムイサの声は「では、次のクエストを」
「はぁ?」
エンリは溜息をつくと、「で、それをクリアしたら、また次のクエストが待ってて、それが延々と続くって事ですか?」
「そそそそんな事は・・・・・」とムイサの声。
「で、次のクエストって何ですか?」
そうムインドに急かされ、ムイサは「ちょっと待て、今考えるから」
「おい!」
「どうしよう、これじゃ先に進めませんよ」
そう困り顔で言うムインドを見て、エンリは思考を巡らせた。
(ちょっと待て。ここって火山の底なんだよね。だったら・・・・・・)
エンリは火山の精霊の短剣を出して、ムインドに渡す。
ムインドはそれを溶岩に投げ入れた。
溶岩の中から、一人の若い女性が現れた。そして宙に浮かんでムインド王子の前へ。
そして「あなたが落としたのはこの短剣ですか? それとも、こちらの冥界の通行証ですか?」
ムインドは困惑顔を見せると、エンリに小声で言った。
「あの通行証があれば、彼を追えます。けど、この場合は正直に事実を言うべきなんですよね?」
エンリは小声でムインドに「それがセオリーですが、前にそれで失敗した人が居まして」
「その人はどうしたんですか?」
そうムインドに問われると、エンリは小声で、聖槍を回収した時のボエモンの事をムインドに話した。
「だったら・・・・・・」
ムインドはそう呟くと、その女性の頬に手を当てて「そんなものより君が欲しい」
すると女性は「解りました。あなたと共に行きましょう」
そして彼女は上空に向って「よろしいですよね? お父様」
「お父様って?」
そう驚き顔でムインドが言うと、女性は「私はムイサの娘、ムイサリアです」
「ちょっと待て、娘よ」
そう上空のムイサが慌て声で言うと、エンリは言った。
「まさか、俺の娘は誰にも渡さん・・・なんて漫画のマンネリギャグの真似はしませんよね?」
「だが、私は創造神より、彼を通すなと命じられているのだが・・・」と、ムイサの困り声。
そんな父親に、ムイサリアはムインドが落した短剣を示して、言った。
「これは火山の精霊の短剣です。これを持つ者に助力を与えるのは、私たち火山の精霊の習わしです」
再び周囲の景色は変わり、そこは、真っ暗な闇に包まれた洞窟の通路。
「こちらです」
そう言ってムイサリアが掌を上に翳すと、小さな光球が現れ、行く手を照らした。
やがて広い空洞に出る。そこに一人の男が居た。
「あなたが王を匿っているのですね?」
そうムインド王子に問われ、彼は名乗った。
「私は創造神シェブルング。彼に会いたくば、私と勝負しなさい」
「勝負って、何を?」
そう戸惑い顔で言うムインドに、シェブルングは「賭け事です」
周囲の景色は変わり、そこは畳の部屋の賭博場。
片肌を脱いだ賭博人が居て、その手には掌サイズの竹で編んだ籠と二つの賽子。
「あの賽子の数を足して奇数なら半、偶数なら丁です」と解説するシェブルング。
「何でジパングの?・・・。どうせなら豪華なカジノとか麻雀とか」
そう物言いするエンリに、シェブルングは「それは諸般の都合です。けして私が麻雀とかブラックジャックのルールを憶えられないから・・・という訳ではありません」
エンリは「いや、俺たち何も言ってないが」と突っ込む。
そしてシェブルングはムインドに言った。
「では、互いに何を賭けるかを決めましょう。私が負けたら、あなたの叔父を引き渡す。あなたが負けたら、そこに居る新たな恋人を差し出す」
「ちょっと待て」と止めようとするエンリを無視して、ゲームはスタート。
賭博人が賽子を籠に入れて口上を述べる。
「張っていいのは賭場の賽子。張っちゃいけない親父の頭。さぁ張った張った」
シェブルングは「半」
ムインドは「丁」
「良ござんすね? では、参ります」
賭博人は賽子を二つ入れた籠を両手で振って畳に伏せた。
そして籠を開ける。
「二五の半」
「そんな・・・・・・」
そうムインドが辛そうに呻くとともに、ムイサリアの姿が消えた。
「これ、イカサマですよね?」
そう物言いするエンリに、シェブルングは言った。
「いえ、イカサマではありません。ここは私が創造した世界。だから、全てが私の思った通りになる」
「そんな・・・・・・」と呻くムインド。
「そういうのをイカサマと言うんじゃないんですか?」
そう物言いするエンリに、シェブルングは「いえ、これは特殊アビリティです」
「だからそういうのをイカサマと・・・・」
そのエンリの言葉を遮るように、シェブルングは語った。
「学園島のゲーム対決では、互いのアビリティを駆使して巧みな駆け引きが勝負を決める。強力なアビリティを持つ敵を破ってこその主人公」
「そんなの小説やアニメの中だけだ」とエンリは突っ込む。
エンリの物言いを無視してゲームは続いた。
ムインドは次々に負け、彼は身ぐるみを剝がされた。
そして全裸になったムインドに、シェブルングは言った。
「最後に、あなたの持つ、その王の笏を賭けなさい」
勝利を確信するシェブルング。
だが、ムインド王子は彼に言った。
「いいでしよう。だが、一つだけ確認します。あなたはこの世界そのものを作った真の創造者では無い」
シェブルングは色を失い、そして「何を言うか! 私こそ創造神シェブルングだ」
ムインドは反論する。
「それは、我等ガナルガ族の世界観に過ぎない。そして世界には、他にも様々な部族や民族が居て、それぞれ異なる神話と神々の体系を持っている。そうですよね? エンリ王子」
「その通りです。私が住むユーロでは唯一神という、世界を創造したという神のみを崇拝します」とエンリ。
そしてムインドは続けて語った。
「けれども、それが本当に世界を創造した訳ではない事を、彼は知っている。同様に、あなたが本当に世界を創造した訳ではない事も、私は知っている」
「それは部族に対する侮辱だ!」とシェブルングは抗弁。
ムインド王子は指摘する。
「違います。何故なら、本当の世界の創造者は別に居るからです。それは春月県立大学文芸部所属の真鍋という学生。ここは彼が書いた小説の世界だ」
「ちょっと待て。それは言わない約束・・・」
そう言って慌てるエンリ王子の制止を無視して、ムインド王子は言った。
「その小説の題名は"人魚姫とお魚王子"。人魚姫とは、ここに居るエンリ王子の恋人のリラさん。そして、お魚王子とはエンリ王子自身。つまり、彼こそはこの作品世界の主人公であり、私の友人。彼の助力を得る立場にある私は、必ず最後に勝利する運命にある。それでもあなた、私に勝てますか?」
シェブルングは暫し言葉に詰まる。
そして「それは・・・。だが、ここは私の思考が実現する私の世界だ」
そして最後の勝負。
シェブルングは「半」
ムインドは「丁」
賭博人は賽子を二つ入れた籠を両手で振って畳に伏せ、そして籠を開ける。
「二六の丁」
「そんな馬鹿な・・・・・・」
そう呻くように言うシェブルングに、ムインドは「あなたは自分が敗北する運命を知ってしまった。その知識からあなたの思考は逃げられない」
シェブルング「私の負けだ」と呟き、がっくりと膝をつく。
とてつもなく残念な空気の中、勝利を喜ぶムインド王子を見て、エンリは呟いた。
「いいのかなぁ、これ」




