第414話 密林の聖者
ガナルガ帝国のコンゴ植民地に対する遠征は、エンリ王子とその盟友ムインド王子たちによって阻止され、ガナルガ王は軍の主力を失った。
帝国の支配下にあった諸部族も離反する中、エンリたちはムインドとともに帝国の拠点に潜入。
ムインドの三人の叔父の協力によりガナルガ王は倒され、ガナルガの民は洗脳魔法の支配から解放されたが、なおガナルガ王を支持する彼等の祖霊獣ドラグハートは、傷ついたガナルガ王を聖地と呼ばれる地へと逃れさせた。
ムインド王子は新たなガナルガ王に即位し、エンリたちはガナルガ王を追撃する最後の戦いへ・・・。
エンリ王子は仲間たちとともに、編成された遠征隊を率い、四頭のドラゴンに乗って、ガナルガ王が逃れた聖地と呼ばれる地へと向かった。
密林を東に行った先に、湖に臨む高原が見える。
「あの向うが聖地ですよ」と、案内役の役人がその方向を指す。
目立たぬよう、目的地の手前で地上に降り、徒歩で聖地を目指すエンリたち。
あの丘を越えると目的地・・・という所まで来た時、エンリは一旦、歩みを止めた。
「ここから先は、少人数で先行した方がいいだろうな」
そう言って先行隊の選定に入る。
そのメンバーとしてエンリとリラ、アーサー、カルロ、ムインド、そしてもう一人・・・・・・。
「いざという時の戦闘力が必要だな」
そうエンリが言うと、ジロキチが「だったら俺だろ」
「いや俺だ」とタルタ。
ムラマサが若狭の着物の袖を掴んで「拙者たちが適任でござる」
そんな彼等を他所に、エンリはドレイクに「提督、頼めますか?」
ドレイクはドヤ顔で「やはり最強って言ったら俺だよな」
そんな彼にエンリは言った。
「いざという時のために、全員を一度に送る大型の転送座標を運ぶには、パワーが無いと」
ドレイク、口を尖らせて「運搬役かよ」
四頭のドラゴンと先行隊以外をその場に残し、目的地を目指して丘を登りながら、聖地と呼ばれる洗脳の地に関して、あれこれ妄想する。
「この向うに邪悪なカルトの本拠地があるんですよね?」
そうムインドが言うと、アーサーが「サティアンとかいう不気味な建物で、信者が修行と称する奴隷労働を・・・」
エンリが「象の着ぐるみ着て踊ってる奴とか」
カルロが「真ん中に教祖が酒池肉林するハーレムがあって」
ドレイクが「"エンリ王子を呼びつけて教育しろ"とか喚いて、死んだ目の信者が拍手してるとか」
「何だか怖い」とリラが言って、エンリの手を握る。
やがて丘の上に到着する。そこから向うを見渡すと、のどかな畑地帯。
その向こうに草ぶきの家が立ち並ぶ集落がある。
「あれが聖地ですか?」
そうエンリが案内役に訊ねると、彼は「その筈です」
集落を目指して丘を降り、更に進む。
集落に入ると、行き来するのは普通の現地人たち。
そして集落の真ん中に大きな建物があって、大勢の現地人たちが出入りしている。
彼等に紛れて中を覗くと、白い衣を着たユーロ人男性が居た。
ドレイクは唖然顔で彼に声をかけた。
「あんた、シュバイツァー医師じゃないか。こんな所で何やってるんだ?」
「ドレイク提督こそ」と白衣の男性。
「誰なんですか?」
そうエンリが訊ねると、ドレイクは「ロンドンのパスツール研究所から病原菌研究で南方大陸に渡った医師だよ。こんな所で何やってんだ?」
シュバイツァーは言った。
「見ての通り、医療ですよ。黄熱病という風土病の病原菌を発見して、ワクチンの開発にも成功しました。治療薬も完成して、多くの患者が救われました」
エンリたちは互いに顔を見合せる。
「アーサー、もしかして・・・・・・」
そうエンリが言うと、アーサーは「間違いありません。彼が聖者です」
「カルトの教祖じゃ無かったのかよ」と、拍子抜け顔のエンリ王子。
そんな彼等を見て、一人の現地人が「聖者様、この方たちは?」
「私が元居た所の人たちですよ」
そうシュバイツァーが言うと、現地人たちは声を揃えて「では、神の国から来た天のお父様」
「違うから!」と迷惑顔のエンリ。
エンリは現地人たちに訊ねた。
「あなた達はここで何をしているのですか?」
「私たちは病で死ぬ運命だった所を、聖者様の奇跡の技で救われたのです」
そう一人の現地人が言い、周囲の人たちも頷く。
「けど、だったら何故・・・」とリラが呟くのを聞き、エンリはシュバイツァーに訊ねた。
「あなたはガナルガ帝国と、どういう関係ですか?」
「王が私を受け入れてくれたのです。この地に来た時、私は行く先々で敵視されました」と答えるシュバイツァー。
アーサーは「余所者を警戒するって、どこでもあるからなぁ。奴隷貿易なんてやってる奴も居るし」と言って頷く。
シュバイツァーは続けて言った。
「それで、慣れない土地で行き倒れた所を、王に拾われて援助を受け、研究を始める事が出来たのです。ガナルガ族以外の様々な部族の人が治療を受けています」
それを聞いて、エンリの表情は陰る。
そして「それ、その王が侵略して支配した部族だよ。その患者は洗脳された兵になって、死を恐れぬ軍団を作って侵略に使われている」
「まさか」とシュバイツァー、唖然。
エンリは周囲に居る現地人たちに訊ねた。
「あなた達にとって、彼はどんな存在ですか?」
すると現地人たちは口々に「私たちは死ぬべき命を聖者様から貰った。だから、この命は聖者様のものだ」
シュバイツァーはそんな彼等の言葉を、感情を込めて否定した。
「違う。私はそんな事のために医師をやってる訳じゃない」
戸惑いの表情を見せる現地人たち。
その時、数人の部下と共にガナルガ王が建物の入口に立って、シュバイツァーに言った。
「聖者様。彼等から離れて下さい。この者達は敵です」
そんな王に、シュバイツァーは抗議の声を上げる。
「ガナルガ王。あなたは間違っている。病から救われた命は、その人自身のものだ」
ガナルガ王は哀しい目で、シュバイツァーに「あなたにとってはそうなのでしょうね。やがてこの大陸を侵略し、我々を奴隷とする民の一人であるあなたにとっては・・・」
「私は、そんな事のために来た訳じゃ無い」
そう抗弁するシュバイツァーに、王は「あなたにそのつもりは無くても、あなたをここに送り込んだ人達の思惑は違うのですよ」
困惑するシュバイツァーにドレイク提督は言った。
「残念ながら、彼の言う通りです。この大陸の風土病は、我々が進出する最大の妨げだ」
「そんな・・・・・・」
そしてガナルガ王は、シュバイツァーの隣に居るエンリたちに言った。
「この大陸を奪いに来る北方の民の先駆けたち。そして、彼等に与する反逆者ムインド。我が軍団がお前達を駆逐する。戦争の神よ助力あれ」
ガナルガ王が笏を掲げて呪句を唱えると、その場に居た現地人たちは表情を失い、目に怪しい光を浮かべて武器を構え、エンリたちを包囲した。
「待機している奴らを呼ぶぞ。アーサー、転送座標のセットだ」とエンリは号令。
リラが防御魔法を展開し、押し寄せる現地人たちの攻勢を防ぐ間に、アーサーが転送魔法の準備に入る。
そんな中でリラが「あの、総力戦では双方に被害が出るのでは?・・・」と言い出す。
それに対してムインドが「ここで反撃して王を倒せば終わりです」
するとアーサーが提案した。
「彼の洗脳魔法は、、ガナルダ族を操ったものの術式改造版です。なら、破る方法がある筈だ。シュバイツァーさんの協力があれば・・・」
エンリは「血が流れないなら、それにこした事は無い。やってくれ」
「何をすればいいのでしょうか?」
そうシュバイツァーが言うと、アーサーは「彼等に訴えて下さい。その姿のイメージを核とした脱洗脳です。彼等の洗脳イメージの核であるあなたが逆のメッセージを送れば、彼等の心を縛る鎖を断ち切れる」
「彼等の心にイメージを送り込むパスが必要ですね?」
そうリラが言うと、ムインドが「俺がやります」
アーサーは呪文を唱え、術式を載せた光の魔法陣を組む。
カルロがシュバイツァーの姿を記憶の魔道具に取り込み、その記憶の霊波をアーサーは術式に繋げる。
そしてムインドは笏を掲げて呪句を唱えた。
「知識の神よ助力を」
ムインドの笏がアーサーの術式の精神波を取り込み、洗脳を受けた現地人たちの精神へと繋いだ。
シュバイツァーは記憶の魔道具に向けて語った。
「私は自らの幸運によって得た知恵で、皆さんの病気を治す技を得ましたが、これは聖なる力でも何でも無い。世界に満ちた不思議には全て理由があります。そして病気を治す原理は皆さん自身の中にある、自らに害を成す虫に抗う自分自身の力で、私はそのその手助けをしたに過ぎない。それは私の力でも、私をここに送り込んだ王の力でも無い。だから救われた命は私ではなく、皆さん自身の、皆さんが自らの人生を生きるためのものです。それを全うして貰うために、私はここに来たのです。誰かに引け目を感じて言いなりになるのは間違っている。自らの村で平和に暮らして下さい」
現地人たちの目に宿った光は消え、洗脳の呪いは解けた。
武器を捨て、正気に戻って周囲を見回して、彼等は口々に言った。
「俺たち、何をやってたんだ?」
「支配された村で病気になって、ここに連れて来られたら、異国の医者が・・・」
そして彼等はシュバイツァーの姿に気付き、口々に言う。
「あなたが病気を治してくれたのですね? 何とお礼を言えばよいのか」
「どうすればこの恩に報いる事が出来るでしょうか」
そんな彼等にシュバイツァーは言った。
「皆さんの村に戻って、次の世代に繋いで下さい。私は前の世代のお陰で豊かさを享受して、この技を得たのだから」
「けど、村はガナルガに支配されています」
そう現地人の一人が言うと、エンリは「その支配は終わりました。皆さんはもう自由です」




